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生物委員会委員長
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「探してるのはこいつか?」
不意に声を掛けられて、孫兵は振り返った。泣き出しそうになって霞んだ視界に、深緑の装束が映る。
孫兵がいっとうに可愛がっている毒蛇のジュンコの姿が見えなくなったのは三日前のことだった。授業の合間、時には抜け出してまで心当たりのある場所を探し回ったが見つけ出すことはできなかった。
とはいえ、諦める訳にはいかない。蛇だからというだけで彼女を疎む者も居るが、孫兵にとってはそうではない。
毒を持つ生き物が好きだ。奇特だと飽きるほど聞かされたが、孫兵にはそう感じないのだから、どう言われたって構わない。ただ、こんな風に別れが突然訪れるのだけは嫌だった。
学園の敷地内の茂みを手当たり次第に探索する孫兵に呼び掛けたのは、孫兵が所属する生物委員会を取り纏める狗山雨彦だった。
「あ、えっ……と、」
咄嗟の呼び掛けに返答を迷っていると、緩く差し出された雨彦の右腕の袖から、ずっと探していた愛蛇が姿を表した。つぶらな瞳が孫兵を見つめ、舌をちろちろと出し入れする。
「ジュンコ!」
「五年長屋の軒下に居た。竹谷の部屋には餌にならない虫が多いからな。仲間だとでも思ったんだろう」
「そう、だったんですか……ありがとうございます、見つからなかったらどうしようかと……」
雨彦はジュンコを孫兵の肩に移らせる。ジュンコは数日間も行方を眩ませていたことなど意に介していないようで、いつものように孫兵の首に優しく巻きついた。
孫兵の顔のすぐ隣に頭を落ち着かせたジュンコに、孫兵はそっと頬擦りをする。冷ややかな、慣れ親しんだ温度がそこにあった。
「……もしかして、叱られると思ったのか?」
「ええっと……はい、その、ちょっと」
孫兵は少し口ごもったが、誤魔化そうとしても無駄だと思い、素直に白状することにした。それらしい言い訳が出てきたところで、上級生にとってつけた言葉は通じないだろう。
そして、よくよく考えてみれば、孫兵は雨彦がどんな人物なのかをよく知らないことに思い至った。
淡々としていて、隙の無い人物。それ以上のことをほとんど知らない。同じ委員会の上級生である竹谷はいたく尊敬している様子なのだが、付き合いの長さが異なる故か、孫兵にはそれがピンと来ていなかった。
ただ、思い返せば、雨彦が怒りを見せたり、頭ごなしに叱ったりする場面も見たことがない。こういう時、彼がどんな反応を示すのか、孫兵には想像もつかなかった。
雨彦は孫兵の返事を聞いて、ふ、と息を漏らす。ほんの僅かに笑っていた。
「探すのを諦めるつもりは無かったんだろ。ならそれでいい」
「でも……自分では見つけられなかったかもしれません」
「見つかった」
「結果論じゃありませんか。ぼくに都合が良すぎます」
「叱られたいのか?」
「それは……あんまりですけど」
思いの外甘い裁量に、孫兵は困惑する。
毒を持つ生き物を逃がして数日野放しにするなんて、こんな簡単に許されてはいけないことだ。誰からも、何度でも苦言を呈されてきた。それなのに、雨彦は本当に孫兵を咎めるつもりが無いらしい。
「自分に有利だとしても、不当に感じた評価を是としないのは良い事だ。なら言い方を変える」
雨彦は孫兵と視線が同じ高さで交わるように、地面に片膝をついた。
「お前は生物委員会の三年で、俺の後輩だ。後輩の為したことの責任は委員長の俺が取る。この件で他の連中が何か言ってきたら、俺の名前を出していい」
「……やっぱり先輩ばっかり苦労することになりませんか?」
「今の内はそうかもな」
改めて言われると重く伸し掛る事実だ。後輩の起こした出来事の責任は先輩に回っていく。委員会の予算会議が良い例だろう。
生物委員会はその辺りの処遇があまり芳しくない。下級生が多いことが要因の一つではあるが、それ自体を直接悪く言われることは記憶の中には無かった。
何も、雨彦は今回のことにのみそう言っているのではないのだ。常に、いつだって、後始末をしてきた。
「二度とするなとは言わん。そんなのは不可能だからだ。が、努力は惜しむな。お前が懸命であれば、事故は減るし周りも大人しくなる」
「……そういうものでしょうか?ぼく、虫も蛇も好きです。構ってると楽しい。でも、楽しそうにしてると、」
「遊んでいると思われる?」
「……はい」
自分は真面目に取り組んでいるのに、外から事情を知らない者に勝手を言われるのが我慢ならなかった。
毒を持つ生き物たちとの触れ合いは繊細だ。彼らとの交流を、孫兵は細心の注意を払って行っている。それを子供の遊びなどと揶揄されては、出来る努力も手を伸ばすのが億劫になるというものだ。
「俺も何年か前に同じことを言われた」
「え?」
「犬も鳥も好きなんだ。あいつらに構うのは楽しい。……お前はそいつの面倒を最後まで見ようとしたし、今も見てる。竹谷の教えたとおりに。偉かったな」
雨彦の大きな手が、孫兵の頭を撫でた。
雨彦は言った通り、委員会で飼育している犬と猛禽の扱いが上手い。学園一と言っていいだろう。それが生き物と思いを通わせる少しの才能と、多大な研鑽で成立していることは、同じく生き物を愛する孫兵にはよく分かる。
それが過去に非難されていたとは、想像もした事がなかった。
「ぼくも、先輩みたいにできますか?」
「……さあな。努力次第じゃないか?」
雨彦は口端を上げる。悪い笑みだ、と孫兵は思った。同時に勇気づけられもするような。
雨彦はふと空を見やって立ち上がる。
「ひと雨来るな」
「本当ですか?」
「雨が匂う。丁度いい、食堂に移ろう」
・
それが、雨彦が忍務で数週間空ける前にあった話だ。
あれからすっかり環境が変わってしまって、雨彦が帰ってきたというのに、委員会に毎回は姿を見せてはくれない。致し方のないことだ。上級生が妙な現象に巻き込まれているのだから。
孫兵は、雨彦の居ない間、普段にも増して毒虫たちの扱いに注意を払った。逃がすだのといった事件事故は一つも起こさなかったと、雨彦に伝えて褒めて欲しかった。
自分は来年、四年生になる。つまりは上級生の仲間入りだ。下級生の面倒を見て気を配る側に立つ。人よりも虫たちの方が好きな孫兵は、まず虫たちを完璧に管理することが先決だと判断した。
結果、一度も孫兵は毒虫を逃がすことは無かった。途中で天女が現れて、竹谷の手を借りられなくなったときも、自分と後輩たちで何とかしてみせた。
「雨彦先輩!」
食堂で、やっと孫兵は雨彦を見つけた。
先に席について食事に箸をつけていた雨彦は、溌剌とした声で呼ばれて、少しだけ瞠目する。
「お隣いいですか?その……聞いて欲しい話があって!」
不意に声を掛けられて、孫兵は振り返った。泣き出しそうになって霞んだ視界に、深緑の装束が映る。
孫兵がいっとうに可愛がっている毒蛇のジュンコの姿が見えなくなったのは三日前のことだった。授業の合間、時には抜け出してまで心当たりのある場所を探し回ったが見つけ出すことはできなかった。
とはいえ、諦める訳にはいかない。蛇だからというだけで彼女を疎む者も居るが、孫兵にとってはそうではない。
毒を持つ生き物が好きだ。奇特だと飽きるほど聞かされたが、孫兵にはそう感じないのだから、どう言われたって構わない。ただ、こんな風に別れが突然訪れるのだけは嫌だった。
学園の敷地内の茂みを手当たり次第に探索する孫兵に呼び掛けたのは、孫兵が所属する生物委員会を取り纏める狗山雨彦だった。
「あ、えっ……と、」
咄嗟の呼び掛けに返答を迷っていると、緩く差し出された雨彦の右腕の袖から、ずっと探していた愛蛇が姿を表した。つぶらな瞳が孫兵を見つめ、舌をちろちろと出し入れする。
「ジュンコ!」
「五年長屋の軒下に居た。竹谷の部屋には餌にならない虫が多いからな。仲間だとでも思ったんだろう」
「そう、だったんですか……ありがとうございます、見つからなかったらどうしようかと……」
雨彦はジュンコを孫兵の肩に移らせる。ジュンコは数日間も行方を眩ませていたことなど意に介していないようで、いつものように孫兵の首に優しく巻きついた。
孫兵の顔のすぐ隣に頭を落ち着かせたジュンコに、孫兵はそっと頬擦りをする。冷ややかな、慣れ親しんだ温度がそこにあった。
「……もしかして、叱られると思ったのか?」
「ええっと……はい、その、ちょっと」
孫兵は少し口ごもったが、誤魔化そうとしても無駄だと思い、素直に白状することにした。それらしい言い訳が出てきたところで、上級生にとってつけた言葉は通じないだろう。
そして、よくよく考えてみれば、孫兵は雨彦がどんな人物なのかをよく知らないことに思い至った。
淡々としていて、隙の無い人物。それ以上のことをほとんど知らない。同じ委員会の上級生である竹谷はいたく尊敬している様子なのだが、付き合いの長さが異なる故か、孫兵にはそれがピンと来ていなかった。
ただ、思い返せば、雨彦が怒りを見せたり、頭ごなしに叱ったりする場面も見たことがない。こういう時、彼がどんな反応を示すのか、孫兵には想像もつかなかった。
雨彦は孫兵の返事を聞いて、ふ、と息を漏らす。ほんの僅かに笑っていた。
「探すのを諦めるつもりは無かったんだろ。ならそれでいい」
「でも……自分では見つけられなかったかもしれません」
「見つかった」
「結果論じゃありませんか。ぼくに都合が良すぎます」
「叱られたいのか?」
「それは……あんまりですけど」
思いの外甘い裁量に、孫兵は困惑する。
毒を持つ生き物を逃がして数日野放しにするなんて、こんな簡単に許されてはいけないことだ。誰からも、何度でも苦言を呈されてきた。それなのに、雨彦は本当に孫兵を咎めるつもりが無いらしい。
「自分に有利だとしても、不当に感じた評価を是としないのは良い事だ。なら言い方を変える」
雨彦は孫兵と視線が同じ高さで交わるように、地面に片膝をついた。
「お前は生物委員会の三年で、俺の後輩だ。後輩の為したことの責任は委員長の俺が取る。この件で他の連中が何か言ってきたら、俺の名前を出していい」
「……やっぱり先輩ばっかり苦労することになりませんか?」
「今の内はそうかもな」
改めて言われると重く伸し掛る事実だ。後輩の起こした出来事の責任は先輩に回っていく。委員会の予算会議が良い例だろう。
生物委員会はその辺りの処遇があまり芳しくない。下級生が多いことが要因の一つではあるが、それ自体を直接悪く言われることは記憶の中には無かった。
何も、雨彦は今回のことにのみそう言っているのではないのだ。常に、いつだって、後始末をしてきた。
「二度とするなとは言わん。そんなのは不可能だからだ。が、努力は惜しむな。お前が懸命であれば、事故は減るし周りも大人しくなる」
「……そういうものでしょうか?ぼく、虫も蛇も好きです。構ってると楽しい。でも、楽しそうにしてると、」
「遊んでいると思われる?」
「……はい」
自分は真面目に取り組んでいるのに、外から事情を知らない者に勝手を言われるのが我慢ならなかった。
毒を持つ生き物たちとの触れ合いは繊細だ。彼らとの交流を、孫兵は細心の注意を払って行っている。それを子供の遊びなどと揶揄されては、出来る努力も手を伸ばすのが億劫になるというものだ。
「俺も何年か前に同じことを言われた」
「え?」
「犬も鳥も好きなんだ。あいつらに構うのは楽しい。……お前はそいつの面倒を最後まで見ようとしたし、今も見てる。竹谷の教えたとおりに。偉かったな」
雨彦の大きな手が、孫兵の頭を撫でた。
雨彦は言った通り、委員会で飼育している犬と猛禽の扱いが上手い。学園一と言っていいだろう。それが生き物と思いを通わせる少しの才能と、多大な研鑽で成立していることは、同じく生き物を愛する孫兵にはよく分かる。
それが過去に非難されていたとは、想像もした事がなかった。
「ぼくも、先輩みたいにできますか?」
「……さあな。努力次第じゃないか?」
雨彦は口端を上げる。悪い笑みだ、と孫兵は思った。同時に勇気づけられもするような。
雨彦はふと空を見やって立ち上がる。
「ひと雨来るな」
「本当ですか?」
「雨が匂う。丁度いい、食堂に移ろう」
・
それが、雨彦が忍務で数週間空ける前にあった話だ。
あれからすっかり環境が変わってしまって、雨彦が帰ってきたというのに、委員会に毎回は姿を見せてはくれない。致し方のないことだ。上級生が妙な現象に巻き込まれているのだから。
孫兵は、雨彦の居ない間、普段にも増して毒虫たちの扱いに注意を払った。逃がすだのといった事件事故は一つも起こさなかったと、雨彦に伝えて褒めて欲しかった。
自分は来年、四年生になる。つまりは上級生の仲間入りだ。下級生の面倒を見て気を配る側に立つ。人よりも虫たちの方が好きな孫兵は、まず虫たちを完璧に管理することが先決だと判断した。
結果、一度も孫兵は毒虫を逃がすことは無かった。途中で天女が現れて、竹谷の手を借りられなくなったときも、自分と後輩たちで何とかしてみせた。
「雨彦先輩!」
食堂で、やっと孫兵は雨彦を見つけた。
先に席について食事に箸をつけていた雨彦は、溌剌とした声で呼ばれて、少しだけ瞠目する。
「お隣いいですか?その……聞いて欲しい話があって!」