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生物委員会委員長
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「雨彦!よかった、やっと話せる」
「……おお」
先に浴槽にどっぷりといった様子で浸かっていた雨彦の姿に、伊作は声を上げた。
浴場に他に人影は無い。雨彦は淵に頭を凭れさせ、片腕で目を覆って閉じていたが、伊作の声に応えて僅かに瞼を上げた。
「お疲れ」
「お互い様だ」
「そんなはず無いよ。これに関しては全く、君に頭が上がらない」
伊作は雨彦の隣に腰を下ろし、自嘲した。
雨彦は目頭を抑えた後、腕を湯の中に戻す。微睡んで意識を飛ばしかけている内に、随分と湯冷めしてしまっていた。
学園に帰還してから伊作とまともに言葉を交わすのは、これが初めてだった。いくら草臥れているからといって、気が緩んだまま相手をするのは忍びない。
「実際、今にも眠ってしまいそうだったじゃないか。溺れるなんて勘弁してよ」
「全くだ。助かった」
「この程度じゃ足らないよ。君にはそれ以上に助けて貰ってる」
「……まあ、だろうな」
伊作の言葉に、雨彦は首を横には降らなかった。
雨彦と伊作との間に、いちいち貸し借りは無い。仙蔵や留三郎とはそういったやり取りも時折存在するが、だとしても雨彦が面倒くさがって折れるのがオチだ。こうして誰かしらの謙遜や卑下を素直に受け取ることは稀だった。
伊作もそれが分かるから、眉を下げて苦笑するしかない。
「今日は何してたんだい?」
「用具の手伝い。先んじて留三郎に指示を仰いでいたから、恙無く」
「そっか……生物委員会の方は?」
「今日は竹谷は呼ばれてなかった」
「なるほどね」
天女が上級生を呼び出すにあたって、確実にその候補から外れる雨彦には、各委員会や後輩から常に支援要請の声が届いていた。
用具委員会は下級生が多い。上級生の指示なしに活動は困難だろう。恙無く、とは言ったが、不慣れな仕事には、いつも以上に疲弊したはずだ。
雨彦が率いる生物委員会も同じようなものだが、五年の竹谷に雨彦が不在の期間も仕切りを任せられるだけ、雨彦からすれば幾分かマシだった。
「慣らしてる途中の犬が居るんだ。俺と竹谷しかまだ相手ができない……それが進まないのは参ったな」
「どこもそんな話ばかりだよ。どうしたものかな……」
伊作が両手指を組み、腕を前に突き出してぐっと伸びをした。水面に僅かに波打った波紋が、雨彦の首筋を擽る。
雨彦は再度眠気を打ち払うように、手で湯を掬って顔を濯いだ。
「呼び出しには抵抗できないんだな?」
「……不服なことに、全く。何をしていても、身体が勝手に彼女の居る方に歩き出すんだ。誰かに止められても、頭では他に優先するべきことがあるって分かっていても」
「……伊作」
「うん?」
「信じてない訳じゃないからな」
雨彦が伊作の目を真っ直ぐ見て言った。
「呼び出しを受けてる奴全員に聞いてるんだ。特定の誰かや、お前を信じてない訳じゃない」
「……そ、んなに、酷い顔してたかな、僕」
「ああ」
「ごめん……雨彦が久しぶりに帰ってきたのにこんなことになってたから、君の信頼を裏切ってしまってるんじゃないかって……少し不安だったのかもしれない」
忍務から戻ってきた雨彦を、いつも通りに迎えることが出来たらどれだけ良かったか。
緊張を強いられる現場から帰ってきた雨彦は、ろくに休めないまま学園を包み込む異常事態への対処を強いられている。長く生活を共にしてきた同級生や、学年の近い後輩に頼ることも出来ずに。
苦難に直面したとき、自分たちは同級生を頼みの綱にする。伊作はそう確信していた。他でもなく伊作自身がそうで、他の連中も今までそのようにしてきたからだ。
そうして培ってきた信頼を全て否定されたような気持ちになってしまうのは、何も伊作の考えすぎではないだろう。
「事情は分かってる。お前達は、打開出来なければ意味が無いと思うかもしれないが……俺を案じてくれてるのはもう充分わかった。だからいいんだ。気にしなくていい」
雨彦は伊作が返す言葉を探っている内に、先に上がると伝えて浴槽を出た。上手く言葉が出てこない。雨彦が脱衣所に消えていくのを、伊作は見つめることしか出来なかった。
「……それじゃあ、」
結果だけじゃない。学園で様々なことを教えられ、身につける上でよく言われてきたことだ。結果として成就しなかったとしても、積み重ねてきた経過は無駄にはならない。
頭では分かっていても、そう簡単に飲み込めることではなかった。身近な仲間に皺寄せが生じていると実感させられると、そんな理屈は気休めにもならない。
力になりたいと思っていることが伝わってさえいいなんて、そんなに都合が良くて甘い言葉があるだろうか。
でも、雨彦は本気でそう言ったのだ。伊作には分かる。今回のように、同級生である自分たちに対して、恐ろしく魅力的な、むしろ何か裏があるのではと疑わしくなるような甘言を度々吐くのだ。馬鹿を言えと言わせることも許さないような、本気の眼差しで。
「それじゃあ、意味無いよ……」
甘えたくなった。想ってさえいればいいという温い条件を、飲んでしまいたくなった。
伊作は乾いた笑いと共に、やっとそれだけ吐き出した。
「……おお」
先に浴槽にどっぷりといった様子で浸かっていた雨彦の姿に、伊作は声を上げた。
浴場に他に人影は無い。雨彦は淵に頭を凭れさせ、片腕で目を覆って閉じていたが、伊作の声に応えて僅かに瞼を上げた。
「お疲れ」
「お互い様だ」
「そんなはず無いよ。これに関しては全く、君に頭が上がらない」
伊作は雨彦の隣に腰を下ろし、自嘲した。
雨彦は目頭を抑えた後、腕を湯の中に戻す。微睡んで意識を飛ばしかけている内に、随分と湯冷めしてしまっていた。
学園に帰還してから伊作とまともに言葉を交わすのは、これが初めてだった。いくら草臥れているからといって、気が緩んだまま相手をするのは忍びない。
「実際、今にも眠ってしまいそうだったじゃないか。溺れるなんて勘弁してよ」
「全くだ。助かった」
「この程度じゃ足らないよ。君にはそれ以上に助けて貰ってる」
「……まあ、だろうな」
伊作の言葉に、雨彦は首を横には降らなかった。
雨彦と伊作との間に、いちいち貸し借りは無い。仙蔵や留三郎とはそういったやり取りも時折存在するが、だとしても雨彦が面倒くさがって折れるのがオチだ。こうして誰かしらの謙遜や卑下を素直に受け取ることは稀だった。
伊作もそれが分かるから、眉を下げて苦笑するしかない。
「今日は何してたんだい?」
「用具の手伝い。先んじて留三郎に指示を仰いでいたから、恙無く」
「そっか……生物委員会の方は?」
「今日は竹谷は呼ばれてなかった」
「なるほどね」
天女が上級生を呼び出すにあたって、確実にその候補から外れる雨彦には、各委員会や後輩から常に支援要請の声が届いていた。
用具委員会は下級生が多い。上級生の指示なしに活動は困難だろう。恙無く、とは言ったが、不慣れな仕事には、いつも以上に疲弊したはずだ。
雨彦が率いる生物委員会も同じようなものだが、五年の竹谷に雨彦が不在の期間も仕切りを任せられるだけ、雨彦からすれば幾分かマシだった。
「慣らしてる途中の犬が居るんだ。俺と竹谷しかまだ相手ができない……それが進まないのは参ったな」
「どこもそんな話ばかりだよ。どうしたものかな……」
伊作が両手指を組み、腕を前に突き出してぐっと伸びをした。水面に僅かに波打った波紋が、雨彦の首筋を擽る。
雨彦は再度眠気を打ち払うように、手で湯を掬って顔を濯いだ。
「呼び出しには抵抗できないんだな?」
「……不服なことに、全く。何をしていても、身体が勝手に彼女の居る方に歩き出すんだ。誰かに止められても、頭では他に優先するべきことがあるって分かっていても」
「……伊作」
「うん?」
「信じてない訳じゃないからな」
雨彦が伊作の目を真っ直ぐ見て言った。
「呼び出しを受けてる奴全員に聞いてるんだ。特定の誰かや、お前を信じてない訳じゃない」
「……そ、んなに、酷い顔してたかな、僕」
「ああ」
「ごめん……雨彦が久しぶりに帰ってきたのにこんなことになってたから、君の信頼を裏切ってしまってるんじゃないかって……少し不安だったのかもしれない」
忍務から戻ってきた雨彦を、いつも通りに迎えることが出来たらどれだけ良かったか。
緊張を強いられる現場から帰ってきた雨彦は、ろくに休めないまま学園を包み込む異常事態への対処を強いられている。長く生活を共にしてきた同級生や、学年の近い後輩に頼ることも出来ずに。
苦難に直面したとき、自分たちは同級生を頼みの綱にする。伊作はそう確信していた。他でもなく伊作自身がそうで、他の連中も今までそのようにしてきたからだ。
そうして培ってきた信頼を全て否定されたような気持ちになってしまうのは、何も伊作の考えすぎではないだろう。
「事情は分かってる。お前達は、打開出来なければ意味が無いと思うかもしれないが……俺を案じてくれてるのはもう充分わかった。だからいいんだ。気にしなくていい」
雨彦は伊作が返す言葉を探っている内に、先に上がると伝えて浴槽を出た。上手く言葉が出てこない。雨彦が脱衣所に消えていくのを、伊作は見つめることしか出来なかった。
「……それじゃあ、」
結果だけじゃない。学園で様々なことを教えられ、身につける上でよく言われてきたことだ。結果として成就しなかったとしても、積み重ねてきた経過は無駄にはならない。
頭では分かっていても、そう簡単に飲み込めることではなかった。身近な仲間に皺寄せが生じていると実感させられると、そんな理屈は気休めにもならない。
力になりたいと思っていることが伝わってさえいいなんて、そんなに都合が良くて甘い言葉があるだろうか。
でも、雨彦は本気でそう言ったのだ。伊作には分かる。今回のように、同級生である自分たちに対して、恐ろしく魅力的な、むしろ何か裏があるのではと疑わしくなるような甘言を度々吐くのだ。馬鹿を言えと言わせることも許さないような、本気の眼差しで。
「それじゃあ、意味無いよ……」
甘えたくなった。想ってさえいればいいという温い条件を、飲んでしまいたくなった。
伊作は乾いた笑いと共に、やっとそれだけ吐き出した。