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自称番犬の天竺みっち



横浜。普段東京を縄張りとしている東京卍會には関わりもない土地。しかし、今日は副総長でもあるドラケンを伴って訪れていた。


「あ〜……もうめんどくせぇ〜……ケンチンおんぶ〜」

「シャキッとしろや。第一お前がイザナに用があるってんで来たんだろうが」

「え〜……」


急遽エマから使いを頼まれたが、イザナに連絡しても出ない、マイキーよろしくとサラッと言われ、マイキーもイザナに連絡したが全く出ず、最終手段としてイザナがいるであろう横浜に出向くことになった。それなのに、イザナは見つからない。
態々来てやったんだから出迎えしろよ、なんてそもそも来ることすらも言えていない状況下では無理な話だが、横浜までバイクを飛ばしてきたのだからそれくらい許してほしい。


「…この辺り一体は横浜天竺のシマですが一体何の御用ですか」


マイキーとドラケン、2人だけの空間に第三者の声が響いた。


「あ?誰お前」

「名前を聞くなら先に自分から名乗るべきじゃないですかね?」

「は?」


どこにでも居るような風貌の男。それなのにその視線の強さと言ったら計り知れない。何故かは分からないけれど、背筋が震えた。


「ッおい、マイキー!テメェの兄貴に用があるってんで態々横浜まで出向いたんだろうが!そう、易々と喧嘩腰で行くな!」

「だってコイツの態度も目もムカつくだ……ろッ!」


バシっ!!!!!!


「…へぇ」

「!?マジかよ…」


勢いに任せてマイキーが放った渾身の回し蹴りは武道の手によって止められた。


「この威力の蹴り技にさっきのツレの方の発言と”兄貴”…君、無敵のマイキーですね」

「だったら何?」

「いいえ?君は知る由もないことです。そして、別にこれからも知らなくていい。」

「(なんだ…?コイツは一体何なんだ?)」


一見どこにでもいそうな、何ならむしろそこら辺にいる不良からカツアゲやパシリなどをされそうな風貌、決して身体が大きいわけでも筋肉が同年代以上に発達している訳でもない。
それなのに、その瞳、視線は今日までに出会った誰よりも強く、射殺されそうなほど強い意志を感じる。
何者かなんて、今日はじめて出会ったマイキーには分からない。分かりもしない。


「(あぁ…ヤバいな)」


ただ………


「(飲み込まれる)」


視線を外すことなんて出来ない。


「武道」


傍から見れば一触即発のこの場にその声はよく通った。

「!イザナ!」

「!!」


それまでの近付くものを食い殺そうとしかねないほどの威圧感は瞬く間に霧散する。
心からの笑みを浮かべ、まるで飼い主をやっと見つけた犬のように駆け寄っていった。


「武道、いい子にしてたか?」

「うん!してたよ!あのね、イザナに言われた通りちゃんとお留守番できたよ!」

「そっか、いい子だな」


頭を撫でられて、浸るように目を瞑る。


「おい、イザナ……ソイツ何?」


まるでマイキーの事など眼中に入れていなかったが声を掛けられた為にチラリとマイキーに視線を向けた。


「俺のイヌ」


目を細めてニヤリと笑ったイザナの手はするりとハイネックで隠れている武道の首へと伸びる。
グイッと人差し指を引っ掛けて下ろすとそこには、まるで首輪とでもいうかのように武道の首を彩るチョーカーがつけられていた。


「可愛いだろ?」

「悪趣味の間違いだろ」

「何だよ万次郎、物欲しそうな目ェしたってくれてやんねぇよ?ペットは最後まで飼い主が責任もって育ててやんねぇといけないからさ」


傍らにいる武道の頭をまた撫でる。イザナがマイキーと話している際は、ただひたすらにマイキー、そしてドラケンたちに威嚇するように睨みつけていたが、イザナには片手間に撫でられただけでもとろんと瞳を溶けさせた。


「それに、お前の”不手際”でコイツは苦しんでた。可愛い弟の尻拭いは兄貴である俺がしてやらねぇとだろ?」

「………あ゛?」

「”不手際”……?」


不手際とはなんなのか首を傾げる。今でも色々なことをしてきたが、武道という男には今日初めて出会ったばかりの筈だった。


「東京卍會主催の喧嘩賭博」

「!」

「そう言えば、わかるよな?」


喧嘩賭博。キヨマサ、こと清水将貴主催で行われていた。総長であるマイキーを筆頭とした幹部達には内密にされていた為、カタギの人間を巻き込んでいたらしく、”たまたま”近くを通りかかったイザナにより制圧、マイキーに報告されたキヨマサは制裁として、東京卍會を追放された。


「!もしかして巻き込まれたカタギって……」

「まぁ、カタギ、って訳でもねぇけど、どっかのチームに所属してる訳でもなかったコイツとそのダチは奴隷にされて毎日見世物として扱われてた。でも、コイツはダチを守ろうと立ち向かって、どれだけボコられても立ち上がってた。おもしれぇから俺のイヌにしたんだ。いい盾になりそうだろ?」


イザナはこういうが、武道を盾にしたことなど1度もない。むしろ、武道に何かあった際にはイザナを筆頭とした天竺メンバーが背に庇おうとする為、どちらが番犬なのか分かったものじゃない。


「……巻き込んで悪かった」

「「!?」」


唯我独尊を貫くマイキーが頭を下げ、武道に謝罪したことにドラケン、そして武道も「あの、マイキー(出会い頭に蹴りを入れてきた)が頭を下げた!?」と騒然になる。


「……頭を上げてください。君が悪いんじゃないんです。弱いのに、いきがって目をつけられた俺たちが悪かったんです……謝らないでください。……俺は、自暴自棄になって君の、君たちの所為にしてしまったこともありました。むしろ俺が謝罪するべきなんです。……少しでも、自分の責任を捨てて、君たちの所為だと思い込もうとしたこと、申し訳ありません。」


初めて出会った際の威嚇するような威圧はなく、ただ頭を下げ謝罪する。それこそ、当事者である武道には責任不行きだと咎められても仕方ないことであったはずだが、それをしてこないからこそ拍子抜けしてしまう。


「……それでも、カタギには手を出さないという均衡があって、ウチにいた奴がそれを崩したのに俺はイザナに言われるまで気付かなかった。それは俺の落ち度、だから。」


喧嘩に明け暮れている不良たちはまだしも、聞けば武道を含めた友人たちは、売られた喧嘩は買うけれど自分たちから進んで喧嘩はしなかった平和主義。因縁を勝手に付けられて、抵抗虚しく奴隷の如く扱われていた。
何となく、何か裏でやっているということは薄々気付いていたが、まさかチーム外の人間を巻き込んでいたなんて露知らず、対応が遅れてしまった。
今更、謝罪なんていらないと突き返されたとしてもこれだけは言っておきたかったから。


「……わかりました。君の謝罪は確かに受け取りました。なので、もうこの話はお終いにしましょう?いいですよね」

「うん。……ありがとうなタケミっち」

「はい、こちらこそ……えっタケミっち……????」

「武道だからタケミっち。タケミっち今日から俺のダチ♡なっ?」


きっと出会って直ぐに背筋が震えたのはお前に魅了されていたから。
この話はお終いだとしても、簡単にさようならなんてしたくない。だから、まずは友達からはじめようなタケミっち♡


「いや、それは謹んでお断りしますけど」

「はぁ!????何でだよ!!!!」

「それはそれ、これはこれなんで」


先程見たイザナに対する態度とは真逆のスンっとした無表情で断られ思わず捕まえようとするマイキーをするりと躱す。
互いに謝罪はしたし、喧嘩賭博の件はもう過ぎた事として別段言うこともないが、自分の大切な友人たちである溝中メンバーが巻き込まれ、あわや殺傷事件になる所でもあった為(アツヤがナイフを持っていた)、もし1つでもあの時選択肢をまちがえてたら、とゾッとしてしまう。
武道自身はどうなろうとも覚悟を決めていたが、友人たちに何かあった際の覚悟なんて持ち合わせていなかったし、今日マイキーに出会うまでは友人を巻き込んだ喧嘩賭博の大元、みたいな感覚でマイキーに対して苦手意識があったのだからそう簡単に払拭されることは無い。
だからすぐにお友達になりましょう、なんて出来やしないのだ。


「武道、ハウス」


イザナが呼ぶ。まるで本当に犬のように武道を呼ぶが、それすらも武道は喜んだ。イザナに、天竺の皆に可愛がってもらえているのは嫌という程伝わってくるから。
あの日、イザナによって喧嘩賭博は終止符を打たれ、ボロボロになってた所を拾われてから友人たちを、拾ってくれたイザナを、イザナの大切な居場所を守るために強くなろうとした。
まだまだ、イザナには叶わないし、一対多数の喧嘩はやっぱり苦手だけど、タイマンだったのならそれこそマイキーの蹴りを受け止められるくらいには力をつけた。
元々喧嘩なんてしても、弱かった武道が短時間でその域まで達するにはあまりにも大変な目に合うこともあったけれど、それでも殺されるよりはましだから。仲間たちが殺されそうになることも、反対に殺しにかかっていくのを止められないことも嫌だったから。
武道はどんなことだって耐えられた。何も出来ずに失うことを回避するためならどんなことだって。
それなのに、武道の飼い主とその仲間たちはちっとも守らせてくれはしないのだ。これでは、番犬なんて名乗れやしない……と落ち込んでる武道を内心「(どっちかと言うとお前は室内で大事にされてる愛玩犬なんだよなぁ……)」と思いながら天竺メンバー達で慰めたのはつい最近の話だったりする。

飼い主の呼びかけですぐに近くへ寄るとこめかみに慰めのキスを1つ落とされた。この飼い主、隙あらば色んなところにキスをしてくるため、自称番犬はいつだって気が気じゃない。


「マイキー。武道は俺の所有物だ。手ェ出すんじゃねぇぞ?」


コイツの飼い主は俺だけでいいんだよ

イザナの瞼の裏にはあの日、ボロボロの状態で立ち上がる武道の背中が今でも焼き付いている。







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