"普通"が行き過ぎてる男達
「あ゛!?タケミっちいた!!も~!!どこ行ってたんだよ!ここ最近お前ん家行っても「友達の所に泊まりに行った」とか言われるし……ってあれ?タケミっちなんか前よりぽよぽよしてね??」
「ま、マイキーくん……え、そんな一瞬で分かるほど肉付きましたかね……???」
「うん。だってほら、ほっぺた前よりふよふよだし。なんか、こう全体的に丸くなった?」
「う゛ッッ!!」
マイキーの無邪気な言葉が突き刺さる。
実際の所武道の頬も腹も以前以上にぷにぷにと肉付きが良くなっていた。
多少なりとも筋肉があったはずの二の腕も触るとふにゅんと沈み込む程に柔らかいし、何より体重計に乗った時の衝撃は計り知れなかった。
筋肉の重みが増えたのなら喜ばしがったのだが、如何せん武道の体重増加は脂肪の増加によるものだということなど誰に言われるまでもなく明らかだったから。
それもそのはず、マイキーの所に来るまでの間あの"薔薇の騎士"こと"自称"普通の男に食育というより"スイーツ育"をされたからであった。
何処かのスイーツが沢山あるパラダイスも真っ青になる程のスイーツの数々。焼き菓子から生菓子、氷菓子に至るまでの種類の豊富さ、味の素晴らしさをとことん味合わされた。
豊富な種類の菓子を一つずつであったのならまだマシだが、武道をトレイのスイーツが無いと生きていられない身体にしようと画作していたものだから一種類事に素材を変えたり、工程を変えたり、味付けを変えたりしており各パターンの同種類の菓子がずらりと並んでいたし、それが様々な菓子でされていたのだ。
例えどれだけ甘党な人間がいたとしても初めこそ喜ぶだろうがそれを全て食べろと言われたら流石に泣いて拒否するだろうレベル……甘い物が苦手な辛党のケイトでさえも普段なら表面上は笑顔を作っているだろうに、今回ばかりはもうそれすらも出来ていなかったし、何なら真顔で呼吸が止まりかけていた。
ならば複数の種類を一口ずつ……と思っていたのだが、トレイに「ほら、タケミチ口を開けてくれ」とニコニコとした笑顔で俗に言う"あーん"をされ、それでも口を開かなければ「勿論、食べてくれるよな?」といったような目が笑っていない表情でじっと見つめてくるのだから食べざるを得ない。
トレイ作のスイーツはどれも全て美味なのは変わりないのだが如何せん量が多すぎる。トレイの幼なじみで且つ甘党であるリドルでさえも幼なじみの暴走に対して止めることも出来ず、憐れんだ目をしながら見守ることしか出来なかった。
そんなこんなで一生分のスイーツを食べた武道は食べたスイーツ分の脂肪を得たのだ。
「色々……色々ありまして……」
「た、タケミっち……?目が死んでるよ……?」
「大丈夫かよタケミっち……ってそれは?」
ドラケンが心配しながらも武道が大事そうに抱えている紙袋に視線を向ける。
「あ、えっと……お土産というかなんというか……この前あったダチから貰った奴で……」
紙袋から箱を取り出す。精巧な薔薇の模様にスートに王冠をあしらった見た目も美しいその箱を開くと中には様々な焼き菓子。トレイがマイキーたち東京卍會の皆にも、と持たせてくれたものだった。
「うわ!美味そう!!」
「すげぇ!これ、エマが前に言ってたふぃなんしぇ?ってやつじゃね!?」
「めっちゃある……コレをタケミっちのダチが?」
「はい……「色々と作ったからよかったら持って行ってくれ」って渡された奴でして……あ、本当に美味いので是非!」
ここで貰ってくれなければ武道が食べなければならない。焼き菓子がいくら日持ちするといってもあれだけ散々食べてきたから当分菓子を見たくないし、本当に美味しいからこそ東京卍會の皆にも食べて欲しい気持ちに変わりはなかった。
菓子に視線がいっているマイキーとドラケンをいい事に周囲をキョロキョロと見渡す。ある人物を探しているのだが近くにいないのだろうか……この菓子を受け取るときに念を押された"ある事"を実行に移すには不可欠な存在なのに。
『いいか、タケミチ。"必ず"ミツヤという男には食わせてくれよ?』
『う……三ツ谷くんも何だかんだ家のことがあったりするのでできるのか……『ぜっったいに、頼むぞ???』ヒョア……』
念には念を押された。何なら今日中に渡したかどうかの確認の連絡も来るのだろう。つまりこのミッションをクリアするには何としてでも三ツ谷にトレイ作の菓子を食べてもらわねばならない。
「あ、あの……今日って三ツ谷くんっていたりしますかね……?」
「あ?三ツ谷?さっき居たけどなんで?」
「え゛っ、あ、いやこの前三ツ谷くんとクッキー作って食べたことがあって、結構沢山あるからルナちゃん達にもどうかなと思いまして……」
しどろもどろになりながらも何とか答える。「ふーん?」とやや訝しげに見るドラケン、「は!?俺もタケミっちが作ったクッキー食べたかったんだけど!!」と言い出すマイキーに引き攣った笑顔を振りまいていると、騒いでいる声が聞こえたのか数名の足音が近付いてきていた。
「お、タケミっちじゃん。何か久しぶりだな?」
「武道ィ!テメェどこいってやがったんだよ!」
「おい、場地。ンな怒ってやるなよ。タケミっちだって用事くらいあるだろ」
落ち着いて場地を諌める三ツ谷に色々な意味でホッと一息を着く。
「す、すみません場地くん……あ、あの!三ツ谷くんと場地くんもよかったらコレいかがッスか!」
「おぉ……凄いな……どうしたんだこれ」
「ダチが沢山作ったから持っていけって言ってくれまして……この前、三ツ谷くんの家でクッキーご馳走になったからお返しも兼ねて!」
「ご馳走っつったって、タケミっちだって一緒に作っただろ?……でもまぁ、有難く貰おうかな」
「是非!沢山あるのでよかったらルナちゃんとマナちゃんにも持っていってあげてください!」
三ツ谷はクッキーを一枚取る。手に取ったソレは紅茶の茶葉が練り込まれたもので、武道も様々な茶葉を使用して作られた試作品を食べ続けた記憶がある。勿論味は確かだが、料理上手な三ツ谷が食べるとなると作ったのは自分ではないのに何故だか緊張してきた。
「!美味いな!?どっかの店とかで出せそうだろコレ」
クッキーを一口齧った三ツ谷が顔を綻ばせるのを見て緊張の糸が解ける。トレイに念を押されていた"三ツ谷にトレイの作った菓子を食べてもらう"というミッションも無事完了だ。
「トレイく……あ〜……作ってくれたダチがケーキ屋の息子でもあるから菓子作りが得意なんスよ。俺もスイーツ漬けにされてたので……」
「へぇ、ケーキ屋の息子……じゃあ菓子作りはお手の物って奴か」
「菓子作りは勿論なんスけど、フツーに飯作るのも上手くて……ハンバーグとか絶品なんスよ!」
思わずあのたらふくスイーツを食べ続けた日々を一時的に忘れる。友人が褒められる事は自分が褒められる事のように嬉しいし、つい友人のもっと凄いところを知って欲しくて自分の事のように話をしてしまう。
「……そうか」
「三ツ谷くん……?」
ふと、三ツ谷の様子がおかしいことに気付く。クッキーを食べていた時よりも何だか暗い顔……というより俯いてしまっているから今いち表情が読めない。
「なぁ、タケミっち」
「うぇ!?な、なんスか?」
あれ?何だか嫌な予感がする。
「そのハンバーグと俺が作った唐揚げ、どっちが美味かった?」
「え゛、いやそもそもメニューが違……「ん???」りょ、両方美味かったッスよ!!???」
「チッ、両方か……」
「(舌打ちした……)ど、どっちも好きッスよオレ……」
半泣き状態になりながらもしっかりと答える。聞き耳を立てていたマイキーが夢中になっていた菓子を飲み込んで口を挟む。
「そーいう時は嘘でも「三ツ谷くんの料理が1番ッスよ♡」って言っとけばいいんだよ」
「あ゛??タケミっちがそんな嘘言うわけねーだろうが。言う時は本心に決まってんだろ」
「うわ……自意識過剰野郎じゃん……」
「誰が自意識過剰野郎だって???」
武道は震えていた。マイキーが話を逸らしてくれたのをいい事に少し三ツ谷から距離を置けたからまだいいがつい最近にも似たような事があったような気がしていた為だった。
しかし、武道には安息の時など与えてはくれないらしい。
ぐるん、とマイキーと話していた筈の三ツ谷が振り返ったからだ。ジリジリと距離を詰められ思わず反射的に後退りをするも間に合わない。
「なぁ、タケミっち。俺が作った料理の方が美味いよな?お前、美味い美味いって言いながら食べてたもんな?リスみたいに口にいっぱい詰め込んでさ……おかわりだってしてたもんな?そりゃ、ケーキ屋の息子の菓子は確かに美味かったけどそりゃそうだよ。なんせポテンシャル自体が違うんだもんな。だから菓子に関してはソイツに譲るよ。でも生きていくために必要なのは菓子よりも料理だろ??菓子だけじゃ生きていけない。だからタケミっちに必要なのはソイツよりも俺だろ?タケミっちは俺の料理好きだって言ってくれたもんな???タケミっちの人生に必要なのは俺(の料理)だもんな????」
「ヒェ……」
これってデジャブって奴では?????
……そして、今度は三ツ谷が"菓子"ではなく"料理"で同様のことをやらかし、武道がさらに肉付きが良くなってしまうことになるのだが、その話はいずれまたどこかで。
2/2ページ