"普通"が行き過ぎてる男達
「それで?今の学校は楽しいのかい?」
薔薇に囲まれた庭でティーカップを持ったリドルが上品に微笑む。まるで一枚の絵画のように見えるほど美しい光景だけれど今日は武道もその作品の登場人物の一人だ。
今日は誰かの誕生日でも"何でもない日"でもない。リドル達にとっても、武道にとっても"友人"に会うことが出来る特別な日。白いテーブルクロスの上にはマロンタルトだってあるし、作法も咎められないそんな一日。
友人に会えたことが嬉しくて、友人が自身に対して笑顔を見せてくれるのが嬉しくて。武道もつられて嬉しくなる。
「うん!すげぇ楽しい!同じクラスで仲のいい奴が4人いて……あ、あと!同じ学校じゃなくても仲良くしてくれる奴もいて……」
「あはは!タケミチちゃん楽しそうにしてて良かったね~リドル君!寂しがってないか心配してたもんねぇ」
「一言余計だよケイト。……でも、楽しそうで良かった」
「ありがとう、リドルくん!リドルくん達も元気そうでよかった!」
「それでそれで~?他には?何かあったりした?」
「えっ!うーん……話したいことは山ほどあるけど何から話せばいいのか……」
「ふふ、今日は無礼講だからね。時間をかけてゆっくりでもいいから話すといいよ」
「え、リドル君!女王の法律に引っ掛かっちゃうよ?」
ケイトが首を傾げ尋ねる。いくら今回のお茶会が友人と会うことの出来る特別な物だとしても、時間は有限。前よりか丸くなったとされるリドルだが法律を遵守しようとする事は変わらないし、最早癖みたいなものにもなっている。それを案じての質問だった。
「今日ばかりは久しぶりに会えた友人の話を余すことなく聞きたいからね。……無礼講、というやつだよ」
「流石、頭は太っ腹だぜ!!」
「え~?寮長、タケミチに甘過ぎじゃない~?俺にはすーぐ首跳ねてくんのにさぁ」
エースが拗ねたように文句を言う。「俺にも優しくしてくださいよ〜」なんて、言いながら唇を尖らせていた。
「エースとは違ってタケミチには中々会えないからね。それに法律で雁字搦めにしてしまっては話したいことを話せないだろう?」
「贔屓だ!」
「何とでもお言いよ」
エースの苦言もなんのその、簡単にあしらったリドルはほんの少し温くなった紅茶を一口飲んだ。
「あはは、何だ何だ随分盛り上がってるな?」
「「「タルトだ!」」」
「おいおい、一言目が俺よりタルトか?」
身内からは「胡散臭い」とも言われかねないニコニコとした笑顔を浮かべてトレイがやってくる。両手にはそれぞれ違う種類のタルト。
リドルの大好物のいちごのタルトに、特に武道が気に入っている季節のフルーツをふんだんに使ったフルーツタルト。武道が主役のお茶会ということで数日前から気合を入れて作り上げたものだった。
「トレイくんのタルトだ!久しぶりだな~……最近じゃ、トレイくんが作るお菓子が美味すぎて何食べても物足りないんだよな……」
「お、嬉しいこと言ってくれるな。何だったら俺の菓子を食べる為に戻ってきてくれてもいいんだぞ?」
「ヒュー!トレイ君たらちゃっかりしてる~」
サラッと言ってのけるトレイを茶化すようにケイトが笑う。トレイもそんなケイトに対して「おいおい」と眉を下げ困ったように笑うが、誇らしげなのが他者からもみてとれる。
「ふふ、トレイのスイーツを褒められるのは嬉しいものだね。たんとおあがり。」
「あはは!なんせ、タケミチちゃんはトレイ君のスイーツで育てられたようなものだもんね!ねぇ
、トレイ君?」
「おいおい……と言いたいところだが、まぁ……そうだな?俺がタケミチを育てた」
「はいはーい!俺とデュースも先輩のタルトで育てられました〜」
「はっ!つまり、俺とエースとタケミチは兄弟……!?」
「言葉の綾だろーがよ」
綺麗に切り分けられたタルトを口に運ぶ。サクッとしたタルト生地に少し甘めのカスタードクリームだが、フルーツと一緒に食べることで口の中はさっぱりとし、フルーツの甘さも際立つ。
夢中で頬張る武道を見て満足そうな表情でトレイが笑う。ケーキ屋の息子であるということを誇るかのようだった。
「あ、でもこの前食べたお菓子は美味しかったなぁ」
「「「「えっ」」」」
「三ツ谷くんってダチが妹達とお菓子作りするから俺も一緒にどうかって誘ってくれて、一緒に作って食べたんだけど美味かったんだ~。簡単な材料だけだったけどやっぱりみんなで作るとその分美味いのかな?」
まるで時が止まったかのように全員の動きがピタリと止まる。
リドルはカップを落としそうになるし、ケイトは写真を撮ろうと構えていたスマホをついタッチしすぎて連写してしまっていた。
エースは「あーあ」という顔で顰め面をしているしデュースは口に沢山詰め込んでいた菓子を危うく詰まらせる所だった。
そんな4人を見て武道は小首を傾げる。四人が皆武道の方を向かず俯き黙ってしまっていたからだ。……最も四人が見たくなかったものは武道の"後ろ"の存在だったのだが。
「……タケミチ」
「ん?なに?」
武道の後ろに立っていたトレイに呼びかけられ振り向く。トレイも俯いていて表情が見えず、もう少し近寄ろうとしたその時だった。
「何を食べたんだ?フィナンシェ?マドレーヌ?それともパウンドケーキ?マカロン……は中々手を抜くのは難しいだろうから……シフォンケーキとかか?」
早口で捲し立てるトレイに驚き思わず身を引いてしまう。が、そんなことは許さないとでも言うように両肩に手を置かれてしまう。一見優しく添えられているだけに見えるが実際は何処からそんな力を出しているのかと思ってしまうほど強い力が込めれれていた。
「ヒェ……いや、あの……く、クッキーだよ……?みんなで猫とか花とかハートとか色んな型で生地くり抜いて作っただけの……」
「でも、美味かったんだろ?」
「え、う、うん……」
「そうか……」
「と、トレイく……ンぶぅ!???」
まるで逃がさまいとするように片手で武道の両頬を掴む。痛くは無いのだが、抵抗しようとすると痛みがでない程度に少しずつ力を込められるものだから逃げるのを早々に諦めた。
「はぁ~~~~~……タケミチの胃を掴んでいたと思っていたのにそうじゃなかったみたいだ。俺もまだまだだな」
「トレイ君、ぴえん?ぴえんなの???」
「あぁ、とってもぴえんだな」
場の空気を明るくするようにケイトが声を掛ける。ケイトの言葉を復唱するようにトレイが言うものだからそのアンバランスさから笑いたいのにトレイの目が全く笑っていなくて笑えない。
やれやれ、と肩を竦め残念がるトレイを見てほんの少しの罪悪感が湧き出る。湧き出る罪悪感がほんの少しなのは今なお現在進行形で思っきり両頬を片手で掴まれている為だ。俺だって被害者だろコレ。
「に、してもだ。俺だってそれなりにケーキ屋の息子だっていうプライドくらい持ち合わせてる……のに恐らく一般家庭であろう奴が作ったクッキー……それも簡単な材料という言葉から察するに恐らくホットケーキミックスを使った物と同等の扱いになるのは遺憾だな」
「う、ご、ゴメンねトレイく……「いやタケミチが悪い訳じゃないさ。俺の腕がまだまだだった。……もっと腕を磨かないとな」こ、これ以上磨くの……!?」
顎に手を当てスイーツの工程でも練り直しているのか何かを考えている。そんなトレイを見てやっと他の四人も余裕ができた様子だった。
「ふふ、いつもはあんなに余裕そうなトレイがこうも動揺するなんてね。面白いものを見せてもらったよ」
「トレイ君ったらちょ〜焦っててマジウケる〜!」
「俺だって"普通"の男なんだから焦りもするさ。特に今回は得意分野でのことだったしな……」
付き合いの長いリドルとケイトに笑われ、照れたように笑いながら武道の両頬を掴んでいた頬をやっと離した。
「タケミチ」
ホッとしたのも束の間、トレイに声を掛けられた為そちらに視線を向ける。そこにはあまりに綺麗すぎる笑顔を浮かべたトレイがおり、何だか嫌な予感がして思わず身体が硬直してしまった。
「そのお前の言うミツヤ、という男の菓子を食べた奴はお前しかいない。協力、してくれるよな?」
武道に拒否する権限は残されていなかった。