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傍観者の彼



今日も変わらず、半間曰く「逢い引き」をする。いつもと少し違うのは時間が辺りも寝静まる真夜中ではなく、日が落ちかけている時間帯ということくらい。
周囲に半間以外の人物がいないことを確認して着ていたパーカーのポケットから煙草が入った箱を出す。武道には宝物が詰まった箱だけれど、大分吸い終えてしまったから中にある宝物が少なくなっているのが分かって少し悲しくなった。
同じようにして隣に並ぶ半間も煙草を1本手に取り火をつけたようで辺りに煙草の匂いが漂った。ただ、普段半間が好んで吸っている物とは違う、親しみを持つ匂いがしてきて思わず小さく驚く。


「……!その匂い…」

「なーに、気付いた?」

「ええ、まぁ…に、しても”浮気”ですか?」

「偶には”遊んで”みたくなるだろ?」

「俺は一途なんで。浮気者の考えはさっぱり」

「ばはっ、手厳しィな♡」


半間はいつも吸っている銘柄とは異なり、武道が好む銘柄に手を出した。普段とは違う香りを纏っていたからかすぐに気付いた武道に思わず笑みがこぼれる。


「それより、どう?落ち着く?」

「………」


誰よりも匂いを気にしている武道を知ってか知らずか、首をくい、とほんの少しだけ上に傾け吸い込んだ煙を吐き出す。半間以外の男としか合わない真夜中の逢瀬なら気にせず”そういった”意味合いも込めて武道本人に思い切り煙を吹き掛けるが、残念ながら今日は東京卍會の集会が控えていた。


「…ほんの一瞬揺らぎかけましたけど、やっぱり浮気はダメですね。ほんのりと、”余所者”の匂いが混ざっちゃってますから。…知ってます?浮気するならバレないように、が鉄則なんですよ?」

「一途って言っておきながら随分と詳しいなァ?実はこっそり遊んでた?」

「さて、どうでしょうね?」


武道のどのような"アソビ"をしていたのかを聞くもするりと躱されてしまう。薄らと気付いている部分もあるが、あくまでそれは半間の解釈。武道の知っている部分はきっと限りなく少ない。
躱されてしまうことを知っていてもなおからかいを混じえて本人に聞くことができるのはある種、半間の人柄によるものだった。


「"前"がどうだったかは知らねぇけど、今は随分”ソイツ”にお熱みたいだな?」

「"この子"が1番俺に寄り添ってくれるんで。"他の子達"はどうも性にあわないんですよね。」


愛おしいものを見つめるような眼差しで恭しく煙草を手に取る。口に煙草を咥える様子がまるで恋人に口付けをするようで。


「!」


まるで唇を奪うように武道の咥えている煙草に火を移す。半間が武道の"共犯者"になったあの日から必ず取り決められている約束のひとつ、それは武道の煙草に火をつけるのは必ず半間がすること、だった。


「半間くんも物好きですよね。そろそろ飽きません?」

「全く♡」


心底楽しいと言うかのようにニヤリと笑って答える。これは、これだけは俺だけの特権なのだと主張する。誰にも任せられない、いや、任せたくない。
それなのに…


「タケミっちが、俺以外のオトコと逢い引きしてるから、盗られねぇようにマーキングの意味も込めてるからな♡」

「は?…あぁ、そういうこと」


半間の言った事に一瞬ポカンと呆けるもすぐに納得する。どうやら、最近の事は諸々バレているらしい。それにしても、この半間という男のこれまでのイメージとはそぐわない発言に武道は思わず笑ってしまった。


「ふふ…なんですか、半間くん妬いてるんです?」

「俺がいながら他のオトコを構ってんだ、妬いちまうに決まってんだろ?」

「そういう君だって、稀咲に執心しているでしょ?おあいこですよ。それに、あの人はそんなんじゃないので」


煙草を一口吸い込む。変わらない味と匂い、"この子"だけは相も変わらず俺の味方みたいだ。


「君の言葉を借りるなら、君は俺の共犯者だけど、あの人は単なる傍観者、なんですよ」

「傍観者、ねぇ…俺にはどうも親しげに見えたけどな?」


脳裏に傍観者と呼ぶあの男を思い浮かべる。目元の傷が印象的な大人の男。
彼はただ、見ているだけ。煙草をやめろとも、率先して進めようともせず、気が付くと傍で煙草を吹かしているだけ。交わす言葉は少なく、煙草を吸い終えたら何も言わずにふらりといなくなる彼に心を少し許してしまっているのもまた、確か。
何も言わずとも理解してくれている大人だからか、はたまた、彼が好む銘柄が武道と同じものだからか。
自分が、匂いを纏うのも嫌いではないが、やはり、誰かからその匂いがしてくる、ということにどうしても思い出が揺さぶられてしまって無意識にどこか心を許してしまっていた。


「…俺がしたかった事を叶えてくれたからかな」

「あ?」

「んーん、なんでもないよ」


目を閉じ、脳裏に浮かぶ煙草を吸う父親の背中にならんで煙草を嗜む自身の姿を想像して、幻影を振り払うように目を開ける。

次第に冷たくなってきた空気が肌を刺す。武道のほんの少し熱くなった目頭を冷ましていった。


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