「でもお前は俺たちを置いていこうとしちまうんだろうな」
「春千夜」
三途春千夜は怯えていた。
一体何に?
ーー信じていた者に裏切られていた、その事実に。
「たけみち、……たけみち、たけみち……」
「おいで春千夜」
これ以上怖がらせないよう穏やかな声で呼びかける。腕を広げて迎え入れる姿勢をとるとすぐ様腕の中に三途は飛び込んできた。……信頼の証だ。
幼子を宥めるように頭を優しく撫でる。そうされることでほんの少し落ち着きを取り戻してきたのかやっと言葉らしい声を聞くことが出来た。
「あ……あ……なんで、なんでだよ……どうして信じてたのに、兄貴、みたいだなって思ってたのに……!どうして、どうして!……どうして一緒じゃねぇんだよぉ……」
「なんで」「どうして」。そんな疑問を口に出し武道にしがみつくその様は正しく右も左も分からぬ幼子のようで。その姿があまりに可哀想で、愛おしくて。そっと三途の背に手を回すと三途は益々武道にしがみつく力を強くした。
「たけみち、たけみちは、一緒だよな?おれと、ずっと、ずっと……いっしょにいるよな……?おれと一緒に、まいきーをまもるって、いっしょにいるっていったもんな?なぁ、たけみち、たけみち……」
「当たり前でしょ。俺は君とずっと一緒にいる。勿論、マイキー君も。沢山泣いて疲れたでしょ?諸々の雑務は俺がやるから春千夜は少しだけ眠っておいで」
「やだ、ねたくない……ねたらどっかいっちゃう……やだ、やだ……おれをおいてかないで、たけみち……」
「大丈夫。大丈夫だよ春千夜……俺は何処も行かない。ほら、こうしてぎゅってしててあげるから今は
は少しだけおやすみ」
「ぜったいだからな……はなさないで」
起きた時、この世界に独りなのだと錯覚すらさせないで。
「タケミっち」
月明かりが射し込む部屋に小さな、けれどシン、と静まり返った部屋だからこそよく通った声が響いた。
声の主をチラりと見て一本唇の前に指を立てる。声の主もその意図をすぐ理解してくれたようで先程よりも更に小さな声で様子を伺ってくれているように見えた。
「……春千夜寝た?」
「ええ、もうぐっすりですよ……"彼"どうしますか」
静かに傍らに近寄って来た声の主は武道の膝に頭を乗せている春千夜とは反対側に腰を据える。
「案の定、イザナのとこ……天竺が巣穴だったしな。"前"と同じパターンだ、なんとかするよ。今回は"アイツ"がいねぇし、まだ楽だな」
「すみません……俺がもう少し気を回していれば、春千夜も悲しませずに済んだのに……」
「タケミっちは充分気を回してくれてるだろ。今回は完全に俺の落ち度だよ……それより、状況は違うけど恐らく今回も天竺と抗争になる。先手を打っておきてぇところだ」
「俺が動きます。抗争になるのなら大方の動きの予想もできるし……"あの"2人を動かしてもいいです?」
「元々アイツらはお前の支持じゃないとまともに言うことなんざ聞かねぇだろ」
あのガングロ眼鏡と守銭奴め……と呟くマイキーに思わず苦笑いをする。
「それにしても、まさか"猛獣使い"、なんて言われると思いませんでした」
「ん?誰に言われたの?」
「ムーチョくんですよ。中々言い得て妙、という奴ですかね」
「失礼だなぁ、俺猛獣なんかじゃないよ?ちゃーんといい子にしてるでしょ?」
「ムーチョくんにとってはそれが既に飼い慣らしている、って捉えてるんじゃないですかね」
「三途は三途で俺を王という地位に置いた上でアイツ自身とタケミっちを対等だと思ってるし?」
「ふふ、拗ねてるんです?」
「当然だろ。ムーチョも三途も何も分かっちゃいねぇ」
マイキーは知っている。
もし、武道がマイキーと春千夜どちらかを選ばなければならない場面に遭遇したら、悩んで、悩んで悩み抜いた後に両方を選び取ろうとすることを。
それが例え" "を犠牲にするとしても。
だってきっとマイキーだってそうするだろうから。
武道"だけ"をマイキーは選ばない。武道を含めた大切な者達を選びとるのだ。
するり、と武道の頬を撫でる。マイキーの考えなど既に察しているようで武道はただ微笑んでいるだけだった。
本当に対等なのはーー
「なんて、みなまで言う必要無いでしょ」
たった2人しか腰掛けられない小さなソファ。2人でもだいぶ狭くて、それこそ身を寄せ合うように座らなければいけないほどの。
三途はどうやらマイキーを玉座に座らせたいようだが、たった1人しか座ることが出来ない玉座などマイキーには不要。
窮屈でも、ボロボロでも身を寄せあいながら2人で座るソファさえあればそれでいい。……それがいい。
この場所は誰にも譲らない。自分だけの特等席なのだから。
「 」
武道の言葉を合図に身を寄せあった。今日も今日とて身を寄せ合う。この場所だけは誰にも譲らない。
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