「でもお前は俺たちを置いていこうとしちまうんだろうな」
「真の……特務隊……?」
「……ッ、何を言ってやがる……!マイキーはそんなこと……!」
「そりゃ言わないでしょ。ムーチョ君……君だって監視対象の一人なんだから」
「監視対象だと……?」
武藤は訝しげに武道の様子を伺う。
「何でマイキー君が君を"伍番隊"に置いたか分かる?」
「は……」
「理由は二つ。一つは君自身も監視対象だから。一介の隊長というポジションなら例え伍番隊が他の隊よりも目立った動きをしなかったとしても監視しやすいから。」
隊長のみ集合をかけられることなど幾らでもある。最も真の隊長である武道には集会の時には既に事前に内容を知らされていた。表向きは一隊員である為に隊長のみの集まりに参加出来なくとも問題はない。
「もう一つの理由は伍番隊という東京卍會
唯一内輪揉めが許された部隊……裏切り者を粛清出来る部隊……その部隊に据え置く事で君の忠誠心を試したんだよ。中々上手に立ち回っていたようだけれど……ボロが出ちゃったからもうお終い」
「……あ……」
一度壊れてしまった物はどんなに直そうとしても全く同じものには戻れない。どう頑張っても継ぎ接ぎだらけの歪な物へと変貌してしまう。
「『マイキーと先に出会っていれば違ったのかもしれないな』……この発言を東京卍會
に対しての裏切りとみなし……真の特務隊隊長、花垣武道が粛清させて頂きます」
青い瞳が煌めいた。
「ふ、粛清?……悪いが、俺もそう簡単に粛清なんぞされる訳にはいかないんだ……よッ!!」
話の最中に拘束を解いていた武藤が武道に攻撃を仕掛ける。体格差も相まってきっととてつもない衝撃が武道を襲うのだろう。
ーー最もまともに受ければ、の話だが。
「ッ!?三途……!?お前……!」
「悪ぃなぁ、"隊長"?……オラァッ!!」
武藤が拘束されたこの場に春千夜は来ていなかった。武藤は疑いを掛けられたのは己のみなのだと静かに安堵していたし、内心大切な弟分だと思っていた彼にこのまま何も告げず置いていってしまうことに悲しみも覚えていた。
けれど、何故置いていったのかと、騙していたのかと詰められたのだとしても、今この場所にいてありもしない疑いを掛けられ、文字通りの"粛清"をされる、そんな事を弟分にさせたくなかったのだ。
実際に欺かれていたのは己だったというのに。
「テメェ騙してやがったのか三途……!」
「ハッ!騙すゥ?人聞きの悪ぃ事言ってんじゃねぇよ。俺の肩書きは"伍番隊の副隊長"なのに代わりはねぇし、アンタも尊敬してたよ。……ただ、俺にとっての"真の"伍番隊の隊長はアンタじゃなかったし、もっと尊敬する奴がいただけ……要はテメーと同じ理由……優先順位って奴だよ」
ほんの一瞬春千夜の瞳に悲しみが宿ったような気がした。だが、それも直ぐに消えてしまって、あるのはただギラギラと目の前の獲物をどうしてやろうかとでも言うような感情のみであった。
優先順位。そう、あくまで武藤の優先順位が春千夜の中で武道やマイキーよりも低かっただけなのだ。
かの有名なトロッコ問題にもあるような、一人だけ乗っているトロッコと五人乗っているトロッコ、どちらを救うためにはどちらを犠牲にしなければならない、なんて状況があったとして、もしもその一人というのが武藤であったのなら迷わず武藤を救いその他大勢を犠牲にすることなんて春千夜には容易い。けれど己にとって仮初の隊長である武藤と本物の隊長である武道どちらを選択する、というこの場面では武道を選ぶ……ただそれだけの事だった。
ほんの一瞬、躊躇してしまいそうになるけれどそれでも迷わず武道を選ぶ。それが春千夜の信念だから。
「そうか……じゃあ、お前の王は……コイツってことか」
「いいや、違うね」
武道が王?巫山戯るな
「武道は俺の王じゃない。俺にとっての王はマイキーただ一人!マイキーの為なら俺は命を賭けられるし、いくらでも盾になれる」
「それに比べて、俺と武道は対等なんだよ」
同じくマイキーという王に仕える者。春千夜の一番はいつだってマイキーなのであると同じ様に武道の一番もマイキーなのだ。だからこそ、武道とマイキーどちらを選ぶのかという場面に出会ったならきっと迷わずマイキーを選ぶ。武道もきっとそうするだろう。
……心の奥底で己を一番に見て欲しい、選んで欲しいなどという浅ましい感情には見て見ぬふりをして。
「武道は同じくマイキーという王に仕える者……だからこそ残念だよ"隊長"……尊敬してたのに……!俺と一緒だって、アンタの王もマイキーであると信じていたのに!!!」
何でアンタの王はマイキーじゃないんだ
「春千夜」
「ッ、たけみち、」
「感情的になり過ぎだよ?ほら、そろそろ始めないとマイキー君が待ちくたびれちゃうでしょ?」
「ごめんね?ムーチョ君。大丈夫、痛いのなんて一瞬だよ」
武道はまるで幼子をあやす様にいい子いい子とムーチョの頭を撫でている。これからされるであろう粛清とは似ても似つかず思わず思考すら止まってしまった。
「ありがとう、ムーチョ君。春千夜を可愛がってくれて……でもそろそろ返してもらうね?」
ゆっくりと頭を撫でていた手が離れていく。思わず離れ難いなんて似合わない感情がムーチョの心を汚染する。そして嫌でも理解した、させられてしまった。なぜ花垣武道という男が"真の特務隊"などという肩書きを背負っているのかを。
きっとコイツは誰よりも東京卍會を愛しているのだろう。だからこそ、東京卍會という組織そのものも、所属している者達も丸ごと守り抜こうとする。愛を与える。そしてそれは東京卍會に関わった年数が短い武藤にも変わらず与えられていた……最も今の今まで気づかなかったのだけれど。
裏切り者には粛清を。東京卍會と共にこれからを歩むというのなら愛を。
なんて恐ろしい選択だろうか。愛を与えられ、それに気付いてしまった者達はもう
一度でも生活の水準が高くなってしまえばもう下げることが出来ない。だって、それ以上を人は求めてしまうのだ。もう、満足することなど出来やしない。
そうやってコイツは手懐けて来たのだろう。己より遥かに力のある存在(もの)を。そしてそれはきっとこれからも変わることは無い。
「はっ…………とんだ、猛獣使い、だな」
気を失う直前に見たその顔は恐ろしい程に慈愛に満ちていた。