【オズ】会社パロ連載
名前変換について
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
小田原を過ぎたころ、車窓が明るくなった。
「海だ」
イヴが言うのと、私が「綺麗」と呟いたのは、ほぼ同時だった。
早朝の新幹線の中、浜松へ向かう道中。窓の外に広がる青い波が、やわらかな陽差しを跳ね返しながらゆったりと打ち寄せている。
「このあたりまで来ると、海がきれいですね」
「本当に。なんだか旅行みたい。晴れてよかったね」
イヴは微笑みながらペットボトルのミネラルウォーターを差し出す。私が朝寝坊して、飲み物を買う余裕もなく東京駅に駆け込んだのを察してか、前もって準備してくれていたらしい。礼を言いながらそれを受け取る。
「はい。出張なんて初めてですし、新幹線も久しぶりです」
「そっか。少し緊張してる?でも大丈夫、今日はあくまで顔合わせとご挨拶だから。ね、ギル」
「………」
イヴが視線を投げるが、ギルは通路側の席でタブレットを見たまま動かない。無言のまま、ページを指でスワイプしていた。イヴはそんな彼の態度を気にすることもなく、今日の旅程を教えてくれた。
東京駅から浜松までは二時間弱、この後は客先へ直行、商談の結果によってはもう一件寄ることになるという。
イヴを隔てていても無言の重圧を感じる。ギルとは、今までこんなに長く一緒にいたことがない。何を考えているのかさっぱりだ。
「今、何を見てるんでしょうね」
思わずぽつりとこぼすと、イヴが「たぶん今から行く工場の財務資料」と答えた。
「ギルはね、会う前に相手のことをすごく調べるタイプ。だから提案が的確だし、お客さんにも信頼されるんだよね」
「そう…なんですね」
少し意外だった。ギルはなんでもそつなくこなすが、努力をするタイプには思えなかったから。イヴは嬉しそうに微笑み、また車窓へと視線を移す。
「イヴさんは、ギル課長と長いんですよね」
「そうだね、もう十年は一緒かな」
十年。それだけ付き合えば気心も知れたものだろう。
「ギルのこと、苦手?」
「えっ?いや、まさかそんな」
直属の上司が横にいるのに、すごいことを聞いてくる。
トンネルに入り、視界から海が消えた。鏡のようになった窓の中で、イヴが微笑む。ギルは相変わらず無言のままタブレットを見ている。車内アナウンスが次の停車駅――熱海を告げていた。
***
午後、浜松市郊外。静かな工業団地の一角に、目的の工場はあった。
建物自体は築年数が経っているが、敷地内は掃除が行き届いていて清潔だ。機械の音が途切れない。
応接室に通されてしばらくすると、工場長と呼ばれる男性がやってきた。
五十代半ば、背筋は伸びているが、作業着の襟元にはやや皺が寄り、くたびれた印象だった。最初に深く一礼をしたきり、あとは視線だけを投げてくる。
名刺交換を終え、イヴが口を開く。
「改めまして、本日は貴重なお時間をありがとうございます。私ども、現在〇〇業界向けに高精度の部品供給ラインを探しておりまして……」
プレゼンの導入をイヴが担い、本題に入るとギルが資料を差し出す。簡潔で無駄のない説明。国内での中間業者を減らし、可能であれば御社のような高精度な加工技術を持つ工場と、直接の取引関係を築けないか――そういった申し出だった。
だが。
「……申し訳ないが、うちはそういうの、やってないんで」
工場長の返事は、驚くほどあっさりしていた。
「そういうの、というのは?」
「商社さんとの直接取引。うちはそういうの、やらないんだよ」
「そうですか…、」
イヴが柔らかく表情を保ちながら言葉を探している。
「確かに商社と工場の連携は、あまり例がないかもしれません。ですが――」
「うちは今後もそういう方針でやっていきますんで。今日はせっかく来ていただいたのに、すみませんね」
沈黙が流れた。
ソファの端に座り、三人のやりとりをただ見守るしかない私は、呼吸をするのもはばかられるような重い空気の中でじっとしていた。
それを掃ったのはギルだった。資料を閉じると、静かに立ち上がる。
「そうですか。ご挨拶と確認だけでもできてよかった。では、今日はこれで」
イヴもそれに続いて腰を上げる。私は慌てて立ち上がり、深くお辞儀をした。
あっけなかった。営業の“え”の字も出させてもらえなかった。
建物の外に出ると、風が少し冷たい。山奥という立地のせいか、春なのに寒さが染みる。
「……すみません、私、何もできなくて」
駅前で借りたレンタカーに戻る途中、つい口に出てしまった。ギルは何も言わず歩き続け、イヴがやわらかく言った。
「夢子のせいじゃないよ。俺たちもまだ、何もできてないんだから」
車に乗り込むと、先に運転席についていたギルがシートベルトをかけながら、短く告げた。
「明日もう一度来る」
「……ギル?」
「もう少し、考えるとしよう」
もう少し考えて何とかなるものなのか。商談がまとまるイメージが全くわかない。
「何にせよ、今日の仕事は終了だ。ホテルに向かう」
「そうだね。…じゃあ、夢子さん」
助手席のイヴが、手提げから本を取り出して手渡してくる。何かと思えばガイドマップだった。
「今日のお夕飯はなにがいい?好きなお店を選んで。そこに行こう」
「海だ」
イヴが言うのと、私が「綺麗」と呟いたのは、ほぼ同時だった。
早朝の新幹線の中、浜松へ向かう道中。窓の外に広がる青い波が、やわらかな陽差しを跳ね返しながらゆったりと打ち寄せている。
「このあたりまで来ると、海がきれいですね」
「本当に。なんだか旅行みたい。晴れてよかったね」
イヴは微笑みながらペットボトルのミネラルウォーターを差し出す。私が朝寝坊して、飲み物を買う余裕もなく東京駅に駆け込んだのを察してか、前もって準備してくれていたらしい。礼を言いながらそれを受け取る。
「はい。出張なんて初めてですし、新幹線も久しぶりです」
「そっか。少し緊張してる?でも大丈夫、今日はあくまで顔合わせとご挨拶だから。ね、ギル」
「………」
イヴが視線を投げるが、ギルは通路側の席でタブレットを見たまま動かない。無言のまま、ページを指でスワイプしていた。イヴはそんな彼の態度を気にすることもなく、今日の旅程を教えてくれた。
東京駅から浜松までは二時間弱、この後は客先へ直行、商談の結果によってはもう一件寄ることになるという。
イヴを隔てていても無言の重圧を感じる。ギルとは、今までこんなに長く一緒にいたことがない。何を考えているのかさっぱりだ。
「今、何を見てるんでしょうね」
思わずぽつりとこぼすと、イヴが「たぶん今から行く工場の財務資料」と答えた。
「ギルはね、会う前に相手のことをすごく調べるタイプ。だから提案が的確だし、お客さんにも信頼されるんだよね」
「そう…なんですね」
少し意外だった。ギルはなんでもそつなくこなすが、努力をするタイプには思えなかったから。イヴは嬉しそうに微笑み、また車窓へと視線を移す。
「イヴさんは、ギル課長と長いんですよね」
「そうだね、もう十年は一緒かな」
十年。それだけ付き合えば気心も知れたものだろう。
「ギルのこと、苦手?」
「えっ?いや、まさかそんな」
直属の上司が横にいるのに、すごいことを聞いてくる。
トンネルに入り、視界から海が消えた。鏡のようになった窓の中で、イヴが微笑む。ギルは相変わらず無言のままタブレットを見ている。車内アナウンスが次の停車駅――熱海を告げていた。
***
午後、浜松市郊外。静かな工業団地の一角に、目的の工場はあった。
建物自体は築年数が経っているが、敷地内は掃除が行き届いていて清潔だ。機械の音が途切れない。
応接室に通されてしばらくすると、工場長と呼ばれる男性がやってきた。
五十代半ば、背筋は伸びているが、作業着の襟元にはやや皺が寄り、くたびれた印象だった。最初に深く一礼をしたきり、あとは視線だけを投げてくる。
名刺交換を終え、イヴが口を開く。
「改めまして、本日は貴重なお時間をありがとうございます。私ども、現在〇〇業界向けに高精度の部品供給ラインを探しておりまして……」
プレゼンの導入をイヴが担い、本題に入るとギルが資料を差し出す。簡潔で無駄のない説明。国内での中間業者を減らし、可能であれば御社のような高精度な加工技術を持つ工場と、直接の取引関係を築けないか――そういった申し出だった。
だが。
「……申し訳ないが、うちはそういうの、やってないんで」
工場長の返事は、驚くほどあっさりしていた。
「そういうの、というのは?」
「商社さんとの直接取引。うちはそういうの、やらないんだよ」
「そうですか…、」
イヴが柔らかく表情を保ちながら言葉を探している。
「確かに商社と工場の連携は、あまり例がないかもしれません。ですが――」
「うちは今後もそういう方針でやっていきますんで。今日はせっかく来ていただいたのに、すみませんね」
沈黙が流れた。
ソファの端に座り、三人のやりとりをただ見守るしかない私は、呼吸をするのもはばかられるような重い空気の中でじっとしていた。
それを掃ったのはギルだった。資料を閉じると、静かに立ち上がる。
「そうですか。ご挨拶と確認だけでもできてよかった。では、今日はこれで」
イヴもそれに続いて腰を上げる。私は慌てて立ち上がり、深くお辞儀をした。
あっけなかった。営業の“え”の字も出させてもらえなかった。
建物の外に出ると、風が少し冷たい。山奥という立地のせいか、春なのに寒さが染みる。
「……すみません、私、何もできなくて」
駅前で借りたレンタカーに戻る途中、つい口に出てしまった。ギルは何も言わず歩き続け、イヴがやわらかく言った。
「夢子のせいじゃないよ。俺たちもまだ、何もできてないんだから」
車に乗り込むと、先に運転席についていたギルがシートベルトをかけながら、短く告げた。
「明日もう一度来る」
「……ギル?」
「もう少し、考えるとしよう」
もう少し考えて何とかなるものなのか。商談がまとまるイメージが全くわかない。
「何にせよ、今日の仕事は終了だ。ホテルに向かう」
「そうだね。…じゃあ、夢子さん」
助手席のイヴが、手提げから本を取り出して手渡してくる。何かと思えばガイドマップだった。
「今日のお夕飯はなにがいい?好きなお店を選んで。そこに行こう」
2/2ページ