【オズ】読み切り
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火曜日。平日。午前十時半。
予約はゼロ。今日も、暇だ。
『ある営業マンの記録』
俺は某高級車のショールームで、誰も見ていないパンフレットの角をそろえていた。
今月の店舗売上は目標の六割。こうも景気が悪いと売り上げが伸びるはずもない。日頃穏やかな営業スマイルを浮かべている店長も、徐々に口元が引きつってきた。叱られるのも時間の問題だ。
ふいに、ガラス扉の自動ドアが開いた。控えめな音を立てて、男がひとり入ってくる。
―― 徒歩?
このあたりは最寄り駅からも遠く、車以外で来る人は少ない。
疑問に思いながらも、営業の性ともいうべき悪癖を発動する。
―― 服は上質。ブランド物ではないが、仕立てがいい。紺のニットに、シンプルな黒のジャケット。派手さはないが、雰囲気がある。靴もおそらく一流品だ。
思わぬ上客の来店に胸が高鳴る。俺はできる限りスマートにお辞儀をし、顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」
改めて見て驚いた。男の顔がいい。めちゃくちゃいい。
…俳優か? モデルか?
男は俺の言葉に、少し間を置いて答えた。
「……四人か五人、乗れる車を見たい」
声もまた、妙に落ち着いていた。顔もよければ声もいい。きっと俺が知らないだけで芸能人に違いない。それなら金はあるだろう。今日中の成約は難しくても、絶対に逃がしたくはない。
「ご家族用でよろしいですか?」
「家族旅行に使う予定だ。急ぎたい」
「ご予算は……」
「いくらでもいい」
その瞬間、店の奥で様子を伺っていた店長が本気の眼差しでサムズアップした。
男はギルと名乗った。車種にはこだわりがないのか、こちらの案内を聞きながら的確に要望を伝えてくる。試乗車を準備しながら、心の中で神様に感謝する。
そうしてギルを運転席に迎え、俺は助手席に乗り込みながら、またもや溜息をつくこととなった。
運転の所作がいちいち決まる。シートベルトを引く仕草、ウィンカーを出す手の角度、ハンドルを切りながら滑らせる指先。洗練されている。同じ男ながら感服してしまう。
「そういえば、奥様は、どんな?」
軽い雑談のつもりだった。
ギルは一瞬だけこちらを見て、ほんの少しだけ笑った。が、答えない。
……なるほど。美人なんだろうな。
顔もよければスタイルもいい、ハリウッド女優のような奥さんを想像して、俺は納得した。
軽く町内を一周して店舗に戻り、いよいよ商談というタイミング。
バタバタと足音がショールームに響く。なんだ?
「ギルさん遅い〜! 試乗って言ってたのに……あっ、もう買うの?」
中で待っていたらしい少年が、笑顔で走ってきた。続いて、茶髪の少年と、薄紫髪の青年。
「この車?」
「車内、見ていい?」
「俺、トランクの広さ見たい」
「わあ、後部座席広〜い!」
三人とも、めちゃくちゃ顔がいい。
―― あれ? 家族旅行?
全員、男だが。
いや、そういうの最近多いしな。 渋谷区にもパートナーシップ制度があった気がする。
それに、ともう一度ギルの顔を見た。これなら男にもモテる。納得だ。
ギルははしゃぐ少年二人を目で制し、商談の席に着いた。書類を広げながら、さぁどう切り込むかと考えていると、
「この車にする」
ギルが言ったときには、すでにロビン(と呼ばれた少年)がオプションカタログをめくっていた。
「これもつけよう! え、後席モニターも?つけよつけよ! あ、シートヒーターも!ほしいってイヴさん言ってた〜」
ロビンの提案でぽんぽんと金額が上がっていく。
その間、アンジュと呼ばれた少年と、イヴと呼ばれた青年(おそらくこの人がギルのパートナーだ。年齢的に)は、店長が出した最上級の玉露に舌鼓を打っていた。
ギルは、ロビンに言われた全オプションを無言で了承。
契約書にサインし、黒いカードを取り出す。
「支払いは翌月一括だ」
俺の目がぐるぐる回っていた。高級グレード、フルオプション、翌月一括払い。
……神様、ありがとう。
その日の夜、店長に「どうやったんだお前!?」と詰め寄られた俺は、真顔で答えた。
「顔が、良かったです」
予約はゼロ。今日も、暇だ。
『ある営業マンの記録』
俺は某高級車のショールームで、誰も見ていないパンフレットの角をそろえていた。
今月の店舗売上は目標の六割。こうも景気が悪いと売り上げが伸びるはずもない。日頃穏やかな営業スマイルを浮かべている店長も、徐々に口元が引きつってきた。叱られるのも時間の問題だ。
ふいに、ガラス扉の自動ドアが開いた。控えめな音を立てて、男がひとり入ってくる。
―― 徒歩?
このあたりは最寄り駅からも遠く、車以外で来る人は少ない。
疑問に思いながらも、営業の性ともいうべき悪癖を発動する。
―― 服は上質。ブランド物ではないが、仕立てがいい。紺のニットに、シンプルな黒のジャケット。派手さはないが、雰囲気がある。靴もおそらく一流品だ。
思わぬ上客の来店に胸が高鳴る。俺はできる限りスマートにお辞儀をし、顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」
改めて見て驚いた。男の顔がいい。めちゃくちゃいい。
…俳優か? モデルか?
男は俺の言葉に、少し間を置いて答えた。
「……四人か五人、乗れる車を見たい」
声もまた、妙に落ち着いていた。顔もよければ声もいい。きっと俺が知らないだけで芸能人に違いない。それなら金はあるだろう。今日中の成約は難しくても、絶対に逃がしたくはない。
「ご家族用でよろしいですか?」
「家族旅行に使う予定だ。急ぎたい」
「ご予算は……」
「いくらでもいい」
その瞬間、店の奥で様子を伺っていた店長が本気の眼差しでサムズアップした。
男はギルと名乗った。車種にはこだわりがないのか、こちらの案内を聞きながら的確に要望を伝えてくる。試乗車を準備しながら、心の中で神様に感謝する。
そうしてギルを運転席に迎え、俺は助手席に乗り込みながら、またもや溜息をつくこととなった。
運転の所作がいちいち決まる。シートベルトを引く仕草、ウィンカーを出す手の角度、ハンドルを切りながら滑らせる指先。洗練されている。同じ男ながら感服してしまう。
「そういえば、奥様は、どんな?」
軽い雑談のつもりだった。
ギルは一瞬だけこちらを見て、ほんの少しだけ笑った。が、答えない。
……なるほど。美人なんだろうな。
顔もよければスタイルもいい、ハリウッド女優のような奥さんを想像して、俺は納得した。
軽く町内を一周して店舗に戻り、いよいよ商談というタイミング。
バタバタと足音がショールームに響く。なんだ?
「ギルさん遅い〜! 試乗って言ってたのに……あっ、もう買うの?」
中で待っていたらしい少年が、笑顔で走ってきた。続いて、茶髪の少年と、薄紫髪の青年。
「この車?」
「車内、見ていい?」
「俺、トランクの広さ見たい」
「わあ、後部座席広〜い!」
三人とも、めちゃくちゃ顔がいい。
―― あれ? 家族旅行?
全員、男だが。
いや、そういうの最近多いしな。 渋谷区にもパートナーシップ制度があった気がする。
それに、ともう一度ギルの顔を見た。これなら男にもモテる。納得だ。
ギルははしゃぐ少年二人を目で制し、商談の席に着いた。書類を広げながら、さぁどう切り込むかと考えていると、
「この車にする」
ギルが言ったときには、すでにロビン(と呼ばれた少年)がオプションカタログをめくっていた。
「これもつけよう! え、後席モニターも?つけよつけよ! あ、シートヒーターも!ほしいってイヴさん言ってた〜」
ロビンの提案でぽんぽんと金額が上がっていく。
その間、アンジュと呼ばれた少年と、イヴと呼ばれた青年(おそらくこの人がギルのパートナーだ。年齢的に)は、店長が出した最上級の玉露に舌鼓を打っていた。
ギルは、ロビンに言われた全オプションを無言で了承。
契約書にサインし、黒いカードを取り出す。
「支払いは翌月一括だ」
俺の目がぐるぐる回っていた。高級グレード、フルオプション、翌月一括払い。
……神様、ありがとう。
その日の夜、店長に「どうやったんだお前!?」と詰め寄られた俺は、真顔で答えた。
「顔が、良かったです」
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