【ロビン】読み切り
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ロンドンの空はいつも曇りがちで、たまに青空の日があれば、それだけで得をしたような気持ちになる。ロビンと初めて会った日、彼はキラキラと陽光をまといながら、ふいに話しかけてきた。
「君、次の講義のノート持ってる?」
初対面のはずなのに、ロビンはまるでずっと昔からの友人のような口ぶりだった。明るくて、誰とでも仲が良くて、それでいてどこか浮世離れしたところがある彼は、皆の中にいても、まるで別の世界を見ているようだった。
天才、と誰かが彼のことを呼んだ。それは彼を敬いながら遠ざけるような言葉だ。私は呼ばなかった。代わりに毎日あいさつをした。ロビンはにっこり笑って手を振った。そんな日をずっと重ねた。
それだけの関係ではあった。
ある日、ロビンは突然大学を休学した。
「日本に行くんだ」
理由も、期間も、目的も語らなかった。何人もの友人が彼を問い詰めたけれど、軽やかに躱して笑っていた。
ロビンが居なくなってもうすぐ一年になる。
相変わらずロンドンの空は曇りがちで、暗い。いよいよ気が滅入りそうになった私は、夏休みを利用して日本に行くことにした。観光目的だ。でも本当は、ロビンに会いたかった。
SNSで検索すると、彼はいま『オズ』というバンドで活動しているらしい。薄紅色の髪をヘアバンドで束ね、大人びたメイクをしている。青のステージ衣装と、彼を囲む仲間たち。画面越しに見る彼は、まるで別人のようだった。
気づけばチケットを予約していた。
ライブハウスはハラジュク、駅から少し歩いた店の地下だ。異国の言葉と慣れない場所に戸惑いながらも、片隅に立って、開演を待った。
照明が落ち、歓声が上がる。ロビンは最後に出てきた。観客の期待を受け止めながら、まっすぐ前を見てマイクを握る。自信ありげに、不敵な笑みを浮かべて。
―― ステージに立つ彼は、見慣れていたはずなのに。
歌い始めた彼を見て、私は思った。
―― 今まで、こんなふうにのびのびと歌ったことがあっただろうか。
大学生活の傍ら、音楽家として活動するロビンを見ていた。公演を何度も聞きに行った。CDも、持っている。大学の仲間と一緒に音楽室で歌ったこともあった。けれど今の歌声は、私の聞いていたものとは違う。
感情をさらけ出すように、時に微笑み、時に叫び、時に沈黙すら音楽にして、彼は歌う。その姿は光に包まれていた。
天才だ、と誰かが言った。わたしもそう思っていた。その力は、クラシックではなく、今この場で広がっている。手が届かないほど天高く飛ぶ翼のように。
―― 私が知っているロビンは、ここにはいない。
ライブが終わり、出口に向かった。始まる前は、あわよくば、少し話して、笑って、向こうに戻らないかと声をかけることができればと思っていた。でもそれは、私の勝手な期待だ。
今彼がいる場所に、私の入る余地はない。
建物から出て、夜の夏の空気を吸い込む。いつの間にか冷えていた体がじんわりと緩み始めるまで、その場で立ち尽くしていた。それくらいの時間、そこに居たのだろうか。
ふいに背後から声がした。
「……なんで君がここにいるの?」
振り返ると、いつものロビンがいた。見慣れた白いシャツ、黒のパンツ。ハーフアップにして浮いた髪が夜風に揺れる。大きな目をさらに見開いて、口元にはいつもの人好きな笑みを浮かべる。
「あ!もしかしてライブ見に来てくれたの?」
明るくて、そつのない口調。私の知っていたロビンだ。そのやさしさに苦しくなる。私はただのクラスメートだ。
「うん、たまたまこっち来てて。偶然、SNSで見かけてさ」
とっさに嘘をついた。あなたに会いに来ました。そんなことは死んでも言えない。
苦し紛れにそう答えると、ロビンは弾けるように笑った。
「そっか!Thank you!すっごくうれしいな」
それ以上は、何も言えなかった。距離があった。私は笑った。
「じゃあ、元気で。戻ってきたら、また会おうね」
ロビンは少し驚いたようにまばたきして、それからうなずいた。
「もちろん。君も元気で」
背を向けて歩き出し、ふと、もう二度と彼には会えないような気がした。涙がこぼれた。
帰りの電車の中、スマートフォンを開くと、ライブの写真がアップされていた。ファンのコメントには「今日のロビン最高だった」「ロビンありがとう」といった言葉が並んでいた。
―― 元気でね、ロビン。あなたがあなたらしくいられる場所で笑っていてくれるなら、それでいい。
「あぁ」
思い出した。ロビンと初めて会った日の事を。
「あの日も曇り空だった」
『青空の記憶』
「君、次の講義のノート持ってる?」
初対面のはずなのに、ロビンはまるでずっと昔からの友人のような口ぶりだった。明るくて、誰とでも仲が良くて、それでいてどこか浮世離れしたところがある彼は、皆の中にいても、まるで別の世界を見ているようだった。
天才、と誰かが彼のことを呼んだ。それは彼を敬いながら遠ざけるような言葉だ。私は呼ばなかった。代わりに毎日あいさつをした。ロビンはにっこり笑って手を振った。そんな日をずっと重ねた。
それだけの関係ではあった。
ある日、ロビンは突然大学を休学した。
「日本に行くんだ」
理由も、期間も、目的も語らなかった。何人もの友人が彼を問い詰めたけれど、軽やかに躱して笑っていた。
ロビンが居なくなってもうすぐ一年になる。
相変わらずロンドンの空は曇りがちで、暗い。いよいよ気が滅入りそうになった私は、夏休みを利用して日本に行くことにした。観光目的だ。でも本当は、ロビンに会いたかった。
SNSで検索すると、彼はいま『オズ』というバンドで活動しているらしい。薄紅色の髪をヘアバンドで束ね、大人びたメイクをしている。青のステージ衣装と、彼を囲む仲間たち。画面越しに見る彼は、まるで別人のようだった。
気づけばチケットを予約していた。
ライブハウスはハラジュク、駅から少し歩いた店の地下だ。異国の言葉と慣れない場所に戸惑いながらも、片隅に立って、開演を待った。
照明が落ち、歓声が上がる。ロビンは最後に出てきた。観客の期待を受け止めながら、まっすぐ前を見てマイクを握る。自信ありげに、不敵な笑みを浮かべて。
―― ステージに立つ彼は、見慣れていたはずなのに。
歌い始めた彼を見て、私は思った。
―― 今まで、こんなふうにのびのびと歌ったことがあっただろうか。
大学生活の傍ら、音楽家として活動するロビンを見ていた。公演を何度も聞きに行った。CDも、持っている。大学の仲間と一緒に音楽室で歌ったこともあった。けれど今の歌声は、私の聞いていたものとは違う。
感情をさらけ出すように、時に微笑み、時に叫び、時に沈黙すら音楽にして、彼は歌う。その姿は光に包まれていた。
天才だ、と誰かが言った。わたしもそう思っていた。その力は、クラシックではなく、今この場で広がっている。手が届かないほど天高く飛ぶ翼のように。
―― 私が知っているロビンは、ここにはいない。
ライブが終わり、出口に向かった。始まる前は、あわよくば、少し話して、笑って、向こうに戻らないかと声をかけることができればと思っていた。でもそれは、私の勝手な期待だ。
今彼がいる場所に、私の入る余地はない。
建物から出て、夜の夏の空気を吸い込む。いつの間にか冷えていた体がじんわりと緩み始めるまで、その場で立ち尽くしていた。それくらいの時間、そこに居たのだろうか。
ふいに背後から声がした。
「……なんで君がここにいるの?」
振り返ると、いつものロビンがいた。見慣れた白いシャツ、黒のパンツ。ハーフアップにして浮いた髪が夜風に揺れる。大きな目をさらに見開いて、口元にはいつもの人好きな笑みを浮かべる。
「あ!もしかしてライブ見に来てくれたの?」
明るくて、そつのない口調。私の知っていたロビンだ。そのやさしさに苦しくなる。私はただのクラスメートだ。
「うん、たまたまこっち来てて。偶然、SNSで見かけてさ」
とっさに嘘をついた。あなたに会いに来ました。そんなことは死んでも言えない。
苦し紛れにそう答えると、ロビンは弾けるように笑った。
「そっか!Thank you!すっごくうれしいな」
それ以上は、何も言えなかった。距離があった。私は笑った。
「じゃあ、元気で。戻ってきたら、また会おうね」
ロビンは少し驚いたようにまばたきして、それからうなずいた。
「もちろん。君も元気で」
背を向けて歩き出し、ふと、もう二度と彼には会えないような気がした。涙がこぼれた。
帰りの電車の中、スマートフォンを開くと、ライブの写真がアップされていた。ファンのコメントには「今日のロビン最高だった」「ロビンありがとう」といった言葉が並んでいた。
―― 元気でね、ロビン。あなたがあなたらしくいられる場所で笑っていてくれるなら、それでいい。
「あぁ」
思い出した。ロビンと初めて会った日の事を。
「あの日も曇り空だった」
『青空の記憶』
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