【サガ&ギル】連載
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開演五分前。照明を落としたフロアには、熱と湿気と、少しだけ埃の匂いが混じっている。インディーズ界の帝王『ロストエデン』の定番のハコに足を運ぶのはこれが三度目だ。今日も客入りは多い。後方の柱の横になんとか落ち着ける場所を見つけて、ドリンクを片手に始まりを待つ。
ロストエデンのファンは比較的年齢層が若い。よく言えば活気がある、悪く言えば、少しだけガラが悪い。メンバーそれぞれに男性ファンがついているせいか、ライブ会場で面倒なナンパに遭うことも無くはない。けれど、だいぶこの雰囲気にも慣れた。運営側も監視はしてくれているし、周囲には何度か見た顔ぶれもある。
安心したのか、私の意識はすっかりこれから始まるライブに向いていた。身体の奥を震わせるベースのチェック音が、すでに誰かの歓声を誘っている。
私の推しはサガだ。
サガはいつも、歌いだすと世界の色を変えてしまう。力強い歌声は全てを飲み込み、日ごろの小さな悩みなどどうでもよくなってしまう。初めてのライブで、サガがフードを脱ぎ紅いメッシュの入った黒髪が光に照らされてキラキラと光るのをみて、まさに帝王の呼び名にふさわしい、ついていくならこの人だと思った。
そんなことを考えながらドリンクを飲み干し、ふわふわと高揚を楽しんでいると、隣の肘が二度、三度と私の腕に触れた。混んではいるが、わざとだろうか。視線を向けると、見知らぬ男が口元に笑みを浮かべたまま、こちらをじっと見ていた。
相当飲んでいるのだろうか。度数の高い、焼酎かウィスキーのような匂いがする。
「一人?」
低い声が耳元を嬲るように囁いた。距離が近い。質問に答えず後ろに下がるも、すぐに背が柱に当たってしまう。自分より背の高い男に視界を遮られ、周囲の人も壁となり、そこでようやく「まずい」と気づく。男が覆いかぶさるように顔を近づけてきた。
――大声を出したい。でももしそんなことをして、ロストエデンに迷惑をかけたら。
固まるしかなかった。抵抗しないのを見て男は調子づいたのか、先ほどよりも大胆に耳に唇を寄せてくる。気持ち悪い。男はもう二言三言囁いたが、周りの雑音にまぎれてよく聞こえなかった。肩を掴まれ、脚を絡められてしまう。汗ばんだ肌が当たる。
――怖い。
そのときだった。
「迷惑行為は禁止されている」
すっと男の肩を押さえるようにして、別の声が割って入った。深く被った帽子から、淡い亜麻色の髪が揺れている。
――え?
目を見開いた。目の前に居たのは、ポスターでは何度か見たことのある顔だ。ロストエデンのライバルユニットと呼ばれているオズの……
男もこれには驚いたのか、一瞬固まり、逃げるように人をかき分けて出て行った。ギルは少し身をかがめるようにして、私と視線を合わせる。
「大丈夫か?」
淡い紫の瞳だ。いつもはカラコンをしているのだろうか。
私はうなずく。端正な顔立ちは、ポスターで見るよりむしろ人形のように見える。
整い過ぎていると、ときめくことすら忘れるのだなと、妙に感心していた。
「気を付けろ」
短く言い捨てて、ギルは人波に消えた。背の高い人なのに、不思議とすぐに見失う。
「え、……本物?」
その姿を見送って見えなくなってから、ようやく我に変える。ライブはもう始まっていた。音が遠い。大好きなサガの声が聞こえているのに、無数の光に包まれたまま、放心し、ただその場で立ち尽くすしかなかった。
「あの子、」
歌の合間に、エリザベスがふとその姿を認めた。
「私たちの歌を聞いていないわ」
マイクを通さず囁く声は、胸の十字の証を通して、他のメンバーにも届く。
「…本当だ」嫌味をこめながらも冗談めかしてジャックは笑う。
「あーあ、嫌だなぁ。テンション落ちちゃうよ、いっそ出てってくれないかな」
サガはそれを後ろから抱きかかえる。
「え?なにサガ?―……アッ!」
予期せぬ吸血ショーに、エリザベスとミストは目を見開いた。
ファンからは歓声があがる。
サガからは、一部始終が見えていた。去り際に一瞬、ギルがステージ上のサガを見たが、その意図は理解できなかった。己の中にどす黒い感情が渦巻くのを感じ、喉の渇きを覚えた。
あの、まるで何かを見透かすような、冷たく鋭い視線―…。
長い吸血の後、頬を染めてだらりと体を預けるジャックを、サガは包み込み抱きしめた。光が消え、次の曲のイントロが始まる。エリザベスはサガの様子を気にかけつつも、もう一つ思うことがあった。
「あの人間、様子がおかしいわね。注意が必要かもしれないわ」
ロストエデンのファンは比較的年齢層が若い。よく言えば活気がある、悪く言えば、少しだけガラが悪い。メンバーそれぞれに男性ファンがついているせいか、ライブ会場で面倒なナンパに遭うことも無くはない。けれど、だいぶこの雰囲気にも慣れた。運営側も監視はしてくれているし、周囲には何度か見た顔ぶれもある。
安心したのか、私の意識はすっかりこれから始まるライブに向いていた。身体の奥を震わせるベースのチェック音が、すでに誰かの歓声を誘っている。
私の推しはサガだ。
サガはいつも、歌いだすと世界の色を変えてしまう。力強い歌声は全てを飲み込み、日ごろの小さな悩みなどどうでもよくなってしまう。初めてのライブで、サガがフードを脱ぎ紅いメッシュの入った黒髪が光に照らされてキラキラと光るのをみて、まさに帝王の呼び名にふさわしい、ついていくならこの人だと思った。
そんなことを考えながらドリンクを飲み干し、ふわふわと高揚を楽しんでいると、隣の肘が二度、三度と私の腕に触れた。混んではいるが、わざとだろうか。視線を向けると、見知らぬ男が口元に笑みを浮かべたまま、こちらをじっと見ていた。
相当飲んでいるのだろうか。度数の高い、焼酎かウィスキーのような匂いがする。
「一人?」
低い声が耳元を嬲るように囁いた。距離が近い。質問に答えず後ろに下がるも、すぐに背が柱に当たってしまう。自分より背の高い男に視界を遮られ、周囲の人も壁となり、そこでようやく「まずい」と気づく。男が覆いかぶさるように顔を近づけてきた。
――大声を出したい。でももしそんなことをして、ロストエデンに迷惑をかけたら。
固まるしかなかった。抵抗しないのを見て男は調子づいたのか、先ほどよりも大胆に耳に唇を寄せてくる。気持ち悪い。男はもう二言三言囁いたが、周りの雑音にまぎれてよく聞こえなかった。肩を掴まれ、脚を絡められてしまう。汗ばんだ肌が当たる。
――怖い。
そのときだった。
「迷惑行為は禁止されている」
すっと男の肩を押さえるようにして、別の声が割って入った。深く被った帽子から、淡い亜麻色の髪が揺れている。
――え?
目を見開いた。目の前に居たのは、ポスターでは何度か見たことのある顔だ。ロストエデンのライバルユニットと呼ばれているオズの……
男もこれには驚いたのか、一瞬固まり、逃げるように人をかき分けて出て行った。ギルは少し身をかがめるようにして、私と視線を合わせる。
「大丈夫か?」
淡い紫の瞳だ。いつもはカラコンをしているのだろうか。
私はうなずく。端正な顔立ちは、ポスターで見るよりむしろ人形のように見える。
整い過ぎていると、ときめくことすら忘れるのだなと、妙に感心していた。
「気を付けろ」
短く言い捨てて、ギルは人波に消えた。背の高い人なのに、不思議とすぐに見失う。
「え、……本物?」
その姿を見送って見えなくなってから、ようやく我に変える。ライブはもう始まっていた。音が遠い。大好きなサガの声が聞こえているのに、無数の光に包まれたまま、放心し、ただその場で立ち尽くすしかなかった。
「あの子、」
歌の合間に、エリザベスがふとその姿を認めた。
「私たちの歌を聞いていないわ」
マイクを通さず囁く声は、胸の十字の証を通して、他のメンバーにも届く。
「…本当だ」嫌味をこめながらも冗談めかしてジャックは笑う。
「あーあ、嫌だなぁ。テンション落ちちゃうよ、いっそ出てってくれないかな」
サガはそれを後ろから抱きかかえる。
「え?なにサガ?―……アッ!」
予期せぬ吸血ショーに、エリザベスとミストは目を見開いた。
ファンからは歓声があがる。
サガからは、一部始終が見えていた。去り際に一瞬、ギルがステージ上のサガを見たが、その意図は理解できなかった。己の中にどす黒い感情が渦巻くのを感じ、喉の渇きを覚えた。
あの、まるで何かを見透かすような、冷たく鋭い視線―…。
長い吸血の後、頬を染めてだらりと体を預けるジャックを、サガは包み込み抱きしめた。光が消え、次の曲のイントロが始まる。エリザベスはサガの様子を気にかけつつも、もう一つ思うことがあった。
「あの人間、様子がおかしいわね。注意が必要かもしれないわ」
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