過去♡御礼SS置き場
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プロトタイプ版「シュガー・ラッシュは夢の傍」
「綺麗にしていらっしゃいますね」
フロスを入れすぎたことで歯肉が化膿した。近くにいい歯医者があると同僚から聞いてやってきて、佐久早聖臣は久々にバレーの事以外で褒められた。
視線にふと入り込む男が、マスクの奥で笑っているのがわかった。
「歯磨き指導がいらないくらい。強いて言うなら、磨く時少し力入れすぎかもしれません。歯ブラシ柔らかく持ってくださいね」
「……はい」
佐久早は久々に男を見上げるという事に新鮮味を覚えた。寝転がった状態なのだから当たり前ではあるが、白い衣服に身を包んだ男は同僚たちに勝るとも劣らない高身長。編み込まれた長い金髪、カラコンでも入れているのか紫色の瞳をした派手な男だ。
(デカイ男なんか見慣れてるっつうのに……何か既視感を感じる……)
「次、5番お願いします」
「はい。……起こしますね。口を濯いで、今日は終了です。何かありましたらまたお越しください」
足早にスタッフがやってきて男に次の仕事を指示した。佐久早が口を濯ぐ間に、細身の長身は5番と書かれた壁の奥に吸い込まれていく。
「お待たせしました。こんにちは、シオンちゃん。歯磨き頑張ってるんだって?えらいねー」
同僚と同じ名前を優しい声で呼びかける男の声に、やや噴き出す形で口を濯いだ。男と子供が楽しげに会話をする横を通り、会計を済ませる。白を基調とした広いフロアに、幼稚園を思わせる装飾が施された壁。歯を削る音は耳につくが、どことなくゆったりとした空気が流れていた。
(確かに、雰囲気のいいところだな)
チームメイトたちが多く通っているというのも納得だった。歯医者と言えば衛生管理の徹底が求められる場所で、消毒液の匂いがするのも嫌いじゃない。元々虫歯とは無縁だったが、かかりつけ医を持っておくのもいいだろう。
化膿止めを貰って治療も終了だったが、今後の定期検診をして貰おうと佐久早は次回の予約を入れた。
「ほなまたね!」
「はーい、お大事に……だめ、走ったら危ないよ!」
ガラリ、診察室の扉が開いて子供が飛び出す。佐久早の足元に転がり込むような形で走ってきた子供を、歯科衛生士が慌てて抱きとめた。完全に死角だった。
「佐久早さん、すみません。大丈夫でした?」
マスクを外して謝る青年の違和感にやっと気づく。自分と同じ、標準語。大阪のど真ん中では違和感も感じる。華やかな笑顔でひらりと手を振れば、待合室の一部が色めき立った。
(……俳優の、)
毎日のようにメディアで顔を見る俳優と同じ顔をしている。自分の不躾な目にも慣れた顔でにこりと笑いかけてきた。
「ふふ、父親そっくりでしょう。歯医者さんだったの!?って言われる方もいるんですよ。……お怪我は?」
「ない……です」
「よかった。シオンちゃーん、走っちゃだめ」
「ごめんなさあい」
膝くらいまでの背丈しかないシオンちゃんは今にも泣きそうで、佐久早は思わず笑ってしまった。同名の同僚はリベロで、確かにバレーボーラーとして背は低いがこんなに小さくはない。
「気をつけて」
「はい!」
「いいこー。お母さん今ね、ちょっと車見に行ってるんだ。もうちょっと僕と待ってようね」
男は佐久早の笑顔にホッとしたようで、少女を抱き上げると楽しそうに笑った。やり取りをしている間に診察券が出来上がり、次回予約日が印字されている。男は目も良かった。診察券に書かれた文字を読み取ると、とびきりの笑顔を向けてくれた。
「あ、佐久早さんご予約入れてくれたんですね。またお待ちしております」
「……はい、また」
「お大事になさって下さいね」
出来たら、貴方に診てもらえるといい。そんなことを言える間柄でもない、今日出会ったばかりだというのに。何故こんなことを考えてしまうのかわからない。疑問符がめぐり続ける頭を抱えながら佐久早は練習へと向かった。
(別に、見慣れた顔立ちの、感じの良い人ってだけ……なのに)
クリニックを出れば春の風が柔らかく体を包む。一瞬にして謎ばかりが生まれる感情に足元もふわふわと覚束ない気がして、体育館まで走って向かうことにした。耳元での一言が、やけに耳に残っている。
『綺麗にしていらっしゃいますね』
丁寧で綺麗だったのは、そっちの方じゃなかった?疑問符をまとめてひとつにした時、恋という名が付くということを、佐久早はまだ知らない。
*
行き場のなくなったプロトタイプ版「シュガー・ラッシュは夢の傍」主人公は最初歯科衛生士兼モデル(どっちもバイト)でした。両親は今と同じ設定。接点が多いに越したことはないなと今の形になりました。今となってはなかなか出しどころもなく、出会いだけの話ですが、お楽しみ頂けたら嬉しいです。
「綺麗にしていらっしゃいますね」
フロスを入れすぎたことで歯肉が化膿した。近くにいい歯医者があると同僚から聞いてやってきて、佐久早聖臣は久々にバレーの事以外で褒められた。
視線にふと入り込む男が、マスクの奥で笑っているのがわかった。
「歯磨き指導がいらないくらい。強いて言うなら、磨く時少し力入れすぎかもしれません。歯ブラシ柔らかく持ってくださいね」
「……はい」
佐久早は久々に男を見上げるという事に新鮮味を覚えた。寝転がった状態なのだから当たり前ではあるが、白い衣服に身を包んだ男は同僚たちに勝るとも劣らない高身長。編み込まれた長い金髪、カラコンでも入れているのか紫色の瞳をした派手な男だ。
(デカイ男なんか見慣れてるっつうのに……何か既視感を感じる……)
「次、5番お願いします」
「はい。……起こしますね。口を濯いで、今日は終了です。何かありましたらまたお越しください」
足早にスタッフがやってきて男に次の仕事を指示した。佐久早が口を濯ぐ間に、細身の長身は5番と書かれた壁の奥に吸い込まれていく。
「お待たせしました。こんにちは、シオンちゃん。歯磨き頑張ってるんだって?えらいねー」
同僚と同じ名前を優しい声で呼びかける男の声に、やや噴き出す形で口を濯いだ。男と子供が楽しげに会話をする横を通り、会計を済ませる。白を基調とした広いフロアに、幼稚園を思わせる装飾が施された壁。歯を削る音は耳につくが、どことなくゆったりとした空気が流れていた。
(確かに、雰囲気のいいところだな)
チームメイトたちが多く通っているというのも納得だった。歯医者と言えば衛生管理の徹底が求められる場所で、消毒液の匂いがするのも嫌いじゃない。元々虫歯とは無縁だったが、かかりつけ医を持っておくのもいいだろう。
化膿止めを貰って治療も終了だったが、今後の定期検診をして貰おうと佐久早は次回の予約を入れた。
「ほなまたね!」
「はーい、お大事に……だめ、走ったら危ないよ!」
ガラリ、診察室の扉が開いて子供が飛び出す。佐久早の足元に転がり込むような形で走ってきた子供を、歯科衛生士が慌てて抱きとめた。完全に死角だった。
「佐久早さん、すみません。大丈夫でした?」
マスクを外して謝る青年の違和感にやっと気づく。自分と同じ、標準語。大阪のど真ん中では違和感も感じる。華やかな笑顔でひらりと手を振れば、待合室の一部が色めき立った。
(……俳優の、)
毎日のようにメディアで顔を見る俳優と同じ顔をしている。自分の不躾な目にも慣れた顔でにこりと笑いかけてきた。
「ふふ、父親そっくりでしょう。歯医者さんだったの!?って言われる方もいるんですよ。……お怪我は?」
「ない……です」
「よかった。シオンちゃーん、走っちゃだめ」
「ごめんなさあい」
膝くらいまでの背丈しかないシオンちゃんは今にも泣きそうで、佐久早は思わず笑ってしまった。同名の同僚はリベロで、確かにバレーボーラーとして背は低いがこんなに小さくはない。
「気をつけて」
「はい!」
「いいこー。お母さん今ね、ちょっと車見に行ってるんだ。もうちょっと僕と待ってようね」
男は佐久早の笑顔にホッとしたようで、少女を抱き上げると楽しそうに笑った。やり取りをしている間に診察券が出来上がり、次回予約日が印字されている。男は目も良かった。診察券に書かれた文字を読み取ると、とびきりの笑顔を向けてくれた。
「あ、佐久早さんご予約入れてくれたんですね。またお待ちしております」
「……はい、また」
「お大事になさって下さいね」
出来たら、貴方に診てもらえるといい。そんなことを言える間柄でもない、今日出会ったばかりだというのに。何故こんなことを考えてしまうのかわからない。疑問符がめぐり続ける頭を抱えながら佐久早は練習へと向かった。
(別に、見慣れた顔立ちの、感じの良い人ってだけ……なのに)
クリニックを出れば春の風が柔らかく体を包む。一瞬にして謎ばかりが生まれる感情に足元もふわふわと覚束ない気がして、体育館まで走って向かうことにした。耳元での一言が、やけに耳に残っている。
『綺麗にしていらっしゃいますね』
丁寧で綺麗だったのは、そっちの方じゃなかった?疑問符をまとめてひとつにした時、恋という名が付くということを、佐久早はまだ知らない。
*
行き場のなくなったプロトタイプ版「シュガー・ラッシュは夢の傍」主人公は最初歯科衛生士兼モデル(どっちもバイト)でした。両親は今と同じ設定。接点が多いに越したことはないなと今の形になりました。今となってはなかなか出しどころもなく、出会いだけの話ですが、お楽しみ頂けたら嬉しいです。