完結後SS
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シュガーブロッサム・イン・ザ・パリ 4
『最強のメンバーで望みましたが世界の壁はまだ、まだ高かった……!日本ベスト8で敗退となりました』
東京五輪はベスト8で終わった。大会前はホーム戦の地の利とか、色々な要素をポジティブに書かれることも多かったけど、単純に、負けた。
勝ったやつが強いのは、どんな大会だって同じこと。スタッツが悪くても勝てば次の試合が待っている。
「おかえり聖臣、お疲れ様」
敗戦後は一通りの取材を終えた後、俺はすぐに大阪へ戻った。ジャッカルの寮で柊生は静かに笑って出迎えてくれた。
「すごーくかっこよかったよ、聖臣。……世界でいちばん、かっこよかった」
肩口にしがみついて、声を震わせて、力いっぱい背中を抱きしめてくるでかい手が俺より悔しそうだったことを、今もよく覚えている。
*
『またも千歳のそっこ……決まったー!!日本2大会連続決勝トーナメント進出ー!!』
あの時悔しさを握りしめていたデカい手が今、グループリーグ突破の決勝点をもぎ取った。
「………っやっ、たー!!!!!」
力強いガッツポーズで俺には目もくれず宮とハイタッチ。チームでも死ぬほど合わせて来ただけある。完璧な速攻2連続で試合を締めくくった。
「ナァイス柊生くん!!よう跳んだ!」
「いや宮くんど真ん中連続はわやだわ、超いいトスだった!!というか今のはもう古森くんの点だよ!ナイスディグ!!」
「あっはは、ありがと!柊生くんめっちゃ良かったよー」
宮の金髪を撫で回しては古森と抱き合って称え合っていた。グループリーグ突破したところで少しだけ表情は明るいように見えた。今日の試合はベンチから見ていたけど、チームとしての完成度も更に高まって来たと思う。
(まあ学生時代から合わせてきてるやつばっかだし、当然といえば当然だけど)
今回は若手が少ないと言われたりもしているけれど、長年の経験が結実しつつある、と思う。喜んだり相手チームの選手と握手を交わしたりと忙しない柊生にタオルとドリンクを渡した。
「お疲れ、柊生」
「ありがとう、聖臣。……ここから、未知の世界だねえ。いや、俺にとっては今も未知の舞台だったけども」
終わったばかりだというのに紫色の目が爛々と輝いている。まったく気を抜いていないどころか、今すぐ次の試合をやりたいとか言い出しそうな雰囲気だ。
(……やっぱり、お前向きの大会だよな)
優勝する上で色んな要素が複雑に絡み合うのが五輪だってこと、前回でもよく身にしみた。
「こっからは負けたら終わり!全部勝ーつ!!」
大活躍だった木兎くんが拳を突き上げ、弟子の日向も元気に飛び跳ねていた。全員元気すぎる。
「ふふ、負ける気がしないなあ」
負けたら終わりのトーナメント戦。ベスト4に残れば、負けたところで3位決定戦があるけれど。
(……勝つことしか考えてない。俺らだけじゃなくて、どの国の選手も、全員)
柊生は会場を見渡し、あっと声を上げた。
「桜美さんたち手振ってる!挨拶しにいこう、聖臣!」
「うん」
必勝のハチマキを巻いた夜桜さんや、国旗をささやかに振って見せる両親の姿があった。
(……家族のためにプレーするとか、優勝したいとか、そういうんじゃないんだけど)
俺も柊生もバレー漬けの生活をずっと何不自由なく続けて来られたのは、家族がいたから。出来るなら、いつも笑顔でいてもらえたらとは思う。
*
「わや……今まで読んできた記事の中でいちばん恥ずかしい……」
グループリーグが終わって、トーナメント戦に入る前。つかの間のオフは選手村で過ごしていた。部屋に差し込む夏の日差しを遮るためカーテンを閉めようとしたら、スマホを片手に柊生がベッドの上でのたうっている。
画面を覗き見れば、五輪前から某スポーツ雑誌で組まれている特集。
“オリンピアンになった息子へ、千歳家より愛を込めて”
煽り文句を自分に置き換えてみれば確かに恥ずかしいかもしれない。ただし中身は長年の付き合いがあるライターの山本さんだ。オリンピアンを支える家族たちというシリーズ連載で、桜美さんと夜桜さんをメインに、おじいちゃんとおばあちゃんへのインタビュー。
柊生は上目遣いで俺のシャツを引っ張った。
「あずましくないから一緒に読んで」
「そんなに?」
「わやよ」
長い指がスクロールする先の文字を追いかければ、優しい言葉の数々が並んでいる。
「母として……私個人としてはメダルを獲ってきてほしいとか思わなくて、すごい舞台を楽しんでほしいってことくらいしかないんだけど。
あの子が望むものに絶対手が届くって信じてる。もし不安そうな顔をしていたら、絶対絶対大丈夫ってずっとずっと言い続けるわ」
「僕も夜桜さんと概ね同じ気持ちでいます。本当に、全力で応援します。大きな舞台を楽しんで味わい尽くしてきて欲しい。僕らはずっとここで、おかえりって迎えられる喜びを噛み締めたいと思います」
強気な夜桜さんの笑顔と、桜美さんの穏やかな笑顔が浮かんだ。柊生はあずましくない、と鼻声で言うばかり。紫色の瞳が潤んでるのは言うまでもない。言葉選び間違ってんぞ。
「泣いちゃうの間違いだろ」
「うう……はい」
更にスクロールすれば、おじいちゃんからの激励が続く。
「柊生……彼がバレーを始めて数年経った頃、バレーが上手く行かなくなったら、どうする?と聞いたことがあります。良くも悪くも、心に小さなトゲを打ち込んだのです。
柊生は、わかんない、と大人びた顔で笑っていました。今となっては、愚問であったことを恥じるばかりです」
丁寧ながらも硬い口調が思い浮かぶ。厳しさの中に愛を持つタイプの人は結構損をするのかもしれないけれど、柊生は賢いからわかってる。
「バレーボールを愛して止まない孫たちに、最大の幸福が訪れるよう家族一同、心から願っています」
いよいよ涙腺決壊した柊生を抱き寄せた。孫たち、なんて言い方で俺にまで祈ってくれるとは。
「……この記事のあと、聖臣のご両親のお話も続いてるよ」
「ああ、うん」
結婚してからこういう企画までニコイチにされがちなのはどうなんだろうか。俺は大会が終わったあとで読もうと思ってたんだけど、鼻をかんだ柊生が画面をスクロール。
両親の思い出話から記事ははじまっていた。俺はおとなしい子供だったこと。元也がきっかけでバレーをはじめたこと。それから、申し訳なさそうな両親の顔が浮かんだ。
「小学生から中学生くらいまで古森さんのところに本当によくお世話になっていて。高校からは寮生活になって……顔を合わせる機会も年に数回。いつも忙しいことを理由に聖臣の話をゆっくり聞いてあげられなかったことが心残りです」
今となってはよくわかるけど、姉ちゃんや兄ちゃんは部活や塾に通っていて、俺も中学の頃からあちこちに遠征したりして、それこそ両親は稼ぐのが最優先に決まってる。
確かにさみしく思ったこともあったけど、俺もそんな話す方じゃねえし。別にもう何も気にすることじゃねえのにな。
「自立心が強い子で、徹底的に道を極める学者タイプ。きっとずっと、バレーボールを突き詰めていくんじゃないかと思っています」
「本当に、応援するくらいしか出来なくていつも歯がゆかった。徹底して自己管理を行うからこそ心配に思うこともありました。でも、今は柊生くんというパートナーがいる。いつも、安心しています」
年に数回会うたびに、大きくなったね、が家族みんな最初の一言だったのを思いだす。普通の家庭より接点が少なくたって親ってのはやっぱり親だ。母の分析は鋭かったし、父の言葉に安堵した。
今度は柊生が俺を抱き寄せる。
「ね、聖臣。金メダル獲って、家族みーんなまとめてハグしに行こうね」
紫色の瞳には新しい夢が宿ってきらきら光っていた。
「……可愛い」
「それはどうも。視力悪くなってないか心配ですが」
嬉し涙を流す時は大体可愛いものだけど、ここに来てますます可愛くなってきた。涙に濡れた長い髪を梳いてやれば、少しばかりの変化。
「柊生、髪、色落ちし始めたな」
「そう。結構がっつり赤入れたんだけど……水のせいかな?ピンクっぽくなってきたよね。美容院行ってくるべきかなあ」
日本国旗のイメージで入れた赤のインナーカラー。編み込んだ時の紅白になる感じは特別感があってこれもまた可愛いんだけど。
「いや、このままで良いと思う。……ほら」
「えっ、わっ、何?ちょっ、……あっ」
ベッドの上だったのでちょうどいい。服を脱がせて、肩口の色と改めて見比べてみる。うん、ちょうどいいはず。
「……決勝の頃は、桜色になるんじゃね」
背中に、両腕に咲いた桜のタトゥー。1週間もすれば、きっと同じ色だろう。柊生の両腕が思い切り俺の背中を抱き寄せた。
「ふふ、試合の後は満開の俺を堪能してね?」
試合の後に抱き合うのもある意味ルーティンだけど、それは結構贅沢な夢かもしれない。
「いちばんかっこいい俺を思い切り抱き潰してね♡」
「可愛いの間違いだと思う」
「本当にお前の目が心配。あっはは、くすぐったいくすぐったい!」
「うるせえ」
まだ慣れない部屋の匂い、カーテンに透ける強い日差し。
「ね、聖臣。今、皆いないだろうから、ちょっとだけ声出してもいいよね?」
甘い声で誘いかけてくる柊生の唇は夢心地もいいところだった。
*
勝てば勝つほど、1点を取るのが難しくなると思う。たかが1点、されど1点。場面によりけり、人にもよるけど、ものすごく重く感じることもあるはずだ。
あと1点で、勝負が決まる。祈る人たちが視界の端に横切った。
「佐久早さん!」
影山のトス回しはかつてなく苛烈。脅迫のような潔さに回転を乗せて打ち付ける。ボールは相手レシーバーの腕をかすめて、祈る人たちの手に向かって跳ねたように見えた。
ホイッスルが響くのが先だったか、パートナーが走ってくるのが先だっただろうか。
「聖臣っ!おっまえ……もう、本当に!超かっこいい!」
「うるせえ」
語彙をなくすレベルで興奮してんのは柊生だけじゃない。知らぬ間に全員集まってもみくちゃになってて、ざわめきと暑苦しさに抜け出した瞬間、両手を組んだままの母親が泣いているのが見えた。母の肩を抱く父親の涙も見えた。
「……まだ早いって」
まだあと2戦あるんだよ、と言おうにも、柊生がもう一度俺の背中にじゃれついた。
「夜桜さーん!桜美さーん!お義父さん、お義母さん!」
「聞こえねえだろ」
大歓声の渦、そのド真ん中で柊生は拳を突き上げる。目指すところまで一直線の、長い腕。
「まだまだ勝つよー!!」
ぴかぴかの笑顔をカメラが抜いて、スクリーンには柊生の笑顔が満開。そして俺は固まった。……メダルを獲ったところで、家族を抱きしめる前にまた柊生にキスしそうな気がしてきた。
「ネーションズリーグの二の舞にはなるものか……」
「そうだね、今年ももう少しで優勝だったのに逃したし」
「そうじゃねえよ」
話が通じねえあたりももうなんかフラグに思えてきた。
(……父さん、安心してるって言ってくれたけどさ)
いつだって、一番の味方が一番厄介なのかもしれない。いつか笑い話として聞いてくれたら嬉しい……けど、恥ずかしいから言わないかも。