完結後SS
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シュガーブロッサム・イン・ザ・パリ 3
「決めたーッ!!日本勝利に向けて大きな1点を掴んだー!」
寮の談話室に響く、テンション高い実況の声。ブラウン管には笑顔で勝利を手繰り寄せんとする選手たちの姿。赤いユニフォームが宙に舞う。ボールを追う視線に、皮膚の下がピリピリする。
テレビの向こう側には、俺の知らない熱があった。
「いつか俺も、こんな舞台に立ってみたいな……」
学生の頃、バレーボーラーとして初めて抱いた夢だった。それこそ、全国大会に初めて出場したばかりだった俺は、漠然とした淡い期待を抱いていた。
『パリオリンピック日本初戦、アルゼンチンに喰らいつかれました……!2-3の逆転負け!グループリーグ突破に手痛い黒星発進となりました!』
実際舞台に立ってみたところ、淡い感動がぶっ潰される衝撃だった。
*
「初戦の感想はどーう?五輪初心者くん」
ネット越し、握手を求めてきた大王様からの一言にはこの言葉しか出ないほどに。
「わや」
「あ、何だっけ?方言だっけ、わや?」
「北海道弁です。宮城でも言うんです?」
「いやー、俺の周りでは使ってる人はいなかった……っていや違う!本当に!君は!厄介!」
握手をしながらわちゃわちゃしてしまった。遠目にこちらを伺っていた岩泉トレーナーが、負けたのこっちなんだけどな、と呟いているのが見える。負けたばかりでこんなことを言うのもなんですが、及川さんは面白い人だ、本当に。
改めて、方言に込めた意味を噛み砕いておいた。
「……皆知らない人に見えます」
「ハッハー!!そうだろそうだろ!!素直でいいね!」
いつだって、食らいつくのはこっちの方。そんな戦いをしてきた自負もあるし、そんな戦いをするつもりだった。
(本当に、全員知らない人みたいだった)
代表を数年経験しているのもあって、どの国の選手とも多く面識がある。でも、違った。リーグ戦でも、それこそ選手は生活を懸けてやってる部分はあるけれど。
「どの選手もピークをここに合わせるために数年尽力してるからな」
「岩泉さん」
引き上げる準備をしていたところ、岩泉さんが声をかけてくれた。幼馴染の発言の真意をよく知っている。
「国や夢を背負ったり、選手としての矜持、人生そのもの。すべて丸ごとぶつけにきてんだ。いっくらテレビで見てようが観客席で見てようが、肌で体感しないとわかんねえよな、こればっかりは。
なあ、佐久早?」
「……俺に振らなくても……」
いつの間にか隣に来ていたパートナーは何食わぬ顔で水分補給。こんな舞台でもいつも通り、淡々としている。その隣ではキャプテンが神妙な顔をして、そして俺に視線を向けた。
「思い出した」
「何をです?」
牛島さんが珍しく目を丸くしていて、俺は首を傾げるばかり。
「東京五輪で、佐久早がぼやいていたのを今思い出した。確か、全員柊生に見える、と、言っていたな。何のことだかよくわからなかったから、今の今まで忘れていた。思い出せて、よかった」
こちらもまた淡々とした様子で何度も腑に落ちたといった表情をしている。俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思うけど、聖臣は豆鉄砲どころか散弾銃でも食らったかのようだった。ぐったりとうずくまってしまった。
「いや、忘れてくれていていいんだけど?ていうか何で今この流れで思い出したの?俺も忘れてたんだけど?」
「どういう意味か気になったんだが、聞く暇もなかったからな。まあ、今は……聞かずとも、よくわかる」
「忘れて、本当に、忘れて……」
我らがキャプテンは、敗北を喫したのにどことなくすっきりした表情でインタビューを受け、聖臣はその真逆で疲れ切った表情でのインタビュー回答となったのだった。
なんというか、いつも通りで会場をあとにした瞬間だった。
「あ、そろそろ次の試合が始ま──────」
バスの中に絶叫が響き渡った。今大会注目の、自国開催となったフランス対世界ランク1位のポーランドが始まったところ。慌ててスマホをつけてみれば、自分たちの試合以上のものすごい盛り上がりを見せている。
「うるせえ」
スマホのスピーカーが割れんばかり。後ろに座っていた翔陽くんと影山くんがひょっこり顔を出す。
「おー、自国開催だとファンの盛り上がりすごいっすよね!」
「俺等の場合は現地ファンからしたらまだまだ観戦、って感じだったしな」
「な、なるほど」
ネーションズリーグで色んな国を渡り歩いていたけれど、その国によって応援スタイルは異なる。日本はかなり行儀がいい、マナーもいい印象が強い。ブブゼラを吹いてお祭り騒ぎなブラジル、席で飛んだり跳ねたりしかねない欧州ファンも多いけど。
「五輪は他の試合とは違った熱気があるんだよなあ!超楽しい!いいなーフランス!」
「例えばサッカーで言うならワールドカップの位置になるからな、確実に」
前に座っていた木兎さんが身を乗り出して会場を見つめていて、隣りに座っていた光来くんがニヤリと笑って振り向いた。
バレーボールにおける三大大会、ネーションズリーグ、世界バレー、オリンピック。その中でオリンピックは最も難しいと言われている。
(今まさにそれを体感したけれど)
選手の熱に呼応するかのような観客席。海の向こう、テレビの画面を越えて、俺にまで届いたあの熱気。
あの熱を抱えて、夢を見て、ここに来た。
(だというのに……ブロック0は頂けない……)
初戦アルゼンチン戦、俺はスタメンフル出場の上ブロックは0。得点は2桁にも乗らなかった。Vリーグでは平均1本以上決まっていたものの、いつも通りの動きをしていたようでいつも通りには程遠かったと思う。
「そーいや千歳んとこ両親来てたじゃん。仕事都合ついたんだな、良かったな」
「あ、ありがとう」
話の流れからか光来くんがそれとない話を振ってくれ、落ち込むことはなかった。こんな素晴らしい舞台に立てること、そこに両親がいてくれること、この上なく夢みたいなことだ。
(でも、夢を見ているだけではいけない)
ここにはメダルを賭けて戦いに来たのだから。
*
「したっけさ、俺がいっぱいいるって言葉の意味は知りたいところだよ?」
「お前も忘れろよ……」
反省会も一段落つき、部屋に戻って疑問をひとつ口にする。聖臣はぐったりとベッドに突っ伏して、サイドボードに置かれたマシュマロの写真を軽く撫でた。一試合終えたところだというのにエアなでなでとは。よっぽど牛島さんからの一言が堪えたみたい。
うつ伏せのまま頭の向きを変える、じっとりとこちらを向く黒い瞳。打ち付けられる言葉は、特大のラブレター。
「…………五輪に来るやつなんて全員お前みたいに負けず嫌いだから、そういう意味で使った」
五輪という舞台に淡い夢を抱いていた。東京五輪では選ばれなかった悔しさも抱くようになった。
そして今ここ、パリで。
「────は……?」
愛しのパートナーが前回大会で俺の面影を見ながら戦っていたことを知るなんて。
心臓がドクン、と音を立てたのが先か、ほっぺたが熱くなったのが先か。
「……わやぁ」
「何だよ」
ヒリヒリするコートの上で俺を思い出したりするなんて、そんなの、ずるい。
「ま、今日の試合で雰囲気がわかっただろ。思ったより真ん中封じてきたけどそれは俺らも────」
「うん。わかった」
矜持、人生。期待、人の夢。たくさんのものを背負って戦う舞台。お前がいつも通りなら、俺だっていつもどおりだ。
「柊生?……ん、……おい、何……っ、」
コートの上で夢を見る。夢を見て、恋をする。いつもどおり、お前が大好きな俺で行くよ。
聖臣を押し倒して何度も何度もキスをして、改めていつものルーティンを持ち出した。
「お前のかっこいいとこ、いっぱい見せてほしいな♡」
「…………やっと緊張抜けたか」
やれやれ、といったように聖臣は俺の背中に両腕を回した。いつだってそう、どんな些細な変化も見逃さないよね。
「……ほんと、お前には敵わないね」
お前の愛を感じながら、最高の舞台で戦い抜ける喜び。
一瞬でも長く、感じていたい。
「決めたーッ!!日本勝利に向けて大きな1点を掴んだー!」
寮の談話室に響く、テンション高い実況の声。ブラウン管には笑顔で勝利を手繰り寄せんとする選手たちの姿。赤いユニフォームが宙に舞う。ボールを追う視線に、皮膚の下がピリピリする。
テレビの向こう側には、俺の知らない熱があった。
「いつか俺も、こんな舞台に立ってみたいな……」
学生の頃、バレーボーラーとして初めて抱いた夢だった。それこそ、全国大会に初めて出場したばかりだった俺は、漠然とした淡い期待を抱いていた。
『パリオリンピック日本初戦、アルゼンチンに喰らいつかれました……!2-3の逆転負け!グループリーグ突破に手痛い黒星発進となりました!』
実際舞台に立ってみたところ、淡い感動がぶっ潰される衝撃だった。
*
「初戦の感想はどーう?五輪初心者くん」
ネット越し、握手を求めてきた大王様からの一言にはこの言葉しか出ないほどに。
「わや」
「あ、何だっけ?方言だっけ、わや?」
「北海道弁です。宮城でも言うんです?」
「いやー、俺の周りでは使ってる人はいなかった……っていや違う!本当に!君は!厄介!」
握手をしながらわちゃわちゃしてしまった。遠目にこちらを伺っていた岩泉トレーナーが、負けたのこっちなんだけどな、と呟いているのが見える。負けたばかりでこんなことを言うのもなんですが、及川さんは面白い人だ、本当に。
改めて、方言に込めた意味を噛み砕いておいた。
「……皆知らない人に見えます」
「ハッハー!!そうだろそうだろ!!素直でいいね!」
いつだって、食らいつくのはこっちの方。そんな戦いをしてきた自負もあるし、そんな戦いをするつもりだった。
(本当に、全員知らない人みたいだった)
代表を数年経験しているのもあって、どの国の選手とも多く面識がある。でも、違った。リーグ戦でも、それこそ選手は生活を懸けてやってる部分はあるけれど。
「どの選手もピークをここに合わせるために数年尽力してるからな」
「岩泉さん」
引き上げる準備をしていたところ、岩泉さんが声をかけてくれた。幼馴染の発言の真意をよく知っている。
「国や夢を背負ったり、選手としての矜持、人生そのもの。すべて丸ごとぶつけにきてんだ。いっくらテレビで見てようが観客席で見てようが、肌で体感しないとわかんねえよな、こればっかりは。
なあ、佐久早?」
「……俺に振らなくても……」
いつの間にか隣に来ていたパートナーは何食わぬ顔で水分補給。こんな舞台でもいつも通り、淡々としている。その隣ではキャプテンが神妙な顔をして、そして俺に視線を向けた。
「思い出した」
「何をです?」
牛島さんが珍しく目を丸くしていて、俺は首を傾げるばかり。
「東京五輪で、佐久早がぼやいていたのを今思い出した。確か、全員柊生に見える、と、言っていたな。何のことだかよくわからなかったから、今の今まで忘れていた。思い出せて、よかった」
こちらもまた淡々とした様子で何度も腑に落ちたといった表情をしている。俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思うけど、聖臣は豆鉄砲どころか散弾銃でも食らったかのようだった。ぐったりとうずくまってしまった。
「いや、忘れてくれていていいんだけど?ていうか何で今この流れで思い出したの?俺も忘れてたんだけど?」
「どういう意味か気になったんだが、聞く暇もなかったからな。まあ、今は……聞かずとも、よくわかる」
「忘れて、本当に、忘れて……」
我らがキャプテンは、敗北を喫したのにどことなくすっきりした表情でインタビューを受け、聖臣はその真逆で疲れ切った表情でのインタビュー回答となったのだった。
なんというか、いつも通りで会場をあとにした瞬間だった。
「あ、そろそろ次の試合が始ま──────」
バスの中に絶叫が響き渡った。今大会注目の、自国開催となったフランス対世界ランク1位のポーランドが始まったところ。慌ててスマホをつけてみれば、自分たちの試合以上のものすごい盛り上がりを見せている。
「うるせえ」
スマホのスピーカーが割れんばかり。後ろに座っていた翔陽くんと影山くんがひょっこり顔を出す。
「おー、自国開催だとファンの盛り上がりすごいっすよね!」
「俺等の場合は現地ファンからしたらまだまだ観戦、って感じだったしな」
「な、なるほど」
ネーションズリーグで色んな国を渡り歩いていたけれど、その国によって応援スタイルは異なる。日本はかなり行儀がいい、マナーもいい印象が強い。ブブゼラを吹いてお祭り騒ぎなブラジル、席で飛んだり跳ねたりしかねない欧州ファンも多いけど。
「五輪は他の試合とは違った熱気があるんだよなあ!超楽しい!いいなーフランス!」
「例えばサッカーで言うならワールドカップの位置になるからな、確実に」
前に座っていた木兎さんが身を乗り出して会場を見つめていて、隣りに座っていた光来くんがニヤリと笑って振り向いた。
バレーボールにおける三大大会、ネーションズリーグ、世界バレー、オリンピック。その中でオリンピックは最も難しいと言われている。
(今まさにそれを体感したけれど)
選手の熱に呼応するかのような観客席。海の向こう、テレビの画面を越えて、俺にまで届いたあの熱気。
あの熱を抱えて、夢を見て、ここに来た。
(だというのに……ブロック0は頂けない……)
初戦アルゼンチン戦、俺はスタメンフル出場の上ブロックは0。得点は2桁にも乗らなかった。Vリーグでは平均1本以上決まっていたものの、いつも通りの動きをしていたようでいつも通りには程遠かったと思う。
「そーいや千歳んとこ両親来てたじゃん。仕事都合ついたんだな、良かったな」
「あ、ありがとう」
話の流れからか光来くんがそれとない話を振ってくれ、落ち込むことはなかった。こんな素晴らしい舞台に立てること、そこに両親がいてくれること、この上なく夢みたいなことだ。
(でも、夢を見ているだけではいけない)
ここにはメダルを賭けて戦いに来たのだから。
*
「したっけさ、俺がいっぱいいるって言葉の意味は知りたいところだよ?」
「お前も忘れろよ……」
反省会も一段落つき、部屋に戻って疑問をひとつ口にする。聖臣はぐったりとベッドに突っ伏して、サイドボードに置かれたマシュマロの写真を軽く撫でた。一試合終えたところだというのにエアなでなでとは。よっぽど牛島さんからの一言が堪えたみたい。
うつ伏せのまま頭の向きを変える、じっとりとこちらを向く黒い瞳。打ち付けられる言葉は、特大のラブレター。
「…………五輪に来るやつなんて全員お前みたいに負けず嫌いだから、そういう意味で使った」
五輪という舞台に淡い夢を抱いていた。東京五輪では選ばれなかった悔しさも抱くようになった。
そして今ここ、パリで。
「────は……?」
愛しのパートナーが前回大会で俺の面影を見ながら戦っていたことを知るなんて。
心臓がドクン、と音を立てたのが先か、ほっぺたが熱くなったのが先か。
「……わやぁ」
「何だよ」
ヒリヒリするコートの上で俺を思い出したりするなんて、そんなの、ずるい。
「ま、今日の試合で雰囲気がわかっただろ。思ったより真ん中封じてきたけどそれは俺らも────」
「うん。わかった」
矜持、人生。期待、人の夢。たくさんのものを背負って戦う舞台。お前がいつも通りなら、俺だっていつもどおりだ。
「柊生?……ん、……おい、何……っ、」
コートの上で夢を見る。夢を見て、恋をする。いつもどおり、お前が大好きな俺で行くよ。
聖臣を押し倒して何度も何度もキスをして、改めていつものルーティンを持ち出した。
「お前のかっこいいとこ、いっぱい見せてほしいな♡」
「…………やっと緊張抜けたか」
やれやれ、といったように聖臣は俺の背中に両腕を回した。いつだってそう、どんな些細な変化も見逃さないよね。
「……ほんと、お前には敵わないね」
お前の愛を感じながら、最高の舞台で戦い抜ける喜び。
一瞬でも長く、感じていたい。