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シュガーブロッサム・イン・ザ・パリ 1
Nazedar 特集:千歳柊生
真夏のパリに、桜は咲くか。/ライター:鷺沢霞
「選ばれた時は……色んな感情が溢れました。素直に嬉しいのと、ホッとしたのと、何よりも、本番まで時間がないなって。もっともっとやれることを見つけて、個人としてもチームとしても一つでも多く弱点を潰していきたい。気が引き締まります」
VNLも佳境となったタイミングで、千歳柊生にパリ五輪への道が開かれた。代表登録されること数回、いよいよ初の五輪の舞台。
昨年度は大怪我からの復帰でVNL優勝を果たし、チームメイトである佐久早聖臣とパートナーシップ宣誓を行った。
公私ともに今最も充実している彼の体には、今、絶えることない桜が咲いている。
「傷跡へのボディアートがちょうど消えてしまいまして」
交通事故で負った傷跡を枝に見立てて桜を描いたのも、昨年のVNL直後。皮膚のごく浅いところに掘られるボディーアートは1年ほどで消えてしまう。
「どうせなら、もっと大きく咲かせてみせたいな、なんて思ったんです」
はにかんで笑い、ユニフォームから伸びる長い腕をゆっくりと伸ばした。以前に入れた左肩だけにとどまらず、背中と両腕を覆う見事な桜。袖からこぼれ落ちんばかりの薄紅色の花には見とれるばかり。
桜というキーワードから連想されるのは両親のこと。
「はい。両親ふたりとも名前に桜が咲いています。ふふ、母譲りの言い回しですが」
俳優として活躍中の千歳桜美に千歳夜桜。忙しい中育て上げてくれた二人への感謝も口にする。だが、桜の花を選んだのはもうひとつ理由があった。
「ふたりへの感謝もさることながら、パートナーの誕生日が来る頃、いつもこの花が咲いています。聖臣にも、この花が咲き誇るところを間近で見ていてほしい。そう思います。
勿論、日本から来てくれるファンの方や、日本でテレビ観戦してくれる皆様にも!」
チームメイトの佐久早聖臣とパートナーシップ宣誓を行い、Vリーグのシーズンも駆け抜け、バレー漬けの結婚式も行った。いつもそうだが、彼の口をついて出るのは周囲への感謝ばかり。
「本当に多くの方々に支えられていることが、今の俺の力です。────必ず、金メダルを獲得したい」
今までの感謝を輝かしく咲かせる時は、真夏のパリだ。
*
「わや…………」
2024年、7月上旬。VNLを終えた俺は帰国直後から札幌にいた。鷺沢さんが堂々たる形でまとめ上げてくれた記事を見つつも、意識はスケジュール帳に行くばかり。
(東京五輪の時も聖臣大変そうだなあ、なんて思ってはいたけどさ)
国を代表して戦う選手になって数年。その労苦も知っているつもりだったけど、五輪はまた少しばかり周囲の熱が違う。暑い札幌の街を進むタクシーの中、運転手さんからにこやかに声をかけられた。
「VNLから休みなくて大変ですね。五輪でのメダル、期待しています!」
「ありがとうございます。どうぞ応援よろしくお願いします」
手短に寄せられる期待と笑顔に思わず右手を差し出していた。タクシーを降りれば、周囲の人達が俺を見て手を振ってくれる。
「千歳選手ー!五輪頑張ってくださーい!」
「ありがとうございまーす!」
知名度の高い家族がいても、自分自身の出してきた結果があっても、こんなにあちこちから声をかけられるのは初めてかもしれない。
五輪というものの注目度に改めて気を引き締めながら、札幌市役所へと足を踏み入れた。
「聖臣、今電話大丈夫?」
「うん。表敬訪問、そっちも終わった?」
「一通り終わったー」
札幌市役所への表敬訪問、それから銀花大学、白兎高校へと足を運ぶこと丸一日。VNLから帰国の後、1日のオフを挟んで挨拶回りを3日間。同じく表敬訪問をしているパートナーは今、東京。電話をしてみたところ、いつものテンションだった。慣れてるなあ。
「本当に五輪てすごいんだなあ、わやだなあ、なんて思いましたよ」
「大分IQ下がってんじゃん。もう寝ろよ」
「んー。でもさー、折角帰国したのにマシュにも会えなかったし、家族との時間が不足している感があったから声聞きたくなっちゃったの」
日本への滞在は1週間弱。五輪に向けてすぐにまた合宿と親善試合が組まれているので、かわいいかわいいマシュマロにも会えずじまい。早く寝たほうがいいんじゃないかと気遣ってくれるのは嬉しいんだけど、チームメイトとしての話じゃなくて、家族として話をしたくなってしまった。
耳元に聖臣の重たいため息が聞こえた。
「ここに来てまた遠距離恋愛ごっこしろって?」
「あっはは!遠距離はもうたくさんだ、ってのもわかるけどさ。でも、今回は一緒だから。部屋割りも多分一緒だから、嫌ってくらい一緒にいようね♡」
東京五輪の時は代表登録されていたものの選外だったから、一緒にいられなかった。その後は事故で選手生活を1年も離脱。ふと鏡に映る自分の腕が目に入る。桜が咲いた、左腕。
「……今の俺、今までで一番強いから。堪能してね」
怪我をきっかけに磨いたアジリティ。落ちた高さを戻したくて藻掻いたシーズン中。痺れや違和感の残った左肩のケアを、毎日気にかけてくれる大事な人の顔が描かれた桜の上に過っていく。
(聖臣だけじゃない)
たくさんの人の顔が頭に浮かんでは、夢という言葉の重みに変わる。プレッシャーにもなるけれど、応援こそ力になるもの。
優しい旦那さまは全て見透かしたように、さらっと言った。
「知ってる」
「ふふ、ありがとう」
一番近くで俺を見ていてくれて、支えてくれている。そんなの、世界で一番贅沢で最高だってこともわかってる。だからこそ。
「いっしょに、金メダル、獲ろうねー……」
「柊生?寝たの?」
甘くて優しい声に眠気が訪れて、あっという間に眠りについた。ほんと赤ちゃんみたい、なんて声が聞こえたような、聞こえなかったような。
「いやだから赤ちゃんみたいって言ったべ」
「言ってねえ。寝ぼけて夢でも見たんだろ」
「聞こえたって、絶対!」
聖臣と再会したのは数日後の成田空港国際線ターミナル。大荷物を積み重ねた傍で言い合っていると、Nazedarの記者、鷺沢さんがやってきて苦笑い。
「相変わらず仲のよろしいことで。お二人揃ってのご活躍、楽しみにしてますよ」
「こちらこそ、パリでもよろしくお願いします」
「しかし桜のタトゥーだけでなく、その髪も似合ってますね。日本国旗のイメージですか?」
鷺沢さんの視線は俺の髪に向けられていた。見送りに来た家族やファンの方々も皆同じ。長い金髪に、赤のインナーカラー。結んだり編み込んだりすると日本国旗のように紅白になるのがお気に入り。
鷺沢さんに大きく頷いてみせた。
「はい。せっかくの五輪ですから、全力で楽しみたくて!」
大変なことはたくさんあるけど、ここまで来た。何よりも俺、今、本当に楽しんでるんだ。
「柊生、行くぞ」
「うん、行こう!」
ロビーに流れるアナウンスにチームメイトたちが歩き出す。荷物を押すパートナーの横顔に、改めて小さく誓った。
聖臣。
世界一幸せなバレーボーラーであることを、証明しに行こう。
Nazedar 特集:千歳柊生
真夏のパリに、桜は咲くか。/ライター:鷺沢霞
「選ばれた時は……色んな感情が溢れました。素直に嬉しいのと、ホッとしたのと、何よりも、本番まで時間がないなって。もっともっとやれることを見つけて、個人としてもチームとしても一つでも多く弱点を潰していきたい。気が引き締まります」
VNLも佳境となったタイミングで、千歳柊生にパリ五輪への道が開かれた。代表登録されること数回、いよいよ初の五輪の舞台。
昨年度は大怪我からの復帰でVNL優勝を果たし、チームメイトである佐久早聖臣とパートナーシップ宣誓を行った。
公私ともに今最も充実している彼の体には、今、絶えることない桜が咲いている。
「傷跡へのボディアートがちょうど消えてしまいまして」
交通事故で負った傷跡を枝に見立てて桜を描いたのも、昨年のVNL直後。皮膚のごく浅いところに掘られるボディーアートは1年ほどで消えてしまう。
「どうせなら、もっと大きく咲かせてみせたいな、なんて思ったんです」
はにかんで笑い、ユニフォームから伸びる長い腕をゆっくりと伸ばした。以前に入れた左肩だけにとどまらず、背中と両腕を覆う見事な桜。袖からこぼれ落ちんばかりの薄紅色の花には見とれるばかり。
桜というキーワードから連想されるのは両親のこと。
「はい。両親ふたりとも名前に桜が咲いています。ふふ、母譲りの言い回しですが」
俳優として活躍中の千歳桜美に千歳夜桜。忙しい中育て上げてくれた二人への感謝も口にする。だが、桜の花を選んだのはもうひとつ理由があった。
「ふたりへの感謝もさることながら、パートナーの誕生日が来る頃、いつもこの花が咲いています。聖臣にも、この花が咲き誇るところを間近で見ていてほしい。そう思います。
勿論、日本から来てくれるファンの方や、日本でテレビ観戦してくれる皆様にも!」
チームメイトの佐久早聖臣とパートナーシップ宣誓を行い、Vリーグのシーズンも駆け抜け、バレー漬けの結婚式も行った。いつもそうだが、彼の口をついて出るのは周囲への感謝ばかり。
「本当に多くの方々に支えられていることが、今の俺の力です。────必ず、金メダルを獲得したい」
今までの感謝を輝かしく咲かせる時は、真夏のパリだ。
*
「わや…………」
2024年、7月上旬。VNLを終えた俺は帰国直後から札幌にいた。鷺沢さんが堂々たる形でまとめ上げてくれた記事を見つつも、意識はスケジュール帳に行くばかり。
(東京五輪の時も聖臣大変そうだなあ、なんて思ってはいたけどさ)
国を代表して戦う選手になって数年。その労苦も知っているつもりだったけど、五輪はまた少しばかり周囲の熱が違う。暑い札幌の街を進むタクシーの中、運転手さんからにこやかに声をかけられた。
「VNLから休みなくて大変ですね。五輪でのメダル、期待しています!」
「ありがとうございます。どうぞ応援よろしくお願いします」
手短に寄せられる期待と笑顔に思わず右手を差し出していた。タクシーを降りれば、周囲の人達が俺を見て手を振ってくれる。
「千歳選手ー!五輪頑張ってくださーい!」
「ありがとうございまーす!」
知名度の高い家族がいても、自分自身の出してきた結果があっても、こんなにあちこちから声をかけられるのは初めてかもしれない。
五輪というものの注目度に改めて気を引き締めながら、札幌市役所へと足を踏み入れた。
「聖臣、今電話大丈夫?」
「うん。表敬訪問、そっちも終わった?」
「一通り終わったー」
札幌市役所への表敬訪問、それから銀花大学、白兎高校へと足を運ぶこと丸一日。VNLから帰国の後、1日のオフを挟んで挨拶回りを3日間。同じく表敬訪問をしているパートナーは今、東京。電話をしてみたところ、いつものテンションだった。慣れてるなあ。
「本当に五輪てすごいんだなあ、わやだなあ、なんて思いましたよ」
「大分IQ下がってんじゃん。もう寝ろよ」
「んー。でもさー、折角帰国したのにマシュにも会えなかったし、家族との時間が不足している感があったから声聞きたくなっちゃったの」
日本への滞在は1週間弱。五輪に向けてすぐにまた合宿と親善試合が組まれているので、かわいいかわいいマシュマロにも会えずじまい。早く寝たほうがいいんじゃないかと気遣ってくれるのは嬉しいんだけど、チームメイトとしての話じゃなくて、家族として話をしたくなってしまった。
耳元に聖臣の重たいため息が聞こえた。
「ここに来てまた遠距離恋愛ごっこしろって?」
「あっはは!遠距離はもうたくさんだ、ってのもわかるけどさ。でも、今回は一緒だから。部屋割りも多分一緒だから、嫌ってくらい一緒にいようね♡」
東京五輪の時は代表登録されていたものの選外だったから、一緒にいられなかった。その後は事故で選手生活を1年も離脱。ふと鏡に映る自分の腕が目に入る。桜が咲いた、左腕。
「……今の俺、今までで一番強いから。堪能してね」
怪我をきっかけに磨いたアジリティ。落ちた高さを戻したくて藻掻いたシーズン中。痺れや違和感の残った左肩のケアを、毎日気にかけてくれる大事な人の顔が描かれた桜の上に過っていく。
(聖臣だけじゃない)
たくさんの人の顔が頭に浮かんでは、夢という言葉の重みに変わる。プレッシャーにもなるけれど、応援こそ力になるもの。
優しい旦那さまは全て見透かしたように、さらっと言った。
「知ってる」
「ふふ、ありがとう」
一番近くで俺を見ていてくれて、支えてくれている。そんなの、世界で一番贅沢で最高だってこともわかってる。だからこそ。
「いっしょに、金メダル、獲ろうねー……」
「柊生?寝たの?」
甘くて優しい声に眠気が訪れて、あっという間に眠りについた。ほんと赤ちゃんみたい、なんて声が聞こえたような、聞こえなかったような。
「いやだから赤ちゃんみたいって言ったべ」
「言ってねえ。寝ぼけて夢でも見たんだろ」
「聞こえたって、絶対!」
聖臣と再会したのは数日後の成田空港国際線ターミナル。大荷物を積み重ねた傍で言い合っていると、Nazedarの記者、鷺沢さんがやってきて苦笑い。
「相変わらず仲のよろしいことで。お二人揃ってのご活躍、楽しみにしてますよ」
「こちらこそ、パリでもよろしくお願いします」
「しかし桜のタトゥーだけでなく、その髪も似合ってますね。日本国旗のイメージですか?」
鷺沢さんの視線は俺の髪に向けられていた。見送りに来た家族やファンの方々も皆同じ。長い金髪に、赤のインナーカラー。結んだり編み込んだりすると日本国旗のように紅白になるのがお気に入り。
鷺沢さんに大きく頷いてみせた。
「はい。せっかくの五輪ですから、全力で楽しみたくて!」
大変なことはたくさんあるけど、ここまで来た。何よりも俺、今、本当に楽しんでるんだ。
「柊生、行くぞ」
「うん、行こう!」
ロビーに流れるアナウンスにチームメイトたちが歩き出す。荷物を押すパートナーの横顔に、改めて小さく誓った。
聖臣。
世界一幸せなバレーボーラーであることを、証明しに行こう。