SSまとめ

「げ」

 秀田__僕の親友は嫌そうな声を出した。ちょっとあからさまなくらい嫌そうだった。僕は彼に見えないよう反対側を向いてクスリと笑った。空気が強烈に歪んでいた。陽炎だった。緑色をしたガードレールが、地面に突き刺さっているような、そんな暑い日のことだった。

「何かあったの」

 僕は問いかけながら、陽光に強烈に熱された道路を挟んで向かい側、彼の視線の先を追いかけた。そこにいたのは僕たちと同じような高校生。派手な一団だった。おそらく隣町の高校のものと思われる制服を目いっぱい着崩している。道いっぱいに広がり、時折互いを小突いたり乱雑に首に手を回したりしながら、まるでこの一帯すべてが彼らのものであるような顔をして歩いていた。青春の日、だとか、そんなタイトルの付いたレコードのジャケ写みたいだと僕は思った。実際には僕はそんなもの見たことがなかったけれども。

「俺、ああいうの嫌いなんだよな。ああいう、ええと、不良っていうの?なんかそんな感じのやつ」

 そういう秀田の白シャツは、今日も優等生めいて一番上まできちんと留められている。そのボタンの留め方一つがまさしく彼の品行方正を体現しているかのように思えて、ただの白シャツがひどく好ましくなった。僕は秀田に恋をしていた。
 僕は秀田に何も答えないままに、彼をじっと眺めた。糊のきいたシャツの上、襟足の長くない黒髪を、汗が伝っているのが見えた。ただ綺麗だった。秀田のいぶかしげな顔も、今のところはどうでもよかった。雫が落ち切るまで待ってからようやく、僕は一言、そうだね、と頷いた。普通は同意されれば嬉しくなるものだと、僕はそう認識していた。どんな人でも大抵はそうだ。しかし僕が肯定した途端、秀田の顔は歪んだ。秀田は奇特な人だった。

「おまえ、いっつもそうだよな。理由とか、聞かねえの」

 秀田はこちらを睨んだ。なぜ怒っているのだろう。わからなかった。僕は首を傾げながら横を歩く彼を見つめた。僕は思いつく可能性を挙げた。

「何、そんなに嫌だったの?ちょっとあいつらの学校にクレーム入れてきてあげようか?」

 僕はいたって真面目に聞いたが、秀田はため息をついた。

「そんなことしていいはずないだろ」

 そう言った彼の顔を見て、ああ、質問に答えていないから彼はこんなに怒っているのかな、と僕は考えた。秀田には嫌われたくなかった。僕は答えをひねり出した。

「君が理不尽に人を嫌うわけがないから、悪いのは相手に決まってるだろ。だから理由はいらない。君が怒ってる、それだけで十分だ」

 これは僕の嘘りない本心だった。完璧だな、そう思った。あれ、でもこれじゃあなんで最初に怒っていたのか分からないや。いや、そもそも最初に怒っているように見えたのは僕の見間違いだったのかも、と僕は考えた。なるほど腑に落ちた気分だった。
 結論が出たので秀田のほうを見た。秀田は強く唇を噛みしめていた。酷く傷付いたような顔だった。知らない人が見たら、どこか痛いのか、怪我でもしたのかと錯覚してしまうほどに。罪悪感、やるせなさ、それから嫌悪。そんな感情がないまぜになった表情のように見えた。痛々しかった。

「おまえさ」
「うん?」
「俺が、俺が間違ってたらどうすんの」

 秀田は絞り出すように言った。僕は目を瞬いた。それは僕にとって、全く想定外で、なおかつ不思議な言葉だった。どう答えようか。僕は彼の表情を伺おうとした。どんな顔で言っているのか興味があった。しかし彼は少し俯いていて、表情は髪で隠れて見えなかった。残念だった。いつの間にか、僕たちは歩みをやめていた。蝉の声が遠くなる。

「そんなの、」

 僕はあきらめて口を開いた。そうしたら秀田は顔を上げた。だから僕は黒々とした瞳の奥を覗き込んで、にっこりと微笑んだ。

「君は絶対に正しいから、そんなの心配しなくていいよ」

 それは至極当然の真理だった。きっと秀田もこれで安心できるはずだと思った。良かった。僕は嬉しくなった。
 秀田の瞳が、か、と見開かれたのが分かった。それから、激しい激情の色を映して僕を見て__静かに目を閉じた。

「そうかよ」

 それだけ言って、秀田は再び歩き出した。僕はただ彼の後を追った。影が後ろに長く伸びていて、もう日が暮れるなと思った。



 駅の前で別れるとき、秀田が電光掲示板に目をやりながらぽつりと、

「俺、実は別に不良のことそんな嫌いじゃないんだ」

 といった。へえ、と僕は返した。駅の人混みが暑苦しかった。ざわめく声は秀田の声をかき消しそうで、それなのに一つ一つの声はそれほど大きくなかった。
 秀田はまた言った。

「さっきは暑くて、ムカついてただけなんだ」

 そっか、と僕は言った。秀田も人間だもんな。コンビニでアイスでも食べればよかったかなあ。涼しくなったかも。

「……俺、全然間違えるんだよ」

 秀田が言うならそうなんだろうな、と思った。それが言いたかったのか。だったらもう終わったから、僕は家に帰らなければいけないな。少し残念だったが、僕は片手を上げて別れようとした。しかしそれより前に秀田が僕をまっすぐ見た。

「俺さ、おまえのこと、ちょっと嫌いだよ」

 秀田は祈るように、真摯な声音で言った。なんだか僕の目の前がその瞬間、真っ白に染まったような気がした。僕は少し黙って、瞑目した。それから言った。

「そうなんだ。僕は君のこと大好きだよ。君は正しいから……」

 それを聞いて何か言いたげに口を開閉した秀田は、しかし何も言わなかった。だから僕らはそのまま別れた。
 エスカレーターを降りていく秀田を見て、片手を上げ忘れたな、と思った。駅の光がいやに眩しくて、少し歪んでいた。
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