ネクロマンス・イン・ザ・ルーム
「でもそんなん言っても仕方ねえんだよな~」
俺は今、長い廊下に1人でいる。あの後判明したのだが、俺の行ける場所はおおむね3つ。手術室、リビング、そして啓二の寝室だ。最初に目を覚ましたのが手術室。俺が今向かっているのもそこだ。なんかメンテナンスしたいんだってさ。啓二は先に行って待っているらしい。薄情な弟だと批判してみたが、準備があるからと切り捨てられた。許せん。お兄ちゃんは廊下に取り残されて寂しいです。
薄っぺらい手術着の紐をいじりつつ歩く。ちぇっ。声に出してみると、なんだか気持ちが晴れる気がした。このままもやもやしたものも独り言にしてしまおう。
「責任っつったってねー、もう無理じゃん。ね? 奥さん」
母さんがよくやっていた井戸端会議の真似っこだ。ええ、そうですわね一誠さん。無理ですわよね、とイマジナリー奥さんが返してくれる。ちなみに、一誠というのは俺の名前だ。
「そうだよな。俺もう……死んじゃったんだから」
時間というものは不可逆だ。いくら啓二が天才科学者で、俺を蘇らせたとはいえど。さすがに時を戻すのは不可能だろう。
「啓二にハッピー高校生活プレゼントはもちろん無理。他の方法で責任って言ったって、俺はもう死んでて口座も籍もない」
そうですわねえ一誠さん。おほほ。もう人間じゃありませんもの。イマジナリー奥さんが返す。
「あいつ、何がしたいんだろうな」
__褒めてほしいんでしょ。
「そうだけど…………それだけじゃないと思うんだよな」
どうしてかしら。
「んー……兄の勘?」
じゃあ、わたくし、知りませんわ。そう言い残してイマジナリー奥さんは消えた。幻覚まで薄情だ。肩をすくめながら歩いていると、急に強い冷気を感じた。驚いて振り向くと、知らない部屋のドアが少し開いている。俺が立ち入れない場所だ。
ちら、と好奇心が湧く。閉じ込められた毎日には多少のスリルがなくちゃいけない。俺はドアノブを捻り、中に足を踏み入れた。
「なんだ、ここ……寒っ。てか、肉の塊? デカすぎね?」
そこは何というか、食糧庫、といった内装だった。それにしてはいささか未来的だったが。部屋にいくつも置かれた透明な箱の中には、肉、肉、肉。啓二はてっきり研究者なのだとばかり思っていたが、もしかしてシェフなのか? と疑いたくなるほどだ。
「あ、なんかラベル貼ってある。えーと……26号? これがいちばん番号遅いっぽいな。なんだろ」
買ってから経った日数、にしては変だし、そもそもそんなに置いておいたら肉は腐るんじゃないだろうか。よく分からないしもういいや。そう思って後ろに下がった俺の足が何かを踏みつけた。怪訝に思って拾い上げると、書類だ。皴が寄ってしまった。うわ、申し訳ない。
「字は……あっ、良かった。ギリ読める。生命活動停止後の遺伝子から生成し、たクロー、ン、の……って、これ俺?」
何枚か捲ると、俺の顔写真が出てきた。いや、でも俺はこんなもの撮った覚えがない。そこでふと思い出した言葉があった。
『起きたか、試作品27号』
起き抜けに掛けられたそれ。啓二の冷たい声音。無機質な番号。じゃあ、これってまさか。一気に心臓が音を立てる。紙の束を握りしめたまま動けなくなった俺の肩が、ひとつ、叩かれた。
「驚いた? 兄さん」
恐る恐る振り向いた。薄い青色の手術着を着た弟が、笑顔で立っていた。
「それ、兄さんと俺の子供なんだよ」
俺は今、長い廊下に1人でいる。あの後判明したのだが、俺の行ける場所はおおむね3つ。手術室、リビング、そして啓二の寝室だ。最初に目を覚ましたのが手術室。俺が今向かっているのもそこだ。なんかメンテナンスしたいんだってさ。啓二は先に行って待っているらしい。薄情な弟だと批判してみたが、準備があるからと切り捨てられた。許せん。お兄ちゃんは廊下に取り残されて寂しいです。
薄っぺらい手術着の紐をいじりつつ歩く。ちぇっ。声に出してみると、なんだか気持ちが晴れる気がした。このままもやもやしたものも独り言にしてしまおう。
「責任っつったってねー、もう無理じゃん。ね? 奥さん」
母さんがよくやっていた井戸端会議の真似っこだ。ええ、そうですわね一誠さん。無理ですわよね、とイマジナリー奥さんが返してくれる。ちなみに、一誠というのは俺の名前だ。
「そうだよな。俺もう……死んじゃったんだから」
時間というものは不可逆だ。いくら啓二が天才科学者で、俺を蘇らせたとはいえど。さすがに時を戻すのは不可能だろう。
「啓二にハッピー高校生活プレゼントはもちろん無理。他の方法で責任って言ったって、俺はもう死んでて口座も籍もない」
そうですわねえ一誠さん。おほほ。もう人間じゃありませんもの。イマジナリー奥さんが返す。
「あいつ、何がしたいんだろうな」
__褒めてほしいんでしょ。
「そうだけど…………それだけじゃないと思うんだよな」
どうしてかしら。
「んー……兄の勘?」
じゃあ、わたくし、知りませんわ。そう言い残してイマジナリー奥さんは消えた。幻覚まで薄情だ。肩をすくめながら歩いていると、急に強い冷気を感じた。驚いて振り向くと、知らない部屋のドアが少し開いている。俺が立ち入れない場所だ。
ちら、と好奇心が湧く。閉じ込められた毎日には多少のスリルがなくちゃいけない。俺はドアノブを捻り、中に足を踏み入れた。
「なんだ、ここ……寒っ。てか、肉の塊? デカすぎね?」
そこは何というか、食糧庫、といった内装だった。それにしてはいささか未来的だったが。部屋にいくつも置かれた透明な箱の中には、肉、肉、肉。啓二はてっきり研究者なのだとばかり思っていたが、もしかしてシェフなのか? と疑いたくなるほどだ。
「あ、なんかラベル貼ってある。えーと……26号? これがいちばん番号遅いっぽいな。なんだろ」
買ってから経った日数、にしては変だし、そもそもそんなに置いておいたら肉は腐るんじゃないだろうか。よく分からないしもういいや。そう思って後ろに下がった俺の足が何かを踏みつけた。怪訝に思って拾い上げると、書類だ。皴が寄ってしまった。うわ、申し訳ない。
「字は……あっ、良かった。ギリ読める。生命活動停止後の遺伝子から生成し、たクロー、ン、の……って、これ俺?」
何枚か捲ると、俺の顔写真が出てきた。いや、でも俺はこんなもの撮った覚えがない。そこでふと思い出した言葉があった。
『起きたか、試作品27号』
起き抜けに掛けられたそれ。啓二の冷たい声音。無機質な番号。じゃあ、これってまさか。一気に心臓が音を立てる。紙の束を握りしめたまま動けなくなった俺の肩が、ひとつ、叩かれた。
「驚いた? 兄さん」
恐る恐る振り向いた。薄い青色の手術着を着た弟が、笑顔で立っていた。
「それ、兄さんと俺の子供なんだよ」
