ネクロマンス・イン・ザ・ルーム
「啓二〜、お兄ちゃん暇なんだけど。すれ違い通信しよ」
「兄さん、もう3DSは廃盤だ」
「ウッソだろマジかよ……」
俺は口を覆った。時代の流れ早すぎない? 俺の記憶じゃまだ去年出たばっかりの新号機なんですけど。ごろりとソファーに寝転ぶ。手術室を出た後連れてこられたこの部屋は、一体全体どこなのだろうか。それは分からないが、少なくともこれの寝心地はすごくいい。フッカフカで適度に弾力もある。
人工的な蛍光灯。まるで昼間のように明るいけれど、実際のところ今が昼かどうかなんて分からない。この窓のない部屋に、俺は目覚めてからの数日間__閉じ込められていた。正直言ってものすごく暇だ。弟と違って、俺はそもそも室内にいるタイプじゃない。昼休みは校庭に出なかったことがないし、休みの日なんて一日中外で遊び呆けていた。
「……啓二、俺、散歩したいな〜…………なんて」
「いいわけないだろ」
駄目元ではあったが、こうもすっぱり断られるとムッとしてくる。俺はこんなに暇なのに。
「なんで? 建物の周りくらいだぞ。ぐるっと一周してくるだけ」
「それでも駄目だ」
「……なんでだよ?」
ハア、と啓二はため息をついた。その拍子に長めの前髪が一筋、眼鏡の上に掛かる。左手でかき上げ、目線を俺の方に流してくる。本当に気障ったらしい。生意気に育ったことだ。お兄ちゃんとしては嘆かわしいですよ。……ようやく調子が戻って来たみたいで、ちょっと嬉しかったのは秘密にする。
「その身体」
どこから取り出してきたのか。長い指揮棒の先が俺の胸に当てられた。うお、なんか先生に怒られてるみてえ……あ、ていうか啓二ってもしかしてマジで先生なのかな? 理科とか。白衣着てるし。
「俺が作った……が、安定性に乏しい。少し走っただけで瓦解するはずだ。外に出るだと? 兄さんのことだ。そんなことしたらはしゃいで走り回るだろ。もしかしたら滑って転ぶかもしれない」
「そんなに運動神経悪くねえよ! お前と違って」
「黙れ。そういう話はしていない」
強く言われ、一瞬俺の肩が跳ねた。別に、ビビってるわけじゃない、けどさ。でも啓二の声、本当に低くて。唸るみたいに言うからびっくりするんだ。
「……そんなに暇なら、漫画や何かを買ってくるくらいはする。だから、部屋に居てくれ。頼むから」
「わ、かった…………」
妥協案として出されたそれに不承不承頷く。まあ、好きな漫画の新刊もたくさん出てるだろうし。啓二はほっとしたように目を和らげた。ちょうどそこで、時計のアラームが鳴る。視線を向けると、針は12時きっかりを指していた。
「食事の時間だ。なあ、機嫌を直せ兄さん。食卓では笑顔が見たいって言ってたの、兄さんだろ?」
「……え? 俺、そんなの言ってないぞ。いつの話__」
生前も蘇った後も、そんなことを言った記憶がない。父さんや母さんが言ってたのを聞いた覚えすらない。学校の先生に言われたのを俺に言われたと間違って覚えているのだろうか。首を傾げていると、徐々に啓二の顔から血の気が引いていった。
「おい? 大丈夫か……」
不思議に思いながらも手を伸ばす。びく、と啓二の肩が跳ねた。俺が驚いて手を引っ込めれば、それを呆然と目で追いかけてくる。どうも、様子がおかしい。熱でもあるのか? 心配だ。
「ごめん、兄さん、ごめん……いや、違うんだ。勘違いしてたみたいだ。ハハ……」
「本当に大丈夫かよ。お前、顔色が」
「大丈夫だから! 本当に、ほら、もうテーブルを片付けなくちゃならない。兄さんも手伝ってくれ」
「あ、ああ……うん」
言われるままに動く。それを見て、啓二がまた一段顔色を悪くしたのが見えた。どうしたのだろうか。
「兄さん、どうだ? 食事は」
「うん? 美味いよ。これ何の肉なのかは気になるけど」
「豆腐ミートだ。最近流行ってる」
「何だそれ……未来すごいな」
豆腐ミート。よく分からないが、豆腐と肉を混ぜたものだろうか。それにしても結局何の肉なのか分からないが。牛がいいなあ、どうせなら。
「兄さんに肉の味なんて分かるのか?」
「お前俺のことめちゃくちゃ馬鹿にしてるな今!? さすがに分かるって!」
「じゃあ10歳の俺が母の日に作ったハンバーグは何の肉だったか言ってみろ」
「え!? えーと……」
10歳、ってことはついこの間の母の日か。そういえばハンバーグ作ってたなあ。啓二って料理は科学だとかよく分かんないこと言うけど、実際料理上手いんだよなあ。
「分かった、豚ミンチ」
俺はパチンと指を鳴らした。啓二がため息をつく。
「牛だ」
「えーっマジで!?」
つーかこいつ26年前の母の日に作ったハンバーグの肉覚えてるのか。執念深いな、と思ったところで、ふと急に胸に迫るものがあった。
26年。俺が生きた年月の、大体……2倍。啓二は小学校を卒業して、中学校入って、たぶん高校や大学も行ったんだろう。就職もしたのかな。俺が卒業できなかった中学。考えたこともなかったその先。
「なぁ啓二」
「何だ」
「高校ってどんなだった?」
気になって訊いてみる。友達が昔からあまりいなかった弟。体育で怒鳴られないようにと、俺と放課後逆上がりの練習をしていた弟。少し、心配だったんだ。こいつを1人残して死んで、上手くやれるのかな、なんて。
俺が居なくても、生きていけるのか、って。
「高校……ああ」
啓二は思い出すように視線を右上にやった。そして、さらりと言った。
「最悪だったな。兄さんが居なくて」
「…………そう、か」
この時__俺が受けた衝撃がどれだけ大きかったか。
こんな風な訊き方をしておきながら、俺はこれがただの自分の思い上がりだったらいいと思っていたんだ。俺が居なくても啓二が元気に、楽しく、まあまあ悪くない生活を送れていたら、それが何より嬉しかった。それを実感した。
死人にいつまでも縛りつけておきたくなかった、本当は。俺が甦らされた時点で、そんなの無理だと分かっていたけれど。ずっと一縷の望みに賭けていた。
啓二はさらに口を開く。内容に見合わない、軽やかな口ぶりで。
「全部兄さんが死んだせいだ。責任、取ってくれるんだよな?」
あの日、俺のしたことは間違いだったんだろうか。
「兄さん、もう3DSは廃盤だ」
「ウッソだろマジかよ……」
俺は口を覆った。時代の流れ早すぎない? 俺の記憶じゃまだ去年出たばっかりの新号機なんですけど。ごろりとソファーに寝転ぶ。手術室を出た後連れてこられたこの部屋は、一体全体どこなのだろうか。それは分からないが、少なくともこれの寝心地はすごくいい。フッカフカで適度に弾力もある。
人工的な蛍光灯。まるで昼間のように明るいけれど、実際のところ今が昼かどうかなんて分からない。この窓のない部屋に、俺は目覚めてからの数日間__閉じ込められていた。正直言ってものすごく暇だ。弟と違って、俺はそもそも室内にいるタイプじゃない。昼休みは校庭に出なかったことがないし、休みの日なんて一日中外で遊び呆けていた。
「……啓二、俺、散歩したいな〜…………なんて」
「いいわけないだろ」
駄目元ではあったが、こうもすっぱり断られるとムッとしてくる。俺はこんなに暇なのに。
「なんで? 建物の周りくらいだぞ。ぐるっと一周してくるだけ」
「それでも駄目だ」
「……なんでだよ?」
ハア、と啓二はため息をついた。その拍子に長めの前髪が一筋、眼鏡の上に掛かる。左手でかき上げ、目線を俺の方に流してくる。本当に気障ったらしい。生意気に育ったことだ。お兄ちゃんとしては嘆かわしいですよ。……ようやく調子が戻って来たみたいで、ちょっと嬉しかったのは秘密にする。
「その身体」
どこから取り出してきたのか。長い指揮棒の先が俺の胸に当てられた。うお、なんか先生に怒られてるみてえ……あ、ていうか啓二ってもしかしてマジで先生なのかな? 理科とか。白衣着てるし。
「俺が作った……が、安定性に乏しい。少し走っただけで瓦解するはずだ。外に出るだと? 兄さんのことだ。そんなことしたらはしゃいで走り回るだろ。もしかしたら滑って転ぶかもしれない」
「そんなに運動神経悪くねえよ! お前と違って」
「黙れ。そういう話はしていない」
強く言われ、一瞬俺の肩が跳ねた。別に、ビビってるわけじゃない、けどさ。でも啓二の声、本当に低くて。唸るみたいに言うからびっくりするんだ。
「……そんなに暇なら、漫画や何かを買ってくるくらいはする。だから、部屋に居てくれ。頼むから」
「わ、かった…………」
妥協案として出されたそれに不承不承頷く。まあ、好きな漫画の新刊もたくさん出てるだろうし。啓二はほっとしたように目を和らげた。ちょうどそこで、時計のアラームが鳴る。視線を向けると、針は12時きっかりを指していた。
「食事の時間だ。なあ、機嫌を直せ兄さん。食卓では笑顔が見たいって言ってたの、兄さんだろ?」
「……え? 俺、そんなの言ってないぞ。いつの話__」
生前も蘇った後も、そんなことを言った記憶がない。父さんや母さんが言ってたのを聞いた覚えすらない。学校の先生に言われたのを俺に言われたと間違って覚えているのだろうか。首を傾げていると、徐々に啓二の顔から血の気が引いていった。
「おい? 大丈夫か……」
不思議に思いながらも手を伸ばす。びく、と啓二の肩が跳ねた。俺が驚いて手を引っ込めれば、それを呆然と目で追いかけてくる。どうも、様子がおかしい。熱でもあるのか? 心配だ。
「ごめん、兄さん、ごめん……いや、違うんだ。勘違いしてたみたいだ。ハハ……」
「本当に大丈夫かよ。お前、顔色が」
「大丈夫だから! 本当に、ほら、もうテーブルを片付けなくちゃならない。兄さんも手伝ってくれ」
「あ、ああ……うん」
言われるままに動く。それを見て、啓二がまた一段顔色を悪くしたのが見えた。どうしたのだろうか。
「兄さん、どうだ? 食事は」
「うん? 美味いよ。これ何の肉なのかは気になるけど」
「豆腐ミートだ。最近流行ってる」
「何だそれ……未来すごいな」
豆腐ミート。よく分からないが、豆腐と肉を混ぜたものだろうか。それにしても結局何の肉なのか分からないが。牛がいいなあ、どうせなら。
「兄さんに肉の味なんて分かるのか?」
「お前俺のことめちゃくちゃ馬鹿にしてるな今!? さすがに分かるって!」
「じゃあ10歳の俺が母の日に作ったハンバーグは何の肉だったか言ってみろ」
「え!? えーと……」
10歳、ってことはついこの間の母の日か。そういえばハンバーグ作ってたなあ。啓二って料理は科学だとかよく分かんないこと言うけど、実際料理上手いんだよなあ。
「分かった、豚ミンチ」
俺はパチンと指を鳴らした。啓二がため息をつく。
「牛だ」
「えーっマジで!?」
つーかこいつ26年前の母の日に作ったハンバーグの肉覚えてるのか。執念深いな、と思ったところで、ふと急に胸に迫るものがあった。
26年。俺が生きた年月の、大体……2倍。啓二は小学校を卒業して、中学校入って、たぶん高校や大学も行ったんだろう。就職もしたのかな。俺が卒業できなかった中学。考えたこともなかったその先。
「なぁ啓二」
「何だ」
「高校ってどんなだった?」
気になって訊いてみる。友達が昔からあまりいなかった弟。体育で怒鳴られないようにと、俺と放課後逆上がりの練習をしていた弟。少し、心配だったんだ。こいつを1人残して死んで、上手くやれるのかな、なんて。
俺が居なくても、生きていけるのか、って。
「高校……ああ」
啓二は思い出すように視線を右上にやった。そして、さらりと言った。
「最悪だったな。兄さんが居なくて」
「…………そう、か」
この時__俺が受けた衝撃がどれだけ大きかったか。
こんな風な訊き方をしておきながら、俺はこれがただの自分の思い上がりだったらいいと思っていたんだ。俺が居なくても啓二が元気に、楽しく、まあまあ悪くない生活を送れていたら、それが何より嬉しかった。それを実感した。
死人にいつまでも縛りつけておきたくなかった、本当は。俺が甦らされた時点で、そんなの無理だと分かっていたけれど。ずっと一縷の望みに賭けていた。
啓二はさらに口を開く。内容に見合わない、軽やかな口ぶりで。
「全部兄さんが死んだせいだ。責任、取ってくれるんだよな?」
あの日、俺のしたことは間違いだったんだろうか。
