ネクロマンス・イン・ザ・ルーム

「えっと、つまり……いやごめんもっかい言って? 今何年だって?」
「西暦2040年だ」
「ええ……マジか…………」

 俺が生きてたの、2014年なんだけど。しかも平成も終わったらしい。そんな。

「てことは……お前今何歳だ?」
「36。薄情な兄さんが俺を置いて行ってから26年も経ったんでね。兄さんのせいで婚期は逃したし、兄さんのせいで親戚でも変人扱いだよ」

 拘束から解放された後、俺はベッドに座り込んで啓二と話していた。俺は足を伸ばしてぺたんと座っているけれど、おっさんになった啓二は足が長すぎてベッドからはみ出すので、腰かけるだけにしている。……こう見ると、ずいぶん背が伸びたな。俺が死ぬ前はまだミ〇とか飲んでるチビだったのに。成長したんだな……。

「お、おお……え、俺のせいなの? 分かんないけど、それって啓二が勝手にやったんじゃ」

 俺が首を傾げて反論すると、啓二は舌打ちした。

「はあ? 俺のせいにするのか。兄にもう一度会いたくて頑張った健気な弟のせいに。責任転嫁だ。相変わらず酷い。もとはといえばあんたが俺なんか助けて、し、……死ぬ、のが悪いんだろ」

 いや責任転嫁はお前だろ、と言いたくなるのを抑える。だって、死ぬ、と口にしたときの啓二が……本当に怯え切った顔をしていたのだ。声は震えていた。ああ。

「……ごめんな、兄さんのせいだな。啓二は偉いよ」

 慰めるように頭を撫でた。大人の頭を撫でるなんて、初めてかもしれない。

「…………」

 啓二は黙って俯いていた。

「あ、でもさっきも言ってたけどその『俺なんか』っていうのやめろよ。兄さんはあの時……お前だけでも助けられてよかったと思ってるんだ」

 あの日。俺が死んだ、2014年6月8日のことを思うと身体の芯から寒気がしてくる。死因は分かっている。交通事故だ。あの日俺たちは自転車の練習をしてたんだ。俺はもうすっかり乗れてたけど、啓二は運動神経が良くなくて。
『兄さん、絶対離さないでね』
『はいはいっと』
 梅雨が来る前の道路は乾いていた。弟の自転車の荷台を押して、『前だけ見てろよー』なんて声を掛けて。それが良くなかった。横から出てきたトラックに気づいたのはもう、俺か啓二か、どっちかしか助からないような、そんなタイミングだったんだ。
 迷いはなかった。けれど、泣いている弟を1人残したことだけは、ずっと心残りだった。

「おれ、は」

 啓二が呟いた。

「おれは、おれだって、あんたに生きててほしかったのに」
「啓二……」

 俺は不意を突かれ、何も言えなくなってしまった。口を半端に開いてはまた閉じるのを繰り返していると、啓二は振り払うように顔を上げた。

「薄情な兄さん。本当に薄情だ。でも……もういい。いいんだ。そうだ! いいんだよ!」

 ガシ、と腕を掴まれる。赤ん坊の頃から面倒を見ていた弟の掌なのに、俺はそれを__怖いと、そう思ってしまった。

「俺たちは成功した! 死者の蘇生だ、蘇った! 死神すら俺たちを引き裂くことはできない、そうだろう!? 兄さん!」
「……っ、ごめ、啓二、腕痛い…………」
「馬鹿な奴ばっかり! 俺が狂ったとか、兄さんはもう戻ってこないとか、そんなことばっかり言ってさあ! 生きてるのに、そうだよ、今ここに居るのに!」
「そ、うだな。悪い、ちょっと離してくれないか?」

 優しく促しても、頼んでみても、啓二は興奮した様子でますます力を込めるばかりだ。怖い。はっきりとそう思った。さっきは間違いなく啓二だと分かったのに、今ではもう見知らぬ大人のように見えた。26年だ。俺が啓二と過ごしたより、ずっと長い時間が経ってしまった。太くなった指が、神経質そうに刻まれた皺が、前の弟とは違うのだと伝えてくる。

「兄さん」

 ぐっと顔を近づけられた。俺の弟というよりも、父や叔父だと言った方がしっくりくるような、男の人。同時に、俺の手がなす術もなく引っ張られる。

「あ……」

 言葉にならない声が漏れる。俺の手に頬を付けて、啓二は目を伏せた。

「兄さんの手、こんなに小さかったんだ……子供の手だ。細くて、温かくて、すべすべだ。生きてる。生きてるんだな、兄さん」
「…………俺、は」
「もう大丈夫だよ兄さん。俺が守ってあげる。二度と誰にも、兄さんを傷つけさせない。兄さんは俺が守るんだ!」

 啓二は目を見開いて笑う。眼の奥に浮かんだ狂気と飢えが恐ろしい。知らない男の、知らない欲だった。されるがままにしていると、ぽそりと小さな呟きが聞こえた。

「……だから、全部終わったら、頭を」
「…………頭?」
「俺の頭を、撫でて。頑張ったねと、褒めてほしい…………」

 俺は目を瞬いた。恥ずかしげに顔を逸らす男の、赤く染まった目尻を見つめる。それは昔の啓二と、何も変わらなくて。難しい問題を解いたあと、自慢げに俺に撫でられていたあの子を、俺の弟を思い出した。ああ、なんだ。何にも変わらないじゃないか。

「……撫でて褒めるだけでいいのか? 今なら兄さんの出血大サービス、耳掃除もやっちゃうぞ〜?」

 揶揄うように言えば、啓二は顔を真っ赤にした。弄りがいのある弟だ。

「はぁ!? もうそのくらい自分ででき……いや。できない。頼んだ、兄さん」
「え? お、おう」

 急に考え直したらしい啓二に、戸惑いつつも返事する。別に俺も、いまだに耳掃除下手くそだろうからやってやろうとかとは思ってないんだけど。流石に36にもなって耳かき出来ないやつ居ないだろ。

「と、とにかく……まあ、良かった。お前ともう一回会えて、俺、嬉しいよ」

 微笑みかければ、啓二も僅かに唇の端を持ち上げて応えてくれた。何はともあれ、ここから俺の、俺たちの第二の生が始まるんだ。

 その時、俺は確かに、そう思っていたんだ。
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