35デッドライン

「南雲わたる……ああ、字は航海の航ですか。27歳で、職業はエンジニア。家族構成、父・母・妹。へえ、お母さまと顔そっくり。でも鼻筋はお父さま似ですね。今まで付き合った彼女の数は5人、タイプはバラバラだけど。それで今はフリー。都合いいなあ、オレに。趣味は料理とコーヒー、読書、最近ハマってるものはご当地土産のネット注文。できれば隠したい秘密は高校生の頃、運動会を休んだ理由をダルいからって誤魔化したけど本当は前日の夜に楽しみで寝られなくて熱を出したからだったこと……えへへ、どうですか?」
「怖いし、キモい。なんで隠したい秘密知ってるんだよ。まさか家族に会ってきたの?」
「そんな! まだ顔合わせには早いですよ」

 ドア越しに、心なしか照れたような声。俺は胸をなでおろした。

「普通に興信所使っただけです」
「ごめん、そっちの方が生々しくて嫌だ」

 ドア越しにNOを突きつける。興信所にどう理由付けて申し込んだんだこいつ。さすがにストーカーのストーキング行為を助長はしないだろ、向こうも。

「というかさ……君は本当に何の仕事をしてるの。学生さん? でも授業あるよね、今平日の昼間なんだけどもね」

 初めて会った日から1週間。こいつは連日俺の家に押しかけてきた。俺はいい。いやこいつが来てるのは良くないが、そうではなく、家に来られても対応できるのだ。納期中に仕事を終わらせ、会議を時々オンラインでやる。それ以外は全部俺の自由なのだから。でもこいつはなんなんだよ。平日の昼間って社会人はお仕事してるんじゃないのか。

「…………ニートか」

 俺が呟くと、扉の向こうからすぐに否定が飛んできた。

「違いますよー! 生まれてこの方不労所得系です」
「くそっお貴族様だったのか。ニートではあるし。なおさら帰れよ」
「ノブレス・オブリージュということで、これでも国庫にたくさん税金納めてるんですよ?」
「それは偉いな……」

 脱税しない金持ちには若干好感度上がってしまうな。そんなくだらないことを考えつつそっと後ろを振り返る。そこには。

「あれ、もう気付いてたんですか?」

 大きめサイズのビデオカメラがあった。

「流石にね。このサイズはさ、気付くよね」
「オレも今気付いたんですけど、今のセリフ5・7・5でしたね! 風流で素敵ですっ」
「誤魔化さないで、お返しします」
「嫌でーす」

 下の句を付け足して短歌にしつつ、どうにかカメラを返却しようと試みる。郵便受けからは……もちろん入らないよな。ちなみにこのカメラは今日起きた時からテーブルに鎮座していた。俺はこの1週間外出すら全くしていないのだが、どういう手品で出現したのだろうか。考えると何かに気付いてしまいそうなので、とにかく考えないようにカメラを郵便受けに押し付けてみる。硬いものが擦れ合ったせいで不穏な音がするが構うものか。俺は今すぐこの監視の目を丁重にお返しするんだ。
 と、そこで扉の向こうから声が聞こえてきた。

「もう、南雲さんは仕方ないなぁ」

 ガチャ。
 音と共に、細く光が差し込み__俺と彼を隔てていた玄関ドアは、こともなげに開かれた。

「…………えっ?」
「ほら、そこから出してくださいよ。カメラって結構高いんですから、壊さないで」
「……鍵、持ってたの?」
「あは」

 ストーカーはドアの隙間からにっこり笑った。持ち上げた唇の端、綺麗に揃った歯が見える。

「どうやってカメラ運んだと思ってたんですか」
「ま、魔法的な……力で?」
「かーわいい」

 終わった。詰んだ。なぜ合鍵を持っているのかは知らないが、家は安全地帯ではなかったらしい。引っ越してやろうかな。

「寝顔も可愛かったですよ。髭結構硬いタイプなんですねぇ」
「最悪だ……なんで気付かないんだよ俺……」

 髭の感触を知っていることをアピールしてくるストーカー。この分だとキスの一つくらいはされてそうだな。寝ている俺に一方的な狼藉を働く彼の姿が浮かび、俺は背筋を凍らせた。

「あっ、でも他のところは触ってないです! そういうのはほら、お付き合いしてからじゃないと」
「良かった……!!」

 俺はその場に座り込んだ。俺の純潔は守られていたらしい。こいつの古風な考え方に感謝。近所迷惑、の文字が頭をよぎったが、いっそのことこの叫びに気付いて誰か来てくれたほうが嬉しいので無視する。本当に誰か来てほしい、大家さんとか。ああでも、大家さんとはそういえば入居の時すら会っていない。じゃあ不動産屋の人とか。

「オレ以外誰も来ませんよ、平日の昼間なんですからね」
「心読むなよ」

 俺の儚い希望はあえなく打ち砕かれたが、それはそれとしてストーカーは動かないままだ。あくまでも俺の自由意志で中に入れてほしいらしい。まあ助かるけど……うーん、期待されてる感じがして複雑だ。俺から中に招き入れることはないといい加減気づいていただきたい。
 カメラを隙間から差し出せば、長い指に受け止められた。一度も働いたことがないというだけあって綺麗なものだ。なんとはなしに目線を上げれば、一般人基準としてはかなり整った顔がある。この顔で金もあるんじゃモテてモテて仕方ないだろうに。なんでこいつ俺のストーカーやってるんだ。
 ストーカーは悩ましげにため息をこぼした。

「……っ、初めての共同作業…………ですね?」
「なるほどこういうところか」

 性格がキモすぎてモテなかったんだろうな。俺は結論付けた。そもそもほぼ初対面でこの火力を出せるのがおかしい。

「カメラ回収してくれてありがとね、元々お前が仕掛けたものだけども。よーしじゃあ用も済んだんだし帰った帰った」

 さっと扉を閉める。合鍵が向こうにあるので何の意味もないといえばそうなのだが、やはり35mmのステンレスが俺に与えてくれる安心感は大きい。

「え!? ちょっと、まだ話終わってないんですけど!」
「俺は終わったよ。帰りなさい、若者。カメラのデータは好きに使っていいからさ」

 あやすように言い含めると、意外にもストーカーは黙った。まだ粘るかと思ったのだが。……なるほど?

「…………昨日の今日だからエロシーンとか別に映ってないけどな。寝起きと飯食うところくらいだよ、それ」
「うっ、うるさいです!」

 やっぱエロいこと考えてたから黙ってたのかよ。はあ、なんというか……こいつ、俺に欲情できんのか。俺は若干引いた。
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