華麗なる一族

 部屋に戻ってすぐ、僕は学習机の椅子に腰かけた。紙とペンを取り出し、ベンジャミン、とつづってみる。……多分男性名。そのほかのことは何も分からない。あとスペルも正しいかどうか自信が持てない。ペンを置いて頭の後ろで腕を組み、天井を見上げる。僕の部屋の天井は、空と同じ色だ。綺麗なライトブルー。
「……あれ?」
 僕は今更気づいた。昨日見たあの男の子の絵、目が青くなかったか? 父さんの目は赤いのに。それに、父さんは婿養子だったはず。あの男の子はどう見ても十四かそこらだったのだ、あれが父さんであるはずがない。じゃあ、あれは誰だ? どうしてあんなところにある? どうして、
「どうして、アル兄さんは嘘をついたんだ?」
「リ~~~ック!」
 突然声がして、僕は弾かれたように振り返った。テオ兄さんだ。にい、と笑みを浮かべて僕の背後に立っている。
「え、テオ兄さん? ノックは、いや、それより、もしかして今の」
「聞いちゃった~~!」
 テオ兄さんはやたら嬉しそうな顔で僕の肩に両腕を回し、絡みつく。至近距離でしゃべられ、ぞわぞわと背筋に悪寒が走った。
「リック、もう気づいたんだ? 早いねえ、さすがオレの兄弟! うんうん実にその通り、アル兄は嘘つきなんだよ」
「嘘つきって、ええと……?」
 僕は戸惑った。
「あの絵! リックも見たんだろ? アンがさっき言ってたよ、昨日二人で部屋抜け出したんだろ。それでアル兄に、あの絵は父さんの絵だって嘘つかれた」
「いや、明確に嘘かどうかは……」
立て板に水、とでも言おうか、ぺらぺらと話すテオ兄さんに気圧され、僕はさっきまでの僕の疑いに自信を持てなくなった。テオ兄さんの瞳孔は開ききっており、頬は紅潮して、何か良くないものでも吸ったのかと思えるほどだった。
テオ兄さんはそんな僕の様子には目もくれず、机にある紙……より正確に言えば、そこに書いてある文字に目を向け、そしてそこで固まった。
「……ワオ。これも、アル兄が吐いたの? あとここスペル間違ってるよ」
急に勢いが収まったかと思えば、スペルミスを指摘された。僕は恥ずかしさと怒りで耳が赤くなるのを感じた。いったい何だっていうんだ。僕はまだ六歳だぞ。
「いえ、それは今朝父さんが……」
ひとまず説明すれば、テオ兄さんが今度は落ち着いた調子のままで、へえ、と笑った。
「父さん、間違えちゃったんだ? ざまあないね」
その顔があまりに冷たくて、僕はびくりと体を震わせた。……前からテオ兄さんは父さんと少し仲が悪かったが、こんな顔をする人だったか。僕には思い出せなかった。
「ああそうだ、これの意味、オレが教えてあげるよ」
あと、あの絵の正体もね。テオ兄さんが静かに言った。僕はすでに少し怖かったが、好奇心には勝てず、テオ兄さんを見た。
「テオ兄さんは、何か知っているんですか?」
「知ってるよ。オレだけじゃない、アンもオリーもアル兄も、父さんだって知ってる。知らないのはお前だけ。いつもだけどね」
「え……?」
僕にはテオ兄さんの最後の言葉の意味が分からなかったが、聴き返す暇なく次の言葉が続いた。
「ベンジャミン。あの絵のモデルで、オレたちの兄さん。父さんにとっては長男にあたる人だよ。お前が覚えてないだけで、ベン兄さんは三年前まで確かに居たんだ。確かに、ちゃんと、居たんだよ」
テオ兄さんは一語一語を噛みしめるようにゆっくりと言った。しかし、それはつまり、今は。
「その人、今はどこに……?」
僕の質問に、テオ兄さんが口を開こうとしたその瞬間、扉がバタンと音を立てて開いた。
「テオ。何してる」
オリー兄さんだった。走ってきたのだろうか、肩で息をしている。普段運動不足のオリー兄さんは、どこにいようが絶対に走らないのに。
「オリー。だって、知らせた方がいいだろ? 一人だけ仲間外れなんてかわいそうだ、お前もそう思うよな?」
テオ兄さんが僕の方を向いて問えば、オリー兄さんは首を横に振った。
「テオ、これがもはやそれだけの問題ではないことは、お前も良く知っているだろう。それに、その子がもし全てを知れば……」
「でも、可哀想だろ」
「……」
テオ兄さんが遮るように言葉を放つ。それにオリー兄さんは黙ったまま答えない。険悪な雰囲気が漂った。
「あの、さっきから、どういう……」
僕は何も分からないのが不安になってきた。僕の質問に、オリー兄さんが口を開く。
「何も知るな」
しかし、それは答えではなく拒絶だった。目を見開く僕に、オリー兄さんは畳みかけた。
「お前は知らずにいるべきだ。お前のことだけを、安全を考えろ。……あの人のことは、俺たちでどうにかする。大丈夫だから」
どこか必死さをまとった懇願に、僕は何も言えなかった。
そして二人は出ていった。テオ兄さんが僕の懐に滑り込ませた、一枚のメモを残して。


「0から始める、黒魔術?」
メモの一番上に書いてある文字を見つめる。黒魔術。魔女のおばあさんが大きな釜の中でぐつぐつと怪しい色のスープを煮ているイメージが思い浮かぶが、どうもこれは少し違うらしい。どちらかと言えば、これは……
「降霊術、じゃないか?」
うん、絶対にそうだ。だってなんか材料欄に、「もう一回お喋りしたい人の霊」とか、「生身の肉体」とか書いてあるし。しかしテオ兄さん、字が汚いな。オリー兄さんは可愛い丸文字を書くのに。
さて、これでテオ兄さんが僕に伝えたいことは、
一つ目、僕たちには一番上の兄、ベンジャミンがいる。
二つ目、その肖像画は物置に仕舞い込まれている。
三つ目、ベンジャミンは三年前に居なくなった。
四つ目、アルバートは嘘つきである。
五つ目、僕以外の全員は同じ秘密を共有している。
六つ目、降霊術の存在。
以上六点だとわかる。あと、ベンジャミンのスペルは……まあ、外してもいいだろう。
他に分かることは、
父さん、アルバート、オリバーは、秘密を守りたい。
セオドア、アナベルは、秘密を明かしたい。
これぐらいかな。
「うーん……」
僕は唸った。情報が足りない。聞き出すなら、そうだな。テオ兄さんでもいいだろうけど、あの人は少し物事をはぐらかす癖がある。となると、姉さん。
「よし!」
僕は立ち上がり、姉さんを探しに出かけた。


まずは姉さんの部屋。姉さんの部屋は僕の部屋から近いような遠いようなところにある。曖昧な言い方だが、そう形容するしかないのだ。姉さんは女の子なので、僕たちの部屋からはちょっと離したほうがいいんじゃないかな、とアル兄さんが言ったのである。何でそうしなければいけないのか僕にも当の姉さんにもよくわからなかったが、まあアル兄さんが言うならそうなのだろうということで姉さんの部屋は僕の部屋から五部屋くらい先にある。
「姉さん、姉さん。僕です。リックです。入っていいですか?」
コンコン、とノックをしながら僕は問いかける。僕はテオ兄さんや姉さんとは違いキチンとノックをする派だ。ちなみに父さんとアル兄さん、オリー兄さんもノックをするタイプだ。僕はアル兄さんをお手本にマナーを学んでいるので、そうなるのである。
「姉さん? 姉さ~ん?」
おかしい、返事がない。全くない。となるとまだ食堂にいるのか? いや、いくらのんびり屋の姉さんでも……いや……でも……。
だんだんと自信がなくなってきた僕は、いったん食堂に戻ることにした。
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