華麗なる一族

「ねえ、ねえ、起きて!」
 ううん。
「ほらほら、すごい発見なんだよ。きっとリックも気に入るよ~?」
 ねむいよ。
「あっそんな態度取るの? 取っちゃっていいの? お姉さまだぞ?」
 姉……お姉さま!?
 僕は飛び起きた。ベッドのスプリングがぎいぎいと鳴いた。ベッドに半分腰掛けるようにして語りかけていた金髪の少女__僕の姉さんが、わあ、と驚いたように小さく叫んだ。ぱちぱちと青い目を瞬く姉さんに、僕は平謝りした。
「ごめんなさい姉さん、もうお昼ですか!? 姉さんが僕を起こすなんて、相当まずい時間ですよね?」
 姉さんは少しばかりのんびり屋さんで、めったに僕を起こすことはない。本人は早くから起きているのだが、子供はたくさん寝るべきだよ、などと言って、寝坊を見逃してくれるのである。子ども。……姉さん本人もわずか十三歳であるのだが。
「え? 違うよ~。ほら、窓の外見てみて」
 しかし、姉さんはのほほんと否定した。言われた通り目を向ければ、そこには煌々と光るお星さま。あとお月さまもいる。
つまるところ、夜である。
「……夜、ですね。ということは、何ですか。姉さんが怖いもの見て眠れなくなったとか、そういう話ですか」
「それも違うよ~。ほら、最初に私が言ってたこと、思い出して」
 最初……というと。
「発見……?」
 僕が言葉に出すと、姉さんは嬉しそうに手で大きくマルを作った。
「それです! あのね、さっき水飲みに行ったら、すごいもの見つけちゃったんだ~! リックも見ようよ」
 にこにこと笑う姉の笑顔を見ながら、僕は渋い顔で布団を引っ張り上げた。
「ええ~……それ、三歳も離れた弟に言うことですか……? 兄さん連れていけばいいじゃないですか。子どもは寝るべきって、姉さんいつも……」
 僕は眠いのだ。そして僕たちには兄がほかに三人もいる。特に一番上の兄などは僕と違ってもう成長期をとうに終えているのだから、そちらを連れて行けばいいのである。
「えっヤダよ!」
 姉さんはまるでそうするのが当たり前のことである、とでも言うような顔で否定した。僕は呆れて鸚鵡返しした。
「ヤダって……」
「だって一番最初に見せてあげるのは絶対リックがいいもん! お兄ちゃんたちじゃ反応がつまんない!」
 確かに兄さんたちは思春期に入ったせいか、あらゆるものへの反応が薄い。姉さんの望むリアクションは取れないだろう。僕はため息をついた。それにおや、と姉さんが片眉を上げる。すでに期待している顔の姉さんに、僕は降参し頷いた。
「わかりました……どうせもう眠気も覚めてしまいましたし、姉さんに付き合いますよ」
「そう来なくちゃね!」
 姉さんはいたずらっぽく笑った。


「多分この辺だったと思うんだけど……」
 すっかり灯りを落とされ、暗く長く伸びた廊下を歩く。僕たちの住む屋敷は広い。なんでも母方の曽祖父がお金持ちだったらしく、奥さん、つまり僕たちの曾祖母のために一から建てたそうだ。昼間は趣味の良い花瓶や何やらが至る所に散りばめられた廊下は、夜に歩くと少し恐ろしい。僕は姉さんと繋いだほうの手に力を込めた。こうすると、勇気をもらえる気がする。
 大小さまざまな装飾の施された扉が立ち並ぶ廊下で、姉さんの記憶と、ほのかな月明りを頼りに歩くこと数分。そもそも僕は『発見』とやらが何なのかも知らない。いよいよ心細くなってきたあたりで、急にあっと姉さんが声を発した。
「あった! ここの扉の中だよ!」
 姉さんが迷いもせず中に入る。僕もそれを追いかけた。背後で扉が閉まるのを、少しだけ不安に感じながら。
 その部屋はこの屋敷によくある、物置部屋のようだった。使わなくなったカーテンや、誰かご先祖の趣味だったのだろうか、布を掛けられたキャンバス。ボトルシップ、クラッカー、大きなクマの人形。埃を被った物の中を、姉さんはすいすいと進んでいく。僕も少しせき込みながら、姉さんを見失わないように、と物をかき分け進んだ。やがて最奥部にたどり着くと、姉さんが大きな赤いカーテンの横に立っていた。僕の姿を認めた姉さんが、笑みを浮かべて一気にカーテンの飾り紐を引く。
「わあ……っ」
 僕は思わずそれに目を奪われた。それはひどく美しい絵だった。星の光を集めたような金色の額縁の中に、同じ色の髪をした男の子が行儀よく座っている。眼は高らかに澄み渡るライトブルー。唇は緩く弧を描き、額縁の向こう側、僕たちに優しく微笑んでいる。
「ね、綺麗でしょ?」
 姉さんが笑った。僕は茫然と頷く。それに、そうだ、この顔を、僕はどこかで見たような……
「誰?」
 突然声がした。ば、と後ろを振り返る。
 兄が立っていた。柔らかそうな金髪。菫の目。長兄だ。僕たちは体をこわばらせた。相手も僕たちの正体が分かったようだった。
「アンと……リック? え、どうしてここに?」
 長兄__アルバートは、本当に意味が分からない、という顔をして僕たちを見た。
 

「えっと、つまり二人は、たまたまここを見つけて忍び込んだ、と……」
 アル兄さんの言葉に、僕たちはしょんぼりと頷いた。アル兄さんは普段とても優しい。優しい、が、怒ると怖い。すごく怖い。あとお説教が長い。
「ごめんなさい……私がリックを無理やり連れてきたんです……」
 姉さんの言葉に、僕は目を剝き、慌てて言った。
「いや、最終的に乗ったのは僕です! やめておこう、とか一回も言いませんでしたし……」
「かばわなくていいのリック、あなたちょっと優しすぎるよ……」
 姉さんが言った。すっかり意気消沈してしまった様子に、アル兄さんがいやいや、と慌てて否定する。
「別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、ちょっと……あの絵、見た、よね?」
 アル兄さんが訊く。僕らは、はい、と頷く。
「……どう思った?」
 ?どういう意味だろう。姉さんと僕は顔を見合わせたが、アル兄さんはひどく真剣な顔だ。とりあえず、僕から答えることにした。
「えっと……すごくきれいな絵だなって。あと、ちょっとどこかで見たような顔だなって思いました」
 僕の答えに、アル兄さんは難しい顔をした。
「そっか……アンは?」
「えっと、私もリックと同じで、綺麗な絵だな、誰かに見せたいなって。あと、お父さんに似てるなって思いました」
「父さんに?」
 アル兄さんは驚いたように口を押えた。そして少し考えこんだ後、話し出した。
「そっか……なるほど。二人とも鋭いね。実はアンの言う通り、あれは父さんの若いころの絵なんだ。屋敷に有名な画家を呼んで描かせたんだって」
「やっぱり!」
 姉さんが嬉しそうに笑った。
「でも父さんはあの絵があまりお気に召さないみたいでさ。ここの倉庫に仕舞っちゃったんだ。その話をすると機嫌が悪くなるから、二人とも言っちゃだめだよ」
 なるほど、と僕は思った。確かに父さんは少し気分屋なところがあった。気に入るもの入らないものの差が激しいのである。そのせいでこのひたすら広い屋敷に使用人がいないのだ、という話を聞いた覚えがあった。
「約束できるね?」
 アル兄さんが念を押すように訊いた。
「「はーい!」」
 僕たちが声をそろえて言うと、いいお返事、とアル兄さんが僕たちの頭をなでた。
「さあ、子どもはもう寝なさい。明日に響くよ」
 アル兄さんに見送られ、僕たちはそれぞれの部屋に戻った。
 そういえば、と僕は思う。なんでアル兄さんは、あの部屋に来たんだろう。電気もついてなかったし、扉も閉めていて音は聞こえなかったはずなのに。
 アル兄さんも、実はあの絵が好きなのかな。
 後ろを振り返ってみたけれど、もうアル兄さんの姿は見えなかった。
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