華麗なる一族

「父さん。俺、この屋敷を出るよ」
 少し高めの声が、ホール全体に響く。決して大きな声ではない。ともすれば外の嵐にかき消されてしまいそうなほどの声量しかないのに、されどその声はよく通った。それはこの家の住人である僕たちが、彼の声を片時も聞き逃さぬようよく日ごろから気を付けていたせいもあるかもしれないし、またはその内容が衝撃的であったからかもしれなかった。
「今……いま、何て言った」
 相対する男は、先ほどまで怒りに紅く染めていた顔から、すうと血の気を引かせて訊ねた。震える声が、袖をつかもうとする力の抜けた手が、如実に男の狼狽を表している。
「外の世界が見たいんだ」
 しかし問われている青年は、繰り返しもせず淡々と続ける。前からずっと考えていたのだと。もう弟妹も大きくなった、自分が抜けても支障はないだろう、と。すらすら言葉を流す口を、男は……僕らの父親はじっと眺めた。兄が何を考えているのか、その表情から読み取ることは不可能に近かった。張り詰めた空気が漂っている。弟妹が怯えたように身を寄せ合い、動向を窺っている。僕はいつものごとく、父の斜め後ろに立っていた。
 数年前までは、この場所は兄の立ち位置だったと聞いている。何年前だったか。……ああ、そうだ、七年前、母がこの屋敷を出ていったときじゃなかったか?
 雷が激しく落ちた。弟妹がさらに身を寄せ合った。末の子はもはや泣き出しそうな顔をしていた。大丈夫だから、と普段なら励ますはずの二人はそれに気づいた様子もない。
「父さんもいい加減俺と少し距離を置くべきだ、そうは思わないか?」
 兄が訊ねた。答えの決まりきった、馬鹿な質問だと僕は思った。
「思わない」
 父は答えた。抜け落ちたような無表情だった。そしてそのまま、手を振り上げて、それから__

 風が激しく壮麗な扉を叩く。一度、二度、三度、四度。大昔のさる有名な音楽家が、運命はこのようにして扉を叩くと形容した通りに。この屋敷の運命も、今日この日から転がりだしたのだった。
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