友達百年生きてくれ
「ああー…………暇だなあ、今日も今日とて……日曜なのに」
五月。やっと見つかったバイトも今日はシフトがない。家事も土曜日のうちに終わらせてしまって、陸はすることもなく自室の畳の上に転がっていた。
ゲームフリークの自覚はあるが、日の明るいうちからゲームをやる習慣は陸には無い。ゲームというものは深夜にやるのが一番楽しいのだと固く信じているクチだった。
「地元の友達と遊ぶ……のは遠いし怠いし、家族への連絡ももうしちゃったし…………ネットの徘徊は飽きたし、この部屋にはテレビも無え……うわ、僕って本当に無趣味な人間だな……」
なっにもやることがない! などと叫びつつ、陸はとりあえず部屋の隅を目掛けて寝返りを打った。少なくとも寝返り分の暇は解消される。寝返り先の床でそのままぼーっとしていると、ピロンっと小さくスマホが鳴った。
「おお……?」
横着して寝っ転がったままスマホに手を伸ばす。なんとか指先だけで端末を掴むと、体の横まで引き寄せた。見れば1つ、メッセージ通知が来ている。
「dia……? 誰だこいつ……」
眉間にしわを寄せつつ、陸はタップしてメッセージアプリを開く。表示されたアイコンの顔に見覚えがあった。
「あ、もしかしてこれ大也か? なんでこんなわかりづらいアカウント名を、って、あれ」
ふと違和感を覚え、陸は首を傾げた。
「僕……もう、あいつと連絡先交換してたっけ」
途端にゾッとしたものを感じ、陸は両手で自分の体を抱きしめた。そうしているうちに、そういや僕って結構隙だらけじゃなかったか? やろうとすればスマホのパスワードくらいいつでも突破できたよな、と思い至ってしまったものだから、より一層陸は縮み上がった。うわあ、いつやられたんだろう。やっぱあいつん家で気絶してた時かな。などと今考えてももう遅いことばかり頭に思い浮かぶ。残念ながら、連絡先を握られている限り陸の城はもはや安全地帯ではないのだ。
ひとまずスマホのパスワードを変更した後、陸は改めてメッセージアプリを開いた。結局のところ、暇で仕方がなかったので刺激を求めてしまったのである。
そこには、「きょうひま」とだけ記されていた。
「これって……僕が暇かどうか聞いてるのか? それとも大也が暇だってことなのか?」
現代のチャラついた若者特有のひらがなコミュニケーションに慣れていない陸は大いに戸惑う。直後、再びピロンと音が鳴って「?」とメッセージが送られてきた。ああ、と理解し、陸は「めちゃくちゃ暇だ」とメッセージを返した。ちなみに主にゲーム内の通話機能でネットの人間と交流する陸には預かり知れないことだが、大也のアカウント名は本名を特定させない目的で付けられている。
「あそぼーよ」
「えきで3時」
「ひまなら」
ピロピロピロと連続でメッセージが届く。陸は身を起こした。
「了解」
それだけ送り返して、実家から持ち込んだ箪笥の前まで移動する。地元の友達は遠いけれども、そういえば今の場所にも友達がいるのだった、と陸は思い出し、なんだかおかしくなって笑った。
「陸くん早いね」
「お前の方が遥かに早いだろ……いつから居たんだ、まだ二時半なのに……」
駅に着き、大也の片手に握られた空の飲料容器を見ながら陸は突っ込みを入れた。どう見ても持ち運びできなさそうなそれを揺らしつつ、「さっきだよさっき」と大也が適当を言う。その手と容器が通行人に当たりかけ、陸は思わずぱしっと大也の手を掴んだ。
「おい、危ないだろ……って、手え冷た! やっぱお前結構前から居たよな!?」
今日は春の割に冷え込みがひどい。外で冷えただろう手を掴みつつ陸が言うと、大也は困ったように口角を下げた。
「……別に、午前も外居ただけ」
「飯は?」
「陸くんって俺の母親? まあ俺の母親はそんなこと言わないけどさ」
「じゃあどこからその表現出てきたんだ。ともかく食ってないんだな。分かった、じゃあまずどっか食いにいくぞ」
言いながら、陸は空いた手でスマホを取り出し調べる。いまだに手を握られたまま、ばつが悪そうに大也が尋ねた。
「いいの? 陸くんはもう昼食べたんだろ」
「いいよ。友達が飯食ってないのにそのまま連れまわすほど僕はヤな奴じゃないつもりなんだ……ラーメンと油そばならどっちがいい?」
「……ラーメンかな」
返答に頷いて、陸は自分も餃子くらい食べようかな、と算段を立てた。店に入っておいて何も食べないのは小心者の陸には不可能なことだったのだ。
さっさと食べきると店を出る。安い中華は回転率がいい。始終何か言いたげな顔をしていた大也がやっと口を開いた。
「その……いや、うん。ごめんね、陸くん」
どうしたらいいかわからない、と言うような表情を見て、陸は肩をすくめた。
「謝んなよ、ありがとうって言っとけ。……そういや、初めて会った時からそうだったけど、そもそもなんでそんな感謝拒否してるんだ?」
特に何も考えず陸が尋ねると、大也はぐっと唇を嚙んでから息をつき、答えた。
「別に、深い理由は無いよ。機会がなかっただけで……だって、感謝が必要になるようなこと、誰にもしてもらえなかったし、俺もしなかったから」
だから本当に慣れてないんだ、と小さな声で言う。それは本当に、自分の弱みを切り渡すような言葉だった。誰にも感謝せず感謝されないというのが異常なことであるとそれなりには知っていたし、自覚している弱みはずっと、ほんの少しだけ後ろめたさのように付きまとうものだから。
陸は「ふうん」と相槌を打ち、それから言った。
「よく分かんないけど、じゃあ僕といるうちに慣れとけば。別にどこまで下手くそな感謝でも気にしないしさ」
え、と大也は弾かれたように顔を上げる。陸はそれを、なるべく平然と見つめ返した。
「……陸くんって、時々デリカシーなくて強引だよね」
「どこがだよ。むしろ僕かなり優しい方だろ。ほら、ありがとうは?」
要求するように片手を突き出され、大也は閉口する。けれど諦めずその体勢のままでいる陸を見て、根負けしたのか恐る恐る__慣れない言葉を舌に乗せた。
「あ……り、がとう……」
「うん、いいよ」
頷くと、陸はくるりと踵を返した。特に何かそれ以上を要求しないその態度は呆気なく、そして何より温かかった。大也は呆けたように、思いついたまま口にした。
「やっぱ……陸くん優しいかも」
「ん、そうだろ」
五月。やっと見つかったバイトも今日はシフトがない。家事も土曜日のうちに終わらせてしまって、陸はすることもなく自室の畳の上に転がっていた。
ゲームフリークの自覚はあるが、日の明るいうちからゲームをやる習慣は陸には無い。ゲームというものは深夜にやるのが一番楽しいのだと固く信じているクチだった。
「地元の友達と遊ぶ……のは遠いし怠いし、家族への連絡ももうしちゃったし…………ネットの徘徊は飽きたし、この部屋にはテレビも無え……うわ、僕って本当に無趣味な人間だな……」
なっにもやることがない! などと叫びつつ、陸はとりあえず部屋の隅を目掛けて寝返りを打った。少なくとも寝返り分の暇は解消される。寝返り先の床でそのままぼーっとしていると、ピロンっと小さくスマホが鳴った。
「おお……?」
横着して寝っ転がったままスマホに手を伸ばす。なんとか指先だけで端末を掴むと、体の横まで引き寄せた。見れば1つ、メッセージ通知が来ている。
「dia……? 誰だこいつ……」
眉間にしわを寄せつつ、陸はタップしてメッセージアプリを開く。表示されたアイコンの顔に見覚えがあった。
「あ、もしかしてこれ大也か? なんでこんなわかりづらいアカウント名を、って、あれ」
ふと違和感を覚え、陸は首を傾げた。
「僕……もう、あいつと連絡先交換してたっけ」
途端にゾッとしたものを感じ、陸は両手で自分の体を抱きしめた。そうしているうちに、そういや僕って結構隙だらけじゃなかったか? やろうとすればスマホのパスワードくらいいつでも突破できたよな、と思い至ってしまったものだから、より一層陸は縮み上がった。うわあ、いつやられたんだろう。やっぱあいつん家で気絶してた時かな。などと今考えてももう遅いことばかり頭に思い浮かぶ。残念ながら、連絡先を握られている限り陸の城はもはや安全地帯ではないのだ。
ひとまずスマホのパスワードを変更した後、陸は改めてメッセージアプリを開いた。結局のところ、暇で仕方がなかったので刺激を求めてしまったのである。
そこには、「きょうひま」とだけ記されていた。
「これって……僕が暇かどうか聞いてるのか? それとも大也が暇だってことなのか?」
現代のチャラついた若者特有のひらがなコミュニケーションに慣れていない陸は大いに戸惑う。直後、再びピロンと音が鳴って「?」とメッセージが送られてきた。ああ、と理解し、陸は「めちゃくちゃ暇だ」とメッセージを返した。ちなみに主にゲーム内の通話機能でネットの人間と交流する陸には預かり知れないことだが、大也のアカウント名は本名を特定させない目的で付けられている。
「あそぼーよ」
「えきで3時」
「ひまなら」
ピロピロピロと連続でメッセージが届く。陸は身を起こした。
「了解」
それだけ送り返して、実家から持ち込んだ箪笥の前まで移動する。地元の友達は遠いけれども、そういえば今の場所にも友達がいるのだった、と陸は思い出し、なんだかおかしくなって笑った。
「陸くん早いね」
「お前の方が遥かに早いだろ……いつから居たんだ、まだ二時半なのに……」
駅に着き、大也の片手に握られた空の飲料容器を見ながら陸は突っ込みを入れた。どう見ても持ち運びできなさそうなそれを揺らしつつ、「さっきだよさっき」と大也が適当を言う。その手と容器が通行人に当たりかけ、陸は思わずぱしっと大也の手を掴んだ。
「おい、危ないだろ……って、手え冷た! やっぱお前結構前から居たよな!?」
今日は春の割に冷え込みがひどい。外で冷えただろう手を掴みつつ陸が言うと、大也は困ったように口角を下げた。
「……別に、午前も外居ただけ」
「飯は?」
「陸くんって俺の母親? まあ俺の母親はそんなこと言わないけどさ」
「じゃあどこからその表現出てきたんだ。ともかく食ってないんだな。分かった、じゃあまずどっか食いにいくぞ」
言いながら、陸は空いた手でスマホを取り出し調べる。いまだに手を握られたまま、ばつが悪そうに大也が尋ねた。
「いいの? 陸くんはもう昼食べたんだろ」
「いいよ。友達が飯食ってないのにそのまま連れまわすほど僕はヤな奴じゃないつもりなんだ……ラーメンと油そばならどっちがいい?」
「……ラーメンかな」
返答に頷いて、陸は自分も餃子くらい食べようかな、と算段を立てた。店に入っておいて何も食べないのは小心者の陸には不可能なことだったのだ。
さっさと食べきると店を出る。安い中華は回転率がいい。始終何か言いたげな顔をしていた大也がやっと口を開いた。
「その……いや、うん。ごめんね、陸くん」
どうしたらいいかわからない、と言うような表情を見て、陸は肩をすくめた。
「謝んなよ、ありがとうって言っとけ。……そういや、初めて会った時からそうだったけど、そもそもなんでそんな感謝拒否してるんだ?」
特に何も考えず陸が尋ねると、大也はぐっと唇を嚙んでから息をつき、答えた。
「別に、深い理由は無いよ。機会がなかっただけで……だって、感謝が必要になるようなこと、誰にもしてもらえなかったし、俺もしなかったから」
だから本当に慣れてないんだ、と小さな声で言う。それは本当に、自分の弱みを切り渡すような言葉だった。誰にも感謝せず感謝されないというのが異常なことであるとそれなりには知っていたし、自覚している弱みはずっと、ほんの少しだけ後ろめたさのように付きまとうものだから。
陸は「ふうん」と相槌を打ち、それから言った。
「よく分かんないけど、じゃあ僕といるうちに慣れとけば。別にどこまで下手くそな感謝でも気にしないしさ」
え、と大也は弾かれたように顔を上げる。陸はそれを、なるべく平然と見つめ返した。
「……陸くんって、時々デリカシーなくて強引だよね」
「どこがだよ。むしろ僕かなり優しい方だろ。ほら、ありがとうは?」
要求するように片手を突き出され、大也は閉口する。けれど諦めずその体勢のままでいる陸を見て、根負けしたのか恐る恐る__慣れない言葉を舌に乗せた。
「あ……り、がとう……」
「うん、いいよ」
頷くと、陸はくるりと踵を返した。特に何かそれ以上を要求しないその態度は呆気なく、そして何より温かかった。大也は呆けたように、思いついたまま口にした。
「やっぱ……陸くん優しいかも」
「ん、そうだろ」
