友達百年生きてくれ
一週間後。
「そういや、お前は部活とか入らないのか?」
放課後、無言でスマホをいじり続ける大也に陸は問いかけた。
その日、体育館では新入生歓迎会が行われているらしかった。HRも掃除も終わった後の教室に居残っているのは二人だけ。別に何か会話するでもなく、なんとなくで残り続けていただけだったが、最後に退出した生徒は二人を気まずそうにちらりちらりと見ていた。
SNSの巡回に飽きた陸の質問に、大也もスマホから目を上げた。
「正直、入る気は起きないかな」
「ふーん。ちなみになんで?」
あくまでただの暇つぶしといった調子で、何の気なしに陸が重ねて問う。
「バイトあるし……昔の同級生に試合だとかで会いたくない。それに家にもなるべく帰らなきゃいけないし。陸くんもそうだろ?」
意外と素直に大也は理由を答えた。帰るってあの家にか、と考えて陸はげんなりしたが、一応顔には出さず普通に頷いておく。新しく正式に友達となったからには、あまり相手を否定したり刺激したりするようなことは言いたくなかった。
「…………まー、そうだな。僕も家事とバイトがあるし、同級生に会うのも確かにちょっと気まずいし、入るつもりは特にない」
それに、陸も実際同じような理由で部活には入らない予定だった。生活費や学費は親が払ってくれているとはいえ、やはり色々と欲しいもののためにはバイトをする必要があった。加えて陸は一人暮らしなので、家事もしなくてはならない。
「だよな。陸くんは俺と同じだと思ってたんだ」
にこ、と大也が笑った。『友達』になってから、あからさまに陸への態度が軟化している。陸は内心、困ったな、と思った。
兄同士という縁もあり友達になるとは決めたものの、正直深く関わりすぎるとろくなことにならないだろうとは分かっていた。なんというか、幸せの気配というものがしない青年だった。少し関わっただけでも異常な短気さや、あまり発達していなさそうな情緒が伝わってくる。
「……ちなみに、バイトってどこでやってる? 僕、今探しててさ」
とそこまで考えたところで、陸は話題を変えた。人の悪口なんて、考えていても気分のいいことではない。さっさと別のことを考えたかった。
「ああ、なるほどね。うーん……あ、でもあれなら……うん、陸くんになら教えてもいいかな。俺もまだやってはいないんだけど。……えっと、まあ植物とか物運んだりするや__」
「待て待てそれ運送業者ってことで合ってるか? 僕すごく嫌な予感がするんだけど。あの、適法なやつだよな? 僕は善良な一市民としてこれからも生きていきたいんだよ」
「……あー…………まあ、運送業者、と言えば、そう……? だと思う」
「歯切れ悪っ! 警察のお世話になる方のやつにしか使わない言い方だな!」
陸は頭を抱えた。この野郎思ってたよりも現代社会の深淵に足突っ込んでやがる。
「それはやめとこうぜ流石に……即座に実刑判決下る系じゃんかそれ…………」
「えー、急に言われても困るな。先輩に誘われたのに」
「困るなとかじゃないんだよ……」
どうしよう。これ警察に言っといた方がいいのか? いやわからないな、怖、と陸が百面相していると、大也はその顔を覗き込んだ。
「どうしてもって言うなら別にやめるよ。俺、陸くんの方が大事だし」
さらっと言って、大也はまた元の位置に戻るとスマホになにごとか打ち込みだした。
「あー、結構しつこいんだよなこの人。ブロックしとこ…………よし、断った。俺偉くない?」
呟きながら手早く画面を操作する。一通り決着がついたのか陸に見せてきた画面には、確かにその先輩と思しき相手のアカウントをブロックした旨が表示されていた。あまりにあっけなく断った大也を、陸は茫然と見つめた。そして浮かんできた問いを思わずそのままぶつける。
「…………その、僕に言われたくらいでそんな簡単に縁切ってよかったのか? そりゃ闇バイトは本当に、心から、絶対やらないでほしいけど……その先輩って、結構大事な人だったんじゃないのかよ」
「まあ少年院時代に同室だった人だけど……いいよ別に。だってあっちは俺のこと利用してるだけだったもん。結構殴られたし。しかも俺の他にも仲いい相手は大量に居るらしいから」
全く未練の一つもないような顔で大也は答えた。うまく呑み込めずにいた陸は、だんだんと理解が追い付いてくるにつれて大きな疑問符が浮かんでくるのを感じた。
「え、なんで__」
なんでそんな奴と仲良くしてたんだよ、と陸が言いかけるのを遮って、大也は囁いた。
「陸くんって俺以外に友達いないだけじゃなくて、俺のこと心配して止めてくれるんだね。それって俺に助けてもらって好きになったから? そんな人に会えたの、初めてだよ」
本当、あの日助けておいて良かった、と宣う友人に、もはや陸は眩暈がしそうだった。何もかも前提条件が違う。しかし一つだけどうしても確認を取っておきたいことがあった。
「あのさ……大也の言うその好きって、もしかして親愛とか友情?」
「はあ? 当たり前だろ。俺ホモ嫌いだし。男同士で恋なわけなくない?」
「…………。僕は女の子が好きだから友情でよかったけど、それはそれとしてすさまじい差別発言だな。好き嫌いはともかく、相手を尊重しろ」
最低の差別発言を受け、陸は絶句しつつとりあえず窘める。大也はハッと鼻で嘲笑った。何も反省していなさそうだ。陸は大きくため息をつく。
よく分からないが、とにかく本当にこいつはヤバい。多分話せば話すほど余罪が見つかるし、周りの大人は碌なのがいなさそうだし、倫理は死んでるし平気で人に暴力を振るうし。いくら暫定美人の妹がいてもカバーできないレベルで近寄りたくない。でも。
「…………でも、唯一の友達になっちまったしな」
小さく呟き、陸は頷いた。
「うん。僕、頑張るよ。せめてお前がどっかで野垂れ死にしないように」
「えっ俺陸くんに野垂れ死ぬと思われてるの?」
心外と言いたげな大也を他所に、陸は一人決意を固めた。
「そういや、お前は部活とか入らないのか?」
放課後、無言でスマホをいじり続ける大也に陸は問いかけた。
その日、体育館では新入生歓迎会が行われているらしかった。HRも掃除も終わった後の教室に居残っているのは二人だけ。別に何か会話するでもなく、なんとなくで残り続けていただけだったが、最後に退出した生徒は二人を気まずそうにちらりちらりと見ていた。
SNSの巡回に飽きた陸の質問に、大也もスマホから目を上げた。
「正直、入る気は起きないかな」
「ふーん。ちなみになんで?」
あくまでただの暇つぶしといった調子で、何の気なしに陸が重ねて問う。
「バイトあるし……昔の同級生に試合だとかで会いたくない。それに家にもなるべく帰らなきゃいけないし。陸くんもそうだろ?」
意外と素直に大也は理由を答えた。帰るってあの家にか、と考えて陸はげんなりしたが、一応顔には出さず普通に頷いておく。新しく正式に友達となったからには、あまり相手を否定したり刺激したりするようなことは言いたくなかった。
「…………まー、そうだな。僕も家事とバイトがあるし、同級生に会うのも確かにちょっと気まずいし、入るつもりは特にない」
それに、陸も実際同じような理由で部活には入らない予定だった。生活費や学費は親が払ってくれているとはいえ、やはり色々と欲しいもののためにはバイトをする必要があった。加えて陸は一人暮らしなので、家事もしなくてはならない。
「だよな。陸くんは俺と同じだと思ってたんだ」
にこ、と大也が笑った。『友達』になってから、あからさまに陸への態度が軟化している。陸は内心、困ったな、と思った。
兄同士という縁もあり友達になるとは決めたものの、正直深く関わりすぎるとろくなことにならないだろうとは分かっていた。なんというか、幸せの気配というものがしない青年だった。少し関わっただけでも異常な短気さや、あまり発達していなさそうな情緒が伝わってくる。
「……ちなみに、バイトってどこでやってる? 僕、今探しててさ」
とそこまで考えたところで、陸は話題を変えた。人の悪口なんて、考えていても気分のいいことではない。さっさと別のことを考えたかった。
「ああ、なるほどね。うーん……あ、でもあれなら……うん、陸くんになら教えてもいいかな。俺もまだやってはいないんだけど。……えっと、まあ植物とか物運んだりするや__」
「待て待てそれ運送業者ってことで合ってるか? 僕すごく嫌な予感がするんだけど。あの、適法なやつだよな? 僕は善良な一市民としてこれからも生きていきたいんだよ」
「……あー…………まあ、運送業者、と言えば、そう……? だと思う」
「歯切れ悪っ! 警察のお世話になる方のやつにしか使わない言い方だな!」
陸は頭を抱えた。この野郎思ってたよりも現代社会の深淵に足突っ込んでやがる。
「それはやめとこうぜ流石に……即座に実刑判決下る系じゃんかそれ…………」
「えー、急に言われても困るな。先輩に誘われたのに」
「困るなとかじゃないんだよ……」
どうしよう。これ警察に言っといた方がいいのか? いやわからないな、怖、と陸が百面相していると、大也はその顔を覗き込んだ。
「どうしてもって言うなら別にやめるよ。俺、陸くんの方が大事だし」
さらっと言って、大也はまた元の位置に戻るとスマホになにごとか打ち込みだした。
「あー、結構しつこいんだよなこの人。ブロックしとこ…………よし、断った。俺偉くない?」
呟きながら手早く画面を操作する。一通り決着がついたのか陸に見せてきた画面には、確かにその先輩と思しき相手のアカウントをブロックした旨が表示されていた。あまりにあっけなく断った大也を、陸は茫然と見つめた。そして浮かんできた問いを思わずそのままぶつける。
「…………その、僕に言われたくらいでそんな簡単に縁切ってよかったのか? そりゃ闇バイトは本当に、心から、絶対やらないでほしいけど……その先輩って、結構大事な人だったんじゃないのかよ」
「まあ少年院時代に同室だった人だけど……いいよ別に。だってあっちは俺のこと利用してるだけだったもん。結構殴られたし。しかも俺の他にも仲いい相手は大量に居るらしいから」
全く未練の一つもないような顔で大也は答えた。うまく呑み込めずにいた陸は、だんだんと理解が追い付いてくるにつれて大きな疑問符が浮かんでくるのを感じた。
「え、なんで__」
なんでそんな奴と仲良くしてたんだよ、と陸が言いかけるのを遮って、大也は囁いた。
「陸くんって俺以外に友達いないだけじゃなくて、俺のこと心配して止めてくれるんだね。それって俺に助けてもらって好きになったから? そんな人に会えたの、初めてだよ」
本当、あの日助けておいて良かった、と宣う友人に、もはや陸は眩暈がしそうだった。何もかも前提条件が違う。しかし一つだけどうしても確認を取っておきたいことがあった。
「あのさ……大也の言うその好きって、もしかして親愛とか友情?」
「はあ? 当たり前だろ。俺ホモ嫌いだし。男同士で恋なわけなくない?」
「…………。僕は女の子が好きだから友情でよかったけど、それはそれとしてすさまじい差別発言だな。好き嫌いはともかく、相手を尊重しろ」
最低の差別発言を受け、陸は絶句しつつとりあえず窘める。大也はハッと鼻で嘲笑った。何も反省していなさそうだ。陸は大きくため息をつく。
よく分からないが、とにかく本当にこいつはヤバい。多分話せば話すほど余罪が見つかるし、周りの大人は碌なのがいなさそうだし、倫理は死んでるし平気で人に暴力を振るうし。いくら暫定美人の妹がいてもカバーできないレベルで近寄りたくない。でも。
「…………でも、唯一の友達になっちまったしな」
小さく呟き、陸は頷いた。
「うん。僕、頑張るよ。せめてお前がどっかで野垂れ死にしないように」
「えっ俺陸くんに野垂れ死ぬと思われてるの?」
心外と言いたげな大也を他所に、陸は一人決意を固めた。
