友達百年生きてくれ
…あいつ、大也? 何なんだマジで…………」
後ろ手のドアにきちんと鍵が掛かっているか確認する。鍵が閉められていることを意味する鈍い音が鳴った。その感触に安心して、陸はいまだ震える手で汗を拭い、眼鏡を掛け直した。
「本当に、都会って怖いな…………姉ちゃんが言ってた通りだ」
四畳半のアパートで、陸はようやく落ち着いてため息をついた。
目前に広がるのは段ボールが二、三箱。それから実家から持ち込んだ布団と勉強机。昨日引っ越してきたばかりの、新たな自分の城だった。
築二十五年の賃貸とはいえど大切に使われてきたためか、あまり汚れは目立たない。調味料の跳ねた跡はいくらか見えるものの、あの家のような謎の不吉なシミは一つたりともなかった。
もう荷解きも面倒になって、そのまま布団の上に転がる。慣れ親しんだ実家の匂いがした。あまりの疲労感と実家恋しさに泣きそうな気分になりながらしばらくぼうっとしていると、突然思い出したことがあった。
「そうだ、持ち物全部揃ってるか確認しないと」
忘れ物をした覚えはないが、何かの拍子に落とした可能性がある。もう昨日のことにはなるが、陸は高校進学手続きの書類を持って家を出たはずだった。肩にかけていたトートバッグを漁る。一枚一枚確認したが、無事全部揃っていた。
「あー、良かった……昨日今日で行ったところに探しにいく羽目にならずに済むな……」
呟いてバッグを放り出そうとした瞬間、何か奇妙なものが見えて陸は再び手元に引き寄せた。
「銀の……櫛?」
明らかに見慣れないものだった。どうみても女物のデザイン。一瞬姉のものが紛れ込んだかとも思ったが、それにしては派手な装飾がされている。陸の姉はシンプルなものが好きだったはずだ。
「もしかして……本当に嫌な想像だけど、もしかしてこれ」
鞄に入ったか何かで、あの家から誤って持ってきてしまったものなのでは、と陸は顔を歪めた。少し前まで滞在していた気軽な地獄を思い出す。なるべく関わり合いになりたくない場所だった。
どう見てもDV、どう見ても家庭崩壊。おそらく息子と思われる人物はあれだ。一介の中学生……もうすぐ高校生だが、には荷が重すぎる。
「でもなあ」
起き上がり、陸はその場で胡坐をかいた。
「あいつ、イケメンだったよな?」
宙をにらみ、顔を思い出す。確かに狂人だ。本当に話が通じないし、今すぐ福祉、あるいは手錠に繋げられるべき人間だ。しかし、容姿は良かった。綺麗な髪に少しだけ色素が薄いぱっちりとした目、華やかな顔立ち。あと脚も長かった……気がする。
もう一度手の中の櫛を見る。女物。派手なデザイン。きっと若い、それも高校生くらいの年ごろ向けのもの。
「姉か妹」その言葉が陸の頭にちらついた。
「………………まあ、人のものパクるってのも寝覚めが悪いし? 殺されかけたとはいえ一応、恩人だし? 話は通じないけど挨拶する礼儀正しさはある……? し」
あと出席番号前後らしいし、仲良くしようって言われて握手したし、と陸は指折り数えた。
うん、そうだな。片手分の理由はあるわけだ、と頷く。
「まあ、関わり合いになってもいいかな!」
がぜん元気が出てきて、陸は輝く眼で前言撤回した。
後ろ手のドアにきちんと鍵が掛かっているか確認する。鍵が閉められていることを意味する鈍い音が鳴った。その感触に安心して、陸はいまだ震える手で汗を拭い、眼鏡を掛け直した。
「本当に、都会って怖いな…………姉ちゃんが言ってた通りだ」
四畳半のアパートで、陸はようやく落ち着いてため息をついた。
目前に広がるのは段ボールが二、三箱。それから実家から持ち込んだ布団と勉強机。昨日引っ越してきたばかりの、新たな自分の城だった。
築二十五年の賃貸とはいえど大切に使われてきたためか、あまり汚れは目立たない。調味料の跳ねた跡はいくらか見えるものの、あの家のような謎の不吉なシミは一つたりともなかった。
もう荷解きも面倒になって、そのまま布団の上に転がる。慣れ親しんだ実家の匂いがした。あまりの疲労感と実家恋しさに泣きそうな気分になりながらしばらくぼうっとしていると、突然思い出したことがあった。
「そうだ、持ち物全部揃ってるか確認しないと」
忘れ物をした覚えはないが、何かの拍子に落とした可能性がある。もう昨日のことにはなるが、陸は高校進学手続きの書類を持って家を出たはずだった。肩にかけていたトートバッグを漁る。一枚一枚確認したが、無事全部揃っていた。
「あー、良かった……昨日今日で行ったところに探しにいく羽目にならずに済むな……」
呟いてバッグを放り出そうとした瞬間、何か奇妙なものが見えて陸は再び手元に引き寄せた。
「銀の……櫛?」
明らかに見慣れないものだった。どうみても女物のデザイン。一瞬姉のものが紛れ込んだかとも思ったが、それにしては派手な装飾がされている。陸の姉はシンプルなものが好きだったはずだ。
「もしかして……本当に嫌な想像だけど、もしかしてこれ」
鞄に入ったか何かで、あの家から誤って持ってきてしまったものなのでは、と陸は顔を歪めた。少し前まで滞在していた気軽な地獄を思い出す。なるべく関わり合いになりたくない場所だった。
どう見てもDV、どう見ても家庭崩壊。おそらく息子と思われる人物はあれだ。一介の中学生……もうすぐ高校生だが、には荷が重すぎる。
「でもなあ」
起き上がり、陸はその場で胡坐をかいた。
「あいつ、イケメンだったよな?」
宙をにらみ、顔を思い出す。確かに狂人だ。本当に話が通じないし、今すぐ福祉、あるいは手錠に繋げられるべき人間だ。しかし、容姿は良かった。綺麗な髪に少しだけ色素が薄いぱっちりとした目、華やかな顔立ち。あと脚も長かった……気がする。
もう一度手の中の櫛を見る。女物。派手なデザイン。きっと若い、それも高校生くらいの年ごろ向けのもの。
「姉か妹」その言葉が陸の頭にちらついた。
「………………まあ、人のものパクるってのも寝覚めが悪いし? 殺されかけたとはいえ一応、恩人だし? 話は通じないけど挨拶する礼儀正しさはある……? し」
あと出席番号前後らしいし、仲良くしようって言われて握手したし、と陸は指折り数えた。
うん、そうだな。片手分の理由はあるわけだ、と頷く。
「まあ、関わり合いになってもいいかな!」
がぜん元気が出てきて、陸は輝く眼で前言撤回した。
