友達百年生きてくれ
「お前さ、そんな彼女になりたいならキスの一つくらいしてみたら」
トイレでの会話から数日後。大也は昼夜問わずアピールをしてきた。やれ彼女にしろだの独占させろだの色々と。いい加減疲れ果てた陸が、学校帰りの公園で言ったのが冒頭のセリフだった。このまま諦めてくれたらな、というのが陸の正直な気持ちだ。
しかし、その言葉を聞いた大也は__頷いた。
「ああ、確かに。いいよ」
大也は躊躇いなく口付ける。陸は目を剥いた。
男とはいえそれなりに唇は柔らかい。うわ初めてキスとかしたな……という感慨が陸を襲った。しかしすぐさま初めての相手がこいつでいいのか?という疑問にとらわれる。
ぼんやり葛藤していた陸とは対照的に、大也は自分の口を片手で覆った。
「大也?」
「う」
「おい、まさか」
「ヤバい、吐く」
陸は顏をしかめた。
「そんなことだろうと思ったよ」
手早く介抱し終わり公園のベンチに並んで座る。陸が座った瞬間頭をもたれかけてきた大也は虚ろな目で言った。
「ごめん……ありがとう……」
陸は慣れた調子でその頭に手を置きながらため息をついた。はあやれやれ。
「うん、トラウマになりそうだったけど、まあ僕は優しいから許してやる。……ちなみに、僕の方に落ち度があったわけじゃないよな?」
「全然。今まで1000回くらい口と口を付けてきたけど、陸くんはめちゃくちゃ普通の口」
「反応に困るけどまあ安心した」
大也は拗ねたようにベンチの上で膝を抱え込んだ。
「あーあ。俺は陸くんのことこんなに好きなのに。好きなとこ500個言えるし、もし陸くんが誰か殺しちゃったなら一緒に埋めに行くのにな。俺らが両方男で、ホモじゃなくて、キスできないってだけでぽっと出の女に取られるんだ」
「…………まあ、そんなもんだろ。仕方ないじゃん。あとホモって言うのやめな」
前半部分に少し引きつつ陸は返した。軽々しく犯罪に手を染めようとしないでほしい。死体遺棄罪だぞ。陸としては、できれば万一罪を犯したら、友達として早めに警察に自首を促してほしいところだった。
しかし依然として大也は俯いている。陸はなぜか困ってしまって、どうにか慰められる事実を探した。なぜだろう。分からないけれど、無性に励ましてやりたかった。
「あ、それに……言いたかないけど、取られるとは限らないだろ。僕もしかしたら一生彼女できないかもしれないし……」
自虐ではあったが、それは陸の本心でもあった。落ち込んでいるらしい大也に伝えてやってもいいかな、と思うくらいには、陸はそのことをよくよく理解していた。
しかし、はは、と大也は力無く笑った。
「無理だよ。どうせモテるさ。陸くんって優しいから」
「…………お前、言ってたことと違……」
「モテないのが本当だったら良かったのにな、って思って言ったんだ。ほら、言霊とかあるし」
えー、と陸は呟いた。
それはイマイチその予言が信じられなかったのもあるし、友達に本気でモテないよう願われているのがちょっと切なかったのもあった。陸は普通に、世間一般男子高校生として恋をしてみたかったのである。
大也は自分の膝に顔を埋めて、深々とため息をついた。かなり落ち込んでいる。そこまで陸の彼女になれなかったのが悔しかったらしかった。
「あの……本当に僕への恋愛感情はないんだよな? もしあるんだったらもう少し誠実にフラなきゃいけないかなと思うんだけど」
陸は思わず問いかけた。きょとんとした声で「え? ないよ」と返ってくる。
なんだ無いのか。無いのにその落ち込みようか。どれだけ陸のことが友情的な意味で好きなんだ。思ったことがそのまま口を突いた。
「お前、どれくらい僕のこと好きなの」
「この世で一番。というか唯一。世界に陸くんしかいなければ俺は世界まるごと好きになれる」
「そぉっ……、そっか…………」
間髪入れずの返答に思わず陸の声が裏返る。ここまで好かれるようなことしたか、と陸は脳内で反芻した。…………まあ……したか。夜中迎えに行ったり部屋泊めたりなんだり。孤立した相手に対し、劇薬になるくらい親切にしてしまった自覚があった。…………いや……いや、じゃあ、この惨状は僕のせいなのか? と陸は考えた。
初めて会った日を思い出す。大也は一人で立っていた。その辺のチンピラを気分次第で気絶させ、強さランキングとかいう意味のわからないものを作り、そしてついでに陸を助け、強制的に好きだと言わせようとした。
次に会った日を思い出す。陸は大也の家にいた。地獄の家の前で仲良くしようと声をかけられた。
さらに次。さらに次……と思い返すうち、陸の眉毛はだんだんと中心に寄ってきた。
(ヤバい。やっぱちょっと僕のせいかもしれない)
優しくしすぎた。それに、他の人間を介入させなさすぎた。
コミュ障がここで仇になったか、と思う。けれど一つ言い訳をするなら、陸は決して依存させようとか、そんなことを考えていたわけではなかった。ただ単純に、心配だったのだ。高校では初めてできた友達だ。簡単に道を踏み外して簡単に死なないでほしかった。けれど大也の崩壊を止められるのは、友達の陸しかいなかった。それだけだった。
「…………僕さ」
「何? 陸くん」
「僕……お前に、普通に……元気に生きて、僕の友達でいてほしかっただけなんだ」
陸はギュッと自分のスラックスの生地を掴んで言った。自分が甘やかしたせいで、大也の心のバランスが完全に壊れてしまった可能性を考え、たまらない気持ちだった。
俯いたままの陸の唇に何かが触れた。柔らかい水の味がする。
「…………それなら目的達成だね。本当は俺、一年の終わりには死ぬ予定だったから」
顔を上げ信じられないという顔をする陸に大也は艶やかに微笑み__再びえずいた。誤魔化すように咳をするがちっとも吐き気を抑えられていない。陸はタオルを差し出したが、すっと避けられた。
しばらくして、大也がなんとか顔を上げ、口元を抑えていた手を外す。そのまま手をベンチにつき、陸の方へ身を乗り出した。思わず身を引く陸の腕を掴む。
「あのさあ陸くん。俺、多分あと五十回くらい頑張ればキスの一つもできる気がする。百回くらい頑張ればセックスもできるかも。俺は絶対諦めない」
「いや、無理すんな。ていうか僕の意思は無視かよ。僕は全然お前とそういうことになりたくないよ」
陸のツッコミに被せるように大也は宣言した。
「__だからそれまで死なない」
「…………それって……」
目を見開く陸の目を覗き込み、大也は頬を緩めて笑った。はにかむように目が細められ蕩けた。
「ありがとう。下んない人生に、目標と意味をくれて」
ポカンと陸は口を開けた。目も口も開きっぱなしだ。
「生きてて何も楽しくなかったんだ。嫌いなことだけ一杯で。いつも何かが嫌で怖くて、これまで食らった損を返したらどこかで死のうと思ってた」
「か……覚悟が早すぎるだろ」
なんとかそれだけ返した陸の口に指を当て閉じさせると、大也はもう一度キスをして言った。今度は回復時間は要らなかった。
「うん。早まらなくて良かった」
先ほどから陸の唇は一切の許可なく奪われている。そろそろ抗議するべきかとは思うものの、あまりに安らいだ雰囲気に陸は何も言えなかった。こんなんだからつけ込まれるんだとどこかで誰かが囁いた気がした。それでももう、全く拒絶する気が湧かなかった。
「…………知らないけどさ」
「うん」
「お前がお礼言えるまで生きられて、良かったと思うよ……」
やっと絞り出した言葉は、思ったよりも温かな響きを帯びていた。
昼下がりの公園には光が満ちていた。どうにも引っかかる束縛の糸さえ照らされて見えなくなるほどに。
陸はいずれ大也が暗い路地裏で死ぬだろうと思っていた。大也自身もそう考えていたと思う。ここは明るい公園だった。それだけでいいのかもしれなかった。
トイレでの会話から数日後。大也は昼夜問わずアピールをしてきた。やれ彼女にしろだの独占させろだの色々と。いい加減疲れ果てた陸が、学校帰りの公園で言ったのが冒頭のセリフだった。このまま諦めてくれたらな、というのが陸の正直な気持ちだ。
しかし、その言葉を聞いた大也は__頷いた。
「ああ、確かに。いいよ」
大也は躊躇いなく口付ける。陸は目を剥いた。
男とはいえそれなりに唇は柔らかい。うわ初めてキスとかしたな……という感慨が陸を襲った。しかしすぐさま初めての相手がこいつでいいのか?という疑問にとらわれる。
ぼんやり葛藤していた陸とは対照的に、大也は自分の口を片手で覆った。
「大也?」
「う」
「おい、まさか」
「ヤバい、吐く」
陸は顏をしかめた。
「そんなことだろうと思ったよ」
手早く介抱し終わり公園のベンチに並んで座る。陸が座った瞬間頭をもたれかけてきた大也は虚ろな目で言った。
「ごめん……ありがとう……」
陸は慣れた調子でその頭に手を置きながらため息をついた。はあやれやれ。
「うん、トラウマになりそうだったけど、まあ僕は優しいから許してやる。……ちなみに、僕の方に落ち度があったわけじゃないよな?」
「全然。今まで1000回くらい口と口を付けてきたけど、陸くんはめちゃくちゃ普通の口」
「反応に困るけどまあ安心した」
大也は拗ねたようにベンチの上で膝を抱え込んだ。
「あーあ。俺は陸くんのことこんなに好きなのに。好きなとこ500個言えるし、もし陸くんが誰か殺しちゃったなら一緒に埋めに行くのにな。俺らが両方男で、ホモじゃなくて、キスできないってだけでぽっと出の女に取られるんだ」
「…………まあ、そんなもんだろ。仕方ないじゃん。あとホモって言うのやめな」
前半部分に少し引きつつ陸は返した。軽々しく犯罪に手を染めようとしないでほしい。死体遺棄罪だぞ。陸としては、できれば万一罪を犯したら、友達として早めに警察に自首を促してほしいところだった。
しかし依然として大也は俯いている。陸はなぜか困ってしまって、どうにか慰められる事実を探した。なぜだろう。分からないけれど、無性に励ましてやりたかった。
「あ、それに……言いたかないけど、取られるとは限らないだろ。僕もしかしたら一生彼女できないかもしれないし……」
自虐ではあったが、それは陸の本心でもあった。落ち込んでいるらしい大也に伝えてやってもいいかな、と思うくらいには、陸はそのことをよくよく理解していた。
しかし、はは、と大也は力無く笑った。
「無理だよ。どうせモテるさ。陸くんって優しいから」
「…………お前、言ってたことと違……」
「モテないのが本当だったら良かったのにな、って思って言ったんだ。ほら、言霊とかあるし」
えー、と陸は呟いた。
それはイマイチその予言が信じられなかったのもあるし、友達に本気でモテないよう願われているのがちょっと切なかったのもあった。陸は普通に、世間一般男子高校生として恋をしてみたかったのである。
大也は自分の膝に顔を埋めて、深々とため息をついた。かなり落ち込んでいる。そこまで陸の彼女になれなかったのが悔しかったらしかった。
「あの……本当に僕への恋愛感情はないんだよな? もしあるんだったらもう少し誠実にフラなきゃいけないかなと思うんだけど」
陸は思わず問いかけた。きょとんとした声で「え? ないよ」と返ってくる。
なんだ無いのか。無いのにその落ち込みようか。どれだけ陸のことが友情的な意味で好きなんだ。思ったことがそのまま口を突いた。
「お前、どれくらい僕のこと好きなの」
「この世で一番。というか唯一。世界に陸くんしかいなければ俺は世界まるごと好きになれる」
「そぉっ……、そっか…………」
間髪入れずの返答に思わず陸の声が裏返る。ここまで好かれるようなことしたか、と陸は脳内で反芻した。…………まあ……したか。夜中迎えに行ったり部屋泊めたりなんだり。孤立した相手に対し、劇薬になるくらい親切にしてしまった自覚があった。…………いや……いや、じゃあ、この惨状は僕のせいなのか? と陸は考えた。
初めて会った日を思い出す。大也は一人で立っていた。その辺のチンピラを気分次第で気絶させ、強さランキングとかいう意味のわからないものを作り、そしてついでに陸を助け、強制的に好きだと言わせようとした。
次に会った日を思い出す。陸は大也の家にいた。地獄の家の前で仲良くしようと声をかけられた。
さらに次。さらに次……と思い返すうち、陸の眉毛はだんだんと中心に寄ってきた。
(ヤバい。やっぱちょっと僕のせいかもしれない)
優しくしすぎた。それに、他の人間を介入させなさすぎた。
コミュ障がここで仇になったか、と思う。けれど一つ言い訳をするなら、陸は決して依存させようとか、そんなことを考えていたわけではなかった。ただ単純に、心配だったのだ。高校では初めてできた友達だ。簡単に道を踏み外して簡単に死なないでほしかった。けれど大也の崩壊を止められるのは、友達の陸しかいなかった。それだけだった。
「…………僕さ」
「何? 陸くん」
「僕……お前に、普通に……元気に生きて、僕の友達でいてほしかっただけなんだ」
陸はギュッと自分のスラックスの生地を掴んで言った。自分が甘やかしたせいで、大也の心のバランスが完全に壊れてしまった可能性を考え、たまらない気持ちだった。
俯いたままの陸の唇に何かが触れた。柔らかい水の味がする。
「…………それなら目的達成だね。本当は俺、一年の終わりには死ぬ予定だったから」
顔を上げ信じられないという顔をする陸に大也は艶やかに微笑み__再びえずいた。誤魔化すように咳をするがちっとも吐き気を抑えられていない。陸はタオルを差し出したが、すっと避けられた。
しばらくして、大也がなんとか顔を上げ、口元を抑えていた手を外す。そのまま手をベンチにつき、陸の方へ身を乗り出した。思わず身を引く陸の腕を掴む。
「あのさあ陸くん。俺、多分あと五十回くらい頑張ればキスの一つもできる気がする。百回くらい頑張ればセックスもできるかも。俺は絶対諦めない」
「いや、無理すんな。ていうか僕の意思は無視かよ。僕は全然お前とそういうことになりたくないよ」
陸のツッコミに被せるように大也は宣言した。
「__だからそれまで死なない」
「…………それって……」
目を見開く陸の目を覗き込み、大也は頬を緩めて笑った。はにかむように目が細められ蕩けた。
「ありがとう。下んない人生に、目標と意味をくれて」
ポカンと陸は口を開けた。目も口も開きっぱなしだ。
「生きてて何も楽しくなかったんだ。嫌いなことだけ一杯で。いつも何かが嫌で怖くて、これまで食らった損を返したらどこかで死のうと思ってた」
「か……覚悟が早すぎるだろ」
なんとかそれだけ返した陸の口に指を当て閉じさせると、大也はもう一度キスをして言った。今度は回復時間は要らなかった。
「うん。早まらなくて良かった」
先ほどから陸の唇は一切の許可なく奪われている。そろそろ抗議するべきかとは思うものの、あまりに安らいだ雰囲気に陸は何も言えなかった。こんなんだからつけ込まれるんだとどこかで誰かが囁いた気がした。それでももう、全く拒絶する気が湧かなかった。
「…………知らないけどさ」
「うん」
「お前がお礼言えるまで生きられて、良かったと思うよ……」
やっと絞り出した言葉は、思ったよりも温かな響きを帯びていた。
昼下がりの公園には光が満ちていた。どうにも引っかかる束縛の糸さえ照らされて見えなくなるほどに。
陸はいずれ大也が暗い路地裏で死ぬだろうと思っていた。大也自身もそう考えていたと思う。ここは明るい公園だった。それだけでいいのかもしれなかった。
