友達百年生きてくれ

「りーくーくんっ」
「なんだ急にダルい彼女みたいな真似して。彼女出来たことないけど」
「あはは! 陸くんってありえないくらいモテないよね。なんで?」
「僕が知りたいよ」
 
 翌日以降、大也は一気に元気になった。家のストレスから解放され、陸と出会った四月、いやそれよりさらに前から続いていた翳りのようなものが消えたためだろうと陸は推測した。あれほど頻繁だった暴力と非行の数も減り、少なくとも人前ではオタク(なんと陸のことである)となぜか親し気な明るいイケメンの友達だった。ちょっと常識とデリカシーは控えめサイズだったが。
 一方陸はといえば、ひたすらに精神をすり減らしていた。
 明るさの中、大也は時折ちらちらと陸に視線を寄こした。何か不都合なことが起こっていないか、執念深く確かめるその目線に篭った感情は、一言で言えば執着だった。
 
「陸くん、何してるの?」
「さっき話してた人誰?」
「俺のこと捨てないよね」
「俺よりそいつの方がいいの?」
 
 ほとんど大也以外の同級生と話すこともない陸にそれでも向けられる、必死に縋りつくような視線。あの雨の日に人知れず陸以外の全てと切り離された大也は、唯一の生命線を決して離そうとしなかった。
 陸が少しでも他の人間と会おうものなら、大也はしつこく問い詰めた。二人はあの日以降、結局同じアパートに住んでいたので、陸の逃げ道はどこにも無かった。自分の城に入れてしまった時点んで、陸に安住の地は無いのだ。
 
「…………いや、明らかに僕、今友情の域を超えて依存されてるよな?」
 
 陸はトイレの個室に篭り呟いた。男子トイレで個室に入るのはいささか勇気が要るのだが、背に腹は代えられない。とにかく少しの間でいいので一人になりたかった。
 とはいえ男子トイレの外では大也が立っている。クラスメイトと軽く挨拶を交わす声が聞こえる。そう、大也は陸に孤立を要求する癖に自分はそれなりに交流を図っていた。なんだあいつ。しかし一度それについて言及したら、別に陸くんが捨てろって言うなら捨てるよ! と甘く狂喜を載せた声で言われたので、陸は放置していた。
 よく考えれば、これで依存先が増えたら陸としては万々歳だ、と気付いたのである。けれどそんな素振りはちっともなく、むしろ大也はクラスメイトとの会話が終わった直後心底憎しみと嫌悪を込めた目をして、陸に連絡事項だけ伝えて無理やり微かに微笑んでいた。と、陸はそこまで考えて新たな事実を発見する。
 
「駄目だこれ、僕と二人きりの世界守るために業務連絡聞き出そうとしてるだけだ……!」
 
 陸は諦めて天井を仰いだ。どうやっても陸が人と話すのはいけないらしい。
 
「でも、何とかしなきゃだよな……」
「何の話?」
 
 陸は便座のふたの上で飛び上がった。いつのまにか大也が個室の前に来ていたようだった。

「何の話?」
 
 大也がもう一度繰り返した。個室のドアを乱暴に叩くことはしない。しないが、さらにもう一度繰り返した。
 
「何の話?」
「…………あ、あのさ。その、言いづらいんだけど」
 
 陸は勇気を出して切り出した。
 
「その……僕ら、友達としてはちょっとおかしくないか」
「なんで?」
「友達ってこんな束縛強くないだろ。確かにお前には同情するよ。なるべく力になってやりたいとも思う。でも、僕には僕の人生があるんだ」
 
 トイレの扉越しに会話が交わされる。平坦なリズムの返答はこの先の嵐を思わせて恐ろしい。陸はじわじわと参ってくるのを感じた。それでも何とか話を続けると、大也はふっと黙り込み、それから尋ねた。
 
「じゃあ彼女ならいい?」
「え? まあ……え? え、うん、彼女ならまあ有るんじゃないかな。知らないけど」
 
 意表を突かれ、陸は動揺しつつ答えた。陸には一切の恋愛経験がない。そのため、陸の知識にあるのはアニメやラノベのヒロインの姿だった。苛烈で美しい彼女たちは愛情も薔薇の棘や炎のように激しい。主人公が誰かと話しているのを見てすぐ嫉妬するのはお約束だった。陸はそれにひそかに憧れていた。
 
「なら俺のこと彼女にして」
 
 妄想を膨らませていた陸に、その爆弾発言が届いたのは二秒後だった。
 
「はっ?」
「彼女ならいいんでしょ? じゃあ彼女にしてよ。なんでもいい。何でもいいから俺のそばにいて」
 
 心底戸惑う陸に、大也は淡々と言い募る。ややあって、陸は反論した。
 
「…………お前、めちゃくちゃストレート……っていうか同性愛に差別意識なかったっけ」
「よく考えたら俺は陸くん以外のもの基本全部嫌いだし見下してるから、陸くんは何をやってても好きだし嫌いなものは別の嫌いなものになってもどうでもいいんだよね」
「そんな悲しいこと言うなよ……っていうか、僕も女の子が好きなんだけど」
「どうせモテないのに? 二次元の女見るよりは俺見た方が有意義だと思わない?」
「思わないな普通に……」
 
 ずっとトイレの扉越しに会話が繰り広げられる。今更ながら、他の生徒に聞こえているのではないかと陸は心配した。耳を澄ましてみる。……誰も居ない。追い払ったのだろうか。
 
「……まあ、いいや。考えといてね、陸くん」
 
 友達でも彼女でも、どちらにしろ俺が一生付きまとうことに変わりはないから好きに選びなよ。そう言い残して大也は去った。足音がすぐに止まったので、どうせトイレの横の壁にもたれかかって待っているに違いない。
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