友達百年生きてくれ

 たしかに田中陸は典型的な厨二病のオタクだった。
 
「3,4,5……あ、倒れた。●高3年2組25番、レベル5ね」
 
 意味の分からない事象に遭遇したいと思ったことは一度や二度ではないし、魔法陣が足元に浮かび上がる妄想なんて数えきれないほどした。
 
「おっと、急に殴りかかるなよ同18番! ____よし、お前はレベル3」
 
 美人に急に選ばれたいし、同じクラスのあの子の意外なギャップを知って懐かれたいといつも思っていた。
 
「おい2年8組37番、逃げるな……あれ? こいつ意外とやるなあ。レベル10ね、もっと潰しておくか」
 
 しかし、この状況はちょっと、望んでいたものとはニュアンスが違うんじゃないだろうか?
 春から着る予定の高校の制服を着た背の高い青年が謎の数字をカウントしながら乱闘しているところに同席させられるという状況は。
 

 
 ドン引きしながら、陸は持っていたトートバッグを抱きかかえ、青年に聞いてみた。
 
「あの……何してるんですか?」
 
 周りに約三名の動かない人間をこしらえて満足したのか、青年は手を払うと陸の方を振り向いた。まあ見事なイケメンである。少しだけ柄が悪そうな、いかにも陽キャ、という感じの。モテそうでいいな、と陸は思った。
 見た目通りの明るい、しかしどこか軽薄そうな声で青年が答える。
 
「見ての通り、強さランキング。気を失うまでに食らわせた攻撃でレベル図ってんの」
「はあ、なぜそんなことを……」
「周りの奴がどんくらい強いか知っておかなきゃいけないだろ。……あ、お前もランキング乗る?」
 
 追加の質問にも気前よく答えると、青年はやや首を傾げ訪ねてきた。マッシュに切り揃えられた派手な色の髪がさらりと揺れる。そのあくまで親切な提案です! とでも言うような姿勢にゾッとして、陸は高速で首を左右に振った。
 
「いやいやいいです僕は既に気絶できます、レベル0です」
 
 無事断ったしじゃあこの辺で、と陸は逃げようとした。これ以上変なことに関わりたくない。
 
(だいたい僕はこれからトイレットペーパーの買い出しに行かないといけないんだ!)
 
 と胸中で叫ぶが、その肩をガシッと青年が掴んでくる。
 
「まあ待てよ」
「いや!!! 本当に!! 僕は不良じゃないので!!!」
「そうじゃなくて、お前さあ、あいつらに絡まれてたんだろ?」
「……あっ!」
 
 そう。陸は今まさに肩がぶつかったと因縁を付けられていたところだった。


 
「一人暮らしに必要、と言えばまずはトイレットペーパーだよな……昨日困ったし。ドラストどこにあるんだろ……」
 
 ぶつぶつ言いながら陸は昨日引っ越してきたばかりの街を歩いていた。陸は現在15歳。実家からは遠い高校に通うため、はるばる叔父の管理するアパートにやってきたところだった。
 見慣れない街は何もかもが目に新しい。きょろきょろと道の両側に並ぶ店を見渡した。しかし都会は人が多いものである。どんくさい陸は柄の悪そうな若者たちにぶつかり、路地裏に押し付けられた。いよいよ大ピンチ……! というところで、この青年が登場したのだった。
 
「誰だよ、お前」
 
 若者たちは当然のごとく青年をにらみつける。一方壁に追い詰められている陸はここぞとばかりに叫んだ。
 
「助けてください! やばいです僕、今、本当にやばいんです! 殴られそうで!」
 
 助けを求めた先である青年は、陸の必死さを一切顧みず、それどころか呑気にほほ笑んで言った。

「そんなのにやられかけて俺に媚びるなんて、お前弱いんだ? かわいそうな奴」
 
 え? 今なんて?
 助けを求めたらひどい侮辱をされた気がする。陸は一瞬呆然としたが、気を取り直して叫んだ。背に腹は代えられないし、プライドに命は代えられないのだ。
 
「ハイめっちゃ弱いです! なのにこの人たちは強そうなのでやばいです! お願い、助けて!」

 イチかバチかだ。決死の思いで発した再びの懇願に、青年は一転して__眉をひそめ、不愉快そうな顔をした。

「…………え、強そうって言った? じゃあやっぱり助けてやるよ。もしも本当に俺より強いやつがいたら、嫌だし」
 
 直後、その場に暴力の嵐が吹き荒れた。
 予備動作もなく振り抜かれた拳が会話の間無防備だった相手の腹を貫き、まず「1カウント」、と青年が呟く。相手が慌てて姿勢を立て直し上段から蹴りを入れたのを見るとはなしに見ながらその足首掴んで引き摺り倒す。合間合間に他の若者ともやり合いながら、相手が倒れても意識ある限り彼は攻撃を加え続けた。
 圧倒的かつ一方的。不必要なまでの執拗なリンチ。そして謎のカウントを、陸は思わず呆然と見つめることしかできなかった……というところで冒頭に戻る。

 
 
 あまりにも衝撃的な光景を見たせいで経緯を忘れていた。思い出した瞬間、陸は全力で頭を下げる。
 
「ハイそうです!! お礼忘れててすみませんでした!! 助けてくださって誠にありがとうございました!!」
「…………え」
 
 なぜか青年に心底戸惑ったような顔を向けられた。ええ……と言いつつ彼は後頭部に血塗れの手をやり、困ったように陸を見た。
 
「あの、お礼? とか言われても……困る。俺慣れてないし、そういうの」
「はあ……そうですか……?」
 
 今度は陸が困惑し、あたりに微妙な空気が流れる。
 
「えっと……じゃあ何を求めて僕を引き止めたんです?」
「えー? 分かんないかな」
「全然……あ、倒れた人のために救急車呼んでってことですか?」
 
 意外と優しいんだな、と思いつつスマホを取り出すと、青年は面倒そうに手を振り打ち消した。
 
「違うよ。どうでもいいし……ていうかあいつらもう起きたし逃げただろ」
 
 その言葉に驚いて地面を見れば、もう跡形もなく男たちは消え去っていた。なんという回復力。じゃあ何なんだ、と思いながら陸は降参する。
 
「マジで全然、さっぱり……」
「マジで分かんないの?」
「全然……」
「俺のこと好きになった?」
「ぜんぜ……って、え?」
 
 バッと顔を上げると青年の顔が至近距離にあり、次の瞬間陸の首にその手がまとわりついていることに気づいた。陸は、え? と脳内でもう一度繰り返す。え?
 
「ぜんぜ、って何? もう一回訊くけど。俺のこと、好き?」
「あの」
「好き?」
 
 ゆっくりと、大きな手に力が込められていくのがわかる。
 な、なんなんだこの状況。話の繋がりがさっぱりわからない。陸はこの街に引っ越してきたこと自体を後悔し始めた。
 なんで自分はこんな意味のわからない男に意味のわからない質問をされなきゃいけないんだ、と思う。好きも何も10分前に初めて会ったのに。しかし勇気を振り絞り、陸は尋ねた。
 
「あのー、逆になんで僕があなたを好きに……?」 
 
 青年は、まるで太陽は東から登ると説明しているかのような口調で言った。
 
「だってあいつらより強い俺に助けてもらっただろ? ヒーローに助けて貰ったら弱いお前は好きになんなきゃダメじゃん。ほら、俺のこと好きになってね」
「怖い怖い何それラノベの中にしか無い展開じゃないですか? というかつまり僕がヒロインってこと?」
「ラノベって何? オタクっぽいこと言うなよ。てか好きにならないなら首締まったままだよ?」
 
 いよいよ首が締まってくる。息が苦しい。本当に相手は話が通じないし、本気で自分を殺す気なのか、なんて分かりきっていたことを実感する。
 
「…………あ、の…………い、き……息が、できな、し、死んじゃ……う」
「好き?」
「いき、で、き……」
「好き?」
「ああ、もう……ほん、とにどうして…………こんな……」
 
 ほとんど聞こえない声で微かに吐き捨てた直後、がくん、と陸の首が前に垂れる。青年は顔を覗き込んだ。
 
「あれ……死んじゃった? いや、気絶してるだけか」
 
 まあいいや、連れて帰ろう、と呟いて、青年は陸を担ぎ上げた。
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