赤毛のヒヨコの今後
「いらっしゃい、みんな。そしてようこそ。異世界からのお客様」
「まだ何も説明してないんだけど!?」
「落ち着けって。……実は折り入って頼みたいことがあるんだけどよ……」
翌日。ルークに叩き起こしていただいた俺たちは、外出届け提出後、一直線にロアの元へ。
ロアの挨拶にブロッサムがツッコミを入れるが、ロアならなんでもありなので、無視して本題に早速入る。
「……なるほど。たしかに幽霊状態は大変だろうねぇ」
「ルークの……音素の分解? とかそういうのはまだイマイチわからないんだけど。でも消え失せるって問題だよな。何とかならねーか?」
タカチホの建物が珍しいか、辺りをキョロキョロしているルークに目を向ける。
ロアもルークを見ると「ふむ」と軽く唸る。
「……音素ってのが拡散する様子はないから、乖離って現象は起きないと思うけど。でも薄い感じだし、どう転ぶかわからないね」
「サラっと不吉なこと言うなよ……何とかならないか?」
「アハハ。ヤダな、俺は神だよ? 状態も解決策もわかったって」
「マジでか!!」
ブロッサムの心配すらもサラっと言って除けた辺りはさすがだな。
「……方法はまともだよな?」
「大丈夫だよ。依代一つあれば十分だから」
「……依代?」
コテン、と首を傾げたライラに「うん」とロアが頷く。
「聞けばレプリカって、第七音素って言うやつの塊みたいなものでしょ? で、それが拡散するのはそれが塊からボロボロこぼれて、だんだんとなくなるからで……」
「待て待て待て! いきなり専門用語言われても、規模が大きすぎるんだけど。もうちょっと身近なもので例えろよ! ブロッサムがパンクするだろ!」
「そこで俺を出すな! 腹立つから!!」
自分の学力のことを遠回しに言われたからか、涙目で俺に叫ぶブロッサム。
「身近なもの? んーと……つまりわかりやすい話、音素という水を固めた氷がレプリカ。そして固まった氷が溶けて形を失って、水になるのが乖離だよ」
ご丁寧にロアはどこからか図式を用意をし、指示棒で示しながら解説してくれた。
ブロッサムもわかりやすかったか、納得いったような顔をする。
「じゃあルークが乖離しない為には、音素を固めた状態を維持しなきゃダメってことか?」
「まあ、それも一つの手なんだけどね。でもこの世界に音素ないからそれは無理。というか、ルークの世界でも、それを防ぐ方法わからないんでしょ?」
「あ、ああ。そうだけど」
ルークが戸惑いながらも頷いた。
……ややこしくてわけわからなくなってきた。
「あーもうめんどくさい。結局依代でどうとでもなるんだろ?」
「まあね。“器”みたいなものだし」
「あ? 器?」
「そう」とロアが続ける。
「剥き出しの氷が水になったらもう掴めない。では水になっても保存する方法は?」
「保存って……そりゃ、コップに入れるとか?」
「コップ……ああ、なるほど」
……そういうことか。
ブロッサムの言葉に合点がいったか、シルフィーも「わかった~」と飛び回っている。
「つまりはノームと同じ、依代という肉体に入れてがっちり蓋しちゃえば、中で拡散しても音素が外に流れないってことか~」
「そういうこと。まあ気持ち悪いとか、体調不良はあるかもしれないけど」
「けど乖離で消えることはない、か。……まあ、マシな方か? ルークもそれで大丈夫か?」
ブロッサムは首だけルークに向けてたずねてみる。
「え? あ、ああ……つーか、乖離しないどころか見えるようにもなるなんて。正直、こんなにやってくれただけでも十分っつーか……」
わぉ、律儀ーっ。
頬も赤に染めちゃって……もう可愛いな、この赤毛ヒヨコは←
「アハハ。気にしなくていいよ。俺、面白いこと好きだし。それにここはアユミを中心になんでもありだから」
「おーい。俺をトラブルメーカー扱いするんじゃねぇ」
失礼な。俺はトラブルメーカーじゃない。
ただ、なんやかんやでトラブルにあっちまうだけなんだ!←
「アハハ♪ まあ、それはそれとして。そろそろ依代に憑依しよっか。ルー君が乖離しちゃったら大変だし」
「チッ……ほら行ってこい。ルーク」
「はい……」
苛立つ俺に若干引き気味ながら、ルークはロアに着いていく。
……さて信じて待つしかないから、雑誌でも読むか←
――――
数分後、二人が返ってきた。
「お待たせー♪」
「おう。おかえり、ルーク」
「た、ただいま、か?」
どうやら無事に帰ってきたらしい。
ルークの姿形は変わらないが、ノーム族特有の髪飾りや機械的な瞳、機械の部分が目立つ。
そしてそれが珍しいか、そいつはあちこち触ったりしていた。
「大丈夫か? どっか、不具合とか……」
「んー……いや、慣れてないせいか、まだ身体が動きにくいだけ。全然大丈夫」
「そうか? ならいいけど……」
「なんか困ったことがあったら言ってね~」
「……いいのか?」
ルークがキョトンとしながら俺たちを見ている。
「なんだよ。意外そうな顔して」
「いや、だって……知らないヤツ相手にここまで……その、話だって、信じないとか、怪しむとかしないか?」
……つまり、自分を良くしてくれることに戸惑ってるわけ?
まあたしかに初対面(しかも幽霊)の奴相手にはここまではしない。
けど。
「いまさら言うなよ。あのな、いつまでも幽霊状態でいられると、依頼を受けた俺たちはずっと徹夜で見張らなきゃならない。そしたら俺は授業中に居眠りして、リリィ先生の魔力鉄拳でホントに冥負行きになっちまう。おまえの苦悩にも気づかないし、そしたら俺が困る。だからそれ以上言うんじゃねぇ」
長々と面倒に告げ、「それにおまえ、嘘は言ってねーし」と笑いながら、ヘタレってるルークの額にデコピンを入れる。
「おまえな……えっと、ルーク。誤解ないよう言っておくけど、結局はおまえが苦しんでるとアユミは困るって言いたいんだ」
「アユミが困る……なんだかんだで、助けちゃう?」
「他人の事情に首を突っ込んだり巻き込まれては、結局見捨てず助けちゃうからね~」
「うっせーぞ! そこの三人!」
好き勝手語り出す三人に怒鳴り、ついでにルークの額をさすっていたブロッサムの背中を蹴っ飛ばした。
「なんで俺!?」
「なんかイラッときたからだ!! とにかく! 用は済んだから、一度学院に帰るぞ! スポット準備! ルーク、来い!!」
「イェッサ~!」
「イェッサー」
「え、おい!?」
「ふざけんなァァァァァァッ!!!」
怒鳴る俺。戸惑うルーク。敬礼しながら魔法を唱えるシルフィーと真似するライラ。叫ぶブロッサム。
「またのご来店、お待ちしてまーす♪」
そして、微笑むロアディオス。
ブロッサムの悲鳴の余韻を購買部に残しながら、俺たちはタカチホを後にした。
――――
スポットでタカチホからプリシアナに戻った俺たちは、即刻セントウレアの元へ。
ちょうどチャイムがなってるから大聖堂だろうな。
「…………」
で。今はその大聖堂の前。
ふと足を止めた俺は大聖堂を一睨みし、軽く意気込んだ後、扉を見据える。
「頼もォォォォォォッ!!!」
ドバガァンッ!!!!!
そして助走し、ドアを思いきり蹴り飛ばして乱入した。
「どんな開け方してんだテメェはァァァァァァ!!!」
もちろん即座にブロッサムのツッコミが飛んできた。
「グホォッ!!!」
「あ。エデン」
それとほぼ同時に、エデンの潰れた蛙のような悲鳴が聞こえた。
……まあ知ってるけど。つーか、いるのがわかったため蹴り飛ばしたんだから←
「よし、死んだな。おーい、セントウレアー」
「死んだなって……」
「いや、よしじゃねぇだろ……」
背後でルークとブロッサムがエデンの骸(いや、気絶な、気絶)に合掌しているのを無視し、パイプオルガンを弾き終わり、こちらを振り向いた校長につかつかと歩いていく。
「アユミさん。ずいぶんと騒がしい開け方ですね。今月だけで4回目ですよ」
「後で直すよ。つか半分はそこのヤンデレストーカーのせいだっつーの」
「そこは私も否定しません」
「否定しないんだ!?」
校長の発言にブロッサムがやや遠くからつっこむ。
「まあエデン君の話は、今は置いておきましょう。――君がルーク・フォン・ファブレ君ですね?」
「え? は、はいっ!」
「お話はロアディオス君から伺っています。早速この書類にサインを……ああ、文字が違うのでしたね。ブロッサム、代筆をお願いします」
「俺ですか? いや、べつにいいですけど……」
急に指名されたブロッサムは驚きながらも席に着き、校長に手渡された書類にペンを走らせようとした。
「……校長」
「はい?」
が、その手はすぐ止まった。
ブロッサムは校長と書類を交互に見ながら口にする。
「あの……これ、入学願書なんですけど……」
『え?』
「そうですけど、何か?」
ブロッサムの言葉に目が点になる俺ら。
それを気にせず、サラっと答えるセントウレア。
「あの、俺たち、ルークの住まいに関してを相談しに来たんですけど。ルークの入学をお願いしに来たんじゃないんですけど!?」
「それも知っています」
「知ってんのかよ! じゃあなんで入学する方向性にいっちゃってんですか!?」
身を乗り出しながらガンガンツッコミを入れる。
……たしかにどういう思考をしたら、ルークの入学に行き着くんだ?
「異世界の人間であるルーク君を慣れない環境に預けるのは、私も重々承知です。ですがこの世界について何も知らない彼を、知らない場所に一人にする方も不安でしょう?」
「そ、それは……」
「同じ慣れていない環境ならば、事情を知っているあなた方の傍にいた方が彼も安心では?」
「うっ……」
返す言葉がないせいか、ブロッサムは言葉を詰まらせた。
それから「どうする?」と目でこっちに問い掛けてくる。
「まあ……校長の言い分も間違っちゃいないが……ルーク。おまえはそれで大丈夫か?」
「俺? えっと……たしかに、知らない奴といるよりはいいけど……おまえらが迷惑だって言うなら……」
「迷惑とは思ってねぇ。とにかく、入学は大丈夫っと……」
……ルークも不安そうだな。そしてその自信なさ気な返事はなんだ。
心の中でそうつぶやきながら、ブロッサムからペンを引ったくり、願書に彼の名前を記入していく。
「……クラスは俺とブロッサムと同じでいいよな? あとパーティも。こっちは四人だから、一人くらいOKだし」
「もちろんいいですよ。彼は元はヒューマンと聞きましたが、表向きはノームで構いませんね?」
校長の問いに「ああ」と頷き返しておく。
「一々説明してたらキリがねーし。肉体依代だからばれることもないだろ。幽霊騒ぎのクエストの報告も、適当にでっちあげとく」
「わかりました。……で、学科の方はどうしましょう」
「学科?」
目を丸くしてつぶやくルーク。
学科か……あー、どうしよ←
「学科っつーのは……ブロッサム。ルークに説明を」
「俺かよ!?」
だってめんどくさいし←
いつものように説明はブロッサムに丸投げした。
「えーっと……ここは冒険者養成学校って言うのは説明したよな? で、学科って言うのは、自分の伸ばしたい力を鍛えるため、それを中心に勉強する項目……って言えばわかるか?」
「ああ、大丈夫。冒険者って言うから、やっぱ、戦い方とか勉強するのか?」
「そうだけど……中には物理攻撃が苦手だったり、魔法が苦手って種族や奴がいるからな。だから学ぶにしても武器攻撃の戦士とか、魔法を扱う魔術師とか、自分の得意なものを学ぶんだ」
「へぇ……」
さすがツッコミと説明をやらせただけあってわかりやすい説明。
やっぱやらせて正解だったな。
「……まあ学科についてはこんなもんだろ。ルークは剣と魔法、どっちが使える?」
ブロッサムの問いに「剣!」とルークの即答。
「譜術……あ。魔法、だっけ? 俺、それは使えないし、剣で戦ってきたから」
「そっか……んじゃ、無難に戦士学科がいいか……」
「いいんじゃねーの? そしたら俺とライラと授業が一緒になるし」
「……ブロッサムとシルフィーは一緒じゃないのか?」
何故か途端に子犬みたいな目になりやがった。
え? 何、この可愛い生き物←
「ごめんね~。ボクとブロッサム、二つとも魔術系学科だから~」
「そうなのか…………二つ?」
一瞬頷きかけ、が、学科が二つも受けられるのか、という目でブロッサムを見てきた。
「あ、悪い。学科はメインとサブ、二つまで専行できるんだ。ただサブの方は受けるか受けないかは個人の自由でいい。メインは必ずだけど」
「ふーん。……ってことは、サブ学科選べばブロッサムやシルフィーとも一緒に慣れるのか?」
「学科次第だけど……まあ、間違いではない」
ブロッサムの言葉を聞いて「ホントか!?」と赤毛ヒヨコが目を輝かせた。
……子供か、こいつは。
「なんだ。俺らじゃ不満か?」
「いや、そうじゃなくて……やっぱ、仲良くなれたから、一緒にいたいっつーか……もっと仲良くなりたいっつーか……」
ちょっと照れ臭そうにはにかみながら、こちらをちらちらと視線を投げたり反らしたりしている。
(…………なんだこいつ)
……保護欲そそられるんですけど。何なの、このおっきな子供は!?
ブロッサムも今にもツンデレ発動しかけてるよ!?
シルフィーとライラも、校長すらも和んじゃってるよ!!?
「い~よ~、ルー君。わからないことがあったら聞いてね~。そっちのお兄さんに」
「ああ。なんでも聞け。そこの天使に」
「……頑張ろうね? そこのセレスティアと」
「慣れない環境は大変でしょうか、頑張ってください。何かあれば彼が助けてくれますから」
「はい!」
「って、おまえら全員、俺任せかよ!!」
ブロッサムのツッコミが飛んできたが、俺らは全員無視するのだった。
「……よし。じゃあサブは……何にするか」
「んー……アユミたちは、何の学科についているんだ?」
キョトン、と目を丸くして、ルークが俺らの方へ振り向く。
「俺は侍学科。剣士みたいなもんだ。サブは盗賊。罠解除担当でもある」
「格闘家……それだけ」
「ボクは様々な魔法を扱う賢者学科! 後は魔法壁って防御法を使える予報士だよ~」
「俺は光の魔法を使う光術師学科。あと…………ル学科」
「……ル?」
……ブロッサムの言葉が聞き取れなかったらしい。
当然だよな。俺も聞こえなかったし。
「ブロッサムのサブはアイドル学科。みんなを楽しませる歌を歌ったり、歌魔法っつー歌うことで発動する魔法の使い手だ」
「アユミ! ちょ、なんでばらすんだよ!」
サラっとルークに耳打ちすれば、すぐに赤面しながらガシッと肩を掴んできた。
しょうがないだろ。後々ばれるんだから。
「歌魔法……へぇ。譜歌みたいだな」
「あ。おまえらの世界じゃ譜歌って言うんだ。歌いながら魔力を放てば、勝手に発動してくれるから、はっきり言って他の魔法より使いやすいし」
「マジで!? じゃあそれにする!」
「即決!?」
偉く早く決まったな……まあいいや。俺もめんどくさいし←
「よし。じゃあこれで9.5割はブロッサムの責任ってことで」
「なんでだよ!? 保護者か、俺は!」
「当たり前だ!!」
「断言!!?」
おまえは世話焼きポジションって決まってるんだ! 俺の中で!
「……ま。ルーク本人も喜んでいるし。というわけで、アイドル同士ユニット組んで、一気に億万長者に……」
「なるかっ!!」
断れた。……やっぱりか←
「……ま。とりあえずアイドル学科って書くから。テメー、ルークいじめるんじゃねーぞ」
「しねぇよ!」
「はいはい。……んじゃ。書き終わったし、よろしくな」
「もちろんです。ルーク君、明日からよろしくお願いします」
「は、はい」
「良い返事です。……それでは、また」
優雅に一礼し、そのまま入学願書を持って出ていった。
残された俺は背筋を伸ばし、そしてルークに振り向く。
「……ま。というわけで、こっからよろしくな。ルーク」
「ああ! よろしくな!」
赤毛のヒヨコの今後
――――
(あー……可愛いなー)
(レオとは違うタイプの天然さんだね~)
(……うん)
――――
(……なんか勢いでアイドルになっちまったけど、いいのか?)
(えっと……歌とか得意じゃないけど……でもサブ学科一緒じゃないと、ブロッサムと一緒になれないしな!)
(……え?)
「まだ何も説明してないんだけど!?」
「落ち着けって。……実は折り入って頼みたいことがあるんだけどよ……」
翌日。ルークに叩き起こしていただいた俺たちは、外出届け提出後、一直線にロアの元へ。
ロアの挨拶にブロッサムがツッコミを入れるが、ロアならなんでもありなので、無視して本題に早速入る。
「……なるほど。たしかに幽霊状態は大変だろうねぇ」
「ルークの……音素の分解? とかそういうのはまだイマイチわからないんだけど。でも消え失せるって問題だよな。何とかならねーか?」
タカチホの建物が珍しいか、辺りをキョロキョロしているルークに目を向ける。
ロアもルークを見ると「ふむ」と軽く唸る。
「……音素ってのが拡散する様子はないから、乖離って現象は起きないと思うけど。でも薄い感じだし、どう転ぶかわからないね」
「サラっと不吉なこと言うなよ……何とかならないか?」
「アハハ。ヤダな、俺は神だよ? 状態も解決策もわかったって」
「マジでか!!」
ブロッサムの心配すらもサラっと言って除けた辺りはさすがだな。
「……方法はまともだよな?」
「大丈夫だよ。依代一つあれば十分だから」
「……依代?」
コテン、と首を傾げたライラに「うん」とロアが頷く。
「聞けばレプリカって、第七音素って言うやつの塊みたいなものでしょ? で、それが拡散するのはそれが塊からボロボロこぼれて、だんだんとなくなるからで……」
「待て待て待て! いきなり専門用語言われても、規模が大きすぎるんだけど。もうちょっと身近なもので例えろよ! ブロッサムがパンクするだろ!」
「そこで俺を出すな! 腹立つから!!」
自分の学力のことを遠回しに言われたからか、涙目で俺に叫ぶブロッサム。
「身近なもの? んーと……つまりわかりやすい話、音素という水を固めた氷がレプリカ。そして固まった氷が溶けて形を失って、水になるのが乖離だよ」
ご丁寧にロアはどこからか図式を用意をし、指示棒で示しながら解説してくれた。
ブロッサムもわかりやすかったか、納得いったような顔をする。
「じゃあルークが乖離しない為には、音素を固めた状態を維持しなきゃダメってことか?」
「まあ、それも一つの手なんだけどね。でもこの世界に音素ないからそれは無理。というか、ルークの世界でも、それを防ぐ方法わからないんでしょ?」
「あ、ああ。そうだけど」
ルークが戸惑いながらも頷いた。
……ややこしくてわけわからなくなってきた。
「あーもうめんどくさい。結局依代でどうとでもなるんだろ?」
「まあね。“器”みたいなものだし」
「あ? 器?」
「そう」とロアが続ける。
「剥き出しの氷が水になったらもう掴めない。では水になっても保存する方法は?」
「保存って……そりゃ、コップに入れるとか?」
「コップ……ああ、なるほど」
……そういうことか。
ブロッサムの言葉に合点がいったか、シルフィーも「わかった~」と飛び回っている。
「つまりはノームと同じ、依代という肉体に入れてがっちり蓋しちゃえば、中で拡散しても音素が外に流れないってことか~」
「そういうこと。まあ気持ち悪いとか、体調不良はあるかもしれないけど」
「けど乖離で消えることはない、か。……まあ、マシな方か? ルークもそれで大丈夫か?」
ブロッサムは首だけルークに向けてたずねてみる。
「え? あ、ああ……つーか、乖離しないどころか見えるようにもなるなんて。正直、こんなにやってくれただけでも十分っつーか……」
わぉ、律儀ーっ。
頬も赤に染めちゃって……もう可愛いな、この赤毛ヒヨコは←
「アハハ。気にしなくていいよ。俺、面白いこと好きだし。それにここはアユミを中心になんでもありだから」
「おーい。俺をトラブルメーカー扱いするんじゃねぇ」
失礼な。俺はトラブルメーカーじゃない。
ただ、なんやかんやでトラブルにあっちまうだけなんだ!←
「アハハ♪ まあ、それはそれとして。そろそろ依代に憑依しよっか。ルー君が乖離しちゃったら大変だし」
「チッ……ほら行ってこい。ルーク」
「はい……」
苛立つ俺に若干引き気味ながら、ルークはロアに着いていく。
……さて信じて待つしかないから、雑誌でも読むか←
――――
数分後、二人が返ってきた。
「お待たせー♪」
「おう。おかえり、ルーク」
「た、ただいま、か?」
どうやら無事に帰ってきたらしい。
ルークの姿形は変わらないが、ノーム族特有の髪飾りや機械的な瞳、機械の部分が目立つ。
そしてそれが珍しいか、そいつはあちこち触ったりしていた。
「大丈夫か? どっか、不具合とか……」
「んー……いや、慣れてないせいか、まだ身体が動きにくいだけ。全然大丈夫」
「そうか? ならいいけど……」
「なんか困ったことがあったら言ってね~」
「……いいのか?」
ルークがキョトンとしながら俺たちを見ている。
「なんだよ。意外そうな顔して」
「いや、だって……知らないヤツ相手にここまで……その、話だって、信じないとか、怪しむとかしないか?」
……つまり、自分を良くしてくれることに戸惑ってるわけ?
まあたしかに初対面(しかも幽霊)の奴相手にはここまではしない。
けど。
「いまさら言うなよ。あのな、いつまでも幽霊状態でいられると、依頼を受けた俺たちはずっと徹夜で見張らなきゃならない。そしたら俺は授業中に居眠りして、リリィ先生の魔力鉄拳でホントに冥負行きになっちまう。おまえの苦悩にも気づかないし、そしたら俺が困る。だからそれ以上言うんじゃねぇ」
長々と面倒に告げ、「それにおまえ、嘘は言ってねーし」と笑いながら、ヘタレってるルークの額にデコピンを入れる。
「おまえな……えっと、ルーク。誤解ないよう言っておくけど、結局はおまえが苦しんでるとアユミは困るって言いたいんだ」
「アユミが困る……なんだかんだで、助けちゃう?」
「他人の事情に首を突っ込んだり巻き込まれては、結局見捨てず助けちゃうからね~」
「うっせーぞ! そこの三人!」
好き勝手語り出す三人に怒鳴り、ついでにルークの額をさすっていたブロッサムの背中を蹴っ飛ばした。
「なんで俺!?」
「なんかイラッときたからだ!! とにかく! 用は済んだから、一度学院に帰るぞ! スポット準備! ルーク、来い!!」
「イェッサ~!」
「イェッサー」
「え、おい!?」
「ふざけんなァァァァァァッ!!!」
怒鳴る俺。戸惑うルーク。敬礼しながら魔法を唱えるシルフィーと真似するライラ。叫ぶブロッサム。
「またのご来店、お待ちしてまーす♪」
そして、微笑むロアディオス。
ブロッサムの悲鳴の余韻を購買部に残しながら、俺たちはタカチホを後にした。
――――
スポットでタカチホからプリシアナに戻った俺たちは、即刻セントウレアの元へ。
ちょうどチャイムがなってるから大聖堂だろうな。
「…………」
で。今はその大聖堂の前。
ふと足を止めた俺は大聖堂を一睨みし、軽く意気込んだ後、扉を見据える。
「頼もォォォォォォッ!!!」
ドバガァンッ!!!!!
そして助走し、ドアを思いきり蹴り飛ばして乱入した。
「どんな開け方してんだテメェはァァァァァァ!!!」
もちろん即座にブロッサムのツッコミが飛んできた。
「グホォッ!!!」
「あ。エデン」
それとほぼ同時に、エデンの潰れた蛙のような悲鳴が聞こえた。
……まあ知ってるけど。つーか、いるのがわかったため蹴り飛ばしたんだから←
「よし、死んだな。おーい、セントウレアー」
「死んだなって……」
「いや、よしじゃねぇだろ……」
背後でルークとブロッサムがエデンの骸(いや、気絶な、気絶)に合掌しているのを無視し、パイプオルガンを弾き終わり、こちらを振り向いた校長につかつかと歩いていく。
「アユミさん。ずいぶんと騒がしい開け方ですね。今月だけで4回目ですよ」
「後で直すよ。つか半分はそこのヤンデレストーカーのせいだっつーの」
「そこは私も否定しません」
「否定しないんだ!?」
校長の発言にブロッサムがやや遠くからつっこむ。
「まあエデン君の話は、今は置いておきましょう。――君がルーク・フォン・ファブレ君ですね?」
「え? は、はいっ!」
「お話はロアディオス君から伺っています。早速この書類にサインを……ああ、文字が違うのでしたね。ブロッサム、代筆をお願いします」
「俺ですか? いや、べつにいいですけど……」
急に指名されたブロッサムは驚きながらも席に着き、校長に手渡された書類にペンを走らせようとした。
「……校長」
「はい?」
が、その手はすぐ止まった。
ブロッサムは校長と書類を交互に見ながら口にする。
「あの……これ、入学願書なんですけど……」
『え?』
「そうですけど、何か?」
ブロッサムの言葉に目が点になる俺ら。
それを気にせず、サラっと答えるセントウレア。
「あの、俺たち、ルークの住まいに関してを相談しに来たんですけど。ルークの入学をお願いしに来たんじゃないんですけど!?」
「それも知っています」
「知ってんのかよ! じゃあなんで入学する方向性にいっちゃってんですか!?」
身を乗り出しながらガンガンツッコミを入れる。
……たしかにどういう思考をしたら、ルークの入学に行き着くんだ?
「異世界の人間であるルーク君を慣れない環境に預けるのは、私も重々承知です。ですがこの世界について何も知らない彼を、知らない場所に一人にする方も不安でしょう?」
「そ、それは……」
「同じ慣れていない環境ならば、事情を知っているあなた方の傍にいた方が彼も安心では?」
「うっ……」
返す言葉がないせいか、ブロッサムは言葉を詰まらせた。
それから「どうする?」と目でこっちに問い掛けてくる。
「まあ……校長の言い分も間違っちゃいないが……ルーク。おまえはそれで大丈夫か?」
「俺? えっと……たしかに、知らない奴といるよりはいいけど……おまえらが迷惑だって言うなら……」
「迷惑とは思ってねぇ。とにかく、入学は大丈夫っと……」
……ルークも不安そうだな。そしてその自信なさ気な返事はなんだ。
心の中でそうつぶやきながら、ブロッサムからペンを引ったくり、願書に彼の名前を記入していく。
「……クラスは俺とブロッサムと同じでいいよな? あとパーティも。こっちは四人だから、一人くらいOKだし」
「もちろんいいですよ。彼は元はヒューマンと聞きましたが、表向きはノームで構いませんね?」
校長の問いに「ああ」と頷き返しておく。
「一々説明してたらキリがねーし。肉体依代だからばれることもないだろ。幽霊騒ぎのクエストの報告も、適当にでっちあげとく」
「わかりました。……で、学科の方はどうしましょう」
「学科?」
目を丸くしてつぶやくルーク。
学科か……あー、どうしよ←
「学科っつーのは……ブロッサム。ルークに説明を」
「俺かよ!?」
だってめんどくさいし←
いつものように説明はブロッサムに丸投げした。
「えーっと……ここは冒険者養成学校って言うのは説明したよな? で、学科って言うのは、自分の伸ばしたい力を鍛えるため、それを中心に勉強する項目……って言えばわかるか?」
「ああ、大丈夫。冒険者って言うから、やっぱ、戦い方とか勉強するのか?」
「そうだけど……中には物理攻撃が苦手だったり、魔法が苦手って種族や奴がいるからな。だから学ぶにしても武器攻撃の戦士とか、魔法を扱う魔術師とか、自分の得意なものを学ぶんだ」
「へぇ……」
さすがツッコミと説明をやらせただけあってわかりやすい説明。
やっぱやらせて正解だったな。
「……まあ学科についてはこんなもんだろ。ルークは剣と魔法、どっちが使える?」
ブロッサムの問いに「剣!」とルークの即答。
「譜術……あ。魔法、だっけ? 俺、それは使えないし、剣で戦ってきたから」
「そっか……んじゃ、無難に戦士学科がいいか……」
「いいんじゃねーの? そしたら俺とライラと授業が一緒になるし」
「……ブロッサムとシルフィーは一緒じゃないのか?」
何故か途端に子犬みたいな目になりやがった。
え? 何、この可愛い生き物←
「ごめんね~。ボクとブロッサム、二つとも魔術系学科だから~」
「そうなのか…………二つ?」
一瞬頷きかけ、が、学科が二つも受けられるのか、という目でブロッサムを見てきた。
「あ、悪い。学科はメインとサブ、二つまで専行できるんだ。ただサブの方は受けるか受けないかは個人の自由でいい。メインは必ずだけど」
「ふーん。……ってことは、サブ学科選べばブロッサムやシルフィーとも一緒に慣れるのか?」
「学科次第だけど……まあ、間違いではない」
ブロッサムの言葉を聞いて「ホントか!?」と赤毛ヒヨコが目を輝かせた。
……子供か、こいつは。
「なんだ。俺らじゃ不満か?」
「いや、そうじゃなくて……やっぱ、仲良くなれたから、一緒にいたいっつーか……もっと仲良くなりたいっつーか……」
ちょっと照れ臭そうにはにかみながら、こちらをちらちらと視線を投げたり反らしたりしている。
(…………なんだこいつ)
……保護欲そそられるんですけど。何なの、このおっきな子供は!?
ブロッサムも今にもツンデレ発動しかけてるよ!?
シルフィーとライラも、校長すらも和んじゃってるよ!!?
「い~よ~、ルー君。わからないことがあったら聞いてね~。そっちのお兄さんに」
「ああ。なんでも聞け。そこの天使に」
「……頑張ろうね? そこのセレスティアと」
「慣れない環境は大変でしょうか、頑張ってください。何かあれば彼が助けてくれますから」
「はい!」
「って、おまえら全員、俺任せかよ!!」
ブロッサムのツッコミが飛んできたが、俺らは全員無視するのだった。
「……よし。じゃあサブは……何にするか」
「んー……アユミたちは、何の学科についているんだ?」
キョトン、と目を丸くして、ルークが俺らの方へ振り向く。
「俺は侍学科。剣士みたいなもんだ。サブは盗賊。罠解除担当でもある」
「格闘家……それだけ」
「ボクは様々な魔法を扱う賢者学科! 後は魔法壁って防御法を使える予報士だよ~」
「俺は光の魔法を使う光術師学科。あと…………ル学科」
「……ル?」
……ブロッサムの言葉が聞き取れなかったらしい。
当然だよな。俺も聞こえなかったし。
「ブロッサムのサブはアイドル学科。みんなを楽しませる歌を歌ったり、歌魔法っつー歌うことで発動する魔法の使い手だ」
「アユミ! ちょ、なんでばらすんだよ!」
サラっとルークに耳打ちすれば、すぐに赤面しながらガシッと肩を掴んできた。
しょうがないだろ。後々ばれるんだから。
「歌魔法……へぇ。譜歌みたいだな」
「あ。おまえらの世界じゃ譜歌って言うんだ。歌いながら魔力を放てば、勝手に発動してくれるから、はっきり言って他の魔法より使いやすいし」
「マジで!? じゃあそれにする!」
「即決!?」
偉く早く決まったな……まあいいや。俺もめんどくさいし←
「よし。じゃあこれで9.5割はブロッサムの責任ってことで」
「なんでだよ!? 保護者か、俺は!」
「当たり前だ!!」
「断言!!?」
おまえは世話焼きポジションって決まってるんだ! 俺の中で!
「……ま。ルーク本人も喜んでいるし。というわけで、アイドル同士ユニット組んで、一気に億万長者に……」
「なるかっ!!」
断れた。……やっぱりか←
「……ま。とりあえずアイドル学科って書くから。テメー、ルークいじめるんじゃねーぞ」
「しねぇよ!」
「はいはい。……んじゃ。書き終わったし、よろしくな」
「もちろんです。ルーク君、明日からよろしくお願いします」
「は、はい」
「良い返事です。……それでは、また」
優雅に一礼し、そのまま入学願書を持って出ていった。
残された俺は背筋を伸ばし、そしてルークに振り向く。
「……ま。というわけで、こっからよろしくな。ルーク」
「ああ! よろしくな!」
赤毛のヒヨコの今後
――――
(あー……可愛いなー)
(レオとは違うタイプの天然さんだね~)
(……うん)
――――
(……なんか勢いでアイドルになっちまったけど、いいのか?)
(えっと……歌とか得意じゃないけど……でもサブ学科一緒じゃないと、ブロッサムと一緒になれないしな!)
(……え?)