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英雄VS魔女

 ――――

「……! おい、アレ!」

「うわぁ……」

 咆哮と悲鳴は校舎の方から聞こえてきた。
 そこへ向かえば、シルフィーとライラ。ザッハトルテたちがすでに戦闘中だった。

「あ! アユミちゃん、ブロッサム~!」

「ようやく来た……なんでお姫様抱っこ?」

「ライラ、そこは触れるな。頼むから」

 ライラにコメント不許可し、新種というドラゴンを見る。

「で、でか……っ」

「……たしかに。これは、ね」

 セレスティア二人も驚きで言葉がでないらしい。

「……こりゃ。異界の神一歩手前、みたいな?」

 目の前にいる巨大な塊にボソッとつぶやく。
 黒い鱗。鋭い爪。たくましい巨体と力強そうな翼。
 明らかに巨体なドラゴン。

「おいおい……いったいプリシアナのどこに住んでいたんだよ、このドラゴン」

「さあな。言えるのは――」

 ブロッサムの言葉に頷きつつ、次の瞬間、全員その場から飛びのいた。

「……殺らなきゃ殺られるってことだよな?」

 青白いブレスをかわしながら、俺の言葉が静かに響く。

「らしい、な」

「他の生徒に被害を出すわけにもいかないからね」

 満場一致で可決。というわけで……。

「ちょっくらやるぞ。ドラゴンハントをな」

 刀を抜き、ドラゴンに切っ先を向ける。
 背後でブロッサム、セルシアも準備完了だ。

「待て、アユミ!!」

「ん?」

 ここで制止を入れたのはザッハトルテだ。
 相当やり合った後らしいな。制服がボロボロだ。

「わ、私もやるぞ! ここで……ここで、楽しい借り物競争を台なしされたくないのだ!」

「…………」

 杖を支えにザッハトルテが立ち上がる。
 疲れ果てボロボロなのに、歯を食いしばって。

「……わかった。でも無茶はするなよ」

「わかったのだ!」

「ちょっと。あたしたちも忘れないでよ!」

 ザッハトルテの隣でミラも立ち上がった。
 続けてライト、ツヅカも武器を構えて立ち上がる。

「わ、私だって、まだ戦えますよ!」

「ボクだって、まだまだイケるよー!」

 どうやら二人もまだ大丈夫らしいな。
 目配せで確認後、刀を遊ぶように回す。

「んじゃ……飛ばして行きますか!」

 そして軽く一息つき、ドラゴン目掛けて走っていった。
 他八人も一斉に駆け出していく。

「グォォォッ!!!」

「っ!!」

 ドラゴンが再び、今度は右腕を上げていた。
 ――まずいっ。

「避けろ!!」

 とっさに声を出し、バッと散開する。
 さすがに死線をくぐり抜けてきた猛者だけに、右腕の爪も難無く避けられた。

「これは……あまり固まらない方がいいね」

「だな。後衛組は遠くから狙ってこい! 前衛でも一発当たったらアウトだから!」

「がってーんっ!」

 セルシアの言う通り、アレはヤバすぎるな。
 全員に指示を出し、固まらないよう各個人で撃破した方がいい。

「よーし! まずはボクから!」

 速攻で突っ込んだのはツヅカだ。
 いつもは槍と斧の二刀流だが、今回は斧は放り投げ、両手で槍を握りしめている。

「てりゃああああッ!!!」

 勢い付けた跳躍に、ゴフォメトーすらも一撃で倒す腕力で、ドラゴンの左腕に深々と槍が突き刺さった。
 ドラゴンは咆哮上げながらバタバタと暴れだし、ツヅカをぶら下げたままのたうちまわる。

「おい、痛みで好き勝手に暴れているぞ!?」

「じたばた……学校壊れる?」

 ライラのつぶやきに、サァーッと血の気が引く音が聞こえた(気がする)。
 よくよく考えたらここは結界の中。あんなのが学校に当たったらアウトじゃん!

「おいおいおい!! どうすんのコレ!?」

「は~い。ボクに任せて~」

 今度名乗り上げたのはシルフィーだった。
 本を広げ、そこから藍色の光が溢れ出す。

「すべてを奪え、終焉の氷結! ブリザード!!」

 氷の嵐が吹き荒れる古代魔法、ブリザードがドラゴンの足元から巻き起こった。
 鋭い氷の矢はドラゴンを傷つけ、かつドラゴンの右足を氷漬けにして身動きまで封じてしまう。

「やっぱり灰色魔術師ってすごいね~。賢者以上に魔法使えちゃうんだもん」

「いや、俺はおまえの才能の方が……いや、やっぱいいや」

 シルフィーの絶大な魔力は、今では多分アガシオン並に強力な魔術師になっちゃってるんだろうな。
 いまさらながらよーくわかりました。

「よし……このまま各部位を潰していくぞ!」

「わかった。ブロッサム、援護を頼むよ!」

「はいはい、了解!」

 次に突っ込むのはウィンターコスモスのセレスティア二名。

「生命を糧とし、すべての闇を打ち砕け! イペリオン!!」

「終わらせる! 鬼神斬り!」

 二人はそれぞれ右肩へ攻撃を放った。
 光の爆発と強力な連続斬りがドラゴンに大ダメージを与える。

「グルォオオオッ!!!」

 右肩へのダメージのせいか、ズシンズシンと左足で地震を起こすドラゴン。
 おかげで俺らも身動きが取れず――。

「はぁあああ……ッ!!!」

 いや、違った。地震をもろともせずに立っているのが約一名。格闘家学科のライラだった。

「解放……必中必当ッ!!!」

 気合いを込め、強烈な一撃をじたんだを踏む左足に叩き込んだ。
 おかげで左足が使い物にならなくなったか、がくりと膝を着く。

「さすがライラ……って」

「コォオオオ……ッ!!!」

 え……ええええええッ!!!
 尻尾の先で大火球作ったァァァッ!!! あれも魔法ですか!?

「え? 何アレ何アレ!? もしかしてメラ〇ーマ的なアレ!?」

「なんだよ、メラ〇ーマって!!?」

 即座にブロッサムのツッコミが飛んできた。
 いやだって、本能的っていうか……無意識にボケちゃうんだよ、俺ってばさ!

「どうするんだよ、アレ!?」

「もう……アンタたちは~! ライト!」

「うっ……し、しかたありましたね……」

 ミラに促され、ライトが渋々と言った感じで弓を構える。

「たりゃあぁあああッ!!!」

「せいっ!」

 ミラの剣が火球を斬り、ライトの放った複数の矢が尻尾の先から根元まで命中する。
 ミラ……相変わらず力技だなー。

「グゥ……ウゥゥゥ……!!?」

 するとドラゴンの様子が一変した。
 急にこう……ぐったり力が抜けたみたいな?

「これは……」

「ライト特製の……えーっと、何?」

「知らないんですか! まあいいですけど……矢に私特製の麻痺薬を塗り込んだんですよ。かなり強力なもので、人間なら確実に死にますよ。致死量は軽く20倍はありますから」

「いや、それ、完全に危険領域!!」

 サラっと言ったけど、なんて恐ろしい奴なんだ……!

「それより早く! さっさとトドメやっちゃってよ!」

「頭、頭! ここまで来たら頭だよ!」

「頭だな! よし! ……ってちょっと待てェェェッ!!!」

 いざやろうとし、そして思い止まった。
 いや、いくらなんでも15メートルの頭まで飛べないから、俺!

「どうやって頭まで行けって!? その前に振り落とされるだろうが!!」

「梯子かなんかかけたら? というかがたがた言わずに早く行きなさいよ!」

「どっから持ってくるんだ、その梯子! というか15メートル届く梯子があるわけないだろ!!」

 なんでここまで来てコレ!?
 いくら主人公でもできることとできないことがあるんだけど!?

「先輩! まずいです!」

 そこにライトが鋭い声で叫んできた。
 同時に上空から息をスゥーっと、吸い込むような音も――。

「ような、じゃねぇ!! ドラゴンがブレス吐こうとしてんだよ! しかも怒りのせいか目一杯に溜め込んで!」

「その前になんで俺の考えがわかった!」

「勘だ!!」

「勘なんだ!!?」

「二人とも、ボケてる場合じゃないよ?」

 ブロッサムと叫びあってると、セルシアがストップをかけてきた。

「このままだと僕らの全滅どころか、学院崩壊も免れないよ? いや、学院や生徒の方は、多分兄様が何とかしてくれると思うけど」

「だったら兄貴に頼んでドラゴンにトドメ刺してくれよ! チート校長なら何とかできるだろ!?」

「ダメだよ。できることは僕たちでやらないと」

「あのな、できることっつったって……」

 セルシアの胸倉掴んでぐらぐらと揺らすが、この腹黒天使生徒会長は聞き入れてくれない。
 どうやって頭にトドメを刺せって言うんだよ……!?

「アユミ!」

 そこへグイッ! と手を引っ張られた。
 見ると、魔力と体力の回復に専念してたザッハトルテが杖を構えて立っていた。

「アユミ、移動まで私に任せるのだ!」

「おまえが?」

 目をしばたたかせていると、ザッハトルテは「うむ!」と自信満々に続ける。

「あそこまではたしかに空でも飛べない限り届かぬ。ならば、あとは魔法で行くしかないぞ」

「魔法って……」

 言って、俺はドラゴンとザッハトルテを交互に見る。
 ドラゴンは素晴らしい肺活量で、いまだに息を吸い込んで溜め込んでいる。

「……テレポルでもせいぜい10メートルだろ。頭は15メートル近くだぞ?」

「だから、そこから先は私の風魔法で吹っ飛ばすのだ!」

「無茶言うなよ!! 俺に吹っ飛んで落下して死ねってか!?」

「でも落下の追加速度もあれば、確実にドラゴンにトドメ刺せるよね。ほら、アユミって可愛い小柄だから」

「可愛いも小柄もうれしくねぇ!! おまえ、あとでガチで殴るかんな!!?」

 なんでどいつもこいつもはこんなに自由人なんだよ!?
 そんなことを考えながら「だーーーっ!!」と頭を掻く。

「わかったよ! やるよ! やりゃあいーんだろ!?」

「それでこそプリシアナの断罪の処刑女王・アユミだね」

「やかましい! ……ザッハトルテ」

 茶々を入れてきたセルシアに拳を入れて(っつっても右手に収まっちまったけど)から、ザッハトルテに視線を投げる。

「しっかり決めろよ。失敗したら、俺らはアウトだからな」

「任せるのだ!」

 気持ちが良いくらいの即答。
 俺は鞘を投げ捨て、両手で刀を構えた。
 背後ではザッハトルテが、魔法の準備に取り掛かっている。

(失敗するわけにはいかねぇ――!!)

 あのドラゴンにこれ以上好き勝手やらせるわけにはいかない。
 他の連中も陽動で魔力や体力使ってるし……ここで終わらせねぇと。

「よし……行くぞ!」

「こいや、コルァ!!」

 刀を握りしめ、そして引っ張られるような感覚に気を引き締めた。

「テレポル!!」

 ザッハトルテの魔力が俺を包み込んでいく。
 そしてザッハトルテの声とともに、俺の景色が一変していった。

「――ッ!!?」

 一瞬その場で制止し、ふわりと浮遊感に包まれる。

「清らかな風の精霊、我が声に集え! ウィンディー!」

 直後、全身に暴風が襲ってきた。
 風の古代魔法が、俺を上空に吹っ飛ばしていったんだ。

(ぐ……っ!)

 直接受けてはいないが、やっぱり吹っ飛ばされるのはいい気がしない。

「この……っ!」

 暴風が消え、口元から覗く蒼炎を吐こうとするドラゴンに刀の切っ先を向ける。

「だりゃあぁあああッ!!!」

 ドスッ!!!

 強烈な衝撃の後、深々と刀がドラゴンの眉間に突き刺さった。

「グォォォオオオンッ!!!」

「ぐっ……ご、のォ!!!」

 い、意外としぶとい!!
 痛みでブレスを空に出しながら暴れ出すドラゴンから振り落とされないよう、力を込めてさらに刀を握る。

「うがぁあああッ!!! さっさと沈めェェェッ!!!」

 怒号とともに、刀に全体重をかける。
 ドジュッ、と嫌な音と同時に血飛沫が噴いた。

「ゴフ……ッ!!!」

 ドラゴンが喀血すると、同時に身体が派手な音を発てながら地面に倒れた。
 時折痙攣を起こしていたけど、一際大きく身体が痙攣すると動かなくなった。

「……やった、のか?」

「だろうな……うわー、気持ち悪ィ……」

 返り血をもろに浴びた俺は、ベタベタした制服を引っ張りながら、ドラゴンから着地する。
 ……この制服アウトだな。新しいの買わないと……。

「アユミ、大丈夫か?」

「ああ。制服はおじゃんになったけど」

「いや、そんなのいくらでも新調してやるから」

「え? ブロッサムが買ってくれるの? 心配した?」

 意地悪く言ったのに、「当たり前だろ」と珍しく肯定の返事が返ってくる。

「制服と違って……おまえは替えがきかないんだからな」

「…………」

 ブロッサムは自分の白いグローブが血で赤く染まるにもかかわらず、顔や髪を撫でている。
 ……どうしよう。すごい嬉しいんだけど←

「そうだよ、アユミ。君がいなくなったら、僕とフリージアが悲しくて死んじゃうんだけど」

「悲しみで人は死なねぇっつの……」

 セルシアに呆れ半分と言った表情のブロッサム。
 いや、まあ、セルの発言もアレなんだけどね……。

「……ん。ありがとう」

 ……が、すごく機嫌の良い俺は気にせず、頬に添えられたブロッサムの手に触れながら、笑みを浮かべて礼を言った。
 すると、キョトンとした二人だったけど、だけどすぐにそれぞれ反応し始める。

「バッ、違っ……!! れ、礼なんかいらねぇんだよ!」

「ああ、もう……っ! なんでアユミはこんなに可愛いの? これ以上そんな可愛いアユミを見せられたら、僕、ホントに堕天しちゃいそうだよ」

 至極対称的な二人。ツンデレブロッサムと恍惚な笑みで喜んでいるセル。
 ……この一年でどんだけ変わったんだ。頼むから元に戻ってくれ、セル←

「ぷ、プリシアナの生徒会長が、変貌しているのだ……」

「いや、もう、元のこいつはいないから。多分……」

 二、三歩引いているザッハトルテに、ため息をつきながら遠い目で俺は見ているしかなかった。
 ……一応自覚はあるから。俺も。

「……あー、疲れた」

 そうつぶやきながら、未だに赤い顔のブロッサム、まだ何事かをぶつぶつ言うセル。
 そしてなんだかんだで笑顔の連中に視線を向けるのだった。

 ――――

 ドラゴン退治で時間が大幅にロスってしまい、結局借り物競争の結果は同点。つまりは引き分けになってしまった。

「ま。それもこれもあのダブルバカムーンのせいだけど」

「む? だが私は楽しかったぞ」

 借り物競争も終わり、俺はザッハトルテと打ち上げに参加中だった。
 ちなみにバロータとジークムントは一週間プリシアナ大聖堂の掃除を命じられた。セルと校長に←

「アユミの実力も見ることができたし、みんなとワイワイ騒げて楽しかったのだ!」

「そりゃ光栄だな」

 シャクシャクと林檎にかぶりついているザッハトルテの頭を撫でながら言う。
 ま。楽しかったのは俺も同じだからな。

「アユミ!」

「んー?」

「今回は引き分けだが……次回は私が勝つのだ!」

「え」

 何故かビシッ! と杖で俺を指し、メラメラと燃え上がっている。

「私もまだまだ強くなるぞ! 次回に期待するのだ!」

 そう言うと「あ! ケーキ!」と茫然となる俺を残し、ザッハトルテはケーキの方へ。

「……次が来ないことを祈ろう」

 またドラゴンとか来襲されたら面倒だ。
 そう思いながら、魚の串焼きにかじりつくのだった。


 英雄VS魔女

 ――――

(さあアユミ! 私と勝負なのだ!)

(おい、まだ三日しか経ってねーぞ!)
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