恋人は誰!?
あたしは度々思い、叫びたくなります。
……本気なら誰と付き合ったっていいじゃない!!
――――
「はぁ……♪ 我ながら最高の仕上がりですね……♪」
矢に塗る、新しく出来上がった薬品を見ながら、恍惚と達成感に浸る私ことライト。
ちなみに作ったのは毒草とモンスターの毒を毒の魔法で結合させた強力な毒薬です←
「これなら、攻撃力の低さもいくらかカバーできるはず……」
何せミラとツヅカの攻撃力には(当然)敵いませんし……。
少しでも工夫をしませんと。
「そうと決まれば早速……」
矢に薬を塗りましょうか。
そう思い、棚から数本の矢を取り出した。
「いるか! ライトッ!!」
その時だ。ド派手に音を起て、扉を破壊しかねない勢いでクレーエパーティが私の部屋に乱入してきたのは。
「な、なんですか、いきなり」
危うく毒薬を落としそうになりましたが……。
そんな考えを知らず、クレーエとイヅナが真っ青な顔で私に詰め寄ってきた。
「う、嘘だよな!? あのミラに限って、そんなことないよな!?」
「ミラ殿の噂は真実か!? 嘘なのか!?」
「……ミラ?」
ミラに噂……? 何の噂ですか?
どういうことかわからず、一人冷静でいるシズルに視線を向ける。
「ライト……ホントに知らない?」
「知りませんよ。最近新しく薬品作ってたので」
「あー。じゃあ知らないのね」
納得いった表情で頷くシズル。
何なんだ、と目を細めると、ありえない爆弾発言を落とした。
「ミラがプリシアナ学院の生徒と付き合ってるって噂なんだけど……ライトも知らないなら確かめられないかあ……」
「……え?」
その言葉に、私の思考は止まってしまった。
――――
「うー……あー……」
くるくると、何回もパスタをフォークで回す。
だって、あのミラに恋人って……絶対信じたくない――というか絶対信じられない話だし。
(今まで好意なんて気づかないくらい鈍感なのに、いったい誰が射止めたんだろ……。ってか、そもそもミラから好かれる人物って誰なのです?)
考えれば考えるほどわからない。
元々ミラはモテるけど、ミラと恋愛が結び付くことはないんだし……。
「はあ……」
誰なんだろ……あのミラに好かれる人って。
「あれ? どしたの、ライト。ネガティブゲイト出して」
「あ、ツヅカ……」
背後から聞き慣れた声をかけられ、何気なく振り返った。
「い゙ッ!?」
「……何よ。失礼ね」
「ご、ごめん。ミラ……」
慌ててツヅカの隣にいたミラに謝る。
いや、だって。悩みの原因が目の前にいたから……つい……。
「ライト。前、いい?」
「は、はい! もちろん……」
「あっりがとー♪」
なるべく自然に振る舞い、二人を前に座らせた。
……大丈夫。鈍感なミラと天然なツヅカは気づいていない。
「ツヅカ。アンタ、課題終わった?」
「いちおー。体育のレポートなら楽勝だもん」
「あー。ツヅカならそっか」
楽しそうに話し合っている。
特に変わりはない。いつもの二人だ。
(そうだよ……あくまで噂だよ? 本気にするだけ馬鹿馬鹿しいって……)
きっと何かの間違いだ。見間違いか勘違いだろう。
「……ライト。アンタ、また何か作った?」
「え?」
「何日引きこもってたのよ。ライトを見かけない時って、たいてい薬品作りじゃない」
「あ……ああ! はい、ちょっと……時間かかってしまって……」
そうだ。そうに決まってる。
ミラに恋人なんていないですよ。
「少し根を詰めすぎたね。何せ、ミラに恋人がいる、なんてデマがあるくらい……」
そうです。いるはずが無いのです。
いるはずが――。
「…………」
カチャン、と。フォークが皿にぶつかる音が小さく響いた。
……ミラの方から。
「……ミラ?」
「ほ、ホントー? うわー、変な噂が発って困るわー!」
「冬ってクリスマスとかあるからね~。何か勘違いしてんじゃないの?」
「そうね! きっとそうよ! ただの間違いよ!」
「うん、うん。ミラに恋人ってありえないし」
「ひ、ひどいなー。ツヅカは、もう!」
アハハ、と笑い合うミラとツヅカ。
(……いや、明らかに動揺してましたよね、ミラ!)
天然なツヅカは気づいてなかったけど……ミラは目が泳ぎまくってましたよ!?
え、嘘。恋人がいるって本当ですか!?
(ミラに、恋人……あのミラに……)
唖然となって固まってしまった私は、引き攣った笑いで二人と笑うしかないのだった。
――――
プリシアナ学院
(ミラに恋人……ミラに……)
翌日。昨日のことをまだ引きずる私は、重い足取りで歩いていた。
(いったい誰なんですか……ミラに好かれる人物なんて……)
うらやましいにも程がある。
私はミラの事が異性として好き……かどうかはわかりませんが、ミラは可愛いから、誰かに取られるのは嫌だ、という気持ちにはなる。
何せ仲間の私から見ても可愛いと思いますから。どこの馬の骨とも知れない男には絶対渡しません←
「はあ……」
どうしましょうか……相手は誰なんですか……。
そんなことを考えながら、とぼとぼと歩いていた時だった。
「おい」
「は……のごぉ!?」
横から声をかけられ、向けば何故か蹴りが飛んできた。
突然のことに対処できず、床に尻餅をついてしまう。
「な、何……」
「うっとーしいため息つきながら歩いてんじゃねぇよ。クソ兄貴」
「なっ……」
向こうが悪いのに暴言が降ってきた。
嫌な予感がし、恐る恐る顔を上げる。
目に映るのは、私たちエルフと同じくらい輝く金髪を持ち、バンダナを額に巻くクラッズ。
「……レイ。もう少し言葉は丁寧に話しなさいって、あれほど……」
「うるせぇ。貧弱なアンタと俺を一緒にするな」
「うぐっ……」
言い返すが、あまりの口の悪さに逆にダメージを受ける。
(我が“弟”ながら、なんて口の悪い……)
弟――レイの言葉に、どこで教育が間違ったのだろうと泣きそうになった。
彼はレイ=セルファン。プリシアナ学院初等部所属。正真正銘、私の弟です。クラッズですけど←
実は私たちの両親、父はエルフで母はクラッズなんです。結果、生まれた子供は混血児ということです。
実際私はエルフ族の割に手先は器用な方(ミラいわく)ですし、レイもクラッズ族の中では、割と長身(165㎝)な方ですしね。
「……で。何やってんだよ」
「いえ、クエストでプリントを届けに……」
「あっそ」
「はあ……レイ。ちゃんと勉強しているんですか?」
「してるよ。兄貴に紹介された、あのかてきょー様のおかげでな」
「そっか……ミラ、ちゃんとしてくれてんだ」
弟の報告に、ちょっとばっかし安堵する。
弟は12歳で、来年中等部に編入する。その際本格的に学科に分かれるので、アドバイザーとしてミラが家庭教師みたいなことをしています。
いや、家庭教師っていうか……モーディアル学園のクエストとして、高等部の全員が誰かしらついているけど。
で、ミラはレイについているというわけです。
「来年から中等部ですからね……レイ。あなた、ちゃんとご飯食べてます? 偏ったりしてません?」
「食ってるよ」
「自炊は?」
「…………。そこそこ上達した」
「…………」
ふい、と目を反らした。
拗ねた表情も見せている。
「……せっかくですし、腕前見せてください」
「な、なんでだよ」
「そこそこは上達したのでしょう? なら見てもいいですよね?」
「ぐっ……クソ兄貴め……勝手にしろ」
悔しそうにそう言って、そのまま寮の方へ歩いていった。
ため息をつきながら、私も後を追う。
(やれやれ……変わってませんね。この子は)
レイは知られたくない事がある時、目を反らす癖がある。
先程の自炊――つまり料理だけ、どういうわけか不器用でまったく上手くならない。目を反らしたということは、まったく上達していない。ということだろう。
盗賊スキルや知識は初等部トップなのに、いったい何故なのでしょうか←
(……いまさらながら、すごく心配になってきました)
はたしてまともな食生活をしてるのか……。
兄として、不安で不安でしかたなかった。
――――
弟の食生活に不安を覚え、部屋へやってきた。
「……レイ。この包丁が刺さったままのカボチャとヒビ割れたまな板は……」
「うるさい黙れ何も聞くな!!」
で、台所を目にした感想。
ヒビ割れたまな板の上に丸々とした大きなカボチャがあった。何故か真ん中で包丁が食い込んでいる。
……何となく予想はできましたが。
「レイ。カボチャの調理法、ちゃんと勉強しましたか?」
「…………」
「あとこのまな板……まさかとは思いますが、とりあえず切ろうとして切れず固さに癇癪起こして、包丁突き刺したままのカボチャで叩き付けたりしてませんよね? そして叩き付ける際、包丁の方を持ってました?」
「…………」
「レイ。ちゃんと聞いて……」
「あーーー!!! もう一々うるせぇし細けぇんだよ!!」
「……はあ」
キレた。どうやら図星らしい。
……なんでこの子は料理だけ不器用なんですか。
いや、ツヅカやブロッサム先輩と比べたら遥かにマシ(二人の料理は酷すぎる)ですが……。
「レイ、怒らない。調理法教えますから」
「……チッ」
納得したか、舌打ちしながらも「早くしろ」と目で訴えてきた。
子供っぽさのあるその顔に苦笑しながら、カボチャに刺さった包丁を引き抜いた。
――――
なんやかんやで自分が調理方を教える事となり、とりあえず基本のカボチャの煮物を教えることにした。
これでも私は執事ですから。もちろん料理はできます。薬品調合の次に←
「……結構できるんだな。兄貴」
「料理や菓子作りも、執事学科の必修教科ですからね」
「変な薬品ばっか作る問題マッドサイエンティストのくせにか」
「へ、変って……」
べつに変な薬品は作ってませんって。
毒薬とか麻痺薬とか、沈黙薬とかくらいしか←
「事実だろうが。兄貴、プリシアナで変人扱いだったって自覚あるのか?」
「う……否定できませんね……」
痛いところ突きますね……事実だけに、余計否定できないし。
「実の兄が変人だなんて……俺にして見れば汚点だ、汚点」
「そこまで言いますか!?」
なんでここまで口が悪いんですか!?
これ以上ぼろくそ言われる前に、何か……何か話題変えないと……。
「……そ、そういえば、レイ!」
「なんだよ」
「えーっと……ミラに恋人がいるらしい噂があるんですが、何か知ってますか!?」
「…………。は?」
振った話題に、レイの目が丸くなった。
……しまった。話題の選択を間違えた……かも。
「……あ、いや……その……べつに、深い意味はなくて……ただそういう噂があったから、ちょっと気になったって言うか……」
「……なんだよ。散々困ってるとか愚痴言うくせに、兄貴、ミラが好きなのかよ」
「ち、違いますよ!? その……妹……そう、妹みたいに放っておけないって言いますか……」
「何だよ、それ」
うっ……言い回しが下手だったかな……。
レイの目に不信感が宿ってる。
「ホントですって! ……確かに、相手は気になりますけど、だからって邪魔するとかしませんし」
「……しないの?」
「ええ。……ミラが幸せなら、それで良いですから」
自分にそう言い聞かせつつ、呆れ顔な弟にそう告げた。
これはホントの話。ミラが心の底から幸せなら、私は文句なんて無いんです。
「…………。……それなら、多分大丈夫だから」
「……え? レイ、何か知っているんですか?」
「あ……」
思わず聞き返せば、何故か「しまった」と墓穴を掘った顔をした。
……まさか……相手が誰か、知っている?
「……もう一度聞きますが……レイ、ミラから何か聞いてます?」
「……し、知らない」
目を合わせないで答える。
――やっぱり……。
「レイ「え? うわっ、ライト!?」」
絶対何か知ってますよね。
確信持って言おうとした瞬間、驚き混じりの言葉に遮られた。
「よぉ、ミラ」
「ミラ。どうしました?」
「いや、レイに勉強教える約束……っていうか、兄弟揃って何やってんのよ」
「「料理」」
弟と声が揃った。
……こういう時は良く揃うんですよねぇ←
「あ、そう……レイの様子を見にきたの?」
「あ、いえ、これは偶然でして……。あ、すみませんが、味見していただけますか?」
「え? 味見? ちょうだい!」
本題を突かれないよう、煮込んでいた煮物を小皿に乗せて差し出した。
案の定、食べる事が大好きなミラはそれを拒否することなく食べはじめる。
「んー、やっぱりおいしい」
「味は調度良いですか?」
「うん。平気。っていうか、ライトってホント料理上手だよね。薬品作りは迷惑だけど」
「うっ……ミラもそれを言いますか……?」
思わぬダメージが襲い掛かり、軽く心に傷が付きました。
……そんなに、私って変人扱いされまくっているんですか……?
「ライト?」
「いえ、大丈夫です……。ミラ。これ全部食べます?」
「いいの? やったぁ♪」
ぴょんこぴょんこ、と跳ねるミラ。
かわいらしいので、頭を撫でようと手を伸ばす。
「おい!」
が、それはレイの手が、怒鳴り声とともに止めた。
痛いくらい掴まれ、バシッと思いきり払われる。
「なっ……レイ、いきなり何を――」
「うるせぇ!! 用事済んだんならとっとと帰れ!」
「え?」
「いつも愚痴ってるくせに、ミラにちょっかい出すな!」
「はい!?」
な、なんで急に怒ってるんですか!?
我が弟ながら、まったくわかりません!
「ちょ、ちょっとレイ!」
「あの、レイ。どうしたんです「言っとくがな! ミラが世界一好きなのは俺なんだからな!!」……え?」
「あ、う……」
レイの言葉に、思わず固まってしまった。
横を見れば、ミラが赤くなったり青くなったりと忙しくしている。
(忙しいな……ってそれよりも)
それよりも、気になる言葉がある。
だって……“ミラが世界一好きなのは俺なんだから”って……。
それはつまり、レイはミラが一番大好きって意味で……。
「……まさか……ミラの恋人って……」
「ち、違っ……いや、あの「うるさい! 先に手ェ出したのは俺だから問題無いだろ!」ちょっとレイ! 黙って!!」
手を出した!? え、嘘? ホントにレイが、ミラの恋人!?
「レイが……ミラと……。レイが……」
「……ライトが壊れた……。――レイのバカァ!! もうちょっとライトには黙っててって言ったのにィ!!」
「ふん。遅かれ早かれ、兄貴には話す気でいたんだ。だいたいミラは無自覚過ぎるんだよ」
「む、無自覚って?」
「……それは……。……とにかく、ミラは俺のものだ!!」
「わかんないんだけど!?」
混乱する私をよそに、ギャーギャーと言い合う二人。
(よりによって……弟とミラが……?)
予想外の出来事に、私の許容量が超えたらしい。
もう完全に頭がパンクし、しばらく石化状態のように固まっているたのだった。
恋人は誰!?
――――
(ばれちゃった……ばれちゃったよぉ……)
(べつにいいだろ、ばれても)
(よくないわよ!!)
――――
(レイが……ミラと……よりによって……?)
……本気なら誰と付き合ったっていいじゃない!!
――――
「はぁ……♪ 我ながら最高の仕上がりですね……♪」
矢に塗る、新しく出来上がった薬品を見ながら、恍惚と達成感に浸る私ことライト。
ちなみに作ったのは毒草とモンスターの毒を毒の魔法で結合させた強力な毒薬です←
「これなら、攻撃力の低さもいくらかカバーできるはず……」
何せミラとツヅカの攻撃力には(当然)敵いませんし……。
少しでも工夫をしませんと。
「そうと決まれば早速……」
矢に薬を塗りましょうか。
そう思い、棚から数本の矢を取り出した。
「いるか! ライトッ!!」
その時だ。ド派手に音を起て、扉を破壊しかねない勢いでクレーエパーティが私の部屋に乱入してきたのは。
「な、なんですか、いきなり」
危うく毒薬を落としそうになりましたが……。
そんな考えを知らず、クレーエとイヅナが真っ青な顔で私に詰め寄ってきた。
「う、嘘だよな!? あのミラに限って、そんなことないよな!?」
「ミラ殿の噂は真実か!? 嘘なのか!?」
「……ミラ?」
ミラに噂……? 何の噂ですか?
どういうことかわからず、一人冷静でいるシズルに視線を向ける。
「ライト……ホントに知らない?」
「知りませんよ。最近新しく薬品作ってたので」
「あー。じゃあ知らないのね」
納得いった表情で頷くシズル。
何なんだ、と目を細めると、ありえない爆弾発言を落とした。
「ミラがプリシアナ学院の生徒と付き合ってるって噂なんだけど……ライトも知らないなら確かめられないかあ……」
「……え?」
その言葉に、私の思考は止まってしまった。
――――
「うー……あー……」
くるくると、何回もパスタをフォークで回す。
だって、あのミラに恋人って……絶対信じたくない――というか絶対信じられない話だし。
(今まで好意なんて気づかないくらい鈍感なのに、いったい誰が射止めたんだろ……。ってか、そもそもミラから好かれる人物って誰なのです?)
考えれば考えるほどわからない。
元々ミラはモテるけど、ミラと恋愛が結び付くことはないんだし……。
「はあ……」
誰なんだろ……あのミラに好かれる人って。
「あれ? どしたの、ライト。ネガティブゲイト出して」
「あ、ツヅカ……」
背後から聞き慣れた声をかけられ、何気なく振り返った。
「い゙ッ!?」
「……何よ。失礼ね」
「ご、ごめん。ミラ……」
慌ててツヅカの隣にいたミラに謝る。
いや、だって。悩みの原因が目の前にいたから……つい……。
「ライト。前、いい?」
「は、はい! もちろん……」
「あっりがとー♪」
なるべく自然に振る舞い、二人を前に座らせた。
……大丈夫。鈍感なミラと天然なツヅカは気づいていない。
「ツヅカ。アンタ、課題終わった?」
「いちおー。体育のレポートなら楽勝だもん」
「あー。ツヅカならそっか」
楽しそうに話し合っている。
特に変わりはない。いつもの二人だ。
(そうだよ……あくまで噂だよ? 本気にするだけ馬鹿馬鹿しいって……)
きっと何かの間違いだ。見間違いか勘違いだろう。
「……ライト。アンタ、また何か作った?」
「え?」
「何日引きこもってたのよ。ライトを見かけない時って、たいてい薬品作りじゃない」
「あ……ああ! はい、ちょっと……時間かかってしまって……」
そうだ。そうに決まってる。
ミラに恋人なんていないですよ。
「少し根を詰めすぎたね。何せ、ミラに恋人がいる、なんてデマがあるくらい……」
そうです。いるはずが無いのです。
いるはずが――。
「…………」
カチャン、と。フォークが皿にぶつかる音が小さく響いた。
……ミラの方から。
「……ミラ?」
「ほ、ホントー? うわー、変な噂が発って困るわー!」
「冬ってクリスマスとかあるからね~。何か勘違いしてんじゃないの?」
「そうね! きっとそうよ! ただの間違いよ!」
「うん、うん。ミラに恋人ってありえないし」
「ひ、ひどいなー。ツヅカは、もう!」
アハハ、と笑い合うミラとツヅカ。
(……いや、明らかに動揺してましたよね、ミラ!)
天然なツヅカは気づいてなかったけど……ミラは目が泳ぎまくってましたよ!?
え、嘘。恋人がいるって本当ですか!?
(ミラに、恋人……あのミラに……)
唖然となって固まってしまった私は、引き攣った笑いで二人と笑うしかないのだった。
――――
プリシアナ学院
(ミラに恋人……ミラに……)
翌日。昨日のことをまだ引きずる私は、重い足取りで歩いていた。
(いったい誰なんですか……ミラに好かれる人物なんて……)
うらやましいにも程がある。
私はミラの事が異性として好き……かどうかはわかりませんが、ミラは可愛いから、誰かに取られるのは嫌だ、という気持ちにはなる。
何せ仲間の私から見ても可愛いと思いますから。どこの馬の骨とも知れない男には絶対渡しません←
「はあ……」
どうしましょうか……相手は誰なんですか……。
そんなことを考えながら、とぼとぼと歩いていた時だった。
「おい」
「は……のごぉ!?」
横から声をかけられ、向けば何故か蹴りが飛んできた。
突然のことに対処できず、床に尻餅をついてしまう。
「な、何……」
「うっとーしいため息つきながら歩いてんじゃねぇよ。クソ兄貴」
「なっ……」
向こうが悪いのに暴言が降ってきた。
嫌な予感がし、恐る恐る顔を上げる。
目に映るのは、私たちエルフと同じくらい輝く金髪を持ち、バンダナを額に巻くクラッズ。
「……レイ。もう少し言葉は丁寧に話しなさいって、あれほど……」
「うるせぇ。貧弱なアンタと俺を一緒にするな」
「うぐっ……」
言い返すが、あまりの口の悪さに逆にダメージを受ける。
(我が“弟”ながら、なんて口の悪い……)
弟――レイの言葉に、どこで教育が間違ったのだろうと泣きそうになった。
彼はレイ=セルファン。プリシアナ学院初等部所属。正真正銘、私の弟です。クラッズですけど←
実は私たちの両親、父はエルフで母はクラッズなんです。結果、生まれた子供は混血児ということです。
実際私はエルフ族の割に手先は器用な方(ミラいわく)ですし、レイもクラッズ族の中では、割と長身(165㎝)な方ですしね。
「……で。何やってんだよ」
「いえ、クエストでプリントを届けに……」
「あっそ」
「はあ……レイ。ちゃんと勉強しているんですか?」
「してるよ。兄貴に紹介された、あのかてきょー様のおかげでな」
「そっか……ミラ、ちゃんとしてくれてんだ」
弟の報告に、ちょっとばっかし安堵する。
弟は12歳で、来年中等部に編入する。その際本格的に学科に分かれるので、アドバイザーとしてミラが家庭教師みたいなことをしています。
いや、家庭教師っていうか……モーディアル学園のクエストとして、高等部の全員が誰かしらついているけど。
で、ミラはレイについているというわけです。
「来年から中等部ですからね……レイ。あなた、ちゃんとご飯食べてます? 偏ったりしてません?」
「食ってるよ」
「自炊は?」
「…………。そこそこ上達した」
「…………」
ふい、と目を反らした。
拗ねた表情も見せている。
「……せっかくですし、腕前見せてください」
「な、なんでだよ」
「そこそこは上達したのでしょう? なら見てもいいですよね?」
「ぐっ……クソ兄貴め……勝手にしろ」
悔しそうにそう言って、そのまま寮の方へ歩いていった。
ため息をつきながら、私も後を追う。
(やれやれ……変わってませんね。この子は)
レイは知られたくない事がある時、目を反らす癖がある。
先程の自炊――つまり料理だけ、どういうわけか不器用でまったく上手くならない。目を反らしたということは、まったく上達していない。ということだろう。
盗賊スキルや知識は初等部トップなのに、いったい何故なのでしょうか←
(……いまさらながら、すごく心配になってきました)
はたしてまともな食生活をしてるのか……。
兄として、不安で不安でしかたなかった。
――――
弟の食生活に不安を覚え、部屋へやってきた。
「……レイ。この包丁が刺さったままのカボチャとヒビ割れたまな板は……」
「うるさい黙れ何も聞くな!!」
で、台所を目にした感想。
ヒビ割れたまな板の上に丸々とした大きなカボチャがあった。何故か真ん中で包丁が食い込んでいる。
……何となく予想はできましたが。
「レイ。カボチャの調理法、ちゃんと勉強しましたか?」
「…………」
「あとこのまな板……まさかとは思いますが、とりあえず切ろうとして切れず固さに癇癪起こして、包丁突き刺したままのカボチャで叩き付けたりしてませんよね? そして叩き付ける際、包丁の方を持ってました?」
「…………」
「レイ。ちゃんと聞いて……」
「あーーー!!! もう一々うるせぇし細けぇんだよ!!」
「……はあ」
キレた。どうやら図星らしい。
……なんでこの子は料理だけ不器用なんですか。
いや、ツヅカやブロッサム先輩と比べたら遥かにマシ(二人の料理は酷すぎる)ですが……。
「レイ、怒らない。調理法教えますから」
「……チッ」
納得したか、舌打ちしながらも「早くしろ」と目で訴えてきた。
子供っぽさのあるその顔に苦笑しながら、カボチャに刺さった包丁を引き抜いた。
――――
なんやかんやで自分が調理方を教える事となり、とりあえず基本のカボチャの煮物を教えることにした。
これでも私は執事ですから。もちろん料理はできます。薬品調合の次に←
「……結構できるんだな。兄貴」
「料理や菓子作りも、執事学科の必修教科ですからね」
「変な薬品ばっか作る問題マッドサイエンティストのくせにか」
「へ、変って……」
べつに変な薬品は作ってませんって。
毒薬とか麻痺薬とか、沈黙薬とかくらいしか←
「事実だろうが。兄貴、プリシアナで変人扱いだったって自覚あるのか?」
「う……否定できませんね……」
痛いところ突きますね……事実だけに、余計否定できないし。
「実の兄が変人だなんて……俺にして見れば汚点だ、汚点」
「そこまで言いますか!?」
なんでここまで口が悪いんですか!?
これ以上ぼろくそ言われる前に、何か……何か話題変えないと……。
「……そ、そういえば、レイ!」
「なんだよ」
「えーっと……ミラに恋人がいるらしい噂があるんですが、何か知ってますか!?」
「…………。は?」
振った話題に、レイの目が丸くなった。
……しまった。話題の選択を間違えた……かも。
「……あ、いや……その……べつに、深い意味はなくて……ただそういう噂があったから、ちょっと気になったって言うか……」
「……なんだよ。散々困ってるとか愚痴言うくせに、兄貴、ミラが好きなのかよ」
「ち、違いますよ!? その……妹……そう、妹みたいに放っておけないって言いますか……」
「何だよ、それ」
うっ……言い回しが下手だったかな……。
レイの目に不信感が宿ってる。
「ホントですって! ……確かに、相手は気になりますけど、だからって邪魔するとかしませんし」
「……しないの?」
「ええ。……ミラが幸せなら、それで良いですから」
自分にそう言い聞かせつつ、呆れ顔な弟にそう告げた。
これはホントの話。ミラが心の底から幸せなら、私は文句なんて無いんです。
「…………。……それなら、多分大丈夫だから」
「……え? レイ、何か知っているんですか?」
「あ……」
思わず聞き返せば、何故か「しまった」と墓穴を掘った顔をした。
……まさか……相手が誰か、知っている?
「……もう一度聞きますが……レイ、ミラから何か聞いてます?」
「……し、知らない」
目を合わせないで答える。
――やっぱり……。
「レイ「え? うわっ、ライト!?」」
絶対何か知ってますよね。
確信持って言おうとした瞬間、驚き混じりの言葉に遮られた。
「よぉ、ミラ」
「ミラ。どうしました?」
「いや、レイに勉強教える約束……っていうか、兄弟揃って何やってんのよ」
「「料理」」
弟と声が揃った。
……こういう時は良く揃うんですよねぇ←
「あ、そう……レイの様子を見にきたの?」
「あ、いえ、これは偶然でして……。あ、すみませんが、味見していただけますか?」
「え? 味見? ちょうだい!」
本題を突かれないよう、煮込んでいた煮物を小皿に乗せて差し出した。
案の定、食べる事が大好きなミラはそれを拒否することなく食べはじめる。
「んー、やっぱりおいしい」
「味は調度良いですか?」
「うん。平気。っていうか、ライトってホント料理上手だよね。薬品作りは迷惑だけど」
「うっ……ミラもそれを言いますか……?」
思わぬダメージが襲い掛かり、軽く心に傷が付きました。
……そんなに、私って変人扱いされまくっているんですか……?
「ライト?」
「いえ、大丈夫です……。ミラ。これ全部食べます?」
「いいの? やったぁ♪」
ぴょんこぴょんこ、と跳ねるミラ。
かわいらしいので、頭を撫でようと手を伸ばす。
「おい!」
が、それはレイの手が、怒鳴り声とともに止めた。
痛いくらい掴まれ、バシッと思いきり払われる。
「なっ……レイ、いきなり何を――」
「うるせぇ!! 用事済んだんならとっとと帰れ!」
「え?」
「いつも愚痴ってるくせに、ミラにちょっかい出すな!」
「はい!?」
な、なんで急に怒ってるんですか!?
我が弟ながら、まったくわかりません!
「ちょ、ちょっとレイ!」
「あの、レイ。どうしたんです「言っとくがな! ミラが世界一好きなのは俺なんだからな!!」……え?」
「あ、う……」
レイの言葉に、思わず固まってしまった。
横を見れば、ミラが赤くなったり青くなったりと忙しくしている。
(忙しいな……ってそれよりも)
それよりも、気になる言葉がある。
だって……“ミラが世界一好きなのは俺なんだから”って……。
それはつまり、レイはミラが一番大好きって意味で……。
「……まさか……ミラの恋人って……」
「ち、違っ……いや、あの「うるさい! 先に手ェ出したのは俺だから問題無いだろ!」ちょっとレイ! 黙って!!」
手を出した!? え、嘘? ホントにレイが、ミラの恋人!?
「レイが……ミラと……。レイが……」
「……ライトが壊れた……。――レイのバカァ!! もうちょっとライトには黙っててって言ったのにィ!!」
「ふん。遅かれ早かれ、兄貴には話す気でいたんだ。だいたいミラは無自覚過ぎるんだよ」
「む、無自覚って?」
「……それは……。……とにかく、ミラは俺のものだ!!」
「わかんないんだけど!?」
混乱する私をよそに、ギャーギャーと言い合う二人。
(よりによって……弟とミラが……?)
予想外の出来事に、私の許容量が超えたらしい。
もう完全に頭がパンクし、しばらく石化状態のように固まっているたのだった。
恋人は誰!?
――――
(ばれちゃった……ばれちゃったよぉ……)
(べつにいいだろ、ばれても)
(よくないわよ!!)
――――
(レイが……ミラと……よりによって……?)