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キミとの思い出

 ――――

 学校に入る前の頃。この頃は母様や使用人のみんなと屋敷で暮らしていた。
 父様と離されたけど、母様も笑っていて。みんなも俺に優しくしてくれて。
 この頃は、すごく幸せだった。

「かあさまっ、かあさまっ」

「リンツェ。転びますよ」

 庭にある花畑で母様と過ごしていた。
 貴族だったから、勉強の他にも剣や魔法も勉強して大変だったけど、普通の子供と変わらないくらい愛してもらっていた。

「かあさま。はな、さいてる」

「そうね。綺麗に咲いているわ」

 優しく笑っている母様。
 無邪気に笑っている俺。
 本当に幸せだった。
 ――あの日までは。

 ――――

「……あれ?」

 花畑で遊んでいると、ふと、茂みで何かが動いたのが目に映った。

「? なんだろ……」

 猫か何かだろうか。多分そんなことを考えていたと思う。
 今にして思えば、近寄らなければ少しは変わっていたかもしれない、と何度も思う。
 無邪気な俺は、何の疑問もなくそこへ近寄る。

「……死ねッ!!」

 近寄った瞬間、銀色に光るナイフと、見慣れない黒い服を着た男が瞳に映った。

「リンツェッ!!」

 母様の悲鳴が聞こえた。
 同時に視界が影に覆われる。

「――ァ……ッ!」

 耳元に響く、肉が裂ける音と母様の短い呻き声。軽い衝撃。
 そして鼻に入る……鉄錆に似た臭い。

「か……さま……?」

「チッ……!」

 母様がどうなっているのか。男が何をしたのか。一瞬わからなかった。

「リンツェ様! 奥様!」

「賊を捕らえろ!」

 使用人たちが駆けてくる。
 呆然としていると「クソッ!」と声とともに、母様の身体が俺から離れる。

「こうなったら、せめて王子だけでも……!!」

 母様の身体が遠くに放り投げられる。
 その時、母様の背中に、ナイフが突き刺さっているのが見えた。
 ――背中がナイフを中心に赤く染まっていた。

「あ……あ……」

 母様の背中から血。
 血……紅イ、血……。

「今度こそ……!」

 再び振り上げられるナイフが、スローモーションに見えた。

(このひとが……かあさまを……)

 ――カアサマヲ、コロシタ。

「あ……アアアアアアァァァッ!!!!!」

 その事実を認識した瞬間、目の前が真っ白になっていった。

 ――――

「……うわぁあああっ!!!」

 ガバッ! と身体が跳ね上がった。
 汗が止まらなくて、呼吸の仕方もわからなくなりそうだった。

「こ、ここは……」

 後ろは壁で、周りはカーテンで区切られている。
 ベッドで寝てる……ってことは、保健室?

「俺……なんで……」

 なんで、ベッドで寝てるんだろう。
 そう疑問に思った瞬間、手に何か握っていることに気づいた。

「……何、これ?」

 手の平に納まるくらいの石だった。
 見る角度によって色が変わるから、多分ただの石じゃない。

「…………。エデン、君……?」

 唐突に、何故かそう思った。
 これはエデン君の物じゃないか、って。

「俺……どうして……」

 なんでエデン君の物を持っていたのか。
 そもそも、俺はいったいいつ学校に帰ってきたのか。

(確か……鬼面獣を倒して……そのあと、血を見て……)

 思い出そうとして、だけどあの時の光景が怖くて、頭が痛くなった。
 血に塗れた、あの光景。

「……ふ……ぅ……っ……」

 怖い……自分が一瞬でも無くなって、敵を容赦なく倒す自分が。
 我を忘れて、敵を斬る自分が。

「母様……っ」

 ボロボロと涙をこぼしながらつぶやく。
 もう死んでしまって会えないけど、でも、何かに縋り付きたかった。

「うぇ……ええ……っ」

 石を握りしめ、膝を抱えて泣きじゃくった。
 自分に縋れるものは何も無いんだ、と孤独感に震えながら。

「……おい」

 その時だった。
 カーテンの向こう、人の影が写っている。
 いつの間にかいた気配に、思わず肩を跳ね上げた。

「だ、誰……っ?」

「僕だ」

 カーテンがわずかに開けられた。
 その隙間から、ダンジョンで出会ったエデン君が入ってくる。

「エデン君……?」

「ああ。気分はどうだ。大丈夫か?」

 入ってきたのはエデン君だった。
 両手にマグカップを持っていて、そのまますぐ近くの椅子に腰掛ける。

「ココア入れてきたが……飲めるか?」

「う、うん……ありがとう……」

 灰色のマグカップを渡され、とりあえず受け取った。
 一口飲むと温かいココアが身に染み渡っていく。
 ……うん、おいしい。

「……少しは落ち着いたか?」

「うん……ありがとう」

 先程と違って、今はすごく落ち着いている。
 素直に礼を言いながら、小さく笑顔を浮かべた。

「あの……俺……鬼面獣を倒した辺りから記憶がないんだけど……俺、どうしちゃったの……?」

 ココアをもう一口飲んでから、思いきってたずねてみた。
 怖い……けど、知らなくちゃ、ダメだよね……。

「……あの後、リンツェは気絶した。僕は気絶したおまえを学校に連れて帰って、真っ先に保健室に寄ったんだ。無人だったから、勝手に失礼してしまったがな」

 同じく飲み物を飲んでいるエデンが話し出してくれた。
 無人……ってことは、カーチャ先生はいなかった、ってこと?

「とりあえずおまえをベッドに寝かせて、僕は報告もかねて一旦職員室に向かった。……で、職員室に待機していたシュピール先生から、教員たちがダンジョンへ向かったという話を聞いた」

「ダンジョンへ? ……まさか」

 ……なんか、嫌な予感がする。

「ああ。おまえがダンジョンに置き去りになったため、現在捜索隊が捜しているらしい」

「や、やっぱり……」

 い、嫌な予感はしてたけど、やっぱり俺が原因なんだ……。

「どどど、どうしよう……っ! 俺……俺……っ!」

「落ち着け。先生たちはシュピール先生が呼びに向かっている。おまえはここでゆっくり休め」

「……うん」

 非常に焦った俺だけど、エデン君に頭を撫でられ、ちょっと落ち着いた。
 そのままポフッ、と枕に頭を置く。

「先生たちが戻ってくるまで寝てろ。来たら僕も報告するから」

「うん……」

「よし。……それじゃ」

「え」

 エデン君が後ろを向いた。
 俺……一人になるの? 一人で待ってるの?

「……やだ……」

「……リンツェ?」

「行っちゃやだ……」

 くいっ、とエデン君の制服の端を掴んだ。
 一人になったら、多分マイナスの方向に頭が行くと思う。そうなったら先生ともうまく話せなくなる。

「一人はいやだよ……」

 エデン君と一緒にいたい。
 今、一人になるのは嫌だった。

「…………」

 突き刺さるようにエデン君の目が俺を見ている。
 やっぱり……呆れてる? 嫌がってる?
 それとも……嫌われてる……?

「……ひっく……っ」

 どうしよう……もし嫌われてたら……すごく怖い。
 ……もう、嫌われたくないよ……。

「……リンツェ」

 ため息と同時に、俺に腕が伸びてきた。
 もしかして、殴るんじゃ……。
 不意にそんなこと考えてしまい、思わず目を閉じる。

「わかったから泣きそうになるな。ここにいるから」

 頭をポンポン、と撫でられた。
 思わず驚いて見上げれば、苦笑した顔が目に映る。

「……ホント?」

「べつに用もないしな。シュピール先生も呼びに向かっているし、急がなくても戻ってくるだろう」

「そう……だよね。……あの、エデン君」

 遠慮がちに呼べば「なんだ」と椅子に座りながら返事を返してくれる。

「あの、変な我が儘言って、ごめんなさい……でも、聞いてくれて、ありがとう」

「……礼を言われることじゃないさ」

 また頭を撫でられた。
 何と無く気恥ずかしくて、もそもそと起き上がった。

「寝てなくていいのか?」

「うん。起きてたい」

「そうか。……飲むか」

「うんっ」

 再びマグカップを手渡され、迷うことなくそれを受け取ってココアを口にした。
 少し冷めてたけど、それでもさっきより美味しく感じた。

 ――――

「リンツェ君!」

 どれくらい経ったのかな。
 エデン君と話していると、大慌てでカーチャ先生が入ってきた。

「せ、先生……」

 思わず肩を跳ね上げさせ、怒られるのか、とぎゅっと目をつぶる。

「よかった……よかった! リンツェ君!」

「え……うわ……っ!」

 安堵した声が聞こえた、と思ったら、何故かカーチャ先生に抱き着かれた。

「せ、先生……?」

「ホントによかった……途切れた道の奥に閉じ込められたって聞いた時、何かあったらって思ったら……」

「……お、怒らない、ですか?」

「怒る? どうして?」

「だ、だって……先生の言い付け、破って、結界の外に出ちゃって……」

 怒るどころか心配してくれている。
 戸惑って聞いて見れば、「大丈夫」とカーチャ先生がにっこり笑う。

「リンツェ君がそんなことする子じゃないって知ってるもの」

「え……」

「堕天使だけど先生なのよ? あなたが嘘をついたり、悪いことするような子じゃないってことは、あなたを見ればわかるもの」

「で、でも、俺が勝手に出てったって言ってる人とか……」

「……あの子たちなら、校長先生とドレスデン先生にこってり搾られてるわ」

 ……今、カーチャ先生の笑顔が、一瞬黒くなったような……。
 目を丸くしていると、エデン君が口パクで「何も言うな」と伝えてきた。
 えっと……な、何か、触れちゃいけないの、かな……?

「とにかく。リンツェ君は何も心配しなくていいわ。……それより謝るのは私の方ね。ごめんなさい、怖い思いをさせてしまって」

「え? え!?」

 カーチャ先生が、俺に頭を下げてる……?
 先生が、生徒(俺)に?

「ま、待って、ください……わ、悪いのは、むしろ俺の方です……っ!」

「けど……」

「ホントに大丈夫です! エデン君が助けてくれましたし!」

「……エデン君?」

 俺が慌てて言えば、カーチャ先生がようやく俺からエデン君に視線を移した。

「クエストの途中で会いました。放っておけなかったので」

「そう……ありがとう。やっぱりエデン君はさすが、ね」

「人助けは当然ですよ」

 二人はにこにこと。すごくにこにこと笑ってる。
 ……なんだろう。なんか、笑顔に違和感があるような……?

「……リンツェは大丈夫ですよね? 変な噂とか……」

「大丈夫よ。私の威信にかけて、そんなことさせないわ」

「ならいいです。よかったな、リンツェ」

 よかったって……何が?
 な、なんか、よくわからないんだけど。

「……まあ今日はここまでしましょう。リンツェもショックを受けたり、精神的な面でいろいろと疲れてますし」

「そうね。今は休んだ方がいいわね。リンツェ君やあの子たちの問題はまた後で話し合うわ」

「……というわけだ。リンツェ、休め」

「え? は、はい……?」

 なんか、俺を無視して進んでる……?
 けどそんなこと言う勇気なんて無いから、とりあえず頷いておいた。

「部屋まで送ろう。カーチャ先生、このあと校長先生に報告ですよね。ここは俺に任せて行っていいですよ」

「………………。心配だけどしかたないわね。リンツェ君、またね」

「は、はい……」

 今の沈黙はなんですか……?
 何故か怖くてそんなことが聞けず、エデン君に引きずられるように保健室から出て行くのだった。

 ――――

「……あ。ここだよ。俺の部屋」

「ここか」

 方向を言いながらもエデン君にグイグイ引っ張られ、俺の部屋に着いた。
 そこでようやく足が止まる。

「じゃあ今日はもう休め。疲れているのに無理したらいけない」

「う、うん。えっと……あ、ありがとう」

 礼を言えば、また小さく笑ってくれた。
 整った顔立ちだから、やっぱりカッコイイなあ……。

「じゃあ、僕はこれで」

「うん……あ! ま、待って!」

 頷いて、でもあることを思い出して慌てて腕を掴んだ。

「どうした?」

「あ、あの……これ……」

 掴んだのと反対の手から、あの不思議な石を出した。

「これ……エデン君の……」

「……何故、僕のだと?」

「な、何と無く……です……」

 言いかけて、けど途中で小声になる。
 何の証拠も無いのに、いったい何を言ってるんだろ、俺……。

「……たしかにこれは僕のだが……良くわかったな」

「……そうなの? 何と無くだけど、エデン君のかなって思って……」

「……そうか。……やっぱり、……い」

「え? 何か言った?」

 最後がうまく聞き取れなかったんだけど……。
 もう一度聞き返すけど「なんでもない」と言われた。

「あ……じゃあコレ……」

「いい。リンツェにやる」

「え」

 やるって……く、くれるってこと?

「で、でも……」

「お守りとして持っていればいい。その“天空の破片”は、装飾品の中でもかなり強力ものだから」

 面白そうに笑ってるエデン君。
 そ、そんなにすごいアイテムなの……?

「……そういえば。これ、俺が起きた時、すでに持ってたけど……なんで?」

 ふと思い出し、思いきってエデン君に聞いてみた。
 するとエデン君が、何故か笑いを堪えるような顔をした。

「リンツェを寝かせたあとだ。僕は報告に行きたかったんだが、寝ているはずのおまえが僕の制服を掴んでな。どうやっても離してくれなかったんだが、僕が身につけていたそれを握らせたら、あっさり離してくれた」

「……え、ええええええ!!?」

 ひ、引き止めてたって……嘘だ、そんなの記憶に無いよぉ!!
 ……うん。寝てたから当たり前だけど←

「まあ僕にはあったら便利だ、くらいの物だったからな。だからリンツェにやる」

「う、うん……あり、がとう。エデン君」

 結局押しが弱い俺は、エデン君からこれ……天空の破片をもらってしまった。
 無くさないよう、強く握りしめる。

「じゃあな。……と、最後に」

 今度はエデン君が足を止めた。
 俺の顔をじっと見る。

「なに? エデン君」

「……僕のことは“エデン君”じゃなく、“エデン”でいい」

「……!」

 驚いて目を見開くと、どこかへ行こうと踵を返した。

「じゃあな。リンツェ」

「あ……う、うん。ま、またね……エデン!」

 初めて呼び捨てで呼んだ時、エデン君……エデンがうれしそうに笑った。

 ――――

 その時の笑顔は、今も頭に焼き付いている。
 すごくうれしそうで、すごく眩しい笑顔で。

「――エデン」

 ぎゅっと、あの時もらった天空の破片を握りしめる。
 君はモーディアル学園で、闇の炎とともに消えてしまったから。

「……大丈夫」

 俺はまだ負けられない。
 世界のため……というより、エデンのために。

「まだ頑張れるから」

 エデンと話したい。エデンに会いたい。
 俺のすべてを受け入れてくれた、一番大切な親友だから。

「必ず、助けるから」


 キミとの思い出

 ――――

(もう少しだけ待ってて)

(必ず、俺が助けるから)
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