人と天使
心の底から信頼できる人。
そんな人物に出会えることは、非常に幸せである。
――――
「……見ろ、ブロッサム。この美しい水晶の壁を。俺ら洞窟の探求者を待ち受けるのは落盤か怪物か……」
「誰が洞窟の探求者だよ……誰が冒険王だよ……」
意気揚々と壁から天然の水晶をツルハシで掘っている俺に、ブロッサムは呆れと怒りに震えながら叫んだ。
「ここがどこか……わかってんのか、おまえはぁああああああッ!!!!?」
辺りに響くブロッサムの叫び。
……俺らは今、とある洞窟のダンジョンで迷子になっていた←
「アユミ、わかってるのか!? 俺らはおまえの「金のために宝石を取って売る」なんて気まぐれな言葉からここに来て、ワープの罠にかかって妖精霊コンビとどっかに離れてからこんなことになってんだぞ!?」
「うん。そうだな」
「しかもこの洞窟、全フロアがアンチワープゾーンだし……このまま出口が見つからなかったら、どうするんだよおっ!!」
わっ、と膝を着いて嘆くブロッサム。
第三者にも俺らの現状をわかりやすく説明してくれて助かったわ←
「いいだろ? それに似合うだけの代価の水晶は掘ってるんだし。……とりあえず、先に進むか」
「……はあ……」
俺を止めきれないと理解したか、ブロッサムもため息をついて歩き出した。
よしよし……ちゃんと着いて来てくれてよかった←
――――
???Side
「……で、どうだ? みんな。見つかったか?」
洞窟の中、セレスティアの少年の声が響いた。
声はその先にいる三人に向けている。
「ううん。兄さん。全然見つからない。そっちは?」
「あー、オレらもだ。ここらに出口は見当たらない」
返事をしたのはセレスティアの少女。暗闇の中でも、白い翼がぼんやりと光る。
それに少年が頭を掻きながらため息をつく。
「下手をすると、ワープのトラップを踏んじゃいそうだし……お兄ちゃん、明鬼。どうしよう……」
「ツキノ……まあ不安になるのも無理はないか」
「テレポル禁止令を出してる洞窟だしなー。転移魔法が無理な以上、せいぜいはぐれないようにするしかないかも。な? 月詠」
「僕もそう思う。……不本意だけど」
ツキノと呼ばれた少女の声に、二人の人物が返事を返した。
一人は少女と同じ顔の、月詠と呼ばれた銀髪のヒューマンの少年。
もう一人は少年と同じ顔をした銀白色の髪の青年、明鬼。こちらは頭にディアボロスのような角がある。
「そうか。ま、そうそう上手い話はないってことか……」
「どうするの? 先生に頼まれた“例の物”も見つからないし……このまま出口が見つからず飢え死になんて嫌だからね。兄さん」
「わ、わかってるって!!」
キッと睨みつけた少女の目に、少年は一歩たじろぐ。
「大丈夫だって! 絶対にここから出られ――」
少年はそれでも少女に怒鳴り返す。
――ドゴォオオオンッ!!!
「「のわっ!?」」
「「きゃあっ!?」」
「……ッ!?」
……が、途中で大きな爆音に遮られた。彼らの近く――というか、すぐ隣で天井が崩れたからだ。
少年と明鬼は揺れにのけ反り、二人の少女は互いに引っ付き合い、月詠は揺れにふらつきながらも耐える。
「ななな……なんだ!!?」
「あー……落盤、かな? パラパラって、砂が落ちる音もあるし」
「ちょっと……なんでそんな物騒なことが起きるのよ。しかもすぐ隣で……」
「…………」
「……? お兄ちゃん?」
明鬼の冷静な分析に、少女はげんなりとした表情で頭を抱えた。
だが反対に、月詠は崩れた瓦礫へ顔を向けている。
「どーした、月詠。なんかあるのか?」
「……明鬼、ツキノ……」
「? なーに?」
「……アレ」
月詠ははっきりと驚いた表情のまま、瓦礫――のやや上方向――を指さした。
「……へっ?」
「あらあらー? 見覚えある子が二人いるんですケド」
そこへ全員が顔を向ける。
そして少し固まり、ツキノと明鬼が目を丸めた。
「……おい。ここはどこなんだ」
「知るか。爆薬の説明書を付けていなかった製作者に訴えろ」
「おまえ……ただの悪質なクレーマーだぞ。それは……」
瓦礫の上にいるのは、呑気に横たわりながらため息をつくヒューマンと、瓦礫などからそのヒューマンを背中で庇っているセレスティアの少年。
「どうしたんだよ、ブロッサム。ちょっと爆弾使って、壁どころか床を崩壊させたくらいでその態度。ガンガンツッコミを入れてくれないと、今に誰かに役割を取られるぞ」
「やかましい! だいたいこんなことになってんのも、全部おまえのせいだろうがあああ!!!」
「そういやそうだったねー。時々忘れてたわ」
瓦礫を退けながら叫ぶ少年の叫びに、ヒューマンの方はどこ吹く風と言わんばかりに気にしなかった。
それに少年はがくりと肩を落としながら、ぴくぴくと震え出す。
「だ、誰? この人たち……」
「なんでこの状況下で口喧嘩なんか……」
「アハハ……し、しかたない、かな……?」
「……二人らしい」
それを眺めるセレスティアの二人は、突然のことなのでぼーっとしてしまう。
そんな二人に対し、月詠とツキノ、明鬼は苦笑混じりの笑みを浮かべた。
「何せこの二人……天下無双な最強ヒュセレだしな!」
――――
アユミSide
「とりあえずどいてくれ、ブロッサム。おいしい状況だが、ここは埃っぽい」
「……ホントにぶれないな」
「まあね」
俺を馬乗りした状態で頭を抱えたブロッサム。
そろりと抜けだし、周りの状況を確認する。
「下のエリアか……さて、どうするかな」
また一から探索し直しだ。
うんざりする作業に、小さくため息をつく。
「……ん?」
その時だった。
……なんか視線を感じる。
殺気がないので、何と無くクルリと振り向く。
「……んにゃ?」
「「「あ」」」
その先にいたのは、見知らぬ白と黒のセレスティア二人。
そして面識ある銀と金のヒューマンの双子と銀白色の髪のモノノケ様。
「月詠に月命ことツキノ。それから明鬼じゃないか」
「う、うんっ。……えへへ……やっぱりアユミだっ♪」
「は……ええ!? ちょ、なんでいるんだ!!?」
俺の言葉に反応し、俺が瓦礫から降りると同時にツキノがタックル張りの抱擁(もちろん受け止めた)をしてきた。
それからやや遅れて、ブロッサムが混乱しながら月詠たちに叫ぶ。
「ブロッサム……いや、これには訳が「おー、ブロッサム! 初っ端からツッコミご苦労さん」……明鬼……」
「変わらないな……ってオイ、月詠! 刀をしまえ! 明鬼も笑うな!」
ブロッサムがセリフを遮られたことでキレた月詠を押さえ、それをケタケタ笑う明鬼にツッコミを入れる。
大変だなー……。いや、俺もツキノにぎゅうぎゅうと抱きしめられてんだけどさ。
「……月詠、ツキノ……」
「ちょっと……その人たち、知り合い……?」
と、ここで聞き覚えのない声が耳に入った。
向けば、明らかに困惑している表情の堕天使と天使。
「「……誰?」」
「あ。二人は来なかったから知らなかったね」
俺とブロッサムの声がシンクロした。
それを聞いたツキノがパッと離れ、ぐいぐいとセレスティア二人を引っ張ってくる。
「あのね。こっちの女の子がセティア。私の親友なの! で、男の子がスティア。私たちのパーティのリーダーなの」
「なるほど。……何と無く聞いておくが、この二人も双子か?」
「? うん」
「この二人も!?」
何と無く聞いた質問に頷くツキノ。それに即座につっこむブロッサム。
……意外といるんだな。双子って←
「スティア、セティア。この黒髪の子がアユミ。そっちのセレスティア君がブロッサム君。前にプリシアナ学院でお世話になった人なの!」
「プリシアナ……あ! 前に三人が言ってた、プリシアナッツの時の?」
「へぇ……月詠と明鬼が気に入るほど強くて面白い奴らって言う、あの?」
双子の天使が俺らを見て、どこか納得した表情になる。
……どんな噂になってんだか。いや、マジで。
「アユミ=イカリだ。よろしく」
「ブロッサム。……まあ、よろしくな」
「セティアよ。こちらこそよろしくね」
「リーダーのスティアだ。……ところで」
軽く挨拶した後、スティアが言いにくそうに俺らに視線を向けた。
俺、ブロッサム。そして瓦礫へと視線を向ける。
「……なんだ」
「いやー……なんでここに来たのかなー、って……」
「ゔっ……!」
「あー。それか。いや、単に宝石を採取して借金返さ「あーあーあー!!! 後半はない! 俺は違う! コイツだけだから!!」」
俺が説明しようとすると、ブロッサムが慌てて俺の口を塞ぎながら大声で掻き消した。
失礼な。単に真実を語ろうとしただけじゃないか←
「え……借金……?」
「気のせい! 気のせいです! そして俺は単に巻き込まれただけ!」
「何を言う。俺とおまえは運命共同体。もう一生離さねぇし。断るのダメ、絶対」
「都合の良い時だけ勝手に決めんな!!」
ひしっ! と腕に抱き着く俺にブロッサムが吠える。
ひどいな……俺は貴様を道連れ――もとい、運命を共にしたいと願ってるのに!←
「いやあ。相変わらずイチャイチャってるなあ」
「いいなあ。ブロッサム君、すごく愛されて」
「いや、違うと思う」
明らかに笑ってる明鬼と天然ボケのツキノに、月詠は冷静に(そして無表情で)ツッコミを入れた。
……変わらないなあ、おまえらも。
「え、何々? ツキノ、この二人って……」
「うん! 付き合ってるんだよ」
「ホント!? ってことはー……“私たちと仲間”!?」
「うん、そうなるね!」
「きゃあっ♪」
俺らとのやり取りと明鬼の発言に、ツキノとセティアが急に盛り上がり出した。
……って、仲間?
「……仲間って……何のだ?」
「おい、なんでこんなにはしゃいでるんだ……?」
俺とブロッサムはわからず、月詠とスティアに聞いてみる。
すると返ってきたのは、なぜか苦笑だった。
「……おい、明鬼。どういうことか、簡潔に説明しろ」
「いやあ、相変わらずの上から目線。さすがはアユミ姐さん。人間なのが惜しいくらい」
「いいから答えろ。どういうことだ」
にやにやと笑う明鬼に、胸倉掴んで言う。
「つまりな? “自分たち以外のヒューマンとセレスティアのカップル”と会えたことがうれしいんだよ、そこの女子」
「……え?」
「なんだと」
俺ら以外のヒュセレだと?
……ってことは……。
「おい、そこの男子」
「…………」
「すみません、聞かないでください」
「……顔を赤らめるということは肯定だな」
ああ……やっぱりな……。
可愛い反応して……わかりやすいな、コンチクショー←
「まあいいけど。……それより」
いつまでもここで話してる暇は無い。
俺らもここから出たいしな。
「おまえらはここがどこか知ってるか? ……というか、なんでここにいるんだ?」
真っ先に聞きたいこと。
ここがどこか。そして何故ここにいるか。
聞き出したいことが山積みだ。
「あー……それは、だな……」
「僕らはクエストで、とある物を探しにきたんだ。……けど、道に迷って……」
「みんなで道を探して……そしたら、アユミたちが天井から落ちてきたの」
「しかもすぐ隣よ。生き埋めになったらどうしてくれるのよ」
「上と下とフロアが違うんだからしかたないだろう」
いること自体知らなかったんだし。
というか道に迷ったってことは……。
「終わった……まだ出られないか……」
「勝手に終わるな! まだ出られないわけじゃないだろ!」
本気の力でべしっ! と叩かれた。
冗談だよ。本気で殴らなくてもいいじゃないか←
「いやいや。落ち着けよ、おまえら」
「うん。……あ、そうだ」
「月詠? どうした?」
ボソッと小さめの声で月詠がつぶやいた。
近くにいたスティアが真っ先に反応し、俺も何事か、と彼を見る。
「……アユミ、ブロッサム。僕らに協力してほしいんだが……」
「……え? 協力?」
月詠の言葉に、全員が目を丸くさせた。
ちなみに協力を求めたからじゃない。無口な月詠から協力を求めたことに驚いていた←
「ここは僕らだけじゃ危険……かと言って助けも借りられない。……アユミたちがいれば、かなり生存率が上がると思うんだが」
「あ。なるほど。たしかに、お兄ちゃんの言う通りかも」
「まあ冒険者としての観察眼やスキルに関しちゃ、完全にアユミが上だもんな。しかも校長と一戦やり合えるほどだし」
月詠の述べた理由に納得が言ったか、ツキノと明鬼はなるほど、と納得した。
しかし……まさか月詠にそこまで評価されるとは。
「へぇ……月詠がそこまで断言するなんて……ホントに信用されてんだな」
「ツキノも懐いてるわ、明鬼も砕けてるわ……この子、何者?」
セレスティアの双子も興味深そうに俺らを見る。
何者って言われても、なあ?
「そこは気にするな。……それより、協力……か」
視線をシャットアウトし、求められた協力の件を考える。
月詠の言う通り、目的を果たせても、出られなければ意味が無い。アンチワープゾーンによって転移魔法が封じられた今、頼れるのは足だけだ。
「悪くない話じゃないか? 俺らだけで出られるとは限らないし……月詠たちの探し物を手伝うがてら、出口探しの協力するのはいいアイデアだと思うぞ」
ブロッサムも俺の提案に賛成らしい。
いつものようにエスパー並の勘で俺の考えを当て、自分の考えを告げる。
「たしかにな。……じゃ、決まりか?」
「俺は構わない。むしろ二人きりだと、いざ暴走された時に止めきれない可能性が出るから嫌だ」
「冷たい男だね、君も」
まあいいけど。後でお仕置きすればいいし←
「わかった。月詠。俺たちはおまえらが良いなら協力する。俺らもここから出たいしな」
「そうか……スティア」
「うーん……月詠がそこまで言うならな……セティアもそれでいいか?」
「兄さんと月詠さんが言うなら構わないわ」
向こうも話は決まったらしい。
スティアが頷くと、俺とブロッサムの前に出る。
「じゃあ……ここを出るまで、よろしくな」
「OK。思う存分働いてやるよ」
スティアたちに頷き、証として握手する。
こうして、俺とブロッサムは彼らと同盟を組むことにしたのだった。
――――
「――“紺碧の水晶”?」
「ええ。それが探し物なの」
とりあえず進みながら、お互いの持つ情報を共有することにした。
俺らの目的はほとんど話したので、彼らの目的を聞いている。
「氷の魔力がたくさん詰まってる水晶なんだって。氷魔法の媒体に使用したいから採ってきてほしいってクエストなの」
「ふーん。ま、水晶や宝石ってのは、大地からのエネルギーが込められてるからな」
探し物――紺碧の水晶の話を聞き、納得する。
大地の中に眠る宝石たちは、魔力や質の高い物によっては杖の部品にされることが多い。
その大地に眠る魔力を取り込み、その中に秘めるのが多いからだ。
「まして水晶って位のレベルとなると……こりゃ、相当な値打ち物だろ」
「ああ。ルドベキア先生も、中々購入できないと言ってたし、出来ても25万前後は必要だと」
「高ッ!!!」
「ま、めったにお目にかかれない代物なんだ。採る方がまだコストが低いかもな」
見つかるか見つからないかは運次第みたいなものだ。
知識や情報があるなら、金がかからない分、まだ探しにいった方がいいかもな。
「……で。ここにその水晶が群生してるとでも?」
「らしいよ~? この洞窟、そこらの壁からでも水晶がゴロゴロ出るんだ。人が立ち寄りにくいところにあってもおかしくないぜ?」
なるほどな。たしかに、俺はその水晶をゴロゴロ採ってたし。
そもそもここは学園が公認したダンジョンじゃなく、ノイツェシュタイン王家が管理しているダンジョン。
生徒や学校はあまり触れないし、来るのは業者関係か。
……あ。ちなみに俺らは許可を取らず、こっそり侵入しちゃってるんですヨ♪←
「じゃあノイツェシュタイン王家から許可もらって入ったおまえらは、その水晶を手に入れられれば、ミッションコンプリートか」
「そ。ま、出口が見つからないとまずいんだけどさ」
俺の説明に頷くセティア。
水晶の群生か……取れれば魔術師や魔女とかに高値で売れるかな←
「ま、事情はわかったさ。……とりあえず目的は紺碧の水晶。そして出口だ。問題はフロアの大きさと場所だな」
「闇雲に動いても、迷子になるだけだしな」
そう。問題はそこだ。
何せどこまで続いているかわからない空間を、何の目印なしに歩くのはマズイ。
遭難するのは目に見えていた。
「しかもここら辺、ワープの罠もあるし……迂闊に歩けないの」
「ワープの罠、か」
道はほとんど防がれたってことか……。
何とかして魔力のある水晶のところに行きたいんだけどなあ……。
“魔力のある水晶”のところに。
「……ん?」
そこで気がついた。
「ブロッサム。ここから魔力がたくさん渦巻いているところってどこかわかるか?」
「魔力が?」
俺の問いかけに首をかしげるブロッサム。
俺ら(正確にはセティアたち)の探してる物は魔力入りの水晶だ。
つまり、何もわざわざ道を辿らずとも、魔力の反応を追えばいいだけの話なんだ。
「……そうだな。いろんな魔力がごちゃついているから、たまに邪魔が入るけど……」
「一番反応が強かったり、ごちゃついているところはどこかわかるか? 多分、そこに水晶があると思うぜ?」
「は? ……ああ。なるほど」
さすが愛しのブロッサム。
素晴らしい勘の持ち主だよ。ホントに。
「いろいろごちゃごちゃしてて、たまにわからなくなるけど……特にごちゃごちゃしてる箇所が一ヶ所だけ、ある」
「なら決まりだな。よし、そこへ行くぞ!」
「ちょ、ちょっと! 即決!?」
「おいおい……大丈夫なのかよ……?」
セレスティアの双子は心配か、俺らと月詠たちを交互に見ている。
が、月詠たちが俺らの後に続いたのを見て、彼らも俺らの後を追うのだった。
そんな人物に出会えることは、非常に幸せである。
――――
「……見ろ、ブロッサム。この美しい水晶の壁を。俺ら洞窟の探求者を待ち受けるのは落盤か怪物か……」
「誰が洞窟の探求者だよ……誰が冒険王だよ……」
意気揚々と壁から天然の水晶をツルハシで掘っている俺に、ブロッサムは呆れと怒りに震えながら叫んだ。
「ここがどこか……わかってんのか、おまえはぁああああああッ!!!!?」
辺りに響くブロッサムの叫び。
……俺らは今、とある洞窟のダンジョンで迷子になっていた←
「アユミ、わかってるのか!? 俺らはおまえの「金のために宝石を取って売る」なんて気まぐれな言葉からここに来て、ワープの罠にかかって妖精霊コンビとどっかに離れてからこんなことになってんだぞ!?」
「うん。そうだな」
「しかもこの洞窟、全フロアがアンチワープゾーンだし……このまま出口が見つからなかったら、どうするんだよおっ!!」
わっ、と膝を着いて嘆くブロッサム。
第三者にも俺らの現状をわかりやすく説明してくれて助かったわ←
「いいだろ? それに似合うだけの代価の水晶は掘ってるんだし。……とりあえず、先に進むか」
「……はあ……」
俺を止めきれないと理解したか、ブロッサムもため息をついて歩き出した。
よしよし……ちゃんと着いて来てくれてよかった←
――――
???Side
「……で、どうだ? みんな。見つかったか?」
洞窟の中、セレスティアの少年の声が響いた。
声はその先にいる三人に向けている。
「ううん。兄さん。全然見つからない。そっちは?」
「あー、オレらもだ。ここらに出口は見当たらない」
返事をしたのはセレスティアの少女。暗闇の中でも、白い翼がぼんやりと光る。
それに少年が頭を掻きながらため息をつく。
「下手をすると、ワープのトラップを踏んじゃいそうだし……お兄ちゃん、明鬼。どうしよう……」
「ツキノ……まあ不安になるのも無理はないか」
「テレポル禁止令を出してる洞窟だしなー。転移魔法が無理な以上、せいぜいはぐれないようにするしかないかも。な? 月詠」
「僕もそう思う。……不本意だけど」
ツキノと呼ばれた少女の声に、二人の人物が返事を返した。
一人は少女と同じ顔の、月詠と呼ばれた銀髪のヒューマンの少年。
もう一人は少年と同じ顔をした銀白色の髪の青年、明鬼。こちらは頭にディアボロスのような角がある。
「そうか。ま、そうそう上手い話はないってことか……」
「どうするの? 先生に頼まれた“例の物”も見つからないし……このまま出口が見つからず飢え死になんて嫌だからね。兄さん」
「わ、わかってるって!!」
キッと睨みつけた少女の目に、少年は一歩たじろぐ。
「大丈夫だって! 絶対にここから出られ――」
少年はそれでも少女に怒鳴り返す。
――ドゴォオオオンッ!!!
「「のわっ!?」」
「「きゃあっ!?」」
「……ッ!?」
……が、途中で大きな爆音に遮られた。彼らの近く――というか、すぐ隣で天井が崩れたからだ。
少年と明鬼は揺れにのけ反り、二人の少女は互いに引っ付き合い、月詠は揺れにふらつきながらも耐える。
「ななな……なんだ!!?」
「あー……落盤、かな? パラパラって、砂が落ちる音もあるし」
「ちょっと……なんでそんな物騒なことが起きるのよ。しかもすぐ隣で……」
「…………」
「……? お兄ちゃん?」
明鬼の冷静な分析に、少女はげんなりとした表情で頭を抱えた。
だが反対に、月詠は崩れた瓦礫へ顔を向けている。
「どーした、月詠。なんかあるのか?」
「……明鬼、ツキノ……」
「? なーに?」
「……アレ」
月詠ははっきりと驚いた表情のまま、瓦礫――のやや上方向――を指さした。
「……へっ?」
「あらあらー? 見覚えある子が二人いるんですケド」
そこへ全員が顔を向ける。
そして少し固まり、ツキノと明鬼が目を丸めた。
「……おい。ここはどこなんだ」
「知るか。爆薬の説明書を付けていなかった製作者に訴えろ」
「おまえ……ただの悪質なクレーマーだぞ。それは……」
瓦礫の上にいるのは、呑気に横たわりながらため息をつくヒューマンと、瓦礫などからそのヒューマンを背中で庇っているセレスティアの少年。
「どうしたんだよ、ブロッサム。ちょっと爆弾使って、壁どころか床を崩壊させたくらいでその態度。ガンガンツッコミを入れてくれないと、今に誰かに役割を取られるぞ」
「やかましい! だいたいこんなことになってんのも、全部おまえのせいだろうがあああ!!!」
「そういやそうだったねー。時々忘れてたわ」
瓦礫を退けながら叫ぶ少年の叫びに、ヒューマンの方はどこ吹く風と言わんばかりに気にしなかった。
それに少年はがくりと肩を落としながら、ぴくぴくと震え出す。
「だ、誰? この人たち……」
「なんでこの状況下で口喧嘩なんか……」
「アハハ……し、しかたない、かな……?」
「……二人らしい」
それを眺めるセレスティアの二人は、突然のことなのでぼーっとしてしまう。
そんな二人に対し、月詠とツキノ、明鬼は苦笑混じりの笑みを浮かべた。
「何せこの二人……天下無双な最強ヒュセレだしな!」
――――
アユミSide
「とりあえずどいてくれ、ブロッサム。おいしい状況だが、ここは埃っぽい」
「……ホントにぶれないな」
「まあね」
俺を馬乗りした状態で頭を抱えたブロッサム。
そろりと抜けだし、周りの状況を確認する。
「下のエリアか……さて、どうするかな」
また一から探索し直しだ。
うんざりする作業に、小さくため息をつく。
「……ん?」
その時だった。
……なんか視線を感じる。
殺気がないので、何と無くクルリと振り向く。
「……んにゃ?」
「「「あ」」」
その先にいたのは、見知らぬ白と黒のセレスティア二人。
そして面識ある銀と金のヒューマンの双子と銀白色の髪のモノノケ様。
「月詠に月命ことツキノ。それから明鬼じゃないか」
「う、うんっ。……えへへ……やっぱりアユミだっ♪」
「は……ええ!? ちょ、なんでいるんだ!!?」
俺の言葉に反応し、俺が瓦礫から降りると同時にツキノがタックル張りの抱擁(もちろん受け止めた)をしてきた。
それからやや遅れて、ブロッサムが混乱しながら月詠たちに叫ぶ。
「ブロッサム……いや、これには訳が「おー、ブロッサム! 初っ端からツッコミご苦労さん」……明鬼……」
「変わらないな……ってオイ、月詠! 刀をしまえ! 明鬼も笑うな!」
ブロッサムがセリフを遮られたことでキレた月詠を押さえ、それをケタケタ笑う明鬼にツッコミを入れる。
大変だなー……。いや、俺もツキノにぎゅうぎゅうと抱きしめられてんだけどさ。
「……月詠、ツキノ……」
「ちょっと……その人たち、知り合い……?」
と、ここで聞き覚えのない声が耳に入った。
向けば、明らかに困惑している表情の堕天使と天使。
「「……誰?」」
「あ。二人は来なかったから知らなかったね」
俺とブロッサムの声がシンクロした。
それを聞いたツキノがパッと離れ、ぐいぐいとセレスティア二人を引っ張ってくる。
「あのね。こっちの女の子がセティア。私の親友なの! で、男の子がスティア。私たちのパーティのリーダーなの」
「なるほど。……何と無く聞いておくが、この二人も双子か?」
「? うん」
「この二人も!?」
何と無く聞いた質問に頷くツキノ。それに即座につっこむブロッサム。
……意外といるんだな。双子って←
「スティア、セティア。この黒髪の子がアユミ。そっちのセレスティア君がブロッサム君。前にプリシアナ学院でお世話になった人なの!」
「プリシアナ……あ! 前に三人が言ってた、プリシアナッツの時の?」
「へぇ……月詠と明鬼が気に入るほど強くて面白い奴らって言う、あの?」
双子の天使が俺らを見て、どこか納得した表情になる。
……どんな噂になってんだか。いや、マジで。
「アユミ=イカリだ。よろしく」
「ブロッサム。……まあ、よろしくな」
「セティアよ。こちらこそよろしくね」
「リーダーのスティアだ。……ところで」
軽く挨拶した後、スティアが言いにくそうに俺らに視線を向けた。
俺、ブロッサム。そして瓦礫へと視線を向ける。
「……なんだ」
「いやー……なんでここに来たのかなー、って……」
「ゔっ……!」
「あー。それか。いや、単に宝石を採取して借金返さ「あーあーあー!!! 後半はない! 俺は違う! コイツだけだから!!」」
俺が説明しようとすると、ブロッサムが慌てて俺の口を塞ぎながら大声で掻き消した。
失礼な。単に真実を語ろうとしただけじゃないか←
「え……借金……?」
「気のせい! 気のせいです! そして俺は単に巻き込まれただけ!」
「何を言う。俺とおまえは運命共同体。もう一生離さねぇし。断るのダメ、絶対」
「都合の良い時だけ勝手に決めんな!!」
ひしっ! と腕に抱き着く俺にブロッサムが吠える。
ひどいな……俺は貴様を道連れ――もとい、運命を共にしたいと願ってるのに!←
「いやあ。相変わらずイチャイチャってるなあ」
「いいなあ。ブロッサム君、すごく愛されて」
「いや、違うと思う」
明らかに笑ってる明鬼と天然ボケのツキノに、月詠は冷静に(そして無表情で)ツッコミを入れた。
……変わらないなあ、おまえらも。
「え、何々? ツキノ、この二人って……」
「うん! 付き合ってるんだよ」
「ホント!? ってことはー……“私たちと仲間”!?」
「うん、そうなるね!」
「きゃあっ♪」
俺らとのやり取りと明鬼の発言に、ツキノとセティアが急に盛り上がり出した。
……って、仲間?
「……仲間って……何のだ?」
「おい、なんでこんなにはしゃいでるんだ……?」
俺とブロッサムはわからず、月詠とスティアに聞いてみる。
すると返ってきたのは、なぜか苦笑だった。
「……おい、明鬼。どういうことか、簡潔に説明しろ」
「いやあ、相変わらずの上から目線。さすがはアユミ姐さん。人間なのが惜しいくらい」
「いいから答えろ。どういうことだ」
にやにやと笑う明鬼に、胸倉掴んで言う。
「つまりな? “自分たち以外のヒューマンとセレスティアのカップル”と会えたことがうれしいんだよ、そこの女子」
「……え?」
「なんだと」
俺ら以外のヒュセレだと?
……ってことは……。
「おい、そこの男子」
「…………」
「すみません、聞かないでください」
「……顔を赤らめるということは肯定だな」
ああ……やっぱりな……。
可愛い反応して……わかりやすいな、コンチクショー←
「まあいいけど。……それより」
いつまでもここで話してる暇は無い。
俺らもここから出たいしな。
「おまえらはここがどこか知ってるか? ……というか、なんでここにいるんだ?」
真っ先に聞きたいこと。
ここがどこか。そして何故ここにいるか。
聞き出したいことが山積みだ。
「あー……それは、だな……」
「僕らはクエストで、とある物を探しにきたんだ。……けど、道に迷って……」
「みんなで道を探して……そしたら、アユミたちが天井から落ちてきたの」
「しかもすぐ隣よ。生き埋めになったらどうしてくれるのよ」
「上と下とフロアが違うんだからしかたないだろう」
いること自体知らなかったんだし。
というか道に迷ったってことは……。
「終わった……まだ出られないか……」
「勝手に終わるな! まだ出られないわけじゃないだろ!」
本気の力でべしっ! と叩かれた。
冗談だよ。本気で殴らなくてもいいじゃないか←
「いやいや。落ち着けよ、おまえら」
「うん。……あ、そうだ」
「月詠? どうした?」
ボソッと小さめの声で月詠がつぶやいた。
近くにいたスティアが真っ先に反応し、俺も何事か、と彼を見る。
「……アユミ、ブロッサム。僕らに協力してほしいんだが……」
「……え? 協力?」
月詠の言葉に、全員が目を丸くさせた。
ちなみに協力を求めたからじゃない。無口な月詠から協力を求めたことに驚いていた←
「ここは僕らだけじゃ危険……かと言って助けも借りられない。……アユミたちがいれば、かなり生存率が上がると思うんだが」
「あ。なるほど。たしかに、お兄ちゃんの言う通りかも」
「まあ冒険者としての観察眼やスキルに関しちゃ、完全にアユミが上だもんな。しかも校長と一戦やり合えるほどだし」
月詠の述べた理由に納得が言ったか、ツキノと明鬼はなるほど、と納得した。
しかし……まさか月詠にそこまで評価されるとは。
「へぇ……月詠がそこまで断言するなんて……ホントに信用されてんだな」
「ツキノも懐いてるわ、明鬼も砕けてるわ……この子、何者?」
セレスティアの双子も興味深そうに俺らを見る。
何者って言われても、なあ?
「そこは気にするな。……それより、協力……か」
視線をシャットアウトし、求められた協力の件を考える。
月詠の言う通り、目的を果たせても、出られなければ意味が無い。アンチワープゾーンによって転移魔法が封じられた今、頼れるのは足だけだ。
「悪くない話じゃないか? 俺らだけで出られるとは限らないし……月詠たちの探し物を手伝うがてら、出口探しの協力するのはいいアイデアだと思うぞ」
ブロッサムも俺の提案に賛成らしい。
いつものようにエスパー並の勘で俺の考えを当て、自分の考えを告げる。
「たしかにな。……じゃ、決まりか?」
「俺は構わない。むしろ二人きりだと、いざ暴走された時に止めきれない可能性が出るから嫌だ」
「冷たい男だね、君も」
まあいいけど。後でお仕置きすればいいし←
「わかった。月詠。俺たちはおまえらが良いなら協力する。俺らもここから出たいしな」
「そうか……スティア」
「うーん……月詠がそこまで言うならな……セティアもそれでいいか?」
「兄さんと月詠さんが言うなら構わないわ」
向こうも話は決まったらしい。
スティアが頷くと、俺とブロッサムの前に出る。
「じゃあ……ここを出るまで、よろしくな」
「OK。思う存分働いてやるよ」
スティアたちに頷き、証として握手する。
こうして、俺とブロッサムは彼らと同盟を組むことにしたのだった。
――――
「――“紺碧の水晶”?」
「ええ。それが探し物なの」
とりあえず進みながら、お互いの持つ情報を共有することにした。
俺らの目的はほとんど話したので、彼らの目的を聞いている。
「氷の魔力がたくさん詰まってる水晶なんだって。氷魔法の媒体に使用したいから採ってきてほしいってクエストなの」
「ふーん。ま、水晶や宝石ってのは、大地からのエネルギーが込められてるからな」
探し物――紺碧の水晶の話を聞き、納得する。
大地の中に眠る宝石たちは、魔力や質の高い物によっては杖の部品にされることが多い。
その大地に眠る魔力を取り込み、その中に秘めるのが多いからだ。
「まして水晶って位のレベルとなると……こりゃ、相当な値打ち物だろ」
「ああ。ルドベキア先生も、中々購入できないと言ってたし、出来ても25万前後は必要だと」
「高ッ!!!」
「ま、めったにお目にかかれない代物なんだ。採る方がまだコストが低いかもな」
見つかるか見つからないかは運次第みたいなものだ。
知識や情報があるなら、金がかからない分、まだ探しにいった方がいいかもな。
「……で。ここにその水晶が群生してるとでも?」
「らしいよ~? この洞窟、そこらの壁からでも水晶がゴロゴロ出るんだ。人が立ち寄りにくいところにあってもおかしくないぜ?」
なるほどな。たしかに、俺はその水晶をゴロゴロ採ってたし。
そもそもここは学園が公認したダンジョンじゃなく、ノイツェシュタイン王家が管理しているダンジョン。
生徒や学校はあまり触れないし、来るのは業者関係か。
……あ。ちなみに俺らは許可を取らず、こっそり侵入しちゃってるんですヨ♪←
「じゃあノイツェシュタイン王家から許可もらって入ったおまえらは、その水晶を手に入れられれば、ミッションコンプリートか」
「そ。ま、出口が見つからないとまずいんだけどさ」
俺の説明に頷くセティア。
水晶の群生か……取れれば魔術師や魔女とかに高値で売れるかな←
「ま、事情はわかったさ。……とりあえず目的は紺碧の水晶。そして出口だ。問題はフロアの大きさと場所だな」
「闇雲に動いても、迷子になるだけだしな」
そう。問題はそこだ。
何せどこまで続いているかわからない空間を、何の目印なしに歩くのはマズイ。
遭難するのは目に見えていた。
「しかもここら辺、ワープの罠もあるし……迂闊に歩けないの」
「ワープの罠、か」
道はほとんど防がれたってことか……。
何とかして魔力のある水晶のところに行きたいんだけどなあ……。
“魔力のある水晶”のところに。
「……ん?」
そこで気がついた。
「ブロッサム。ここから魔力がたくさん渦巻いているところってどこかわかるか?」
「魔力が?」
俺の問いかけに首をかしげるブロッサム。
俺ら(正確にはセティアたち)の探してる物は魔力入りの水晶だ。
つまり、何もわざわざ道を辿らずとも、魔力の反応を追えばいいだけの話なんだ。
「……そうだな。いろんな魔力がごちゃついているから、たまに邪魔が入るけど……」
「一番反応が強かったり、ごちゃついているところはどこかわかるか? 多分、そこに水晶があると思うぜ?」
「は? ……ああ。なるほど」
さすが愛しのブロッサム。
素晴らしい勘の持ち主だよ。ホントに。
「いろいろごちゃごちゃしてて、たまにわからなくなるけど……特にごちゃごちゃしてる箇所が一ヶ所だけ、ある」
「なら決まりだな。よし、そこへ行くぞ!」
「ちょ、ちょっと! 即決!?」
「おいおい……大丈夫なのかよ……?」
セレスティアの双子は心配か、俺らと月詠たちを交互に見ている。
が、月詠たちが俺らの後に続いたのを見て、彼らも俺らの後を追うのだった。