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キミとの思い出

 誰もが憧れ、誰もが羨む人。

 そして、俺の大切な、親友。

 ――――

「えっと……錬金の素材に、回復物資に……」

 俺はリンツェ。
 現在、始原の学園・遺跡に持っていくため、必要な物資を揃える。
 何せボロボロですから……修復にも、それなりに大変なんです……。

「ふぅ……こんなもの、かな」

 荷物を分け、荷台に乗せていく。
 結構重労働ですけど……まあ、行き来は魔法だから大丈夫ですし……。

「ふぅ……あれ?」

 荷物を乗せていく中、キラッと光る何かが見えた。

「……なんだろう?」

 手を伸ばして取ってみる。
 キラキラと光ったのは……透明なガラス玉だった。

「誰か、落としたのかな?」

 初等部の子とかかな。
 キラキラと、中で虹色に光るガラス玉を見つめながらそう考える。

(虹色……ガラス玉……)

 ペンダントヘッドに入れてある“石”に触れる。
『天空の破片』と呼ばれるレアアイテムで、“彼”が俺にくれたものだ。

(……ううん、違う)

 渡されていた……って言った方が正しい、のかな……。

 ――――

 幼い頃から俺は一人だった。
 しゃべることが苦手で、意志もはっきりと伝えられなくて。

(好きでこんな性格に生まれたわけじゃないのに……)

 今日もまた、話が聞こえていた。
 内容は友達との会話。……もしくは、俺をからかう声。
 なんで。どうして俺だけがからかわれるのだろう。
 ……俺は、ずっと一人、なのかな……。

 ――――

「……では皆さん。各自無理せず、学園から離れないようダンジョンを回ってください」

 13歳のある日のことだった。
 堕天使のカーチャ先生の下、ダンジョン――『暗き旅路の森』に入った。
 6歳から12歳までの初等部生徒は、経験不足と年齢制限からダンジョンには入れない決まりがある。
 俺や他の生徒は初等部から中等部に上がったばかりだったため、実際今日が初めてだった。

「ねぇねぇ、一緒に行こっ!」

「おっ! モンスターが飛んでるぜ!」

「おーい、待ってくれって!」

 各自友達と楽しく回って(今日は結界を張ってあるため、モンスターは襲って来ない……入口付近だけ)いる。
 俺は……もちろん一人だった。

「…………」

 ぼんやりとダンジョンを見て回る。
 べつに一人ならまだいい。
 寂しくない……と言ったら嘘になるけど。でも変なこと言われるより、ずっとマシだった。

「……はあ」

 小さくため息をつく。
 ……と、ガサッと近くの茂みが音を発てた。
 ビクッ! と、反射的に振り返れば、小さめの紫の鳥のような獣が結界にぶつかっていた。

「あ……クッカー、かあ……」

 ドラッケン地方では最低ランクのモンスターだ。初心者の練習相手として最適なほどだから。
 そんなクッカーは結界の外、何度も俺を目掛けて体当たりをしてくる。そしてその度に結界に激突する。

「え、えっと……」

 どうしよう……なんか、かわいそうになってきた。
 恐る恐るクッカーに近づいて、そっと追い返そうと魔力を練り上げる。

「おいで……獣の……、あっ、うわっ!?」

 いざ、死霊魔法を使おうとした瞬間、ドンッ! と背中を押された。
 魔力を練るのに夢中で気づかなかった俺は、呆気なく倒れてしまう。

「いたた……っ」

「キシャアアアッ!!」

 クッカーの鳴き声がすぐ近くから聞こえてきた。
 本能的に転がれば、バクッ! とクッカーが空気を噛む音が耳に入る。

「……ッ!」

 地面を転がりながら起き上がると、クッカーが俺を睨んでるのが目に映る。

「クェエエエーーーッ!!!」

 獣特有の、補食者の目。
 クッカーが唾液を垂らしながら、俺を狙って突撃してきた。

「――はあッ!!」

 反射的に避け、背中にあったロングソードで斬り込んだ。
 ダガーより強い剣なので、クッカーを呆気なく斬ることができた。

「はあ……はあ……」

 こ、怖かった……っ。
 両手で剣を握りながら、バクバクと鳴っている心臓を押さえる。

「もう、大丈夫かな……?」

 キョロキョロと辺りを見回しながらつぶやく。
 と、クスクス、と笑い声が聞こえてきた。
 ビクッ、と。さっきとは違う意味で震え上がる。

「だっ、誰……っ?」

「俺だよ、俺」

 背後を見れば、見慣れたバハムーンの男子がいた。
 後ろには堕天使のセレスティア、俺と同じディアボロスの子もいる。
 ……全員、俺をからかいの対象にしている男子たちだった。

「リンツェ、ずいぶん手慣れた動きしてんじゃん? ノーダメージで倒すなんてよ」

「……っ。さっき俺を突き飛ばしたのも、まさか……」

「はあ? なに人のせいにしてんだよ」

「先に結界出たのはリンツェだろうが」

「おまえら、そんなに言うなって。しょうがないだろ?」

 リーダー格のバハムーンの子が、にやにやと嫌な笑顔で俺を見る。

「所詮王家のお坊ちゃまには、俺ら庶民様のことなんざどうでもいいんだよ。なあ? リンツェ……いや『リンツァートルテ=ノイツェシュタイン』君?」

「ッ!!!」

 にやにやと……俺の“本名”を口にされた。
 言われた俺はガタガタと震えてくる。

「あー、でも捨てられちゃったから王子様じゃないか。半分は庶民様だもんな~」

「妹の方も傍若無人だしなー」

「ノイツェシュタインも終わりだねぇ」

『アハハハハハッ!!!』

 笑い声が耳を通り過ぎていく。
 悔しいけど、同時にすごく悲しくて、何も言い返せなかった。

(なんで……っ)

 なんで、こんな目に遭うんだろう……。
 先程の『リンツァートルテ』という名前は、俺の本当の名前。正真正銘、ノイツェシュタイン王家の人間だ。……半分は。
 なぜなら母親は一端の貴族。たまたま屋敷にいたノイツェシュタイン国王が一目惚れ故に逢瀬を交わし、それで産まれたのが俺なんだ。

(だからって……)

 ちゃんと二人は愛しあってた。なのにみんなは、それをネタに俺をからかう。
 どうして、認めてくれないの?

「……っ」

 何か言い返そうにもどう言えばいいか、頭もパニックになってるからわからなかった。
 彼らに……自分自身に悔しくて涙が出そうだった。

「う……う……っ」

 我慢できず、泣き叫びたくなりそうな、その時だった。

「……ゥゥゥ……」

 風に乗って、と獣の咆哮が耳に入ってきた。
 ちょっと顔を上げれば、三人も困惑した様子で顔を見合わせている。

(今の咆哮……)

 キョロキョロと辺り見回す。
 ……すると、ガサガサと気配が急速に近づいてきた。

「グゥオオオッ!!!」

「ッ!!!」

 とっさに後ろに転がった。
 同時に、巨大な何かが、俺のいた場所に突撃してくる。

「グルルル……ッ!!!」

「……き、鬼面獣……っ!」

 ドラッケン学園に入学したばかりの生徒に、クエストの対象にされているモンスターだ。
 だから、周りの雑魚よりずっと強い。

「う、うわぁあああッ!!!」

「ぼ、ボスモンスターだ!!」

「ちょ……俺を置いていくなよ!!」

 三人は鬼面獣を見てすぐさま結界の方へ引き返した。
 それを鬼面獣は突進して追いかける。

「あ……っ!」

 三人が結界の中に入り、鬼面獣が結界に激突した。
 勢いがすごく、その衝撃で左右の木々が道を塞いでしまった。

「ど、どうしよう……っ」

 み、道が塞がれちゃった……コレじゃ、戻れないよ……っ。

「グルルル……ッ!!!」

「ひ……っ!」

 鬼面獣が俺の方へ振り向いた。
 三人がいないから、明らかに俺を食べようと狙っている。

「や……やだ……ッ!!!」

 立ち上がり、すぐに細くて狭い道へ逃げ込んだ。
 鬼面獣は結構大きなモンスターだから、狭い道までは通れない、はず。

「グゥ!?」

 あ……やっぱり……。
 体格のせいで狭い道に突っ掛かってる。

「い、今のうちに……っ」

 茂みの枝や、見えづらいせいで岩壁にぶつかって痛いけど気にしなかった。
 だって、鬼面獣に襲われる方が怖かったから。
 とにかく、今の俺は逃げることしかできなかった。

 ――――

「はあ……はあ……」

 何とか隣のエリアに逃げ込み、荒い呼吸を調える。
 緩やかに川が流れる音を聞きながら、鬼面獣がいないことに安堵する。

(どうしよう……っ)

 けど、それも時間の問題で。
 そうでなくても、俺は結界から出て(これは三人のせいだけど……)しまって、先生の言うことを破ってしまっている。
 死ぬのも嫌だけど……帰るのも怖い。……きっと怒られる。

「……うぇ……ひっく……」

 マイナスな結果しか頭に浮かばず、ボロボロと涙が零れる。
 どうして、俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだろう……。
 俺はただ、静かに過ごしたいだけなのに……。

「えっく……うぇぇぇ……」

 その場に座り込み、みっともなくボロボロと泣き続けた。
 周りに誰もいないことだけが救いだった……かも。

 ……カサッ。

 草木が擦れて音がした。
 風で揺れたかな……、泣きながらぼんやりと見れば、ドラッケン学園指定の靴が目に映った。

「「……え……?」」

 顔を見上げれば、目の前の人と同時につぶやきが重なった。

(……だ、れ……?)

 目の前にいるのは、俺と同い年くらいのヒューマンの男子。
 綺麗な銀髪に紫水晶(アメジスト)のような瞳。整った顔立ちで、男の俺でもカッコイイと思えるほどだった。

「あ、の……えっと……」

「えっと……大丈夫、か? 擦り傷だらけだが、どこか痛いのか?」

 困惑しながらも、その人は俺に手を差し延べてくれた。さらに回復魔法もかけてくれる。
 俺に、優しくしてくれてる?

「……ふ」

「……? おい……」

「ふ――ふえぇぇぇん……!」

「なっ!!?」

 寂しさや不安が暴走しているせいか、彼の優しさがとてもうれしかった。
 パニック状態の頭だから、その優しさだけで涙が溢れ出してくる。

「ふぇぇぇ……っ。ひっく……ひっく……」

「ま、待つんだ! なんでいきなり号泣するんだ!?」

 彼は焦りまくっているけど、我慢できない俺は止めることができなかった。

「……とりあえず泣き止んでくれ。目が腫れるぞ」

「ぐすっ……は、はい……」

 ハンカチで優しく目元を拭いてくれた。
 それから手を掴んで立たせてくれる。

「ここでは落ち着いて話ができないな。おまえもドラッケンの生徒だろう。一旦学園に帰ろう」

 そう言って彼は俺が来た方向へと向かおうとする。

「あ……そ、そっちは……」

「なんだ? こっちの方が早いんだが」

「ち、違っ……き、鬼面獣が……」

「鬼面獣くらい倒せる」

「じ、じゃなくって……み、道を塞がれて……」

 首を傾げる彼に、何とか必死に伝える。……伝わったか否かはともかく。

「……通れないのか?」

「は、はい……」

「…………」

 紫水晶の瞳が鋭くなる。
 ……うっ……こ、怖い……っ。

「……多少遠回りになるが、もう一つの道から戻ろう」

「え……はい……」

「何があったかは歩きながら聞く。……えっと……」

 彼に手を引かれ、ふと、何故か言い淀んだ。
 ……なんで?←

「……おい」

「は、はい……っ!」

「そんなに怯えるな。……名前は?」

「……え?」

 言われたことが一瞬認識できず、何回か瞬きをする。
 すると彼が小さくため息をついた。

「名前を聞いてるんだ。知らないと不便だろう」

「あ……そ、そっか……」

 それを聞いて納得し、先程よりいくらか落ち着いた心で彼に名乗った。

「お、俺は……リンツェ」

「リンツェか。僕はエデン」

「う、うん。あの……よ、よろしく、お願いします……」

 ペコリ、と小さく頭を下げる。
 ふっ、と彼――エデンが小さく微笑んだ。

「帰ろう。厄介なのが来る前に」

「は……はい……」

 ――――

「……シャイガン!」

 エデン君の光魔法が敵を薙ぎ払った。
 大勢いた敵も、あっという間に倒されていく。

(すごいなあ……)

 じっとエデン君を見ながら、何度もそう思った。
 エデン君は俺と同い年だけど、実力が認められて、すでに高等部に飛び級で入っていた。
 剣も魔法も優秀で、そのうえ学科は上級学科のセイント。
 ……俺とは違いすぎる。

「ふぅ……リンツェ、大丈夫か?」

「ふぇっ? あ、は、はい……」

 話しかけられ、慌てて返事を返した。
 ……そしたら何故かため息をつかれた。

「あ、あの……?」

「リンツェ……そんなに畏縮しなくても、僕は何もしない」

「え……ぅ……?」

「肩の力を抜け。もう少し気を楽にしろ」

 言われて……かなり驚いてしまった。
 ……そんなこと言われたの、初めてだから。

「なんで……」

「わかったか? おまえの態度を見ればわかる。……そんなに僕が怖いか?」

 言われて、頭を横に振った。
 助けてくれたからかな……エデン君は怖くない。

「……そうか」

 エデン君が小さく笑う。
 あぅぅ……カッコ良すぎだよぅ……っ。

「学校まで後少しだ。行こう」

「は、はいっ」

 ――――

 エデン君と一緒に学校へ向かおうと歩いていく。
 ……けど、最後の最後で、難関が……。

「フシュルルル……」

 白いイタチのような魔物……キリサキロンドが群れで立ち塞がっていた。
 ……ザッと、15匹……?

「え、エデン君……っ」

「下がってろ、リンツェ。これくらい一人で十分だ」

 剣を構えたエデン君が、俺を後ろに下がらせた。
 邪魔したらいけないので、おとなしく後ろに下がる。

「――はぁ!!」

 颯爽とエデン君がモンスターに斬りかかった。
 一人で大丈夫かな……と、思ったけど、さすが飛び級の人。
 攻撃を受けずにモンスターを倒していく。

(ホントにすごいなぁ……)

 なんであんなにすごいんだろう……。俺とは大違いだ。
 剣も魔法もすごくて、一人でも冷静に立ち回れて。
 俺もああなりたいなあ……一生かかっても無理だけど←

「ふぅ……こんなもんか」

 たいして時間もかけず、エデン君はモンスターたちを倒してしまった。
 エデン君もまだ余裕そうだ。

「わあ……すごいなあ……」

 思わずぼーっと見つめてしまう。
 同性なのにカッコイイ……。

「あの、エデン君――」

 声をかけようとして……けど、奥からあれの気配を感じた。

「……!!」

 エデン君は気づいていない。多分遠くにいるからだろうけど。
 でも俺らの気配を感じたか、急速にこっちに近づいている。

「危ない!!」

「……!!?」

 とっさに剣を構え、エデン君を横に突き飛ばした。
 そして、気配は目の前までに近づいた。

「グゥオオオオオオッ!!!」

「……ッ」

 咆哮を上げて、茂みから鬼面獣が飛び出してきた。
 俺が一旦逃げ出したせいか、さっきより凶暴な気がする。

「リンツェ!!」

「――ぅ」

 エデン君の叫びが辺りに鳴り響いた気がする。
 けど鬼面獣と対峙し、剣を構えた俺にはわからなかった。

「う――うわぁああああああッ!!!」

 自分を食べようと突撃する鬼面獣に向かい、恐怖に叫びながらも思いきり剣を振り下ろした。

 ズシャア……ッ!!!

「はあ……っ、はあ……っ」

 大きく見開いた目で、地面に減り込んだ剣の切っ先を見つめる。
 わずかに紅に濡れた、剣の切っ先を。

「…………っ。……あ……、え……っ?」

 ぺたっ、と地面に座り込む。
 何が起きたか、自分は何をしたか。それすらも理解できなくて。

「リンツェ!」

 エデン君が駆け寄ってきた。
 呆然となる俺の肩を掴んで揺さ振ってくる。

「リンツェ、大丈夫か?」

「え……う、うん。平気――」

 顔を覗き込んできたエデン君を横目で見る。
 と、同時にその奥にある紅いモノに目に映る。

「――ぁ」

「……リンツェ?」

 真っ二つに斬られた鬼面獣。
 斬られたところから血が溢れ、地面を真っ赤に染めている。
 ――俺が、斬ったから。

「あ――あ、ああ……ッ!!!」

 剣を握る手が震え出す。
 血飛沫の色と鉄の臭いが混ざり合って、それが鼻に着く。
 嘘みたいな現実を、それがこれが現状だ、と認識させられる。

「ああああああああああああッ!!!!!」

「リンツェ! リンツェ……ッ!!!」

 エデン君の銀髪と、狂った俺の悲鳴。
 何もわからなくなって、そこから意識がブツリと途切れてしまった。
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