私の願い事はただ一つ
もし願いが叶うとしたら……。
少しで構いません。
――あの人との時間を下さい。
――――
「ふぅ……こんなところでしょうか」
図書委員の書類をまとめ終わり、背筋を大きく伸ばした。
さすがに11時まで起きているのは堪えますね……。
「そろそろ寝ましょうか……」
明日もありますし……。
そう思って、明かりに手を伸ばした時だった。
コンコン。
「…………」
ドアがノックされた。
……こんな時間にやってくる人物は……私が知る限り、ただ一人。
ガチャ。
「やあ、リージー。こんばんは」
「……アユミさん。今何時だと思っているんですか」
ドアを開けると、そこには見慣れた少女――アユミさんがいた。
いつものようにへらへらと笑っている。
「いいじゃん、べつによー」
「……まあ、構いませんが」
反省する気は無いらしい。
そんな彼女に呆れつつも部屋に招き入れる。
……私も相当甘いですよね。
「……それで? いったい何の用です? くだらない用件でしたら叩き出しますよ」
「違うって。俺からして見れば重要なことだって」
あなたの重要なことはたいていくだらない用件でしょう。
そんなことを頭に浮かべながらも、「なんですか」とたずねる。
「ん。コレ」
不意ににこりと笑いかけられ、不覚にも心臓がドクリと鳴った。
そんなことは知らず、目の前の少女は手に持つ何かを目の前に突き付けた。
「……笹?」
「妹から届いたんだ。今日は七夕だからって」
「七夕……ああ。タカチホの行事の一つの?」
前に読んだ本に書かれていたことを思い出してつぶやく。
「そうそう。……ま、本場に比べたらめっちゃ小さいけどね」
「はあ……で、これが何を――」
笹を指さしてたずねれば、「決まってるだろ?」とにこにこと笑い続ける。
「七夕だからさ。一緒に願い事しようぜ」
「……はい?」
……思わず目が点になった。
願い事って……そんな、子供っぽいこと……。
「リージー。今、子供っぽいとか思っただろ」
何故わかったんですか←
……たまにこの人はわけがわからない。
「いいじゃないか。子供っぽくても。俺、リージーと願い事したいんだし」
「……っ。しかたないですね」
「やった! 話がわかるね♪」
ぐっと拳を握り、うれしそうに笑うアユミさん。
そんな顔されたら、嫌だなんて言えませんよ……っ。
「そうと決まれば短冊に書くか。用意してきたんだ。ほら」
「用意周到ですね」
「ん。だってちゃんとやってくれること前提だし」
「私が拒否する可能性は」
「無い。やってくれるって思ってるし」
「…………」
即答された。……信頼し過ぎでしょう。それは。
……いえ。べつに、うれしくないわけではありませんが。
「……この紙に願い事を書けばいいのですか?」
「ああ。そんで、この笹にくくり付ければOKだ」
元・タカチホ義塾生のアユミさんがサラっと答えた。
楽しげな表情を横目で見つつ、願い事とやらを考える。
(……しかし)
突然で急に言われても、願い事なんて思い浮かばない。
……いったい、何を書けばいいのだろうか。
「…………」
ちらりと隣にいるアユミさんを見る。
頬杖を付き、ペンを指先で回しているが、メモに何かを記入している辺り、無いわけでは無いらしい。
(まあ……煩悩や強欲の固まりみたいな人ですし……)
願い事(という名の欲望)の一つや二つや三つ……やめましょう。アユミさんに限ってはキリが無い。
(それより、何を書こうか……
せっかく用意してくれたんです。何も書かないのも失礼でしょう。
……まして、アユミさんが用意してくれたのに……。
「……っ!」
……い、今、何を考えたんですか、私は……っ。
べつに、アユミさんが用意してくれたからとか、アユミさんが頼んできたからとかじゃなくって、ただ、その……。
……って、私は誰に言い訳しているんですか……←
「……ん。決めた。やっぱこれ以外無い」
隣から声がした。
見れば決まったらしく、アユミさんが短冊に書きはじめた。
「早いですね」
「ん? そうでも無いぞ。あーだこーだ悩んで、数ある煩悩から一番欲しい望みを書いたんだし」
……それはつまり、短冊一枚で収まりきれないほど願望がある、と?
どこまで強欲なんですか、この人は。
「くくって……ん。OKだ」
花瓶に挿した笹に、短冊を紐でくくりつけた。
笹より明るい黄緑の紙がクルクルと回っている。
「……リージーは? 何か無いのか?」
「え? ……あ……突然だったので、まだ何も……」
「…………。まあ……リージーってやること多いからな。願い事している暇もあんまり無い……か?」
白紙の紙をじっと見つめた。かと思うと私から離れ、ソファに盛大に座り込んだ。
……私から顔を背けて。
「……アユミさん?」
「ん? あー、いいよ。気にせずのんびり書きなって。……べつに今日じゃなくてもいいから」
ひらひらと手を振って。でもやっぱり私を見ずにいて。
「…………」
私は知っている。
私の顔を見ないのは何かを隠しているから。何かをごまかしているから。
あの人が、何か気づいてほしい時につく嘘の癖。
(私にどうしろと……)
突発的なのか計画的なのか。イマイチ理解しにくい行動を取る。
だからたまにわからなくなる。
……アユミさんが、何を望んでいるのか。
(……そういや、アユミさんの願い事って……)
望みと言えば、アユミさんの願い事って何なのだろう。
一番の願い、とは言ってたが……。
(……気になる)
アユミさんの一番の願い。純粋に、ただ気になった。
アユミさんがこちらを見ていないのをいいことに、短冊を見た。
「――――」
そこに書かれた短い文面を見て――思わず目が丸くなった。
何度も食い入るように読み直して、その度に頬が熱くなっていくのを感じる。
「リージー。願い事、何か出てき――あ」
「~~~……っ!!」
私が一向に終わらないのが気になったか、こちらを振り向いたらしい。
……が、私のしていることを見て、彼女も目を丸くさせた。
「リージー……」
「これは違っ……いえ、それよりもっ。この願い事って……」
「いや……見ての通りだけど」
頬を指先で掻きながら、短冊に指をさす。
「『フリージアを幸せにしてほしい』。……幸福なのは、義務ですよ?」
「何の義務ですか……というか、わ、私のことじゃないですかっ……自分の願い事は……」
「それが一番の願い事なんだし。だからいいの」
いつもの笑みを浮かべ、ようやくこっちに振り向いた。
「リージーが大切なんだ。だからいれたらいい。けど何より幸福与えたいし」
「だからいい」と笑顔を深めた。
「……っ。な、な、な……」
な……なんでそんなことをサラっと言えるんですか!!
は、恥ずかしいと思わないんですか……?
「あ、あなたという人は……」
「これが俺だって知ってる癖に」
「ぐ……っ」
……否定できない。
開き直った人間ほど、手強い者はいない。
「俺にとっちゃ、リージーが一番だからさ。俺の願い事はコレでいーんだよ」
「…………」
嘘偽りの無い笑みで言い切る。
どこまでも他人を……私だけを思った願い。
(……うれしい……)
嬉しすぎる。
一番だと言われて、特別だと思われて。……何とも思わないはずがない。
「リージー。顔が真っ赤」
「……わかってます」
指摘しないでください。
なんか……変な事口走ってしまいそうですので。
「かーわいー♪ ……で、リージー。おまえの願い事は?」
「…………。もうわかってるでしょう?」
面白がるように顔を覗き込んでくる。
……相変わらず意地悪な人だ。あんなこと書かれたら、私が書くことなんて予想して……いや、わかりきってるに決まってる。
「……これでどうです?」
「いいよ。……うれしいなあ、やっぱ」
「黙りなさい」
くくりつけた短冊を見るや、上機嫌で擦り寄ってきた。
他人の体温で安心感を求める、アユミさんの無意識な行動。
「ん……すっごくうれしい」
「…………」
どうしてこの人はこうも素直に、それもうれしそうな顔で甘えてくるんですか。
……離れろなんて、言えないじゃないですか。
「……アユミさん」
「んー? なに……」
そろりと顔を覗かせたアユミさんに、思いきり顔を近づけた。
目を固く閉じてたから顔は見ていないが、アユミさんが驚いたのはわかった。
「押し付けただけだけど……今の、キ……」
「言わないでください! というか黙っててください!」
「……やーだねっ」
「うわっ!?」
満面の笑みで力強く抱き着かれる。
……絶対わかってますね。なにもかもわかってますね。
……衝動的にした、なんて。
「リージー、可愛い♪」
「う、うるさいです……っ。可愛い言わないでください!」
どこまでもからかってくるアユミさん。
……けど、そんな彼女の傍が、とても居心地良くて……。
私の願いはただ一つ
――――
(短冊に書いた私の願い)
(『アユミさんの隣にいること』)
少しで構いません。
――あの人との時間を下さい。
――――
「ふぅ……こんなところでしょうか」
図書委員の書類をまとめ終わり、背筋を大きく伸ばした。
さすがに11時まで起きているのは堪えますね……。
「そろそろ寝ましょうか……」
明日もありますし……。
そう思って、明かりに手を伸ばした時だった。
コンコン。
「…………」
ドアがノックされた。
……こんな時間にやってくる人物は……私が知る限り、ただ一人。
ガチャ。
「やあ、リージー。こんばんは」
「……アユミさん。今何時だと思っているんですか」
ドアを開けると、そこには見慣れた少女――アユミさんがいた。
いつものようにへらへらと笑っている。
「いいじゃん、べつによー」
「……まあ、構いませんが」
反省する気は無いらしい。
そんな彼女に呆れつつも部屋に招き入れる。
……私も相当甘いですよね。
「……それで? いったい何の用です? くだらない用件でしたら叩き出しますよ」
「違うって。俺からして見れば重要なことだって」
あなたの重要なことはたいていくだらない用件でしょう。
そんなことを頭に浮かべながらも、「なんですか」とたずねる。
「ん。コレ」
不意ににこりと笑いかけられ、不覚にも心臓がドクリと鳴った。
そんなことは知らず、目の前の少女は手に持つ何かを目の前に突き付けた。
「……笹?」
「妹から届いたんだ。今日は七夕だからって」
「七夕……ああ。タカチホの行事の一つの?」
前に読んだ本に書かれていたことを思い出してつぶやく。
「そうそう。……ま、本場に比べたらめっちゃ小さいけどね」
「はあ……で、これが何を――」
笹を指さしてたずねれば、「決まってるだろ?」とにこにこと笑い続ける。
「七夕だからさ。一緒に願い事しようぜ」
「……はい?」
……思わず目が点になった。
願い事って……そんな、子供っぽいこと……。
「リージー。今、子供っぽいとか思っただろ」
何故わかったんですか←
……たまにこの人はわけがわからない。
「いいじゃないか。子供っぽくても。俺、リージーと願い事したいんだし」
「……っ。しかたないですね」
「やった! 話がわかるね♪」
ぐっと拳を握り、うれしそうに笑うアユミさん。
そんな顔されたら、嫌だなんて言えませんよ……っ。
「そうと決まれば短冊に書くか。用意してきたんだ。ほら」
「用意周到ですね」
「ん。だってちゃんとやってくれること前提だし」
「私が拒否する可能性は」
「無い。やってくれるって思ってるし」
「…………」
即答された。……信頼し過ぎでしょう。それは。
……いえ。べつに、うれしくないわけではありませんが。
「……この紙に願い事を書けばいいのですか?」
「ああ。そんで、この笹にくくり付ければOKだ」
元・タカチホ義塾生のアユミさんがサラっと答えた。
楽しげな表情を横目で見つつ、願い事とやらを考える。
(……しかし)
突然で急に言われても、願い事なんて思い浮かばない。
……いったい、何を書けばいいのだろうか。
「…………」
ちらりと隣にいるアユミさんを見る。
頬杖を付き、ペンを指先で回しているが、メモに何かを記入している辺り、無いわけでは無いらしい。
(まあ……煩悩や強欲の固まりみたいな人ですし……)
願い事(という名の欲望)の一つや二つや三つ……やめましょう。アユミさんに限ってはキリが無い。
(それより、何を書こうか……
せっかく用意してくれたんです。何も書かないのも失礼でしょう。
……まして、アユミさんが用意してくれたのに……。
「……っ!」
……い、今、何を考えたんですか、私は……っ。
べつに、アユミさんが用意してくれたからとか、アユミさんが頼んできたからとかじゃなくって、ただ、その……。
……って、私は誰に言い訳しているんですか……←
「……ん。決めた。やっぱこれ以外無い」
隣から声がした。
見れば決まったらしく、アユミさんが短冊に書きはじめた。
「早いですね」
「ん? そうでも無いぞ。あーだこーだ悩んで、数ある煩悩から一番欲しい望みを書いたんだし」
……それはつまり、短冊一枚で収まりきれないほど願望がある、と?
どこまで強欲なんですか、この人は。
「くくって……ん。OKだ」
花瓶に挿した笹に、短冊を紐でくくりつけた。
笹より明るい黄緑の紙がクルクルと回っている。
「……リージーは? 何か無いのか?」
「え? ……あ……突然だったので、まだ何も……」
「…………。まあ……リージーってやること多いからな。願い事している暇もあんまり無い……か?」
白紙の紙をじっと見つめた。かと思うと私から離れ、ソファに盛大に座り込んだ。
……私から顔を背けて。
「……アユミさん?」
「ん? あー、いいよ。気にせずのんびり書きなって。……べつに今日じゃなくてもいいから」
ひらひらと手を振って。でもやっぱり私を見ずにいて。
「…………」
私は知っている。
私の顔を見ないのは何かを隠しているから。何かをごまかしているから。
あの人が、何か気づいてほしい時につく嘘の癖。
(私にどうしろと……)
突発的なのか計画的なのか。イマイチ理解しにくい行動を取る。
だからたまにわからなくなる。
……アユミさんが、何を望んでいるのか。
(……そういや、アユミさんの願い事って……)
望みと言えば、アユミさんの願い事って何なのだろう。
一番の願い、とは言ってたが……。
(……気になる)
アユミさんの一番の願い。純粋に、ただ気になった。
アユミさんがこちらを見ていないのをいいことに、短冊を見た。
「――――」
そこに書かれた短い文面を見て――思わず目が丸くなった。
何度も食い入るように読み直して、その度に頬が熱くなっていくのを感じる。
「リージー。願い事、何か出てき――あ」
「~~~……っ!!」
私が一向に終わらないのが気になったか、こちらを振り向いたらしい。
……が、私のしていることを見て、彼女も目を丸くさせた。
「リージー……」
「これは違っ……いえ、それよりもっ。この願い事って……」
「いや……見ての通りだけど」
頬を指先で掻きながら、短冊に指をさす。
「『フリージアを幸せにしてほしい』。……幸福なのは、義務ですよ?」
「何の義務ですか……というか、わ、私のことじゃないですかっ……自分の願い事は……」
「それが一番の願い事なんだし。だからいいの」
いつもの笑みを浮かべ、ようやくこっちに振り向いた。
「リージーが大切なんだ。だからいれたらいい。けど何より幸福与えたいし」
「だからいい」と笑顔を深めた。
「……っ。な、な、な……」
な……なんでそんなことをサラっと言えるんですか!!
は、恥ずかしいと思わないんですか……?
「あ、あなたという人は……」
「これが俺だって知ってる癖に」
「ぐ……っ」
……否定できない。
開き直った人間ほど、手強い者はいない。
「俺にとっちゃ、リージーが一番だからさ。俺の願い事はコレでいーんだよ」
「…………」
嘘偽りの無い笑みで言い切る。
どこまでも他人を……私だけを思った願い。
(……うれしい……)
嬉しすぎる。
一番だと言われて、特別だと思われて。……何とも思わないはずがない。
「リージー。顔が真っ赤」
「……わかってます」
指摘しないでください。
なんか……変な事口走ってしまいそうですので。
「かーわいー♪ ……で、リージー。おまえの願い事は?」
「…………。もうわかってるでしょう?」
面白がるように顔を覗き込んでくる。
……相変わらず意地悪な人だ。あんなこと書かれたら、私が書くことなんて予想して……いや、わかりきってるに決まってる。
「……これでどうです?」
「いいよ。……うれしいなあ、やっぱ」
「黙りなさい」
くくりつけた短冊を見るや、上機嫌で擦り寄ってきた。
他人の体温で安心感を求める、アユミさんの無意識な行動。
「ん……すっごくうれしい」
「…………」
どうしてこの人はこうも素直に、それもうれしそうな顔で甘えてくるんですか。
……離れろなんて、言えないじゃないですか。
「……アユミさん」
「んー? なに……」
そろりと顔を覗かせたアユミさんに、思いきり顔を近づけた。
目を固く閉じてたから顔は見ていないが、アユミさんが驚いたのはわかった。
「押し付けただけだけど……今の、キ……」
「言わないでください! というか黙っててください!」
「……やーだねっ」
「うわっ!?」
満面の笑みで力強く抱き着かれる。
……絶対わかってますね。なにもかもわかってますね。
……衝動的にした、なんて。
「リージー、可愛い♪」
「う、うるさいです……っ。可愛い言わないでください!」
どこまでもからかってくるアユミさん。
……けど、そんな彼女の傍が、とても居心地良くて……。
私の願いはただ一つ
――――
(短冊に書いた私の願い)
(『アユミさんの隣にいること』)