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天ノ弱

 僕がずっと前から、思ってる事を話そうか。

 嘘つきの僕が吐いた、

 反対言葉のこの気持ちを。

 ――――

 昔の僕に戻れたら、これ以上はもう望まない。
 そうすれば、この感情も知らなくて済んだだろう。

「は? 俺を殺すって?」

「……アガシオンにとって、おまえは邪魔だからな」

「……へぇ。面白い。いいよ。受けてたってやる。……どうせ、一人なんだし」

「……そうか。おまえがそれでいいなら、僕もそれで構わない」

 雨の中、僕は君に剣を向ける。
 ……本当は否定してほしい。僕には、人間を殺す勇気がない。
 僕は……殺したくない。

 ――――

『……エデン。予言の子はまだ仕留められないのか』

「…………」

 連絡水晶越しに響くアガシオンの問い。
 それに何も言わず、ただ押し黙る。

『アレは生かしておくと厄介だ。……が、あの娘は私の呪いを力に変えている。今、おまえに死なねるのは困る……深追いはするな』

「わかっている」

『期待しているぞ……』

 それだけ言うと、アガシオンは連絡を切った。
 部屋には雨が降る音だけが響き、太陽の光が窓から入る。今日、この地方は土砂降りなのに晴天だった。

「期待か……見え透いたことを……」

 奴は僕ら闇の生徒会を利用しているに過ぎない。
 僕が奴から力を受け取り、その代償に僕は奴の駒となっている。
 まあ……他の連中同様、僕はそれでも構わないが。

「アユミ……」

 包帯を巻いた左手を見ながら、予言の娘の名をつぶやく。
 二日前、彼女に全力で挑んだ。そして、負けた。
 限界を超えて、魔力をすべて使いきって、闇の力を駆使して。それでも彼女を相手にボロボロに負けてしまった。
 昨日は宿で安静し、魔力を回復させるという暇でしかたない一日を過ごさるを得ないほどに。

「くそっ……なぜだ。なぜ……」

 べつにアユミのことは考えているわけではない。
 ……いや、少しは考えているかもしれないが。

「なぜ……勝てないんだ」

 闇の力を持ってしても勝てないなんて。
 信じられない、と思考が回っていく。この時から、僕の頭の中は彼女への勝利だけがグルグルと回っていた。

 ――――

「……チッ……しつこい!」

「ぐぁ……ッ!!?」

 剣が弾かれ、思いきり吹っ飛ばされた。
 急いで身体を起こすが、すでに目の前には刀の切っ先が向けられている。

「おまえの負けだ。つーかいい加減諦めろよ」

「くそっ!! もっと力があれば……! 力を強く保てれば……!!」

「しつこいな。おまえも」

 拳を地面に強く叩きつけた。
 俯く僕の上から、彼女の呆れた声が聞こえてくる。

(何故だ! 何故何度戦っても勝てないんだ!)

 激しい怒りと困惑が僕に満ちていく。
 あれから何度も戦った。闇の力も受け取り、ずっと強くなった。
 それなのに、アユミには勝てなかった。

「力が足らないのか……? 闇の力が……」

「借り物の力で勝てるわけないだろ」

 ぶつぶつとつぶやく僕に、アユミが見下ろしながら続ける。

「まして、肉体に負担かけるうえ、制御できないくらい強い力なんて……使えないのと一緒だろ」

「……っ!」

 アユミの指摘に、思わず目を見開いてしまった。
 そんな僕を見限るように、アユミは背を向いて立ち上がる。

「せめてたやすく使用できるようにならないとな。……ま。おまえの“魔力”じゃ、一生かかっても無理っぽいけど」

「!!」

 その言葉は、僕の心を強く突き刺した。
 絶句する僕を気にせず、「じゃあな」と彼女は立ち去っていく。

「あの女……!」

 ギリッと唇を強く噛み締める。
 ……わかってる。僕が闇の力を、他の連中より扱えないことくらい。
 自分の適性である光の属性が、闇の力と攻めぎあい、上手く引き出せないことくらい。

(アガシオンの命令なんてどうでもいい……。……勝ちたい。アユミに勝ちたい……!)

 何回も負けたせいなのか。
 だんだん僕は、僕自身の意思でアユミへの勝利に固執していった。

「勝ちたい……彼女に…」

 この両手から零れそうなほど彼女から受けたこの感情は、どうすれば抑えられる? 心のどこに捨てられる?
 限りある僕の力なんて、僕はいらない。

「そう……勝つんだ……アユミに……」

 ただ一つ、アユミに勝つ。
 僕の心は、この時から暴走寸前だった。

 ――――

 それから僕は、何度も彼女に挑んだ。命令を無視して、私情を優先した。
 挑んで挑んで挑んで。ただひたすらに挑み続けて。結局何度戦っても勝てなかった。
 ……けど、それでも構わなかった。
 いつからか僕は、アユミが僕だけを考えるその時を感じたいと。アユミが僕だけしか見ない、僕だけしか意識しないその時が、非常に心地良くなった。
 気がつけば、僕はアユミのすべてが欲しくなった。
 その身体も、強さも、心も。僕が手に入れたくて、決して手に入らなかった何かを持つ彼女を僕の物にしたいと、僕の手に収めたいと願うようになった。

(僕だけを見ればいい……そう……僕だけを見れば……)

 僕の求めた強さを持つアユミが。僕が手に入れなかった力を持つアユミが。僕とは違う信念を持ったアユミが。
 僕と対極にいる、自分をひたすらまっすぐ貫く彼女に、惹かれている。
 いつからか、僕はアユミに強い独占欲と歪んだ愛情を持ち始めていた。
 ……だから……。

「なぜだ!!! なぜアユミがいなくなった!!」

 だから、アユミがタカチホ義塾から姿を消した時。狂いそうなほど気がおかしくなりそうだった。

「アガシオン! アユミの居場所くらい突き止めているんだろう! アユミはどこだ!!」

 アガシオンに剣を向け、奴を殺しかねない勢いで斬りかかる。
 もう奴の目的など知ったことではない。僕は、アユミの行方を追うことしか頭になかった。

「……たしかに予言の娘の潜伏先は、すでに知っている」

 僕が退かないとわかったか、アガシオンは一言そう言った。
 手に取った透視魔法型の水晶に魔力を込めると、私服の彼女の姿が映る。

「なら……!」

「だが場所が悪い……予言の娘の命は、この際後回しにする」

「……なん……だと……!?」

 アガシオンの言葉に衝撃を受けた。
 居場所を知っていながら、放置する、だと……!?

「ふざけるな!! なぜ……!」

「元々不穏分子を除くだけのことだ。後でも構わない。……エデン。貴様はなぜ予言の娘に執着している」

「おまえには関係ない!」

 アガシオンに怒鳴り、水晶を引ったくった。
 水晶越しに触れるが、当然本人には触れられない。それだけでも僕を苛立たせた。

「アユミは僕が殺す……! アユミは……!」

「……エデン。貴様が何に執着しようと構わん。だが、やるべきことはやってもらおうか」

「まして」とアガシオンは続ける。

「予言の娘が逃げ出したのは……おまえの度重なる失敗のせいなのだからな」

「……!!」

 それだけ言うと僕から背を向き、部屋を出て行った。
 残された僕は爪が食い込むくらい、拳を強く握りしめる。

「逃げ出したのは僕のせい……か……」

 見てきたような言い方には腹が立つが、間違ってはいなかった。
 彼女が行方をくらます最後……僕はアユミを手に入れるために殺そうと、とうとう義塾にまで手を伸ばした。
 真夜中、彼女が一人でいるところを狙い、そして襲い掛かった。
 ……が。盲目的になってたし、真夜中だからか。僕は間違えてしまった。

(知らなかったな……双子だったなんて)

 間違えて、彼女の“妹”に斬りかかった。
 顔は同じだったが、その後現れたアユミの琥珀の瞳と、痛みに歪めた紅玉の瞳を見た瞬間、間違えたとわかった。
 怒りによって僕を瀕死に追いやり、しかたなく撤退を余儀なくされた。
 ……それが、アユミとの最後の勝負。彼女を見たのはこれが最後だった。

「アユミ……どこにいるんだ……」

 アガシオンがいなくなったせいで、水晶は起動しなくなった。この水晶はアガシオンの魔力が注がれてできた物。だから、アガシオン以外扱うことはできない。

『そいつは俺の妹だよ……』

『死ぬ覚悟は……出来てるんだろうなあ!!!』

 最後に僕を見た、僕への怒りに満ちた目。
 姿は見えないのに、彼女の言葉だけが脳内に再生される。
 ……これ以上離れて、僕が知らないことができるだけで、気が狂いそうだった。

(どうすればいいんだ……)

 胸の中を燻るこの感情が、綺麗なのか汚いのか。それすら判別出来ない。
 理解不能なアユミへの思いを、このまま捨てることはできなかった。

 ――――

「……ずいぶん荒れてるね。モンスターも一面もボロボロだよ」

「……スティクスか」

 大空洞で手当たり次第攻撃を繰り返す僕に、同じ闇の生徒会のスティクスが呆れ顔を向けた。
 それからしばらく、僕はアガシオンの命令で強制的に待機させられる羽目になった。
 しかたないことだ、とわかってる一方、アユミと引き離されたことに拗ねて、八つ当たりのようにモンスターたちを斬り倒していた。

「そんなに負けたのが悔しいの? 闇に堕ちるほどにさ。……興味が出てきたんだけど」

「手を出したら殺すぞ」

 興味を持ちはじめたと言うスティクスを、ギロリと強く睨みつける。
 自分でもわかるくらい殺気立てた瞳で。

「まったく怖いな。本当のことを言ったくらいで、そこまで睨まなくてもいいだろう」

「黙れ。……アユミは……予言の子は、僕が仕留める」

 スティクスから視線を外し、苛立ちをすぐ側の水晶へぶつけた。
 水晶は呆気なく、粉々に砕け散った。

「ま。べつにいいけど……八つ当たりもほどほどにしなよ」

「わかってる」

 短く返すと「ならいいけど」とつぶやいて、スティクスは引き返していった。
 残された僕は、静かに剣を下ろす。

「……彼女は予言の子。いずれ、接触するだろう」

 アユミとアガシオン。
『始原の学園』の復活に関わる彼女と、ソレの復活のエネルギーを利用しようとする大魔道士。
 おのずと、遠くない未来で交わるはず。

「時が来れば会える……もう一度、また……」

 復活の合図が近い、とアガシオンは言っていた。教師どもは三学園交流戦後と言っていたから、最低でも、あと三、四ヶ月。

「それまでに、情報は見つかるだろう」

 アユミのたしかな情報が来るまで、彼女の姿が見えるまでは学園で待つ。
 待つくらいなら、べつに構わないだろう。

「それまでに……」

 彼女を確実に手に入れるために、殺せるだけの実力を得る。
 スティクスも言っていたが、皮肉にもアユミが行方をくらましたおかげで、アガシオンから受け取った闇の力が前より扱いやすくなった。
 彼女に対する闇が濃くなったから、かもしれない。

「もう少し、だ」

 アユミより強くなれる。彼女を確実に手に入れられる。
 そう思いながら、早る気持ちを抑えるのだった。

 ――――

 燻る感情と闇を抑えながら待ち続け、とうとうアユミを見つけることができた。
 三学園交流戦前、冥府の迷宮へ入ったアユミの後を追う。

「アマリリスの勝手な行動も役に立ったな……」

 闇の生徒会の活動にさほど興味のない、エルフのアイドルに素直に感謝する。
 きっかけはアマリリスだった。ディームの話によると、アマリリスの兄がドラッケンとタカチホでコンサートを行うというアマリリスを追いかけ、そして何を揉めたか、アユミがアマリリスを殴ろうとした。というわけだ。
 まあ経緯はどうでもいい。とにかくそれがきっかけで、僕はアユミがプリシアナ学院に逃げたのだと突き止めることができた。

「ようやく会える……ようやく……」

 自然と足が速くなる。
 アユミの姿が見れると思うだけで口角が上がる。
 それくらい、狂喜に心を支配されていた。

「アユミは……こっちか」

 感覚を澄ませ、ダンジョンの奥からモンスターの悲鳴と金属音を聞き取った。
 アユミと、そのパーティメンバーが戦っている音だろう。

「もうすぐだ……!」

 すでに歴戦の戦士並に強いアユミだ。僕が行く前にくたばることはないだろう。
 けど、早く彼女の姿をみたい僕は、音の方向へ急いで向かっていった。

 ――――

 モンスターを瞬殺しつつ、後を追いかける。

「……いた」

 そして……とうとうアユミの姿を目にした。
 プリシアナの制服を着込む彼女は、最後に見た時と何も変わらない。

(変わらない……最後と、何も……)

 不思議と、それが僕を冷静にさせた。
 思った以上に、自分は焦っていたのかもしれない。

(居場所はわかったんだ……いくらでも行ける……)

 いくらでも、と暗示のように自分に言い聞かせながら彼女に視線を向けた、時だった。

「……!?」

 彼女の隣に誰かいる。
 ……話しているのはセレスティアだ。おそらく、分家ウィンターコスモス。本家であるセルシアの従兄弟とやらだ。

(……なんで)

 奴の隣に並ぶ姿を見て、胸の中にどす黒い感情が渦巻き出した。
 アユミと隣に並んで、僕では見たことない優しい笑顔を向けられて。頬に、手を添えられて。

(……僕のものだ)

 隣にいるのも表情を見るのも、触れることすらも。
 すべて、僕だけのものだ。

「……く……くくく……っ」

 そうだ。だから連れて行かなければ。
 誰の目にも写らない場所へ。誰の手にも届かないところへ。

(僕が、連れて行かないと)

 話し終わったか、アユミは一人、隣の通路へ渡る。
 それを確認すると、僕は静かに剣を抜いた。

「…………」

 今度こそ手に入れる。
 愛憎入り混じる殺気を膨らませながら、アユミに剣を向けた。

 ――――

 結論を言おう。僕はまたしても負けた。
 アユミにじゃない。セレスティアの方に、だ。
 利き腕を斬りつけ、あと少しでトドメ、というところで最強の攻撃魔法、イペリオンによって阻止された。
 しかもただのイペリオンではない。僕がアガシオンからもらった闇の力をねこそぎ消し去る強い光。普通のイペリオンにそんな効果はない。

「奴が初代ウィンターコスモスの魔力を持つ者、か」

「さよう。わしもアガシオンから聞いておったが……」

 僕と報告書を確認しているヌラリが唸る。
 再びアガシオンから力を貰う際、奴のことを聞いた。
 彼はノームの始祖と呼ばれる者より、初代の魔力結晶を用いて作られた存在だ、と。
 初代は一際強い光の魔力を持っており、アガシオンの闇の魔力と互角の力を持っているから、僕の中の闇を消し去ってしまったのだろう。

「だが、そやつは今まで、それらしい力は使ってはおらんのだろう?」

「ああ。ベコニアとアマリリスから話は聞いたが……たしかに、とてもひどい成績だ」

「ふむ。アガシオンに気づかれぬよう、始祖・ロアディオス=アルケミアスが何らかの封印をしたと思うが……開花したのは、予言の娘と関わったからか……?」

 ヌラリが考え込み、僕は「さあな」とつぶやく。
 奴はどういうわけか、その時まで力なんてなかった。
 ベコニアやアマリリスからも聞いたが、奴はセルシアと違い、お世辞にも成績が良いとは呼べない。むしろ逆に、よく進級できたな。と言えるくらい最悪だった。

(ありえない……なんなんだ、この成績は)

 報告書にかかれた成績を見て、目眩を感じた。
 音楽と光魔法、体力以外はすべて全滅、下の下と言っていい。
 光魔法と運動神経も他と比べてマシと呼べる程度で、決して上位ではない。中間だ。
 唯一素晴らしいと評価してもいいのは音楽だろう。声楽、演奏、歌魔法。プリシアナどころか三学園トップだ。
 なんだ、この両極端な成績は。

(くそっ……こんな奴に負けただと……? 認めない、絶対に認めないぞ)

 アユミの傍に入られて、心も寄り添えて。
 羨ましさと憎らしさでまたも気が狂いそうだ。

「あんな奴に取られるなんて……もういっそのこと、再び学園に侵入して」

「やめておけ。プリシアナにはセントウレア校長がいる。厄介ゆえ、奴に気づかれるわけにはいかぬ。というか私情を挟むでない!」

 ヌラリに止められた。
 ……たしかに、プリシアナの校長の相手は面倒だな。

「心配せずとも、予言の時までもう少しだ。それまで万全の準備を整えておけ」

 これ以上関わり合いになりたくない、と呆れながらヌラリが出ていった。
 残された僕は、報告書を片手に考える。

「予言の時……それが、最後の決着の時」

 勝とうが負けようが、そこで僕とアユミの戦いは終わる。
 絶対、勝たなくてはならない。

(勝つ……負けられない……)

 そうだ。負けるわけにはいかない。
 勝てば、僕はアユミを手に入れられる。しかし、負けたら……彼女との繋がりが消えてしまう。
 ……それだけは嫌だ。それだけは……。

 ――――

 来るべき予言の時は来た。
 三学園から代表者が宝具をここ――モーディアル学園に運んでくる。

「……とうとう、か」

 もちろん代表者にはアユミ。そして分家ウィンターコスモスもいた。
 始原の時代より存在するという古き妖精の一族、オーベルデューレ家のフェアリーも加え、彼ら三人の実力は三学園トップである。

「もう……あとはない……」

 油断すればすぐに飲み込まれてしまいそうなほど、強い闇の力が魔力として僕を蝕んでいる。
 復活の予言後、何度かアユミとの戦いはあった。だがいずれも負けてしまった。
 初代の人形が、ほぼ完全に力を振るえるようになったから。妖精賢者が、天性の魔法の才能を見せたから。
 アユミが、自分自身の力で強くなったから。

(もうこれしかない……)

 今度こそ負けられない。自分のために。
 出会ってから持ち続けた、自分の意地と彼女への思いのために。
 バタバタと駆け込んでくる複数の足音を聞きながら、静かに闇の魔力を解放するのだった。

 ――――

 なぜ執着し、アユミへ思いを募らせたのか。敗れた後になって、ようやくわかった気がした。

(僕と同じで、対極にいて……けど、決定的に違うもの……)

 最初はただ、対等にしてくれたからだと思う。
“優等生エデン”でもなく、“エデン”として見ていた。知れ渡った優等生という肩書きが嫌だった僕を、唯一エデン本人として挑んでくれた。
 だからこそ勝ちたかった。だからアユミが欲しかった。どんな時でも、僕を見ていた彼女に、僕自身の力で。

「…………。でも、やっぱりダメだ……」

 けど、それはもう叶わない。
 闇の力を使いすぎ、僕の身体はもうボロボロだった。
 望んでアガシオンの操り人形になった僕の肉体は、ほとんど奴の魔力の受け皿となっている。
 アユミたちによって魔力の糸が断ち切られた以上、僕は闇に消えるしかなかった。

(まあ……当然の報いか……)

 自分自身の力で戦うアユミと、闇の力を使って強さを偽ってきた僕。
 最後は闇そのものに身を委ねたが……彼女と、二人の仲間の前では役に立たなかった。
 偽物の力でごまかしてきた僕では、勝てなかったのは当たり前だった。

「アユミ……」

 闇に少しずつ落ちていくのを感じながら、目の前で呆然となって僕を見ているアユミに声をかける。

(そんな顔……しないでほしいな……)

 悔しさと……無力感を感じている顔をしている。
 僕に勝った。けど消えるという事実に、きっと彼女は納得していない。

(いつも通り……自信に満ちてほしいな……)

 やっぱり僕はアユミが好きだ。
 僕と同じで、でも僕より前を、自分を信じて歩くアユミが好きなんだ。
 進む君と止まった僕。離れてしまってるけど、対等になりたい。この縮まらない隙を、何で埋めたらいいんだろう。
 ……死ぬ間際で、そんなことを考えるなんてな。

「……君なら……勇者や英雄と呼ばれる重荷も仲間も分け合って……本当に、世界を救えるかもしれないな……」

「……俺は世界を救うとか、そんな柄じゃない。あくまでついでだ」

 いつもの口調で返した彼女。
 世界よりも、目の前の障害を倒す。
 戦うのは英雄だからでも優等生だからでもなく、自分の意思で。
 ああ……やはり、それが君らしいよ。

「わかってるよ……君がそういう人だってことくらい……だからかな。君だけを……執拗に追い詰めたのは……」

「お、おまえなあ……」

 少し頬を赤らめたような顔で僕を見る。
 ……僕が、君を好きだって言ったら、その顔。いったいどうなるのかな。

「アユミ……」

 笑みを浮かべ、顔を上げる。

「――君が……望みだ……アガシオンの、野望をくじいて……」

「……わかってるよ……」

 言われなくても。と表情で返ってくる。その顔は、消え行く僕を焼き付けようと必死で。
 ……それだけで、僕は満足だった。

(やっぱり……言えないな……)

 好き。たった二文字の言葉を押し止めた。
 言ってしまったら僕も未練を残しそうだし。何より、彼女の足枷にはなりたくない。
 理屈で感情を止め、素直に言葉にできない僕は、きっと天性の弱虫なんだろうな。

「……ドラッケン……学園……ゲシュタルト校長先生……ドレスデン先生……カーチャ先生……それにシュピール先生……」

 思い出す。かつての僕の居場所。かつて僕を支持し、支えてくれた先生たち。

(そして、アユミ……)

 ぼんやりと彼女を見つめる。

(ありがとう……本当に)

 視線を両手に移す。
 両手には何もない。けど、アユミから貰い、芽生えた物がここにある。

(この気持ちがあるだけで、僕はどこだって大丈夫……)

 この両手から零れそうなほど、君に渡したい思いがあれば。
 譲る宛てなんてない。譲る気もない。この気持ちだけは、一緒に闇の中へ持っていく。
 ……もう、いいかい?

「――ごめん……なさ、い……、…………」

 闇の中に消えても、君を思わせてほしい。
 それだけつぶやき、僕は瞳を閉じた。


 天ノ弱

 ――――

(闇に消えた瞬間、)

(君が僕の名を叫ぶのを聞いた気がした)
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