執事と××料理人と思い出話
たとえ昔の記憶でも、
とても印象が強かった。
だから、何となくそう思ってた。
――――
「……ブロッサム。何故あなたがやるとこうなるのですか?」
「知らないし、聞きたいのは俺だっつの……」
もはや死肉と言っていい程、どろどろに溶けた肉の塊を光魔法で浄化する。
モンスターより恐ろしい毒々しい紫色の塊は、光魔法で塵も残さず消え去った。
(どうやったら、こんな悍ましい物が生成できるんでしょうか……?)
ブロッサムの料理(という名の生物兵器)を見ながらそう思う。
たまたま用事があったので、ブロッサムの元へ訪れると、彼は自室で料理の練習中だった。
……が、彼の料理は料理ではなく、それどころか台所を魔界化させる程の恐ろしい作業だった。
幼い頃から音楽以外は不器用でしたし、今の彼の料理はひどいものだ、とセルシア様とバロータから聞きましたが……まさか、これほどとは……。
「ここまでひどいとは……薬品調合より恐ろしい……」
「うるさいうるさい! 好きで間違えたわけじゃねぇっつの!」
後片付け(酷すぎたので見るに見かねて)を終わらせ、とりあえず元通りにしながらつぶやいた。
……彼は音楽と光魔法以外、得意分野があるのだろうか。
(それにしても……料理が壊滅的に苦手とは……)
正直思わなかった。と頭の片隅でそう思う。
……実は私は、ブロッサムの料理を食べたことがある。初等部時代、彼の父君である執事、ネフライト様とサファイア様に執事としての修行を行っていた際のことだった。
(たしか、その時ブロッサムが作った料理はとても美味しかったはず……)
記憶はすでに曖昧で、出された料理も覚えてない。
だが、小さい頃は人見知りな彼が、「頑張ってるから」と怖ず怖ずと渡してきたことと、出された料理が、本当にすごく美味しかったから、それは未だに記憶に残ってる。
だから、正直に言うと、実はまだ信じられずにいた。
「あなたは本当に……」
「あーあーあー! 何も聞こえませーん!!」
思わずまた小言を言おうとすれば、耳を塞いで拒否している。
……本当に、あの時のブロッサムはどこに行ったんだ。今の彼はまったく可愛くない。
「……まあいいです。あなたの料理を期待する日等、100年経っても訪れそうにありませんから」
「ぐっ……う、うるさい! フリージアのバカ!!」
バシ、と料理の本を投げてきた。
ギリギリそれをキャッチし、何とかダメージは受けずに済んだ。
(まったく……)
この性格……どうにかならないだろうか。
やりにくいことこの上ない。
「拗ねないでくださいよ。面倒ですから。……喉が渇いたので、水をいただきます」
「……勝手にしろよ」
返事の後、ボフッと大きな音がした。
……多分、ブロッサムがクッションを抱えて布団に突っ込んだ音だ。
昔からそうだ。拗ねるとぬいぐるみを抱えて(さすがに今は無い)布団やソファに突っ込んで伏せる。
幼少より変わらない癖に、わずかに苦笑する。
「やれやれ……」
変わってるのか変わってないのか……。
イマイチ判断のつかない性格だ、と思いながら、コップを取ろうと棚を開けた。
「おや?」
すると、奥の方に何かがしまわれていた。
物陰とかでよく見えない。何となく気になり、それを引っ張った。
「……オムライス?」
オムライスだ。間違いなく。埃を被らないようカバーをかけてある。
(……何故、この奥で眠っていたのだろうか)
冷蔵庫ではなく、棚の中に入っていること。そしてこれが隠されるように置いてあったことに疑問を感じた。
(誰が置いたんでしょうか……)
おそらく後で食べるために入れていたと思いますが……誰が置いた?
(彼らか……いや、違うか)
ブロッサムのパーティメンバーの誰か、と思ったが、それはすぐに自分で否定した。
あの二人がここで食べるとは思えない。
彼女は彼女で自分の部屋か食堂のどちらかだ。そもそも大食間でもあるあの人が、この量(普通の一人前くらい)で満足するはずがない。
……と、なると……。
「ブロッサム……?」
……該当者は彼しかいない。
でも彼がそうする理由がわからない。というより、これは彼が作ったものなのか?
台所をたちまち魔界化させる壊滅的腕前の、あの彼が?
「…………」
……何故だろう。不思議と違和感がなかった。
むしろそれしかないというか、これなら有り得るというか……。
「……フリージア。おまえ、水飲むのに何やって……」
「あ……」
中々戻らないことに疑問を感じたのか、ブロッサムがやってきた。
そして私が手にしているものを見た瞬間、お互いに時間が止まった気がした。
「……おい……」
「いえ、違っ……す、すみません……」
わずかに低い彼の声に、謝りながら慌てて戻した。すでに遅いけど←
理由はなんであれ、隠していたものを引っ張り出したのは私だ。怒るに決まってる。
……心の底から怒ると怖いんですよ。ブロッサムは。
自然と身構え、ブロッサムの次の言葉を待つ。
「…………」
「あの……ブロッサム……?」
「……い、のか?」
「はい?」
今、なんて言ったのだろう?
うまく聞き取れず首を傾げていると、もう一度彼はつぶやいた。
「……食べたい、のか?」
「……え?」
「いや、だから……それ……」
言って恐る恐る指をさしたのは……棚にしまったオムライス。
「……えっと。何故、そう思ったのですか?」
「だって、じっと見てたし……それに」
「それに?」
首を傾げると、何故か目をあちこちへ泳がせた。
何事か。と思って待てば「なんでもない」とちぎれそうな勢いで首を横に振った。
……なんなんだ、いったい。
「と、とにかく。それは俺が昼メシに取っておいてたからかなり冷めてるし。……ちゃんとしたの、やるから」
「は、はあ……」
身長差のせいで、わずかに上目遣いになりながら睨むブロッサム。
その仕種に何となく断りづらくて、流されるように頷いてしまった。
「あの……手伝いますか?」
「いいよ。これはできるし。……それに、あの時よりは上手くなったから」
「そうですか…………え?」
頷き、だけどすぐに目が丸くなった。
(……“あの時”って……)
ブロッサムの言葉を脳内で復唱する。
あの時……? え……いつの事ですか? 私……以前にも食べたことがあった?
ブロッサムが着々と準備するなか、ぐるぐると頭の中を回る疑問に考え込むのだった。
――――
「……ほら、できた」
「あ……ありがとうございます」
約15分後。ブロッサムが出来立てのオムライスを持って戻ってきた。
丁度昼食にするらしく、向かいに自分の物を用意してある。
(たしかに……何の心配もありませんでしたね)
出されたオムライスを見てそう思う。
何度か作業を覗き見たが何の問題もなく、出来栄えも非常に見事だった。手つきも相当慣れてる。
セルシア様やバロータいわく、彼が作業するとシチューが毒の沼地に変わったり、フライパンで炒めればコンロから火柱が上がったり。あげくの果てにはケーキがオーブンもろとも爆発したりするらしい。
もちろん彼の手順にも問題はあるだろうが……やる度に用具が不調を起こすのは、いったい何故なんだ。ある意味すごい。
「んじゃ……」
「はい、いただきます」
「……どうぞ」
彼の機嫌を損ねないよう掛け声し、失敗とは一切無縁のオムライスを口にした。
「…………」
「……おい。何固まってんだよ」
「…………」
「……? フリージア?」
「……あ。す、すみません……」
目の前でひらひらと手を振られ、ようやく我に返った。
「なんだよ……まずかったか?」
「いえ、全然。むしろ美味しいです、絶品です」
「……っ。ほ、褒めても何もでねーぞ……っ」
素直にそう言えば、悪態ついて食べはじめた。
相変わらず褒められるのは慣れないらしい。
(この味……どこかで……)
私は私で食べながら、無意識に思い出そうとしていた。
何となくだが……この味を知っている。
(いつ食べた……? 一度食べたら、忘れそうにない気がするが……)
自分で言うのもあれだが、私は記憶力はいい方だ。これほどの絶品な味……一度食べたら忘れそうにない。
(とはいえ、再会してからはなかったし……)
高等部に進級してから再会したが、その時点で私はセルシア様の執事、図書委員として動いていた。
彼自身も私たちと関わろうとしなかったため、擦れ違うばかりで、とても友好的ではなかった。
初等部や中等部では会わなかったから、食べていたとしたらもっと……それこそ忘れてしまいそうなほど小さな頃で――。
「……あ」
いろいろと推測してたどり着いて、そしてようやく思い出した。
「ブロッサム……つかぬ事をお聞きしますが……」
「……? なんだ。改まって」
「……これは……私が執事として修行を終えた晩、ブロッサムが作ったもの、ですか……?」
「……!」
そう告げると、彼の目が見開いた。
……当たったみたいだ。
「……ま、まさか。覚えてた……?」
「あ、いえ……私もほとんど忘れていましたが、たった今思い出しまして……道理で懐かしい味だと……」
「な……っ。お、思い出すなよ、そんなこと! は……恥ずかしいじゃないか……っ!」
思い出したことを告げれば、ブロッサムは耳まで真っ赤になって黙ってしまった。
私も何を言えばいいかわからず、自然と部屋は沈黙に包まれる。
「「…………」」
お互いに黙り込み、沈黙と静寂だけが流れる。
……切り出し方がわからない。どうすれば……何か、話題を変えないと……。
「あの……ブロッサム」
「な、なんだ……?」
「その……どうして、これを極めようとしたのです?」
「え」
聞けば目を丸くし、「あー……うー……」と唸りながら視線をあちこちに泳がせた。
……振る話題、間違えました←
「あ、いや、その……ただ、気になっただけですので。べつに深い意味とかは……」
「……フリージア」
「……はい?」
私の言い訳が入らなかったか、小さな声で名前を呼ばれた。
思わず声が裏返ったが、理由が聞けるかもしれないのでそのまま相手の言葉を待つ。
「――フリージアが、原因」
「は? 私が?」
ボソッとつぶやいた言葉に、目を丸くしてしまった。
ブロッサムは赤面する顔を片手で押さえながら、明後日の方向に顔を向けて続ける。
「その……子供っぽいとか、男らしくないって思われる好物をバカにしなかったし……それに……」
「それに……?」
「…………。作って、それを渡した時、フリージアが褒めてくれたうえ……ありがとうって、笑って言ってくれたから」
「な゙っ……!!?」
ななな……っ!? 何を言っているんですか、この人は!?
というか、なんでそんな過去のことをまだ覚えているんですか!
「……あー、もう!! 顔から火が出そうだよ! ……理由はこれで全部だよ! これで満足か!?」
「…………っ」
「……って、なんで言わせたおまえも赤くなってるんだよ!! こっちはどんだけ恥ずかしい思いで言ったと思ってるんだ!」
「い、言われた方も恥ずかしいんですよ! そんな顔で言われたら、こっちだって恥ずかしいに決まってるでしょう!?」
「ぐ……っ!」
言われた言葉に反論できないか、そのまま押し黙ってしまった。
顔の熱が取れず、先程とは別の意味で黙り込んでしまう。
「……と、とりあえず食えよ。冷めちまうだろ」
「そう……ですね……」
先に切り出したブロッサムの言葉に静かに頷く。
この空気と顔の熱をごまかすように、互いに黙々と食べていった。
執事と××料理人と思い出話
――――
(昔は素直になれたのに、)
(なんで、今はなれないのだろうか)
とても印象が強かった。
だから、何となくそう思ってた。
――――
「……ブロッサム。何故あなたがやるとこうなるのですか?」
「知らないし、聞きたいのは俺だっつの……」
もはや死肉と言っていい程、どろどろに溶けた肉の塊を光魔法で浄化する。
モンスターより恐ろしい毒々しい紫色の塊は、光魔法で塵も残さず消え去った。
(どうやったら、こんな悍ましい物が生成できるんでしょうか……?)
ブロッサムの料理(という名の生物兵器)を見ながらそう思う。
たまたま用事があったので、ブロッサムの元へ訪れると、彼は自室で料理の練習中だった。
……が、彼の料理は料理ではなく、それどころか台所を魔界化させる程の恐ろしい作業だった。
幼い頃から音楽以外は不器用でしたし、今の彼の料理はひどいものだ、とセルシア様とバロータから聞きましたが……まさか、これほどとは……。
「ここまでひどいとは……薬品調合より恐ろしい……」
「うるさいうるさい! 好きで間違えたわけじゃねぇっつの!」
後片付け(酷すぎたので見るに見かねて)を終わらせ、とりあえず元通りにしながらつぶやいた。
……彼は音楽と光魔法以外、得意分野があるのだろうか。
(それにしても……料理が壊滅的に苦手とは……)
正直思わなかった。と頭の片隅でそう思う。
……実は私は、ブロッサムの料理を食べたことがある。初等部時代、彼の父君である執事、ネフライト様とサファイア様に執事としての修行を行っていた際のことだった。
(たしか、その時ブロッサムが作った料理はとても美味しかったはず……)
記憶はすでに曖昧で、出された料理も覚えてない。
だが、小さい頃は人見知りな彼が、「頑張ってるから」と怖ず怖ずと渡してきたことと、出された料理が、本当にすごく美味しかったから、それは未だに記憶に残ってる。
だから、正直に言うと、実はまだ信じられずにいた。
「あなたは本当に……」
「あーあーあー! 何も聞こえませーん!!」
思わずまた小言を言おうとすれば、耳を塞いで拒否している。
……本当に、あの時のブロッサムはどこに行ったんだ。今の彼はまったく可愛くない。
「……まあいいです。あなたの料理を期待する日等、100年経っても訪れそうにありませんから」
「ぐっ……う、うるさい! フリージアのバカ!!」
バシ、と料理の本を投げてきた。
ギリギリそれをキャッチし、何とかダメージは受けずに済んだ。
(まったく……)
この性格……どうにかならないだろうか。
やりにくいことこの上ない。
「拗ねないでくださいよ。面倒ですから。……喉が渇いたので、水をいただきます」
「……勝手にしろよ」
返事の後、ボフッと大きな音がした。
……多分、ブロッサムがクッションを抱えて布団に突っ込んだ音だ。
昔からそうだ。拗ねるとぬいぐるみを抱えて(さすがに今は無い)布団やソファに突っ込んで伏せる。
幼少より変わらない癖に、わずかに苦笑する。
「やれやれ……」
変わってるのか変わってないのか……。
イマイチ判断のつかない性格だ、と思いながら、コップを取ろうと棚を開けた。
「おや?」
すると、奥の方に何かがしまわれていた。
物陰とかでよく見えない。何となく気になり、それを引っ張った。
「……オムライス?」
オムライスだ。間違いなく。埃を被らないようカバーをかけてある。
(……何故、この奥で眠っていたのだろうか)
冷蔵庫ではなく、棚の中に入っていること。そしてこれが隠されるように置いてあったことに疑問を感じた。
(誰が置いたんでしょうか……)
おそらく後で食べるために入れていたと思いますが……誰が置いた?
(彼らか……いや、違うか)
ブロッサムのパーティメンバーの誰か、と思ったが、それはすぐに自分で否定した。
あの二人がここで食べるとは思えない。
彼女は彼女で自分の部屋か食堂のどちらかだ。そもそも大食間でもあるあの人が、この量(普通の一人前くらい)で満足するはずがない。
……と、なると……。
「ブロッサム……?」
……該当者は彼しかいない。
でも彼がそうする理由がわからない。というより、これは彼が作ったものなのか?
台所をたちまち魔界化させる壊滅的腕前の、あの彼が?
「…………」
……何故だろう。不思議と違和感がなかった。
むしろそれしかないというか、これなら有り得るというか……。
「……フリージア。おまえ、水飲むのに何やって……」
「あ……」
中々戻らないことに疑問を感じたのか、ブロッサムがやってきた。
そして私が手にしているものを見た瞬間、お互いに時間が止まった気がした。
「……おい……」
「いえ、違っ……す、すみません……」
わずかに低い彼の声に、謝りながら慌てて戻した。すでに遅いけど←
理由はなんであれ、隠していたものを引っ張り出したのは私だ。怒るに決まってる。
……心の底から怒ると怖いんですよ。ブロッサムは。
自然と身構え、ブロッサムの次の言葉を待つ。
「…………」
「あの……ブロッサム……?」
「……い、のか?」
「はい?」
今、なんて言ったのだろう?
うまく聞き取れず首を傾げていると、もう一度彼はつぶやいた。
「……食べたい、のか?」
「……え?」
「いや、だから……それ……」
言って恐る恐る指をさしたのは……棚にしまったオムライス。
「……えっと。何故、そう思ったのですか?」
「だって、じっと見てたし……それに」
「それに?」
首を傾げると、何故か目をあちこちへ泳がせた。
何事か。と思って待てば「なんでもない」とちぎれそうな勢いで首を横に振った。
……なんなんだ、いったい。
「と、とにかく。それは俺が昼メシに取っておいてたからかなり冷めてるし。……ちゃんとしたの、やるから」
「は、はあ……」
身長差のせいで、わずかに上目遣いになりながら睨むブロッサム。
その仕種に何となく断りづらくて、流されるように頷いてしまった。
「あの……手伝いますか?」
「いいよ。これはできるし。……それに、あの時よりは上手くなったから」
「そうですか…………え?」
頷き、だけどすぐに目が丸くなった。
(……“あの時”って……)
ブロッサムの言葉を脳内で復唱する。
あの時……? え……いつの事ですか? 私……以前にも食べたことがあった?
ブロッサムが着々と準備するなか、ぐるぐると頭の中を回る疑問に考え込むのだった。
――――
「……ほら、できた」
「あ……ありがとうございます」
約15分後。ブロッサムが出来立てのオムライスを持って戻ってきた。
丁度昼食にするらしく、向かいに自分の物を用意してある。
(たしかに……何の心配もありませんでしたね)
出されたオムライスを見てそう思う。
何度か作業を覗き見たが何の問題もなく、出来栄えも非常に見事だった。手つきも相当慣れてる。
セルシア様やバロータいわく、彼が作業するとシチューが毒の沼地に変わったり、フライパンで炒めればコンロから火柱が上がったり。あげくの果てにはケーキがオーブンもろとも爆発したりするらしい。
もちろん彼の手順にも問題はあるだろうが……やる度に用具が不調を起こすのは、いったい何故なんだ。ある意味すごい。
「んじゃ……」
「はい、いただきます」
「……どうぞ」
彼の機嫌を損ねないよう掛け声し、失敗とは一切無縁のオムライスを口にした。
「…………」
「……おい。何固まってんだよ」
「…………」
「……? フリージア?」
「……あ。す、すみません……」
目の前でひらひらと手を振られ、ようやく我に返った。
「なんだよ……まずかったか?」
「いえ、全然。むしろ美味しいです、絶品です」
「……っ。ほ、褒めても何もでねーぞ……っ」
素直にそう言えば、悪態ついて食べはじめた。
相変わらず褒められるのは慣れないらしい。
(この味……どこかで……)
私は私で食べながら、無意識に思い出そうとしていた。
何となくだが……この味を知っている。
(いつ食べた……? 一度食べたら、忘れそうにない気がするが……)
自分で言うのもあれだが、私は記憶力はいい方だ。これほどの絶品な味……一度食べたら忘れそうにない。
(とはいえ、再会してからはなかったし……)
高等部に進級してから再会したが、その時点で私はセルシア様の執事、図書委員として動いていた。
彼自身も私たちと関わろうとしなかったため、擦れ違うばかりで、とても友好的ではなかった。
初等部や中等部では会わなかったから、食べていたとしたらもっと……それこそ忘れてしまいそうなほど小さな頃で――。
「……あ」
いろいろと推測してたどり着いて、そしてようやく思い出した。
「ブロッサム……つかぬ事をお聞きしますが……」
「……? なんだ。改まって」
「……これは……私が執事として修行を終えた晩、ブロッサムが作ったもの、ですか……?」
「……!」
そう告げると、彼の目が見開いた。
……当たったみたいだ。
「……ま、まさか。覚えてた……?」
「あ、いえ……私もほとんど忘れていましたが、たった今思い出しまして……道理で懐かしい味だと……」
「な……っ。お、思い出すなよ、そんなこと! は……恥ずかしいじゃないか……っ!」
思い出したことを告げれば、ブロッサムは耳まで真っ赤になって黙ってしまった。
私も何を言えばいいかわからず、自然と部屋は沈黙に包まれる。
「「…………」」
お互いに黙り込み、沈黙と静寂だけが流れる。
……切り出し方がわからない。どうすれば……何か、話題を変えないと……。
「あの……ブロッサム」
「な、なんだ……?」
「その……どうして、これを極めようとしたのです?」
「え」
聞けば目を丸くし、「あー……うー……」と唸りながら視線をあちこちに泳がせた。
……振る話題、間違えました←
「あ、いや、その……ただ、気になっただけですので。べつに深い意味とかは……」
「……フリージア」
「……はい?」
私の言い訳が入らなかったか、小さな声で名前を呼ばれた。
思わず声が裏返ったが、理由が聞けるかもしれないのでそのまま相手の言葉を待つ。
「――フリージアが、原因」
「は? 私が?」
ボソッとつぶやいた言葉に、目を丸くしてしまった。
ブロッサムは赤面する顔を片手で押さえながら、明後日の方向に顔を向けて続ける。
「その……子供っぽいとか、男らしくないって思われる好物をバカにしなかったし……それに……」
「それに……?」
「…………。作って、それを渡した時、フリージアが褒めてくれたうえ……ありがとうって、笑って言ってくれたから」
「な゙っ……!!?」
ななな……っ!? 何を言っているんですか、この人は!?
というか、なんでそんな過去のことをまだ覚えているんですか!
「……あー、もう!! 顔から火が出そうだよ! ……理由はこれで全部だよ! これで満足か!?」
「…………っ」
「……って、なんで言わせたおまえも赤くなってるんだよ!! こっちはどんだけ恥ずかしい思いで言ったと思ってるんだ!」
「い、言われた方も恥ずかしいんですよ! そんな顔で言われたら、こっちだって恥ずかしいに決まってるでしょう!?」
「ぐ……っ!」
言われた言葉に反論できないか、そのまま押し黙ってしまった。
顔の熱が取れず、先程とは別の意味で黙り込んでしまう。
「……と、とりあえず食えよ。冷めちまうだろ」
「そう……ですね……」
先に切り出したブロッサムの言葉に静かに頷く。
この空気と顔の熱をごまかすように、互いに黙々と食べていった。
執事と××料理人と思い出話
――――
(昔は素直になれたのに、)
(なんで、今はなれないのだろうか)