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眼鏡パニック!?

「はあ……兄弟揃ってめんどくさい……」

「……今日もすごい勢いで迫ってたからな。セルシア」

「しかも婚約前提って……校長も弟バカ過ぎるわ」

「……あんまり言うなよ、それ」

 放課後の学院。
 いつもながらゴーイングマイウェイ突っ走るセルシアとその兄から逃げ、現在購買部倉庫(鍵は俺がこじ開けた←)に隠れていた。
 あの兄弟には付き合いきれねぇよ、ホント。

「……あのさ。ブロッサム……拗ねてる?」

「……拗ねてない」

 嘘つけ。さっきから俺と目を反らしてる割に、俺を離さないよう、後ろから抱え込んでるじゃないか。
 セルシアと校長に嫉妬しちゃって……ああ、もう、可愛いな←

「んー……とにかく、機嫌直してって。……ダメ?」

 擦り寄りながら上目遣いでねだれば、途端に真っ赤になって顔を反らした。
 ……たまーに役立つな。この体型も(皮肉だけど)。

「だ、ダメ……でも、ない……」

「んー♪ ありがとー♪」

 猫のように胸元に頭を擦り寄せる。
 すっぽり包まれる腕の中は、非常に居心地が良い。

「このまま寝たい……」

「やめろ。いろんな意味で困る」

 ダメか← まあ今はやめとくか。今は、な……。

「……ん?」

 にやにやと後のことを考えていると、ふと視界にある物が目に入った。

「なんだよ」

「眼鏡」

「は?」

 わからない、という表情のブロッサムに、隅っこで転がっていた眼鏡を掛けた。
 ん、良く似合う←

「おまえ、何を……」

「そこに眼鏡があったから」

「登山家みたいな言い訳を言うな!」

「まあまあ。……眼鏡も似合ってるぞ?」

「な゙っ……」

 首を傾げて言えば、再び何も言えなくなるブロッサム。
 可愛い過ぎるよ、この人。

「……きょ、今日だけだからな」

「ん。ありがと」

 セルシアに校長、他の輩がいないのを良い事に、絶賛ベタベタに甘え込む。
 ……今にして思えば、眼鏡を着けさせなきゃよかった。もしくはすぐに外すべきだった。
 そして……あれほど校長に殺意が湧いたことはなかっただろうな。

 ――――

「……ん……朝か……」

 翌日。
 あれから校長とセルシアから隠れながら逃げ回り、何とか乗り切った。
 なんやかんやで一日を乗り切ったのだった。

「ブロッサム……朝……」

 まだ眠気の残る頭を動かし、もそもそと布団の中にいるブロッサムの服の掴んだ。

 ガバッ。

「……え?」

 掴んで……何故か、身体がベッドに押し付けられた。
 眠気が完全に消え去った頭で何事か、と見れば、押さえ付けた張本人が布団から顔を出した。

「おはようございます、アユミ」

「……え?」

 にこやかな顔で俺に挨拶をしたのは紛れも無くブロッサム。
 だけど、あからさまに違う。

「ブロッサム……?」

「そうですよ。何か?」

「いや、何か。じゃなくて……」

 おかしい。絶対おかしい。
 こんなの俺の可愛いブロッサムじゃないッ!!

「……あれ? おまえ、眼鏡つけっぱ?」

 顔を見て、ブロッサムが昨日の眼鏡をまだ着けていることに気づいた。
 それを指摘すれば「ええ」と頷いてくる。

「……まさか、寝てる時も?」

「あなたが着けさせてからずっとですよ」

「…………」

 言われ、嫌な予感に襲われた。
 恐る恐る眼鏡に手を伸ばす。

(…………。や、やっぱり……)

 は……外れねェェェェェェッ!!! 何かに引っ掛かってるみたいに取れない!
 え、何、コレ? 呪いの眼鏡的なアレ!?

「どうしました? 何か着いてます?」

「着いてるっつーか、むしろ付いてるんだけど!」

 まさか呪いの眼鏡(しかも性格も変わる)だなんて……。
 嫌だ……乙女で可愛くて子供っぽくて甘い物好きでネガティブゲイトでマゾ寄りな感じのブロッサムじゃないと絶対嫌だッ!!!←

「ひどい言い方ですねぇ。というかアユミ。私をそんな目で見ていたんですか?」

「そこは変わらないのな!!」

 勘が良いのは変わらないのか!
 べつにどうでもいいけど!

「調度良い機会ですし……いっそわからせてさしあげましょうか」

「な、何をだ?」

 再び嫌な……今度は身の危険的な意味で嫌な予感がする。
 ……ってか押し倒されてる時点でヤバイだろ! 俺!

「じょ、冗談じゃねぇ!」

「おや、抵抗する気ですか? 私に敵うとでも?」

 言われ、たいして力を込めていないくせに、俺の動きが封じられる。
 ……なんなんだ? 異様に力が強すぎる……っ。

「悲しいですねぇ……私が好きだというのも嘘だったんですか?」

「普段のおまえならともかく、今のサドなおまえにやられるのは絶対嫌だ!」

「そうですか。まあ私としては、抵抗してる方がますます好みですが」

「頼むから黙れ!!」

 絶対おかしい! この眼鏡、いったい何なの!?
 つか、俺の身がヤバイ!

「ほら、おとなしく諦めてくださいって」

「だが断る……ッ!」

 必死に抵抗する俺。
 今のブロッサムは絶対嫌だ。ギロッと思いきり睨み付ける。

「……あれ?」

 瞬間、気づいた。
 ブロッサムと、決定的に違うものが。

「おや。どうかしましたか?」

「…………」

「……アユミ?」

「……目」

「は?」

 眼鏡越しにブロッサムの目を見て、ぽつりとつぶやく。

「左目の色……赤に変わってる」

「……!」

 その言葉に、目の前のこいつはわずかに動揺した。
 ブロッサムと、目の前のブロッサムとは左目の色が違う。
 俺の知っているブロッサムは透き通った綺麗な青だ。だがこいつは反対で、血のような深紅。
 加えて……。

「瞳に刻まれた魔法陣……封印系のタイプか。それも……呪いに近い方の」

「…………」

「……誰だ。おまえは」

 もう一度、今度はきつく鋭く睨み付けた。
 無表情となっていたが、しばらくして、「やれやれ」と呆れたような表情を浮かべた。

「まさかそこまでばれるとは……低命の人間の割には、勘が良いですね」

「目の色が変わったら、そりゃ嫌でもわかるっつーの」

「それでも魔法陣までは気がつかないでしょう。魔力も高いし……ますます欲しくなります」

「……え?」

 ニヤリと、歯を見せながら笑った。
 キラリ、とすっごーく鋭く尖った歯を……。

「……アノ……ソノ歯ハ、ナンデスカ……? マルデ……吸血鬼ミタイナ……」

「ええ。私、吸血鬼ですから」

 サラっと言って「というか何で片言なんですか」とにこにこと笑ってる奴。
 が、言われた俺は脳内フリーズ起こし中。

「……マジ?」

「血を吸うのは、初代ウィンターコスモスに封印されてからですがね。まさか乗っ取った先も、初代ウィンターコスモスとは思いませんでしたけど」

「しかも始原の時代から!?」

 どんだけ大昔の化け物なんだよ!
 ってか何? まさか眼鏡に封印されてたわけ!?

「……ってそれはどうでもいい! テメェ、ブロッサムから離れろ! そして俺からも離れろ!」

「嫌ですよ。ひさしぶりの食事に、はい、そうですか。と、離すはずないでしょう?」

「黙れ! 変態がァァァ!!」

 状態じゃない! こんな化け物に血を吸われてたまるか!!

「うっがァァァッ!!!」

「暴れ過ぎ……というかどんな叫びですか」

「うるせええええ!!!」

 じたばたと足掻く、蹴る、暴れるを繰り返す。
 どーすんだよ、コレェェェッ!!!

 ――――

「……つ、つーわけだ……」

 荒く息を吐きながら、隣でにこやかに(喰えない)笑みを浮かべる吸血鬼を睨みつけた。

「アユミちゃん、大変だったね~。……ある意味」

「滅ぼしたい……魔貴族、滅ぼしたい……」

「ライラ。それは分離してからにしてくれ……」

 とりあえず黙らせることに成功し、即刻妖精霊コンビを部屋に招いた。とは言え、魔王殲滅プログラムのあるライラは些か危険だけど。というか魔貴族だったのか、こいつ←
 俺の説明を聞き、「ふぇ~」とシルフィーが吸血鬼の目を覗く。

「…………」

「どうだ。シルフィー」

「……あちゃ~……」

「……なんかまずいか? シルフィー先生」

「まずいって言うか……うん」

 嫌に言葉を濁すシルフィー。
 そ……そんなに、深刻なのか?

「なんて言うかね~……押さえ込んでるって言うより……」

「……?」

「……完全に、同化しちゃってるって感じかな~……」

「…………」

 どうか……ドウカ……銅貨? あ、いや、同化か?
 同化って……完全にシンクロして離れなくなるって言う……。

「……って、なんだとォォォオオオッ!!!?」

 同化ァァァッ!!? それも完全に!?
 ちょ……ブロッサムはどうなってるの!?

「何故だ! 何故同化なんか……!?」

「いや、こればっかりはボクにもわからないよ~。気が合ったとしか言いようが……」

「この変態とブロッサムが!?」

 んなわけねーだろ!
 ブロッサムがこいつを拒否ないって……。

「変態とは失礼ですねぇ。これでも私、それなりに紳士的な方ですよ?」

「朝っぱらから俺の血を飲もうとした奴がか!?」

「学生の内からR18指定を越えた、アユミちゃんに言えるセリフじゃないと思うけどな~」

 それはそれ、これはこれだ! シルフィー!

「どうする……俺のブロッサムはどうなるの……?」

「私も……魔貴族滅ぼす我慢が……」

 八方塞がりな俺と、今にも理性を外して殴り掛かりそうなライラ。
 それに見兼ねたか、「ん~……」とシルフィーが案を出す。

「じゃあ……ロア君に聞いてみたら~? ロア君、始原の学園の教師兼神様だから、何か知ってると思うよ~」

「アイツか……100%当てにしていいか不明だけど」

 ノーム族の始祖で錬金術の神、ロアディオス。
 たしかに奴なら何か知ってそうだけど……。

「駄目元で当たってみたら~? 燻ってるよりはマシだよ~」

「……それもそうだな」

 たしかにここでうだうだ言っても始まらない。
 ちょっとでも可能性があるなら行った方がいい。

「シルフィー。俺とライラはタカチホに行ってくる。おまえはそこの変態吸血鬼を見張ってろ」

「え~!? ボクだけ~?」

 途端に泣き言を言うシルフィー。
 ひさしぶりに見たな。ヘタレってるの←

「しょうがねーだろ。ライラも暴走寸前だし。誰か説明できる奴がいないと……」

「……それならしかたないけど~……」

 よし、わかってくれたか。
 いやあ、良かった。良かった。

「悪いな。話聞いたらすぐに帰ってくるから」

「いいけど、なるべく早く帰って来てね~。……抑え切れる自信無いから~」

「わかったって……」

 頼むからそれは言うなよ……。ものっそい不安が広がるじゃないか!!

「…………」

 ――――

「……え? 眼鏡に封印された吸血鬼?」

 とりあえず、ブロッサムと吸血鬼(もちろんおとなしくしてるようには言った。言う通りにするかどうかはともかく)はシルフィーに預け、俺らはタカチホにやってきた。
 そしてすぐにロアの元へ行く。

「初代ウィンターコスモスに封印された奴だ。何か知らないか?」

「ウー君……吸血鬼……あ」

「何か知ってるのか!?」

 何かを思い出したような声に、思わずガバッと見を乗り出す。

「ウー君と意気投合しちゃう吸血鬼なら……ブラッドじゃないかな? 多分だけど」

「ブラッド?」

 オウム返しにたずねれば、「うん」とにこやかに笑って頷く。

「始原の学園がいろんな種族が集まったのは知ってるでしょ? その中には吸血鬼もいたわけ。で、ブラッドはその内の一人なんだ」

「なるほど……」

「初代と意気投合……ここ、意味不明?」

 頷く俺の横で、ライラがぽつりとつぶやく。
 ……そういや、たしかに気になるとこだな。それ。

「ああ、それね。ウー君は光属性。ブラッドは闇属性のトップで成績も同点ゴールだったからかな? ライバルみたいに競い合ってたからね~」

「へぇ。意外だな」

 素直に俺はそう口にした。
 初代にライバルか……。何つーか……完全無欠のイメージが強かったし。

「……でも、あんな変態と?」

「フリージアとバロータみたいなものだよ。幼なじみというより腐れ縁だけど」

「ああ……納得」

 心底そう思った。
 セルシアではなくフリージアに例えたのは……きっと発言なんかを一刀両断したからだろう。
 だって容赦無いし。リージー←

「ロア……そろそろ、本題入りやがれ?」

「怖いねー、君は」

 拳を構えるライラに「物騒なプログラムは入れてないのに。やっぱり自我のせいでバグったかなー」なんて呑気に言うロア。
 ……いや、魔王殲滅プログラムも恐ろしいだろ←

「確か、ブラッドがブロッサムの身体を乗っ取ったんだっけ?」

「そ。引き離したいんだけど、何とかできない?」

「できるけど、無理だね」

「どっちだよ」

 できるのかできないのか……はっきり言えや!

「べつに引き離し自体は問題無いよ。それはウー君の時から何度かやってきたし」

「初代の時から!?」

 え。それ、何?
 初代も身体乗っ取られたことがあるの!?

「……ただ。今引き離しちゃうと、ブラッドがどうなっちゃうか……そこが一番心配なんだよね」

「ブラッドが?」

 あの変態吸血鬼がどうなるって……?

「あの時は、まだブラッドの身体があったからね。でも今は魂だけ。キサッズドたちと違って、死んだらアウト……というか死んでるようなモノなんだしねー」

 再びロアはサラっと言い切った。
 そして、言われた俺らもフリーズした。

「彼、ウー君のコンプレックス指摘しちゃって。それでキレたウー君が、ブラッドの着けてた眼鏡に、お仕置きとして封印しちゃったんだよねぇ。で、そのほとんどすぐ後に、始原の学園が綺麗サッパリ消し飛んじゃったからさ☆」

「軽く言える話か、それはアアアアアアッ!!!!」

 ようやく復活した俺は、渾身最大のツッコミシャウトを放った。
 だってそんなトラウマレベルの出来事をサラっと言われましてもねぇ!!?

「あれだろ!? 要はブラッドは死んで幽霊化してるもんなんだろ!? つまり離れたら即成仏ってこと!!?」

「即成仏……あの世行きゴー・トゥ・ヘヴン?」

「まあ、そうなるかな?」

「かな? じゃないよね!? そんな問題じゃないだろ!!」

 どこまでも軽く言うロアに殺意が芽生えた。
 こいつ……人(魔貴族だけど)の命をなんだと思ってるんだ……。

「どうしたの? ……あ。まさか……助けたいとか?」

「…………」

 ……ホントに腹立つわ、こいつ。
 知ってて言ってるだろ。

「……悪いか、バ神」

「バ神じゃなくて神なんだけど。……で、本気? 違う?」

 楽しそうに。……けど、さっきと違い、冷たい笑みへと変えてたずねた。
 ロアの……冷たい、神様としての一面。

「一度決めた以上はやってやる。良いか悪いかはともかく、な」

「その結果、不幸になっても?」

「ああ。どんな責任も背負ってやるさ」

 それだけは断言する。
 一度決めたことにたいして、絶対に逃げ出したりしない。

「……ふふっ。相変わらず、君は面白いね。その歳で正義と罪が紙一重なのを理解しているんだもの」

「気色悪いぞ、テメェ」

「そう言わないでよ。褒めてるんだよ?」

「1ミリもうれしくねぇよ」

 ふっ、といつものロアに戻った。
 いつもの軽口を叩き、「さて」と立ち上がる。

「ブラッドはブロッサムといるんだよね? ここにはいない……ってことは、プリシアナ学院なのかな?」

「ああ。……なんだ? 協力してくれるのか?」

 不敵の笑みで返せば、同じく笑顔で頷き返してきた。

「まあ、彼も俺の教え子だし。死んだと言えど、ほっとけないからね」

「そうか。協力感謝するぜ」

 クスクスと面白そうに笑うロアに、一応感謝の言葉を伝える。
 バカでも腐っても神だからな。

「それなら急いだ方がいいかな? のんびりもしてられないかも」

「え……」

 何? や、やばいのか?
 それが顔に出てたか、またも面白そうにロアが笑う。

「あー、違う違う。身体に影響が出るとか、そういうことじゃないんだ」

「影響無し……なら、何?」

 ライラがたずねると、またもニッコリと。嫌なくらいにこにこと笑みを浮かべる。

「……気持ち悪い。おい、早く言え。バ神」

「その呼び方やめてって。べつに深い意味は無いよ」

 言って、「ただ」と続ける。

「ブラッド。今頃絶対騒ぎ起こしてるだろうなって。ウー君の時も同じだったし。……ブロッサムの身体ですき放題してるかも」

 言われて……またも俺の頭はフリーズした。
 つまりアレか……? 俺の時と同じく、女子とか口説いて血を狙ったり……?

「……じょ――冗談じゃねぇええええええッ!!!!!」

 ふざけんな! ブロッサムの身体でそんな……生きて帰すかあのヤロォオオオッ!!!

「帰るぞライラ! 俺の可愛いブロッサムの危機だ!」

「ブロッサムの危機……評判悪化?」

「それで済むなら、まだマシだけどね」

「やめろ! 変な言い方するんじゃない!!」

 冗談じゃない! 俺のブロッサムに何かあったら……!

「そうなったら……」

 ――ぶっ殺す。
 ひそかにそんな怒りを燃やしながら、召喚した飛竜に乗るのだった。
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