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マッドサイエンティストの恐怖?

 ――――

「……ここか」

 元凶と思われる人物のドアの前に立つ。
『イネス・ワイヨン・サルーフィ』と書かれた薔薇のプレートを見て、小さく意気込む。

「よし。いいか?」

「ああ」

「いいよ~」

「よー」

 俺のパーティメンバーが頷いた。他六人も否定の声は無い。
 それを確認した後、俺もニコッと笑みを浮かべる。

(う……なんでそんな良い笑顔を……)

(ああ、もうっ。可愛いなあ、アユミは)

(……っ。その顔は反則でしょう……っ!)

(やべ……見とれちまう……)

 ブロッサム、セルシア、フリージア、バロータの男子(女子)四人が、何故か一斉に俺から目を反らした。
 ……失礼だな、おい。

「まあいいや……よし」

 特に気にしなかった俺は、ドアから少し距離を取る。

「頼もォォォォォォッ!!!」

 で。ドアを思いきり蹴飛ばして吹っ飛ばした。

「なんでだァァァァァァ!!?」

 ブロッサムの悲鳴のようなツッコミが背後から響いてきた。
 それも無視し、薄暗い部屋の中を散策していく。

「オーイ。無駄な抵抗はやめて出てこい。金出せや、コラ」

「強盗かよ! ってそうじゃないだろ!」

 隅々まで確認しながら、イネスを探していく。
 ……が、ものすごーく静かだ。

「…………。もしかして、いないのか?」

「……かもしれませんね」

「つーか、あれだけ馬鹿でかい音出して、気づかない方がおかしいだろ」

 バロータの言うことに、「たしかに」と全員が頷いた。
 やっておいてなんだが、普通なら気づくよな。うん。

「うぇー……本だらけでつまんないなー」

「ホント……魔法薬品の本がほとんどみたいだね」

 レオとチューリップが本棚を見ながらつぶやく。

 部屋の中には本が大量に占めていて、床にもいっぱい転がっている。
 ……マジで研究室って感じ。

「これだけあるなら、解毒剤の作り方もあるんじゃないかしら?」

「ちょっとした発掘作業になりそうだけどな……」

 ブーゲンビリアの案は、バロータによって考え直された。
 この人数でも探すのが面倒なくらいの量だからな……。
 それに自然と治るっぽいし、急がなくても大丈夫だろ。

「とりあえず今はイネスだな。面倒だから、ここにホシがいるといいけど」

「証拠も無いのに犯人扱いかよ」

 反射的なブロッサムのツッコミに気にせず、一番奥の部屋を覗き見た。

「……ん?」

 覗き見た際、耳に微かな吐息が聞こえてきた。
 ……ここに、いるのか?

「……この中、か?」

 山積みの本を倒さないように奥に進む。
 見るとタンスやクローゼット。机の上には白衣や使いっぱなしの食器がある。
 ここだけ生活感見られるが……いったいどうやって生活してるんだ。

「……ここか」

 本に囲まれたベッドに行けば、規則正しい寝息が聞こえてきた。
 よく見ると布団の隙間から長い白髪が出てきてる。

「……おーい。いたぞー」

 とりあえず全員に声をかけた。
 本の山に苦戦しながらも、全員やってくる。

「いたの? アユミ」

「ああ。そこにな」

 言ってベッドを指さし、布団を少しめくった。
 ぐっすりと、非常に幸せそうな顔で眠るエルフの青年――イネスの顔が現れる。

「……ぐー……」

「あ、いたんだ。寝てるけど」

「つーか、あの爆音で起きないって……」

 バロータがどこか恐ろしげにイネスを見る。
 たしかにアレで起きないって、どんだけ爆睡してんだ。こいつは。

「どうする~? 叩き起こして尋問する~?」

「尋問……という名の、恐喝?」

「やり過ぎだろ! ……一応起こして聞くか」

 妖精霊コンビのサラっと恐ろしい発言を止め、とりあえず起こして聞く。という方向性で行くことに。

「おい。起きろ、コラ」

「んー……」

 手始めに揺さぶってみた。
 ……反応はあるが、目を覚ます気配はない。

「……熟睡してるね。一発で目が覚めるよう、ナパームやグレネードの爆発で起こす?」

「一発で永眠になるわ!! というか何に使用するために持ってたんだ!?」

 セルシアがどこからか出した爆発物はブロッサムが却下した。
 そんなことしたら逮捕されるの俺たちだしな。

「あ! じゃあ鍋に頭入れて、金属のおたまで叩いて大きな音で起こすのは?」

「騒音以前に鼓膜が破れるだろ! 却下!」

「えー? でもボク、これで起こしてもらってるよ?」

「どんな耳してんだ!」

 レオの『死者の目覚め』作戦も却下した。
 というか、それはブーゲンビリアの破壊ボイスを普通に聞けるレオ以外ダメだろ。絶対。

「起こす……身ぐるみ剥いで、寒気立たせる?」

「却下に決まってるだろ! おまえはなんでそんなえげつない案しかないんだ!」

「鈍器で急所とか頭とか首とか叩くのは~?」

「だから! なんでおまえらそんな腹黒い案しかないんだよ! 却下!!」

 妖精霊コンビの案も即座に却下された。
 いやあ……最近こいつら黒くなったなあ……←

「じゃあ、アレか? 【ピー】を【ピー】して、それから――」

「発禁用語ォォォォォォッ!!! 絶対ダメ!! つーかやるなあああ!!!」

 俺の案も却下された。
 超真っ赤な顔で、そして戦慄を感じたような顔色を浮かべている。

「じゃあ、どうするんだ? ブロッサム。この寝坊野郎を起こすのを」

「そ、それは……「んー……」あ……」

「うるさいですねぇ……何なんですか、さっきから……」

 あ。起きた。
 ま、横で大声で叫んだり騒いだりすりゃ、起きるわな。普通。
 イネスは眠そうな目を俺らに向け、気づいたのか、顔を歪めた。

「な、何なんですか、あなた方は!? 不法侵入で訴えますよ!」

「訴えられんのはテメーだ。学校中に性転換の薬ばらまきやがってよ」

「おいおい、まだ証拠もないのにその言い方は……」

 拳をバキバキ鳴らす俺に、バロータがやや怯えながら止めようとする。
 が、その前にイネスがキョトンとしながら俺らを見る。

「性転換って……もしや、ブロッサムも?」

「え? お、俺?」

「ブロッサムどころか学院全域だよ。学院にいる奴全員がなっちまったんだよ」

 呼ばれ、目を丸くするブロッサムの横で、俺がイライラ気味に言った。
 するとイネスは俺に目もくれず、身を乗り出してブロッサムの顔を間近で見始める。

「……あなた。ブロッサム、ですか?」

「あ、ああ……?」

「……そうですか。……ふ、ふふふ……」

 俯いて何故か不気味に笑い出した。
 さすがに怖くなったのか、ブロッサムが後ずさった。

「お、おい……いったい――わあああ!!?」

「ハーッハッハッハッ!!! ついに! ついに成功しました!! 私はやり遂げましたよ!!」

 ブロッサムを引き寄せ、高笑いをし出した。
 いきなりのことに俺らも呆然。ついでにドン引きする。

「繰り返すこと約85日間! 失敗に失敗を重ね、ようやく成功したということですね! ああ……なんて長い月日だったのでしょう……! 薬を水道水に混ぜて試した甲斐がありました!」

「…………」

 ……なんなんだ。こいつは。
 勝手に一人でべらべらとしゃべってくれたんですけど。
 犯人だって自白してくれたんですけど。

「えーっと……このアホが犯人、でいいんだよね?」

「そうじゃないの? 勝手に言ってくれたし」

「よくよく考えたら、彼は性転換していないしね」

「はあ……おい。イネス」

 問いに答えるレオとセルシア。
 別の意味で頭痛が起こってきたのを確認しながら、一人意気揚々としているイネスの耳を引っ張りつつ話しかけた。

「いだだだっ!! な、何をするんですか、アユミ=イカリ!」

「それはこっちのセリフだ。ブロッサムから離れやがれ。というか、引きこもりも俺の名は知ってるのか」

 イライラ気味に言えば、こいつは「はっ」と鼻で笑いやがった。

「ブロッサムと一緒に引っ付いているから知っただけですよ。何考えてるかわからないライラという小娘と、陰険腹黒妖精のシルフィネスト。そしてブロッサムに引っ付くムカつく女、アユミでしょう」

『…………』

 こっちに背を向けて吐き捨てるように言うイネス。
 それに対し、だんだんと殺気を膨らませる人物が四人。

「……おい、セル。こいつ。今この場で始末してもいいよな?」

「治っちゃうし~。問題児なら処罰しても、問題ないよね?」

「どうせ治る……いなくても大丈夫?」

「そうだね。生徒会長としても、彼の愚行は見過ごせないからね」

 笑顔で話しながら、各自それぞれ武器を構えた。
 背後ではフリージアたちが部屋から退避して行く。何故ならブロッサムが「俺も連れてって!」と目で訴えてるから。
 そして、さすがに俺らの殺意は感じ取れたらしい。イネスの表情が青ざめていく。

「あ、あの、皆さん? 笑顔が黒いですよ?」

「決まりだな……」

「ぶ、武器など構えて何をする気ですか!?」

「いい加減――失せやがれコノヤロォォォォォォッ!!!!!」

「ちょ、待っ――ぎゃああああああーーーッ!!!」

 ――――

 あれから三日後。
 朝起きたら自然と元通りになりました。
 元通りになったことを確かめるように、今はソファに寝転ぶブロッサムに寄り掛かっている。

「あー……疲れた日々だったな」

「まったくだ。人に散々セクハラしやがって……」

「そういうブロッサムも触られたら、なんだかんだで感じ「うるさい! 黙れ、変態!!」」

 俺の言葉を大声で掻き消したブロッサム。
 え? 何をしたか? ……それはみんなの想像に任せるさ←

「そ、それよりっ! 結局、イネスが性転換の薬を作った理由って、なんだったんだ?」

「…………。あー。そういや、聞くの忘れてたな」

 これ以上自分の恥ずかしい話をされたくないらしく、今思い出した、と言った感じで話をすり替えてきた。
 それに対し、そういえばそうだった。と言わんばかりに答える。

「……おい。ホントか? 実は聞いているんじゃないのか?」

「知らないって。うたぐり深いな、おまえは」

「うー……」

 俺の言葉が納得いかないか、睨むように目を細めた。
 それをどこ吹く風、という風にかわす。

「ホントだって。機嫌直せって。……な?」

 駄目押しみたいに触れるだけのキスをすれば、ようやく諦めたか、拗ねた表情で顔を背けた。

「……知らないなら、いいけど」

「はいはい、拗ねないの」

 背中に回される腕の中に居心地の良さを感じながら、むくれるブロッサムの胸に頭を擦りつけた。

(……うーん。相変わらず勘が鋭いなあ……)

 そして、突かれた核心を何とかごまかせたことにも安堵した。
 ……実を言うと、イネスが何の目的で性転換の薬を作ったか。本当は知ってる。
 ただ、その理由をブロッサムには言いたくなかった。

(だって……言えるか。あんな理由だと)

 これ以上ブロッサムに纏わり付く害虫は付いてほしくない。
 自分の中に眠る強すぎる独占欲を感じながら、それをごまかすようにブロッサムに甘えるのだった。

 ――――

「おのれ~~~……アユミ=イカリめぇ~~~……!!」

 イネスの悔しそうな低い声が、部屋の中で反響した。
 現在イネスは自室にて、反省文を300枚ほど書かされている。
 誰がやらせたかは、言うまでもない。

「私の……“私のブロッサム”にベタベタと……! せっかく彼を女性へと変え、愛らしい彼女へと変えることができたというのに……!!」

 ギリギリと歯ぎしりしながら、勝手なことを言っている。
 どうやら自業自得という言葉はないらしかった。

「あ゙ーーーーッ!!! いったいいつになったらこれも終わるんですかーーー!!」

 山のように積まれた反省文に頭を抱えて叫び出した。
 自己中心的な性格だった。それもとんでもなく強く←

「キーーーッ!!! 覚えてなさい! 復讐日記とリストに付けておきますからねーーー!!!」

 イネスはどこからか日記を出すと、反省文そっちのけでそれに書きはじめるのだった。



 マッドサイエンティストの恐怖?

 ――――

(私のブロッサムに、私のブロッサムに、私のブロッサムにーーーッ!!!)

 ――――

(また奴が近くにいるな。……しかしなんでまたブロッサムに……調べてみようかな)
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