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れっきとした

 なにもかも完璧に見えるあいつ。

 普段男っぽいから忘れがちだけど……。

 ……あいつもれっきとした、女……なんだよな。

 ――――

「やっほ、バロ」

「アユミ?」

 授業が終わり、開放感溢れる学院。
 自室に戻って何と無く菓子作りをしていると、思わぬ客に目を丸くした。

「珍しいな。おまえがここに来るなんて」

「まあな。つーかただの暇つぶしだし」

「それだけかよ……」

 まあアユミらしいっちゃアユミらしいけど。
 こいつの思考は行き過ぎて、たまにわけわかんねぇし←

「だって他に行き場が無いんだよ。俺の可愛い天使ちゃんは補習だし、妖精賢者と甘党ノームはレオパーティとモーディアル学園に遊びに行ったし、リージーはネメシアに取られたし、セルはエデンとバトってるし、スティクスは構ってくれないし、アマリリスはアイドル活動中だし」

「あ。他はもう行ったのか……」

 ってか対象のほとんどが男なのは、ツッコミ入れていいのか?←

「というわけで。暇だから遊んで? バロ」

「いや、俺、今手が離せないし……あ」

「なんだ?」

「型抜き入れっぱなしだったっけ……棚に箱あるから取ってくんねぇか?」

「クッキーくれるなら」

「やるから。ちゃんとやるから」

「イェッサー!」

 クッキーだけでそこまで乗り気になれるのか……まあいいけど。

「あれか。よっ……ぐっ……ギギギ……ッ!」

「……ん?」

 なんか妙な声が……。
 ちらっと後ろを見てみる。

「ふ……ぎゅ……ぅぅぅ……っ」

「…………」

 ……どうやら目的の物まで手が届かないらしい。
 背伸びして精一杯腕を伸ばしているが……ダメだ。ギリギリ届いていない。

「あー……ごめん。俺が悪かった……後で取「平気、だ……!!」……」

 意地でも背伸びで取る気か……いや、べつにいいんだけど……。

(……なんか、子供みたい)

 そーいやアユミ、ヒューマンの中でも小さいからなー。
 クラッズと間違われてもおかしくないくらいだし……。

「ぐっ……ぉおおおっ!」

「あ」

 取った! 思いきり背伸びして取りやが……って。

「馬鹿! 危な……っ」

「え? あ、わわわッ!!?」

 ガシャーンッ!!!

「ふぎ……ぅえ?」

「~~~……っ。いってぇ……」

「んな……っ」

 あー……間に合ったー……。
 何とかギリギリアユミを庇えたっぽい。
 落下した箱もアユミには当たってないようだ。

「え……ちょ。大丈夫かよ!?」

「いや、大丈夫だって。バハムーンだし、耐久力とか」

「バハムーンでも痛いものは痛いだろ……。ってか腕。血が……」

「え?」

 言われて防いでいた右腕を見ると、小さな切り傷ができてた。
 そういや一際でかい一撃があったな……。
 何気なく箱を見ると、角が赤く染まってる。ああ、なるほど←

「平気だって。傷もそんな大きくないし。……つつ」

「ほら見ろ。とりあえず止血を……って何かあったっけ、俺」

 そう言ってアユミはポケットやらウエストポーチとかに手を突っ込んで包帯を探し始まる。

「いや、いいから。これは……」

「俺がよくねぇよ。……あ。コレ使えるか」

「え? おい!?」

 ちょ……! なんでネクタイを解いてボタンを(上から二個)外してるの!?
 何を取る気だ!?

「包帯代わりになら使えるよな……んっ」

「わーーーッ!!!? ちょ、待て! ストップ! ストップーーーッ!!」

 なんでサラシを解くんだよ!?
 ちょ……胸元ヤバイ!!←

「つーかよりによってなんでソレ!?」

「え? 止血くらいなら使えると思って」

「だからって今使ってるサラシは無いだろ!!」

「大丈夫だ。まだいっぱい持ってるし」

「いや、そういう問題じゃなくて!!」

 羞恥心とかそういうのは無いんですか!?
 何よりその……年頃の野郎には、その、見えそうで見えない胸は理性がマズイと言いますか……。

「まあとりあえずアレだ。これで血は止まると思うから。傷口は後でフリージアにでも治してもらったら」

「そーする……だからまずその胸元のボタン閉めてクダサイ……」

 それ以上刺激的なもの見せないでくれ……。
 前に見せられた女魔王の幻覚並にヤバイ。いや、現実なだけに、余計マズイ。

「……閉めなきゃダメか?」

「な、なんで聞くんだよ」

「いや、きつくなるから」

「ぶふっ!?」

 き、きつ……!? ちょっと待て……アユミってそんなに胸あったのか!?

(……た、たしかに……これは結構……っ)

 ちょっと失礼して胸元に視線を走らせる。
 ……たしかに大きい。解く前にはなかった、柔らかそうな胸が見える。

(アユミも、女……だもんな。うん……)

 性格も男っぽいし、普段サラシ巻いているせいか、そんなに意識してなかったけど……。
 まあ……今こうして見れば、目の前のこいつはれっきとした女ってわけで……。

「……バロータ? 大丈夫か?」

「え? あ、ああ……」

 話し掛けられ、目が合う。
 ……が、なんか恥ずかしくて合わせられない。

(……あれ? なんか……あ、あれ?)

 い……いや、待て待て、俺。相手はアユミだぞ?
 好きな奴だっているし、そこへさらにセルシアやフリージアとかも片想いしている奴だぞ!?
 俺もドツボにハマったなんて……。

(ありえない。つか、あっていいわけが無い!!)

 そりゃ、よく見れば美人だし、たまに見せる人懐っこいとこなんかも可愛いし、戦ってる姿なんか凛として惚れそうなくらいカッコイイ……ってオイ!!←

「バロータ。さっきから何一人でぶつぶつつぶやいてるんだ?」

「い、いや、べつに……」

「ならいいが……」

 キョトンと首を傾げながら俺を見ている。
 やめろ! またぐらつきそうになってるから!!

「バロータ。その生地どうするんだ?」

「え? いや。後は型を抜くだけだからすぐだって」

「そうか。……ってことは焼き上がるのを待つだけか」

 ……スゲー期待に満ちた目で見ている。
 うん、ホントに本能に忠実なんだな←

「大丈夫だから。ちゃんと仕上げるから。そしてやるから」

「よっしゃ! さすがバロ! 大好きだ!」

「す、好きっ!!?」

 聞こえた単語に思わずガタッと音がするくらい後ずさりしたうえ、声もなんか裏返っちまった。
 要するに、めちゃくちゃ動揺しました、ハイ←

「? 話がわかるから好きって意味だが」

「あ……ああ、そっちか! あ、あはは……」

 だよな……特に深い意味なんて無いに決まってるよな……。
 ……なんであんな単語に心臓バクバクなんだろ。そしてものすごく落胆しているんだろ……。

「……ホントに大丈夫か? なんか変だぞ?」

「だ、大丈夫だよ! 大丈夫だから……」

「なら良いが……」

 不思議そうにしつつ、視線は再び生地の方へ。
 ……あれ。こいつ……甘いの、好きなのかな……?

「……あと30分待てよ。一番甘いの食わせてやるから」

「! おう!」

 そう言えば、すごくうれしそうな顔でこっちに笑いかけてくれた。
 それはもう飛びっきりの笑顔をな。

「…………。あー、ったく……」

 頭を掻きながら、小さくため息をつく。
 ……セルシア、フリージア。おまえらの気持ち、よーくわかった。

(マジで惚れた……かも……)

 今か今かと待っている、自由本坊なこの女に。


 れっきとした

 ――――

(俺まで落ちるなんて)

(思っても見なかった)
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