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変わる周り

 ブロッサムとフリージア

「…………」

「…………」

 保健室で安静している俺らは静かだった。
 ――というか、話すことがなかった……。
 いやだって……口開けば飛んでくるのは俺への皮肉ばっかりだからさ……。

(気まずい……いたたまれない……)

 フリージアは体を起こして本を読んでいて、俺は……とりあえず横になってる。フリージアから顔を背けて。
 散々寝てしまっている俺はベッドに横になっても眠気はない。

(あの時の答えが聞きたい、が……無理だよな……)

 あの時、とは三学園交流戦の決勝戦でのこと。
 俺がフリージアに勝ったら、俺への厳しい態度と俺へ当てられる期待についてを答える、とフリージアは言った。
 そして厳しい魔法対決は……俺が勝った。
 もっとも、そのあと俺もフリージアも気を失い、気づいた時には保健室だったという間抜けな話だけど。

(セルシアと……フリージアの期待、か……)

 ……気になる、とは言ったが、正直言うと聞くのも怖い。
 あまり過剰な期待で……落胆されるのが、嫌だから。

「……ふう……」

 どうしようか。と思ってると、隣からフリージアのため息と本を閉じる小さな音が聞こえてきた。

「……聞きたいことがあるなら、早く聞いたらどうなんですか? 安静生活が終われば、私も暇が無くなるので」

「……!」

 ……うん、どうやら俺の考えがお見通しらしい。
 さすがというか何と言うか……。

「聞かせてくれるのか?」

「……そういう約束ですので」

 素っ気ない言い方だが、前より邪険にされていない……気がする。
 とりあえず身体を起こし、フリージアの方へ顔を向けた。
 俺が起き上がるとフリージアが話し出す。

「戦っている時に言いましたが、セルシア様はブロッサムに期待しています。……セルシア様ほどではありませんが、私もです」

「期待……ウィンターコスモスの人間として、か?」

 それしか思い浮かばないのでそう言うと、「全然違いますよ」と即座に否定された。

「セルシア様はあなたの……あなた自身の力が、どこまで上がるのかを期待しているのです」

「……え?」

 俺自身の、力?

「昔、セルシア様は言ってました。ブロッサムには魔法の才能がある。僕よりも強力な魔法の力を持つ、と」

「あー……それ、武術より魔法の方が扱いやすかったし、特化で習えば当然だと思うんだが……」

 頬を掻きながら苦笑する。
 分家と言えど、ウィンターコスモスの血を引いていることに違いはない。まして本家のセルシアはガキの頃から既に高等教育を受けている。
 したがって俺の父親もまた、セルシアと張り合えるようにと色々教わり、その中で魔法が一番才能があったからそれを教わったという訳だ。

「父上は厳しいから、怒られないよう必死でやってただけ。……ま、言ったっておまえらは知らないだろ「知ってますよ」……は?」

 またもやフリージアに遮られた。
 だが同時に、言われた言葉に目を丸くする。

「あなたは周りに失望されないよう、時には寝ずの努力もして頑張ってきたこと。あなたの父、ロータス様はあなたに様々な学問を教えたこと」

「な、なんで知って……」

「頼まれたからですよ。……ロータス様に」

「!」

 父上に……頼まれた……?

「初めてお会いした時から、ロータス様はつねにあなたのことを気にされていました。……あなたの前では素直に言えないだけです」

「父上、が……?」

「ウィンターコスモスの人間としての責任と元教師としての教え方、そして父親としての感情がごちゃまぜになってしまったんでしょうか。……少なくとも私やセルシアの前では、とても優しい顔でしたから」

「…………」

「ブロッサムはとても賢く自分よりずっと魔法の才能がある。あの子は私の自慢の子だ、と」

 親父が……そんなこと……。

「ロータス様も父親としてうれしかったんですよ。しかしウィンターコスモスの人間としての責任が、それを邪魔して……態度が固くなったんでしょう」

「……どうして、フリージアに……?」

「セルシア様に頼むわけにはいかないでしょう。……後、私ならあなたの才能を伸ばす良きライバルになれるからと。さすが術師学科の元教師ですね。見る目が素晴らしい」

「…………」

「事実あなたは私に勝ちました。正々堂々、全校生徒の前で私に勝った。……いい加減自分の才能と強さを自覚してください」

 呆れたようにフリージアがため息をついた。
 ……俺は言葉が出なかった。
 本家のセルシアは成績も人望も実力もいいが、俺は……小さい頃からのいろいろなプレッシャーもあり、自分に自信が無い。
 ましてフリージアには、いろいろ嫌味や皮肉なんか言われまくったからなおさら。
 だけど父上に頼まれて、それでずっと自分を見てくれたとわかると……。

「……フリージア」

「なんですか」

「俺……ちゃんと、必要とされてたんだよな……? その……父上にとっていらない存在とかじゃ……ないんだよな……?」

「二度も言わせないでください」

 フリージアがまっすぐ俺を見て、はっきり言った。

「あなたはちゃんと、ロータス様に愛されています。ブロッサムはいらない人間なんかではありません」

「……そ、か……」

「ロータス様だけじゃありません。セルシア様もあなたの実力を認めている。もちろん私も。……あの二人だって、あなたを必要としているじゃありませんか」

「……シルフィー……アユミ……っ」

 前が滲んで見えなかった。
 うれしさが、頭を真っ白にしてる。

「そう、なんだ……」

 なんでだろう。
 様々な気持ちが、涙となって零れていく。
 あの時と――冥府の迷宮で、アユミに必要だと言われた時と同じ。

「……よかった……っ」

 俺を見てくれて、それで……俺を認めてくれている。
 あいつ以外にもちゃんといる。

(ありがとう……アユミ……)

 心の中で礼を言う。
 多分面と向かってじゃ、言えなくなると思うから。
 フリージアは何も言わず、涙を流す俺の横で黙って聞いているのが有り難かった。
 しばらくの間、保健室は俺の小さな嗚咽で満たされた。

 ――――

 思えばある意味不思議だな。
 あいつがここに転入して、偶然俺の隣になって俺と出会って。パーティ組んで、シルフィーと会って……あいつの運命を知った。
 自分の望んでいない運命なのに、今も必死に戦ってる。
 そんな強いあいつのおかげで俺も強くなった。
 もし会わなかったら? もし別の奴と仲良くなったら? ……想像できないし、したくない。

(もっと強くなろう……アユミと並んで、追い付く為にも)

 今はまだ遠いけど、いつかは守れるくらい強くなりたい。
 だってあいつは……俺にとって“特別”だから。
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