埋め合わせ
私はスノー家の、セルシア様の執事。
私はただ、セルシア様に仕えていれば、それだけで幸せだ。
……なのに……。
――――
ああ……なんでこんなことに……?
数分前の自分を呪いたくなる。
「……はあ……」
ため息をつき、片手で頭を押さえる。
……原因ですか? 原因は……。
「んー、良い天気。絶好の昼寝日和だな」
今現在、私の隣にいるアユミさんです。
――――
なぜこうなったか。
それは遡ること10分前。
「次は図書室の本棚の整理。その次は書類の整備。その次は……」
今日一日の予定をまとめながら、図書室へと向かう。
今日は休日だが、図書委員兼執事の私はやることが山積みだ。
「さらに……」
ぶつぶつとつぶやきながら廊下を曲がる。
……時だった。
「ん……?」
視界の端に何かが映った。
その先は木々と花で彩る中庭。その中に、一点だけ不自然な色が映る。
「アレは……」
明るい色の花の中に、まるで不純物のように、“彼女”が目立つ。
白や黄、ピンクと言った花の中にただ一人。長い黒髪を風に煽られながら、花畑の中に居座る少女。
「アユミさん」
「……ん? あ。フリージア」
プリシアナの男子制服を身に纏う少女――アユミさんで間違いなかった。
それなりに距離があるが、聞こえたのか、私の声に振り返る。
「何をしているんですか。こんなところで」
「いやあ、ちょっと暇でさぁ。ブロッサムを弄り遊ぼうかなーって思ったんだけど、あいつ今日補習でいないんだよ」
「(弄り遊ぶって……)ああ、そうでしたね。リリィ先生のところに、何人かいましたから」
彼は実技は申し分ありませんが、どういう訳か筆記試験や知識の方は最下位ですからね。
退屈そうな彼女は「そういや」と私を見上げる。
「フリージアは? おまえのことだから補習なんてないんだろ?」
「私はこれから図書室に行くところです」
そう言えば「ふぅん」と対して興味なさそうに頷いた。
……と、同時に、彼女の視線が上から下、私を品定めするかのように見ていることに気づく。
「……なんですか」
「フリージア。ちょっと」
手招きし、来るようにと促している。
嫌な予感がする――が、行かなかったらおそらく、地獄の果てまで着いてくるだろう。
「……こうですか?」
「うん」
渋々近寄れば、満面の笑みでアユミさんは笑う。
(……っ)
不意に、心臓が高鳴った気がする。しかも座り込んでいる為、自然と上目使いだ。
……顔が、見れない。
「……よし。ていっ!」
「は? ……なッ!!?」
瞬間、何が起きたかわからなかった。
彼女がなぜか意気込むと、急に抱き着かれ……え?
「やっぱり! ブロッサムと同じくらい細くて抱き着き心地最高♪」
「な、ななな……!!?」
あまりにも突然過ぎて支えきれず、半ば押し倒されるように倒れる。
書類が汚れてないか心配なんですが←
「いきなり何なんですか! あなたは!」
「いや……フリージア、意外とブロッサムと体格差ないんだなって。ほらブロッサム、意外と腰細くてライン良いから」
……何が言いたいんだ。一歩間違えれば確実にセクハラの発言だ。
というかなんでそんなことを知っている。
「フリージア」
「はい」
「俺に襲われろ」
「…………」
「あ、ごめん。間違えた。だからそのブリザード並の凍てつく瞳はやめて」
嘘だ。目が本気でしたよ。
……これの相手をブロッサムは毎日やっているのですか。
「訂正訂正。俺とひなたぼっこしろ」
「なんで上から目線なんですか」
しかもどっちにしろ決定系ですし。
……なんでこの人はこんなに自由人なんですか。
「まあとりあえず……そこの木陰で休もうぜ」
「だから休みませ……っていい加減離れなさい!!」
一応拒否するがやはり聞く耳持たず。
結局アユミさんに連れられてしまった。
――――
そして冒頭へ戻る。
「うん。抱き着き加減もいいわ。見かけより筋肉あるし……やっぱ男の子か」
「黙りなさい。訴えますよ」
あれからずっと抱き着かれている状態だ。
引きはがそうにも力が強く、加えてこの発言……誰か何とかしていただけませんか?
「ん……ブロッサムがいないから今日はダメかと思ったけど、よかった。フリージアが通りかかってくれて」
「“今日は”って……あなたいったいブロッサムに何をしているんですか」
「いや、抱き着いたりしてる」
……ブロッサムはあなたの抱きまくらですか?
「アユミさん……あなたは何がしたいんですか?」
「ああ……俺、体温欠乏症だから、人の温もりが恋しくなるんだ」
「なんですか、その病名は……」
言いながら胸元に擦り寄り、顔をこすりつけてくる。……まるで猫だ。
(生徒の皆さんを騙しているみたいなものですね……)
『プリシアナの男装の麗人』
『プリシアナの最強の女王 』
……とまあ様々な通り名が彼女にある。
彼女は知らないみたいですが。
「ん……フリージアも体温あったかい。気持ち良いな」
「はあ……」
「……うん……生きてる実感を感じる」
「……は?」
生きてる……? 何を当たり前なことを……。
「だってさ、生きてなかったらこんなに安心することってないだろ? 体温感じると、すごく安心する」
「……だからブロッサムに抱き着くのですか?」
そうたずねると「ああ」と、どこか気弱な声で返される。
「抱きしめたり抱きしめられるとさ、すごく安心するんだ。ちゃんと互いが生きてるし、なんつーか……一人じゃないってわかる」
「でも」とアユミさんは続ける。
「死にかけの人間とか、体温がない奴には感じない。逆に熱を奪われるみたいで……怖く感じる」
「……アユミさん……?」
「冷たくなる身体は……これから死んでいくみたいで……まるで心もなくなるみたいで――嫌い」
わずかだが、彼女の表情が泣きそうに歪んだ。回された腕にも力が篭る。
……アユミさんが、震えている……?
「アユミ、さん……」
「――あははっ! 悪い悪い。なんか、湿っぽくなっちゃったな」
もう一度名前を呼べば、ハッと我に返ったようにあっさりと私から離れた。
その顔には張り付いたような笑顔が浮かんでいる。
「なんか……悪いな。引き止めたうえ変な話まで聞かせて」
「……いえ。それは……」
「悪いな、フリージア。……じゃあな」
あれだけしつこかったのが嘘のように背を向けた。
張り付いた笑みを着けたままで。
「……ッ!!!」
さっきよりはかなげで、あのままでは、消えてしまいそうな錯覚に駆られて……。
「え」
「あ……」
もう一度、今度は自分が彼女を引き寄せた。
身長の低い彼女は、あっさりと腕の中に収まる。
「フリージア? えっと、どうした……?」
「あ……その……」
い……言えない。
一瞬でも、アユミさんが消えてしまいそうだったなんて。
アユミさんに消えてほしくなかったなんて……。
……絶対に言えない。
「…………こ」
「こ?」
「こ……ココアでもいかがですか? 図書室で」
「……は?」
何を言ってるんだ、私は!
だいたい図書室は飲食禁止でしょう!
「そ、の……暖かいのを感じたい、という実感が欲しいのでしょう?」
「ああ……そうだけど?」
「体温ではありませんが……代わり程度にはなりますから」
「……作ってくれるのか?」
目を丸くし、小さく首を傾げながら私を見上げる。
自分でも気づかない内に力が篭る。
「暇だったら……作ってあげなくもない……です」
「そうか? ……フリージア」
ぐる、と私の腕の中で身体の向きを変えた。
そのせいで私とアユミさんは密着した状態で互いの顔を見合わせることになる。
「ごめん、気を使わせて……それから」
ふわりと、とても柔らかな笑顔が彼女に浮かぶ。
「――ありがとう。フリージア」
いつもの楽しげな笑みでも、先程の張り付いた笑顔でもない。
目の前には少女特有の、年相応の笑顔。
「――い……いえ……」
顔が熱い。心臓がうるさい。頭が真っ白になりそうだ。胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
……なのに、ひどく心地良い。
「……い、行きますよ!」
「うわっ! わかったから引っ張るなって!」
この鼓動がアユミさんにも聞こえてしまいそうで、だから離れて腕を引っ張った。
聞かれるのが恥ずかしかった。
(でも……)
それ以上に、アユミさんが笑顔に戻ったことが嬉しかった。
埋め合わせ
――――
(それで少しでも安心してほしいなんて)
(我ながら馬鹿げてる……)
私はただ、セルシア様に仕えていれば、それだけで幸せだ。
……なのに……。
――――
ああ……なんでこんなことに……?
数分前の自分を呪いたくなる。
「……はあ……」
ため息をつき、片手で頭を押さえる。
……原因ですか? 原因は……。
「んー、良い天気。絶好の昼寝日和だな」
今現在、私の隣にいるアユミさんです。
――――
なぜこうなったか。
それは遡ること10分前。
「次は図書室の本棚の整理。その次は書類の整備。その次は……」
今日一日の予定をまとめながら、図書室へと向かう。
今日は休日だが、図書委員兼執事の私はやることが山積みだ。
「さらに……」
ぶつぶつとつぶやきながら廊下を曲がる。
……時だった。
「ん……?」
視界の端に何かが映った。
その先は木々と花で彩る中庭。その中に、一点だけ不自然な色が映る。
「アレは……」
明るい色の花の中に、まるで不純物のように、“彼女”が目立つ。
白や黄、ピンクと言った花の中にただ一人。長い黒髪を風に煽られながら、花畑の中に居座る少女。
「アユミさん」
「……ん? あ。フリージア」
プリシアナの男子制服を身に纏う少女――アユミさんで間違いなかった。
それなりに距離があるが、聞こえたのか、私の声に振り返る。
「何をしているんですか。こんなところで」
「いやあ、ちょっと暇でさぁ。ブロッサムを弄り遊ぼうかなーって思ったんだけど、あいつ今日補習でいないんだよ」
「(弄り遊ぶって……)ああ、そうでしたね。リリィ先生のところに、何人かいましたから」
彼は実技は申し分ありませんが、どういう訳か筆記試験や知識の方は最下位ですからね。
退屈そうな彼女は「そういや」と私を見上げる。
「フリージアは? おまえのことだから補習なんてないんだろ?」
「私はこれから図書室に行くところです」
そう言えば「ふぅん」と対して興味なさそうに頷いた。
……と、同時に、彼女の視線が上から下、私を品定めするかのように見ていることに気づく。
「……なんですか」
「フリージア。ちょっと」
手招きし、来るようにと促している。
嫌な予感がする――が、行かなかったらおそらく、地獄の果てまで着いてくるだろう。
「……こうですか?」
「うん」
渋々近寄れば、満面の笑みでアユミさんは笑う。
(……っ)
不意に、心臓が高鳴った気がする。しかも座り込んでいる為、自然と上目使いだ。
……顔が、見れない。
「……よし。ていっ!」
「は? ……なッ!!?」
瞬間、何が起きたかわからなかった。
彼女がなぜか意気込むと、急に抱き着かれ……え?
「やっぱり! ブロッサムと同じくらい細くて抱き着き心地最高♪」
「な、ななな……!!?」
あまりにも突然過ぎて支えきれず、半ば押し倒されるように倒れる。
書類が汚れてないか心配なんですが←
「いきなり何なんですか! あなたは!」
「いや……フリージア、意外とブロッサムと体格差ないんだなって。ほらブロッサム、意外と腰細くてライン良いから」
……何が言いたいんだ。一歩間違えれば確実にセクハラの発言だ。
というかなんでそんなことを知っている。
「フリージア」
「はい」
「俺に襲われろ」
「…………」
「あ、ごめん。間違えた。だからそのブリザード並の凍てつく瞳はやめて」
嘘だ。目が本気でしたよ。
……これの相手をブロッサムは毎日やっているのですか。
「訂正訂正。俺とひなたぼっこしろ」
「なんで上から目線なんですか」
しかもどっちにしろ決定系ですし。
……なんでこの人はこんなに自由人なんですか。
「まあとりあえず……そこの木陰で休もうぜ」
「だから休みませ……っていい加減離れなさい!!」
一応拒否するがやはり聞く耳持たず。
結局アユミさんに連れられてしまった。
――――
そして冒頭へ戻る。
「うん。抱き着き加減もいいわ。見かけより筋肉あるし……やっぱ男の子か」
「黙りなさい。訴えますよ」
あれからずっと抱き着かれている状態だ。
引きはがそうにも力が強く、加えてこの発言……誰か何とかしていただけませんか?
「ん……ブロッサムがいないから今日はダメかと思ったけど、よかった。フリージアが通りかかってくれて」
「“今日は”って……あなたいったいブロッサムに何をしているんですか」
「いや、抱き着いたりしてる」
……ブロッサムはあなたの抱きまくらですか?
「アユミさん……あなたは何がしたいんですか?」
「ああ……俺、体温欠乏症だから、人の温もりが恋しくなるんだ」
「なんですか、その病名は……」
言いながら胸元に擦り寄り、顔をこすりつけてくる。……まるで猫だ。
(生徒の皆さんを騙しているみたいなものですね……)
『プリシアナの男装の麗人』
『プリシアナの最強の
……とまあ様々な通り名が彼女にある。
彼女は知らないみたいですが。
「ん……フリージアも体温あったかい。気持ち良いな」
「はあ……」
「……うん……生きてる実感を感じる」
「……は?」
生きてる……? 何を当たり前なことを……。
「だってさ、生きてなかったらこんなに安心することってないだろ? 体温感じると、すごく安心する」
「……だからブロッサムに抱き着くのですか?」
そうたずねると「ああ」と、どこか気弱な声で返される。
「抱きしめたり抱きしめられるとさ、すごく安心するんだ。ちゃんと互いが生きてるし、なんつーか……一人じゃないってわかる」
「でも」とアユミさんは続ける。
「死にかけの人間とか、体温がない奴には感じない。逆に熱を奪われるみたいで……怖く感じる」
「……アユミさん……?」
「冷たくなる身体は……これから死んでいくみたいで……まるで心もなくなるみたいで――嫌い」
わずかだが、彼女の表情が泣きそうに歪んだ。回された腕にも力が篭る。
……アユミさんが、震えている……?
「アユミ、さん……」
「――あははっ! 悪い悪い。なんか、湿っぽくなっちゃったな」
もう一度名前を呼べば、ハッと我に返ったようにあっさりと私から離れた。
その顔には張り付いたような笑顔が浮かんでいる。
「なんか……悪いな。引き止めたうえ変な話まで聞かせて」
「……いえ。それは……」
「悪いな、フリージア。……じゃあな」
あれだけしつこかったのが嘘のように背を向けた。
張り付いた笑みを着けたままで。
「……ッ!!!」
さっきよりはかなげで、あのままでは、消えてしまいそうな錯覚に駆られて……。
「え」
「あ……」
もう一度、今度は自分が彼女を引き寄せた。
身長の低い彼女は、あっさりと腕の中に収まる。
「フリージア? えっと、どうした……?」
「あ……その……」
い……言えない。
一瞬でも、アユミさんが消えてしまいそうだったなんて。
アユミさんに消えてほしくなかったなんて……。
……絶対に言えない。
「…………こ」
「こ?」
「こ……ココアでもいかがですか? 図書室で」
「……は?」
何を言ってるんだ、私は!
だいたい図書室は飲食禁止でしょう!
「そ、の……暖かいのを感じたい、という実感が欲しいのでしょう?」
「ああ……そうだけど?」
「体温ではありませんが……代わり程度にはなりますから」
「……作ってくれるのか?」
目を丸くし、小さく首を傾げながら私を見上げる。
自分でも気づかない内に力が篭る。
「暇だったら……作ってあげなくもない……です」
「そうか? ……フリージア」
ぐる、と私の腕の中で身体の向きを変えた。
そのせいで私とアユミさんは密着した状態で互いの顔を見合わせることになる。
「ごめん、気を使わせて……それから」
ふわりと、とても柔らかな笑顔が彼女に浮かぶ。
「――ありがとう。フリージア」
いつもの楽しげな笑みでも、先程の張り付いた笑顔でもない。
目の前には少女特有の、年相応の笑顔。
「――い……いえ……」
顔が熱い。心臓がうるさい。頭が真っ白になりそうだ。胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
……なのに、ひどく心地良い。
「……い、行きますよ!」
「うわっ! わかったから引っ張るなって!」
この鼓動がアユミさんにも聞こえてしまいそうで、だから離れて腕を引っ張った。
聞かれるのが恥ずかしかった。
(でも……)
それ以上に、アユミさんが笑顔に戻ったことが嬉しかった。
埋め合わせ
――――
(それで少しでも安心してほしいなんて)
(我ながら馬鹿げてる……)