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体温

「はあ……シルフィーの奴、呑気に寝てやがって……」

 アユミの刀を強化状態で修復してからプリシアナ学院に戻って、それからシルフィーを部屋に置いてきた。
 魔力を相当消耗したのか、今もずっと寝っぱなしだ。

「……さて、俺も戻るか」

 冥府の迷宮でエデンという奴にイペリオンをぶっ放したせいか、俺も魔力の消費が激しい。

(今日は早目に寝よう……)

 そう思って自室のドアを開けた。
 ――瞬間、目を疑った。

「あ、おかえり」

 ……何故か、俺の部屋のベットでアユミがくつろいでいたからだった。

「な……なんでおまえがここに……!?」

「大声出すとフリージアにばれるぞ。……あー、強いて言えば……部屋まで戻るのがめんどくさい」

「俺の部屋の真上だろ!?」

 たしかに学生寮は広い。
 だがこいつの部屋は俺の部屋のすぐ上だ。そんなに遠くはねぇぞ!?

「帰れよ! なんでそれっぽっちでめんどくさいんだよ!」

「やだ。だるい。ここにいる」

「ばれたらまずい、って言ったのおまえだろ!」

「安心しろ。ここに一晩だけだ。泊まるのは」

「もっとまずいわ!!」

 女(男の制服とは言え)が男の部屋に泊まるって……あらゆる意味でやばいだろ! 俺が!!

「頼む、帰れ、帰ってくれ! 今度こそフリージアに殺される!」

「ばれなきゃ大丈夫だろ。おまえが大声出さなきゃ」

「おまえが帰れば早い話だろ!」

 あいつはセルシアが寝てから寝て、起きる前に起きる奴だぞ!?
 こんなこと、ばれる確率の方が高いわ!

「頼むから帰ってくれ……俺は命が惜しい……」

「んなこと言うなよ。……な?」

 う……っ。上目づかい……、いや、流されるな! 流され……。

「なあ……ダメ、か?」

 流、さ……れ……。…………。

「……こ……今晩、だけだぞ」

「よっしゃ!」

 ……ダメだ。抗えねぇ……。
 なんで……なんでこんな目に……。
 泊まれるとわかったか、こいつは堂々とベッド上でゴロゴロし始めた……子供かよ。

「んぁ~……おまえんとこ、すっげーふかふかで柔らかい。沈む。……セレスティア仕様か?」

「……まあ、な。翼あるし」

 ふかふかが好き……なのもたしかにあるが、俺はセレスティア。翼があるため、背中が痛くない様、かなり柔らか目の素材が使われているんだ。

「いいなー……やっぱりこれから毎晩「ダ・メ・だ!」……チッ」

 ふざけんな! そんなことすればフリージアに……ああ、考えるのも恐ろしい……!

「はあ……」

「ため息つくなよー。幸せ逃げっぞー」

「……もう逃げてるよ」

 ……おまえがここにいる時点でな。

「……はぁあ……」

「…………。ブロッサムー」

 朝日が拝めるかどうか考えていたら、急に名前を呼ばれた。
 なんだ、と思いつつ振り向く。

「ちょっとこっち来て、隣座ってくれ」

「……なんでだよ」

 聞くが「いいから早く」と急かされた。
 ……多分言う通りにしないと連呼される可能性が高いため、しかたなく隣に座る。

「……。えいっ」

 びたっ。

「……へ」

 ……我ながら間抜けな声。
 だけど、今はそんなこと気にしている場合じゃなかった。

「ん。思った通り抱き着き心地最高」

「な……な、なな……!?」

 何故か真っ正面に来ると、俺の胸に飛び込んできた。そのまま腰に腕も回っていく。
 理由はわからない。ってか理由がわからない!

「な……何やって……!?」

「ん。感じたかったから」

「何を!?」

「体温」

 体温!? 体温を感じていたいって……なんでだ!?

「な、なな……何考えてこんな!」

「んー……生きてるなーって思いたいから?」

「は……?」

 生きてるな……って?

「さすがに今回は死ぬかと思ったからな。いまさらだが、やばいと感じた。だから、今自分は生きてここにいるって感じたい」

「それって……怖い、のか?」

 恐る恐るたずねれば、「そうかもな」と俺の胸に顔をこすりつけながらつぶやいた。

「おまえがイペリオンを……おまえが来なきゃ、確実に殺されてた。おまえもシルフィーもそうだったかもしれない。……そうなるのは絶対にごめんだ」

「アユミ……」

「おまえも俺も生きてる。この体温がその証拠。……それを感じてる」

 ……もしかしてこいつ、これをやりたかったからここに……。

「……自分に言い聞かせたのか?」

「……もうちょっとだけ」

 言ってさらにぎゅっ、と強く抱き着かれる。
 ……なんか、それがすごく弱々しく見えて……。

「……む?」

「な、何となくだからな。何となく……」

 ……俺もこいつを抱きしめてやった。
 やっといてなんだが……すごく恥ずかしいな……。

「俺ができることってたかが知れてるけど……それでも、必要なら力になってやるから……」

「……ん。ありがと、ブロッサム」

 埋めていた顔を上げ、柔らかな笑顔を向けられた。

「……っ。こ、今回だけだ! 今回だけ……!」

 ……超至近距離(しかも上目づかい)でそれはやめてくれ。
 今、軽く理性が吹っ飛びかけたから……!

「……んー。心地良いな」

「そ、そうか」

「ブロッサムだから、かもしれない……」

「そうか……え?」

 俺だから……?
 どういう意味だ?

「おい、それはどういう……」

「……すぅ……」

「……え? ちょっ……おいっ」

 聞こうと思ったけど聞けなかった。こいつ、もう寝てやが……つかこの体勢で!?

「起きろ! この体勢はまずいって!」

「……ぅぅん……」

 揺するが効果無し。
 規則正しい寝息が聞こえてくるだけだ。

「……うぐ……」

 勘弁してくれ……俺がもたない……。

「……んぅ……ブロッサム……あ……がと……」

「な……っ」

 なんで夢の中でまで……。

「……すー……」

「……はあ」

 ……こんな安心しきった顔で寝られたら、起こすことができないじゃないか。
 フリージアのことなど、頭から抜けていた俺は、しかたなくこのままベットに潜り込んだ。
 ……しょうがないだろ。馬鹿力で離すこと自体ができないんだから。

「……もういい。諦めて寝よう」

 正直俺も眠い。
 こいつが落ちない位置にいるか確かめてから、俺も寝ることにした。


 体温

 それは互いが生きてると感じてる証

 ――――

(ブロッサム。昨夜のことで少々お話があります。……生徒指導室で)

(げっ! フリージア……!!)
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