白黒天使ラバーズ
「……えっと。材料はこんなところ、か?」
目の前にずらりと並んだ食材の数を見て一人頷く。
「アユミ、最近機嫌悪いからな……」
前回のナデシコの一件以来、アユミのイライラのボルテージが上がっている。
何せナデシコと出会った時は、必ずと言っていい程バトルが勃発するんだ。
そのせいか知らないが、とにかくイライラがすごい。
「うまいもの食って、機嫌直らないかな……」
人一倍食うのが好きなあいつのことだ。何か差し入れすれば機嫌が直るかもしれない。
……が、パーティの資金とかはいざって時に使うため、学院内では必要最低限の金額しかない。
だから作ることにした。あいつ俺のやるもの(例え市販品でも)なら受け取るから、手作りならさらに喜ぶ……いや! 機嫌が直るはずだ!
……そりゃ、俺は料理初心者だからそんな豪華なのはできないけど←
「……とりあえず、作ろう」
大丈夫だ。図書室から料理の本(ちなみにタイトルは『サルでもわかる簡単料理』。……なんでこんな本があるんだ)も借りたし。
何か一品くらいはできるはず。
――――
五分後。
一品くらいはできるはず……。
できる……はずだろ……?
「なのに……」
ズドォオオオン……。
開始わずか五分で自室の調理台が地獄の焼け野原になるってどういうことだよ……(泣)?
両手傷だらけで何回も回復魔法かけて、魔力が切れかけたから絆創膏貼りまくってそれでも頑張ったのに、廃墟になるってなんでだよ……(泣)?
(食材全部はすべて灰か生ゴミか魔物化してるし……)
そりゃあ今まで料理なんざやったことないし、自分の料理スキルも知らなかったけど……レベルがマイナスなのってひどくね?
「どうしよう……これじゃ、アユミの機嫌を直るわけねーし」
かと言って誰かの助けも借りられない。
……こんなん知られたら絶ッ対バカにされる!!
「まずい……どうする、俺……」
アユミのイライラに付き合ってたら身が持たないし……何か良い案はないのか!?
「なら素直に聞けばいいんじゃないかな? 一人でやっても悪化するだけだよ」
「やっぱり? ……って、わぁあああっ!!?」
後ろから返事がした、と思って振り向いたら、いつの間にかセルシアがいた。
いつ入って来たんだよ!!?
「お、おま……ッ! いつの間に!? 何の用だよ!?」
「いや、君が食材を大量購入したのを見たから気になって」
よりによってセルシアに見られてたなんて……。
最近こいつの方が怖いんだよな……。
「……なんだよ。何か文句でもあるのか?」
「可愛いげがないよ? ブロッサム。特に何もないし、気になっただけだから」
「なら即刻帰れ! 俺も暇じゃねぇんだよ!」
相変わらず微笑みながら言う従兄弟に、ついツッコミを入れてしまう。
セルシアは気にせず、「まあまあ」と落ち着いて話し出す。
「べつに文句はないよ。むしろ今まで他人と関わることをしなかった君が、誰かのために慣れないことして頑張っているのはうれしいことだし」
む……なんだよ、突然……。
べ、べつに……うれしくねぇし……。
「……もっとも」
「……?」
「――五分で焼け野原にし、激物制作という名の料理の腕前とは思わなかったけど」
「うるせぇええええええっ!!!!!」
なんでホント素直に言っちゃうかなあ!! いいことも悪いことも!
「おまえに言われる筋合いないわ! いいから帰れ! 即刻!」
「涙目で言われなくても帰るよ。料理をできるように頑張ってね」
「言われんでもわかっとるわぁああああああッ!!!!!」
ドガァアアアンッ!!!
にこにこと笑い、白いはずなのに黒く見えるセルシアをウィスプで吹っ飛ばした。
つい吹っ飛ばしてしまった。――やばい。後でフリージアに殺される……!←
「うう……ホントに料理マスターしないと……」
やっちゃったものはしかたない……とりあえず、せめて簡単なクッキーくらいはできないと……。
そう思いながら、とりあえず再び調理台に立つのだった。
――――
セルシアSide
「いたた……」
ブロッサムの精霊魔法ウィスプにより、寮から中庭まで思いきり吹っ飛ばされた。
「うーん、ホント変わったなあ……容赦なくなったし」
前のブロッサムなら絶対にしない。
それだけ彼女――アユミの存在や影響が大きいんだろうね。
自信と、ついでに彼のツッコミのレパートリーも増えてきてる。
「……とはいえ」
頑張るのはいいけど、それがアユミの為に、というのはちょっと気にいらない。
……いや。どっちかと言うと、うらやましい、かな?
「僕では疑われるからなあ……」
前にクラスメートが「好きな子ほどいじめたくなる」とか、「話しているだけですごく楽しい」とか何とか話していたのを聞いたことがある。
……前はうまくわからなかったけど、今は理解はできる。何と無くだけど。
アユミといるとすごく楽しいし、からかったり食い下がったりして反応を見たり、アユミが僕だけと会話してる時なんか、妙に気分がよくなる。
反対に他の誰か……特に男子と話しているとなんか嫌になる。イライラし過ぎてペンを累計16本もへし折ったくらいだ。
「……ブロッサムも似たような感じなのかな?」
彼女に好意を持っているのはわかってる。気づいたのが何と無く、とか曖昧な理由だけど……。
もっとも、最近バロータに「目が怖い!」とか何か言ってたから、無意識には理解してるんだろうけど。
「……さてと。これからどうしようかな」
しゃべっていてもしかたないし……もう一回ブロッサムのところへ様子を見に行こうかな?
アユミに毒物を与えるわけにもいかないし。
「……そうと決まったら――」
――――
ブロッサムSide
「よ、よし……できた……!」
何とか本を見ながら、料理を終わらせることができた。
……なんか異臭やら断末魔の叫びみたいな煮込み音がするが、大丈夫……はず←
「あとは邪魔(特にセルシア)とか入らなければ……」
ガチャ。
「失礼するよ」
「出たな、セルシア!」
疫病神が降臨しやがった!
ほとんど反射的に杖を構える。
「ひどい言い方だね。というか、僕のどこが疫病神なの?」
「なんで心の声を聞いてんでだよ!!」
読心術使えったっけ!?
……と思ってると、ズイッ、と間近に迫ってきた。……素晴らしい笑顔で。
「な、なん……」
「ねぇ……僕のどこが疫病神なのかなあ?」
笑顔でたずねてきたセルシア。
……あの、黒い何かが見えるんですケド。なんで笑顔に陰りがあるの? なんで剣を抜いてるの!?
もしかして俺、セルシアの地雷踏んだ!?
「ねぇ、僕のどこがそうなんだい? ねぇ、僕は君を不幸した? 僕は君をどん底に叩き落としたっけ? 僕は貧乏神なのかなあ?」
「ちょ、待っ……こっち来るなよ、頼むからっ!!」
やっぱり地雷踏んでましたーーーッ!!!
恐怖しながら一歩ずつ後退する俺に「ねぇ? ねぇ?」と笑顔でせがみながら迫るセルシア。
やばい……こいつ怒らせると、とんでもなく怖いんだよっ! 抜き身の剣も持ってるから殺されそうなんですけど!!
「い、いったい何が目的なんだよ! 何があってここに!?」
「あ……そうだった。ごめんね。つい、取り乱しちゃって」
あ……とりあえず元のセルシアに戻った。剣もとりあえず収めてくれる。
よかった……とりあえずは。
「えっと……何が目的でここに?」
「危険物……じゃなくって、料理がどこまでできてるかなって」
「やっぱり帰れ」
サラっと言ったな? 今笑顔でサラっと言ったよな!?
「で……できてるよ! 見かけは……悪いけど、さ」
「どれどれ」
言ってセルシアは鍋の中を覗き込む。
「…………。すごいね。人間の食べ物から猛毒の沼池を錬金するなんて」
「沼池じゃねぇよ!!」
涙目で叫び返す。
いつから毒舌キャラになったんだよ、おまえは!
「まったく……ん?」
「な、なんだよ?」
突然俺の後ろを覗き込んできた。きょとんしながら。
「オーブン、なんかまずくないかい?」
「え?」
言われ、俺も後ろ……オーブンへ顔を向ける。
ドゴォオオオンッ!!!
「「…………」」
あれ……? 俺たちの前で、オーブンが爆発したんだけど……。
「……何を入れてたんだ」
「……た、試しに作ったケーキだけど、入れっぱなしだったの忘れてた……」
「ケーキを? ……ケーキを爆発物にさせるって、ある意味すごい才能だね」
「爆発物言うなーーーッ!!!」
言うなよ! 思いきり傷つくんだけどぉおおお!!?
「うう……どちらにせよ、食い物作戦失敗か……」
これじゃ、アユミは喜ばないよな……。どうしよう……。
「……ふぅ。しょうがないね」
「……なんだよ」
人が真剣に落ち込んでいる時に……。
と思っていると、いつの間に置いていたのか、大きめの鞄に手を伸ばす。
「それは?」
「アユミの機嫌がいつまでも悪いのは僕も嫌だからね。手を貸してあげようかなって思って」
言って出したのは……非常に美味そうなクッキーの山だった。
「……おまえが、焼いたのか?」
「いや。これはすべてバロータがやってくれたんだ。僕が焼くより美味しくできるだろうからね」
「あ……そうか」
それを聞いて少し安心した。
いや……アユミの機嫌を直すのがセルシアの手作りってのは……なんか、負けた気分になるから嫌だし。
バロータならパティシエ学科に入っているから美味いのはわかるし、まだ納得もできる。
「今回は素直に甘えようよ。できるのを待ってたらいつになるのやら」
「む……し、しかたないか……」
……たしかにセルシアの言うことも一理あるな。
悔しいけど……。
「……けど、なんで」
……こんなにも協力的なんだ?
裏がありそう、というか裏があるようにしか考えられないんだが。
「ん? ……ああ。もちろん目的ならあるよ」
「な……」
「顔に書いてあるよ? 理由は深くないよ。ただ君よりアユミと親しくなりたいだけ」
「あ、そう……」
頷きかけ、だけどセルシアの言ったことに気づき、バッと振り返る。
「セルシア。今なんて?」
「だから、アユミと親しくなりたいんだよ。君より」
……俺、より? 俺より親しくって……。
「……えっと……まさかとは思うけど……セルシア」
「なに?」
ゴクッ、生唾飲み込みながら、にこにこと天使の笑みを浮かべる従兄弟にたずねてみる。
「アユミのこと……す、す……好き、なのか?」
「うん、そうだよ」
「……ち、ちなみに、どういう意味で?」
「一人の女性として」
あっさり答えたな……じゃなくて!
「な、ななな……ッ!!? 嘘だろ!!?」
「嘘じゃないよ。僕はアユミのことが好きだよ」
「おまえはそういうキャラじゃないだろ!?」
「僕もそう思う。だけど交流戦以来、彼女が気になってね……」
「…………」
開いた口が塞がらない、とはこういうことか。
驚き過ぎてコメントが浮かばない、出てこない←
(というか、よりによってセルシアを……)
惚れさせるなんて……アユミ凄すぎだろ……。
ってやばい……セルシアもアユミを狙ってるなんて……明らかに俺が不利だ!!
(まずいまずいまずい!! いろんな意味でまずい!)
セルシアにどうやって勝てと!?
人望良し。成績良し。性格(表)良しの三拍子を生徒会長……あれ? 俺、勝つ要素があるのか?
「……はあ……自分で言ってて虚しくなった」
どうしよう。勝算あるのか。
「(相変わらずすさまじいね、ネガティブモード)……まあそんな訳で負ける訳にはいかないから。とりあえずアユミの機嫌を直すために、この部屋でお茶会開くことにしたから」
「え゙っ!?」
い、今なんつー恐ろしい発言を!? よりによって調理台が地獄と化している今あ!!?
「おまえ、何の為にこんな真似を!!」
「もちろん蹴落と……勝つためだよ。策略だね、策略」
上品に言ってもブラック面がちらちら見えてますが!!?
セルシア……元のセルシアはどこに行った……←
「って言ってる場合じゃねぇ!」
早いとこ、この現状を何とかしないと!
このままじゃアユミが何を言うか……、
ガチャ。
「おい、何の用だコラ」
って来ちゃったよぉおおお!!
来るなと願った矢先に来ちゃったよ!!
「やあ、アユミ」
「やあ、じゃねぇよ。人の刀ぶん取っといてよく言うぜ」
パクった!? セルシアが!?
「そうでもしないと来てくれないじゃないか」
「自業自得だバカヤロウ……っておい、なんで台所が魔界化しているんだ?」
「はっ!!」
ああああああッ!!!!!
ツッコミに夢中で忘れてたーーー!!!
「ち、ち、ち、違うんだ! これには訳が!!」
「料理を作ろうとして、結果が激物制作に結んだだけだよ」
「セルシア、テメェエエエッ!!!」
ばらしやがった!! それも笑顔で!!
完全に俺を蹴落とす気満々じゃねぇか!!
「料理って……どう見ても暗黒物質(ダークマター)か本物の闇鍋にしか見えないんだけど」
グサッ。
ひ、ヒットした。心にクリーンヒットしたぞ、今。
そりゃ、外見は悪いけどさ……べつにそんなまずくはない! ……はず。
「お茶会って……まさか闇鍋パーティとは言わないよな?」
「言わないよ。僕だって命が惜しいし。本命はコレ」
言ってセルシアはバロータのクッキーを出す。
ついでにいつの間にかティーセット付きで。
「あ、美味そうだな。……もしかしてセルシアの手作り?」
「ああ」
嘘つくんじゃねぇえええええ!!! それバロータの作品だろうがあああッ!!!
……そう叫びたいけど叫べなかった。早い話、いつの間にか沈黙させる魔法、サイレンドをかけられたからだ!
回復魔法使えないから自然回復を待つしかない……。
「へえ。器用なんだ、菓子作り。あ、美味い」
そりゃ現役パティシエ学科生のバロータが作りましたからな。
クッキーくらい美味くて当たり前だから!
「そうか。それはよかった。紅茶も飲むかい?」
「ノーシュガーなら」
「相変わらず淡泊だね……知ってるけど」
いつ!? いつ知ったの!?
俺の知らないうちにか!?
「……で。これは何? 餌付けか?」
「君が機嫌悪いのは僕らも困るからね。で、何か甘い物でも食べれば落ち着くかなって」
「結局餌付けか。……まあ、俺が原因みたいなのは認めるが……」
「自覚あるんだ……じゃあ、これ食べてる間だけでも機嫌直らないかな? イライラのし過ぎも良くないよ」
「……そうだな。まあ、今回ばかりは頷いてやる」
待て!! 騙されるな!
ああ、くそっ! 言葉が出せればこいつの本性とか企みとかばらして阻止できるのに!!
「それじゃ、ここでお茶会でも始めようか。ブロッサムも場所の提供してくれたし」
「ここで? ……ってそういや、なんでブロッサムは一言も喋らないんだ?」
俺を見て「いつもなら真っ先にツッコミが飛ぶのに」と目を丸くして首を傾げるアユミ。
か、かわいい……って思ってなんかない!←
「見られて絶望的になってるから、ショックで言葉が出ないんじゃないかな?」
それ、おまえのせいだっつの!! その王子面を剥がしてやりたい!
「そうか……たしかにその料理(激物錬金)のレベルはな……」
なんでそっちを信じるの!?
いや、あながち間違いでもないけど……ってか料理を違う意味で言ったよな、今!
「まあいい……これ食って元気出せ。ほら、こっち」
言ってぽんぽん、と自分の隣を叩く。
やめて……そんなかわいそうな目で俺を見ないで……。
「ふふ……よかったね、ブロッサム。理解はしてもらえて」
誰のせいだと思ってやがんだ!
ほとんどおまえが元凶なんだよ、黒セルシア!!
「んじゃ、セルシア。くれ。つか寄越せ」
「相変わらず上から目線だね。……君らしいけど」
言って楽しそうに手慣れた会話をする二人。
……くっ。おもしろくない。サイレンドもいつになったら切れるんだ?
「……ん? その手……」
アユミはふと俺の、絆創膏を貼りまくった両手を取った。
……あ。グローブ外してたんだっけ。
「……あー、なるほど。おまえなりに努力はしたのか。結果はともかく」
うぐっ……。最後のは言うなよ……傷つくぞ。
「おいおい、そんな顔するなよ」
「…………」
「――ブロッサム」
俯いていると真剣な声で呼ばれた。
顔をあげると、同時に口に何かを突っ込まれる。
「ムグッ」
「そんなに拗ねるなよ。結果はともかく、努力は買ってやるよ」
頭を撫でながら、小さく笑うアユミ。
「……ば、バカ。誰のせいだと思ってんだよ」
嬉しさやら恥ずかしさやらがごちゃまぜになって、口に突っ込まれたクッキーを噛みながらそっぽを向いてしまった。
サイレンドも効果がなくなり、口から普通に声が出る。
「ま、食う気にはなれないがな」
「うるさい!」
悪態つくが、それも楽しげに言い返す。
……あれだけで一気に気分が上がるなんてな。惚れた弱み、とはよく言ったもんだ。単純、とも思ってる。
(まあいいか……)
少しと言えど機嫌が直ったし。
俺も嬉しいから。
「――思ったより強敵だね……ふふふ。なおさら負けられないなあ」
……紅茶を用意しながら言ったセルシアの言葉は、あえて無視しておこう。
恋暴動轟音!
――――
(俺だって好きなんだから、)
(俺は俺で譲れない)
目の前にずらりと並んだ食材の数を見て一人頷く。
「アユミ、最近機嫌悪いからな……」
前回のナデシコの一件以来、アユミのイライラのボルテージが上がっている。
何せナデシコと出会った時は、必ずと言っていい程バトルが勃発するんだ。
そのせいか知らないが、とにかくイライラがすごい。
「うまいもの食って、機嫌直らないかな……」
人一倍食うのが好きなあいつのことだ。何か差し入れすれば機嫌が直るかもしれない。
……が、パーティの資金とかはいざって時に使うため、学院内では必要最低限の金額しかない。
だから作ることにした。あいつ俺のやるもの(例え市販品でも)なら受け取るから、手作りならさらに喜ぶ……いや! 機嫌が直るはずだ!
……そりゃ、俺は料理初心者だからそんな豪華なのはできないけど←
「……とりあえず、作ろう」
大丈夫だ。図書室から料理の本(ちなみにタイトルは『サルでもわかる簡単料理』。……なんでこんな本があるんだ)も借りたし。
何か一品くらいはできるはず。
――――
五分後。
一品くらいはできるはず……。
できる……はずだろ……?
「なのに……」
ズドォオオオン……。
開始わずか五分で自室の調理台が地獄の焼け野原になるってどういうことだよ……(泣)?
両手傷だらけで何回も回復魔法かけて、魔力が切れかけたから絆創膏貼りまくってそれでも頑張ったのに、廃墟になるってなんでだよ……(泣)?
(食材全部はすべて灰か生ゴミか魔物化してるし……)
そりゃあ今まで料理なんざやったことないし、自分の料理スキルも知らなかったけど……レベルがマイナスなのってひどくね?
「どうしよう……これじゃ、アユミの機嫌を直るわけねーし」
かと言って誰かの助けも借りられない。
……こんなん知られたら絶ッ対バカにされる!!
「まずい……どうする、俺……」
アユミのイライラに付き合ってたら身が持たないし……何か良い案はないのか!?
「なら素直に聞けばいいんじゃないかな? 一人でやっても悪化するだけだよ」
「やっぱり? ……って、わぁあああっ!!?」
後ろから返事がした、と思って振り向いたら、いつの間にかセルシアがいた。
いつ入って来たんだよ!!?
「お、おま……ッ! いつの間に!? 何の用だよ!?」
「いや、君が食材を大量購入したのを見たから気になって」
よりによってセルシアに見られてたなんて……。
最近こいつの方が怖いんだよな……。
「……なんだよ。何か文句でもあるのか?」
「可愛いげがないよ? ブロッサム。特に何もないし、気になっただけだから」
「なら即刻帰れ! 俺も暇じゃねぇんだよ!」
相変わらず微笑みながら言う従兄弟に、ついツッコミを入れてしまう。
セルシアは気にせず、「まあまあ」と落ち着いて話し出す。
「べつに文句はないよ。むしろ今まで他人と関わることをしなかった君が、誰かのために慣れないことして頑張っているのはうれしいことだし」
む……なんだよ、突然……。
べ、べつに……うれしくねぇし……。
「……もっとも」
「……?」
「――五分で焼け野原にし、激物制作という名の料理の腕前とは思わなかったけど」
「うるせぇええええええっ!!!!!」
なんでホント素直に言っちゃうかなあ!! いいことも悪いことも!
「おまえに言われる筋合いないわ! いいから帰れ! 即刻!」
「涙目で言われなくても帰るよ。料理をできるように頑張ってね」
「言われんでもわかっとるわぁああああああッ!!!!!」
ドガァアアアンッ!!!
にこにこと笑い、白いはずなのに黒く見えるセルシアをウィスプで吹っ飛ばした。
つい吹っ飛ばしてしまった。――やばい。後でフリージアに殺される……!←
「うう……ホントに料理マスターしないと……」
やっちゃったものはしかたない……とりあえず、せめて簡単なクッキーくらいはできないと……。
そう思いながら、とりあえず再び調理台に立つのだった。
――――
セルシアSide
「いたた……」
ブロッサムの精霊魔法ウィスプにより、寮から中庭まで思いきり吹っ飛ばされた。
「うーん、ホント変わったなあ……容赦なくなったし」
前のブロッサムなら絶対にしない。
それだけ彼女――アユミの存在や影響が大きいんだろうね。
自信と、ついでに彼のツッコミのレパートリーも増えてきてる。
「……とはいえ」
頑張るのはいいけど、それがアユミの為に、というのはちょっと気にいらない。
……いや。どっちかと言うと、うらやましい、かな?
「僕では疑われるからなあ……」
前にクラスメートが「好きな子ほどいじめたくなる」とか、「話しているだけですごく楽しい」とか何とか話していたのを聞いたことがある。
……前はうまくわからなかったけど、今は理解はできる。何と無くだけど。
アユミといるとすごく楽しいし、からかったり食い下がったりして反応を見たり、アユミが僕だけと会話してる時なんか、妙に気分がよくなる。
反対に他の誰か……特に男子と話しているとなんか嫌になる。イライラし過ぎてペンを累計16本もへし折ったくらいだ。
「……ブロッサムも似たような感じなのかな?」
彼女に好意を持っているのはわかってる。気づいたのが何と無く、とか曖昧な理由だけど……。
もっとも、最近バロータに「目が怖い!」とか何か言ってたから、無意識には理解してるんだろうけど。
「……さてと。これからどうしようかな」
しゃべっていてもしかたないし……もう一回ブロッサムのところへ様子を見に行こうかな?
アユミに毒物を与えるわけにもいかないし。
「……そうと決まったら――」
――――
ブロッサムSide
「よ、よし……できた……!」
何とか本を見ながら、料理を終わらせることができた。
……なんか異臭やら断末魔の叫びみたいな煮込み音がするが、大丈夫……はず←
「あとは邪魔(特にセルシア)とか入らなければ……」
ガチャ。
「失礼するよ」
「出たな、セルシア!」
疫病神が降臨しやがった!
ほとんど反射的に杖を構える。
「ひどい言い方だね。というか、僕のどこが疫病神なの?」
「なんで心の声を聞いてんでだよ!!」
読心術使えったっけ!?
……と思ってると、ズイッ、と間近に迫ってきた。……素晴らしい笑顔で。
「な、なん……」
「ねぇ……僕のどこが疫病神なのかなあ?」
笑顔でたずねてきたセルシア。
……あの、黒い何かが見えるんですケド。なんで笑顔に陰りがあるの? なんで剣を抜いてるの!?
もしかして俺、セルシアの地雷踏んだ!?
「ねぇ、僕のどこがそうなんだい? ねぇ、僕は君を不幸した? 僕は君をどん底に叩き落としたっけ? 僕は貧乏神なのかなあ?」
「ちょ、待っ……こっち来るなよ、頼むからっ!!」
やっぱり地雷踏んでましたーーーッ!!!
恐怖しながら一歩ずつ後退する俺に「ねぇ? ねぇ?」と笑顔でせがみながら迫るセルシア。
やばい……こいつ怒らせると、とんでもなく怖いんだよっ! 抜き身の剣も持ってるから殺されそうなんですけど!!
「い、いったい何が目的なんだよ! 何があってここに!?」
「あ……そうだった。ごめんね。つい、取り乱しちゃって」
あ……とりあえず元のセルシアに戻った。剣もとりあえず収めてくれる。
よかった……とりあえずは。
「えっと……何が目的でここに?」
「危険物……じゃなくって、料理がどこまでできてるかなって」
「やっぱり帰れ」
サラっと言ったな? 今笑顔でサラっと言ったよな!?
「で……できてるよ! 見かけは……悪いけど、さ」
「どれどれ」
言ってセルシアは鍋の中を覗き込む。
「…………。すごいね。人間の食べ物から猛毒の沼池を錬金するなんて」
「沼池じゃねぇよ!!」
涙目で叫び返す。
いつから毒舌キャラになったんだよ、おまえは!
「まったく……ん?」
「な、なんだよ?」
突然俺の後ろを覗き込んできた。きょとんしながら。
「オーブン、なんかまずくないかい?」
「え?」
言われ、俺も後ろ……オーブンへ顔を向ける。
ドゴォオオオンッ!!!
「「…………」」
あれ……? 俺たちの前で、オーブンが爆発したんだけど……。
「……何を入れてたんだ」
「……た、試しに作ったケーキだけど、入れっぱなしだったの忘れてた……」
「ケーキを? ……ケーキを爆発物にさせるって、ある意味すごい才能だね」
「爆発物言うなーーーッ!!!」
言うなよ! 思いきり傷つくんだけどぉおおお!!?
「うう……どちらにせよ、食い物作戦失敗か……」
これじゃ、アユミは喜ばないよな……。どうしよう……。
「……ふぅ。しょうがないね」
「……なんだよ」
人が真剣に落ち込んでいる時に……。
と思っていると、いつの間に置いていたのか、大きめの鞄に手を伸ばす。
「それは?」
「アユミの機嫌がいつまでも悪いのは僕も嫌だからね。手を貸してあげようかなって思って」
言って出したのは……非常に美味そうなクッキーの山だった。
「……おまえが、焼いたのか?」
「いや。これはすべてバロータがやってくれたんだ。僕が焼くより美味しくできるだろうからね」
「あ……そうか」
それを聞いて少し安心した。
いや……アユミの機嫌を直すのがセルシアの手作りってのは……なんか、負けた気分になるから嫌だし。
バロータならパティシエ学科に入っているから美味いのはわかるし、まだ納得もできる。
「今回は素直に甘えようよ。できるのを待ってたらいつになるのやら」
「む……し、しかたないか……」
……たしかにセルシアの言うことも一理あるな。
悔しいけど……。
「……けど、なんで」
……こんなにも協力的なんだ?
裏がありそう、というか裏があるようにしか考えられないんだが。
「ん? ……ああ。もちろん目的ならあるよ」
「な……」
「顔に書いてあるよ? 理由は深くないよ。ただ君よりアユミと親しくなりたいだけ」
「あ、そう……」
頷きかけ、だけどセルシアの言ったことに気づき、バッと振り返る。
「セルシア。今なんて?」
「だから、アユミと親しくなりたいんだよ。君より」
……俺、より? 俺より親しくって……。
「……えっと……まさかとは思うけど……セルシア」
「なに?」
ゴクッ、生唾飲み込みながら、にこにこと天使の笑みを浮かべる従兄弟にたずねてみる。
「アユミのこと……す、す……好き、なのか?」
「うん、そうだよ」
「……ち、ちなみに、どういう意味で?」
「一人の女性として」
あっさり答えたな……じゃなくて!
「な、ななな……ッ!!? 嘘だろ!!?」
「嘘じゃないよ。僕はアユミのことが好きだよ」
「おまえはそういうキャラじゃないだろ!?」
「僕もそう思う。だけど交流戦以来、彼女が気になってね……」
「…………」
開いた口が塞がらない、とはこういうことか。
驚き過ぎてコメントが浮かばない、出てこない←
(というか、よりによってセルシアを……)
惚れさせるなんて……アユミ凄すぎだろ……。
ってやばい……セルシアもアユミを狙ってるなんて……明らかに俺が不利だ!!
(まずいまずいまずい!! いろんな意味でまずい!)
セルシアにどうやって勝てと!?
人望良し。成績良し。性格(表)良しの三拍子を生徒会長……あれ? 俺、勝つ要素があるのか?
「……はあ……自分で言ってて虚しくなった」
どうしよう。勝算あるのか。
「(相変わらずすさまじいね、ネガティブモード)……まあそんな訳で負ける訳にはいかないから。とりあえずアユミの機嫌を直すために、この部屋でお茶会開くことにしたから」
「え゙っ!?」
い、今なんつー恐ろしい発言を!? よりによって調理台が地獄と化している今あ!!?
「おまえ、何の為にこんな真似を!!」
「もちろん蹴落と……勝つためだよ。策略だね、策略」
上品に言ってもブラック面がちらちら見えてますが!!?
セルシア……元のセルシアはどこに行った……←
「って言ってる場合じゃねぇ!」
早いとこ、この現状を何とかしないと!
このままじゃアユミが何を言うか……、
ガチャ。
「おい、何の用だコラ」
って来ちゃったよぉおおお!!
来るなと願った矢先に来ちゃったよ!!
「やあ、アユミ」
「やあ、じゃねぇよ。人の刀ぶん取っといてよく言うぜ」
パクった!? セルシアが!?
「そうでもしないと来てくれないじゃないか」
「自業自得だバカヤロウ……っておい、なんで台所が魔界化しているんだ?」
「はっ!!」
ああああああッ!!!!!
ツッコミに夢中で忘れてたーーー!!!
「ち、ち、ち、違うんだ! これには訳が!!」
「料理を作ろうとして、結果が激物制作に結んだだけだよ」
「セルシア、テメェエエエッ!!!」
ばらしやがった!! それも笑顔で!!
完全に俺を蹴落とす気満々じゃねぇか!!
「料理って……どう見ても暗黒物質(ダークマター)か本物の闇鍋にしか見えないんだけど」
グサッ。
ひ、ヒットした。心にクリーンヒットしたぞ、今。
そりゃ、外見は悪いけどさ……べつにそんなまずくはない! ……はず。
「お茶会って……まさか闇鍋パーティとは言わないよな?」
「言わないよ。僕だって命が惜しいし。本命はコレ」
言ってセルシアはバロータのクッキーを出す。
ついでにいつの間にかティーセット付きで。
「あ、美味そうだな。……もしかしてセルシアの手作り?」
「ああ」
嘘つくんじゃねぇえええええ!!! それバロータの作品だろうがあああッ!!!
……そう叫びたいけど叫べなかった。早い話、いつの間にか沈黙させる魔法、サイレンドをかけられたからだ!
回復魔法使えないから自然回復を待つしかない……。
「へえ。器用なんだ、菓子作り。あ、美味い」
そりゃ現役パティシエ学科生のバロータが作りましたからな。
クッキーくらい美味くて当たり前だから!
「そうか。それはよかった。紅茶も飲むかい?」
「ノーシュガーなら」
「相変わらず淡泊だね……知ってるけど」
いつ!? いつ知ったの!?
俺の知らないうちにか!?
「……で。これは何? 餌付けか?」
「君が機嫌悪いのは僕らも困るからね。で、何か甘い物でも食べれば落ち着くかなって」
「結局餌付けか。……まあ、俺が原因みたいなのは認めるが……」
「自覚あるんだ……じゃあ、これ食べてる間だけでも機嫌直らないかな? イライラのし過ぎも良くないよ」
「……そうだな。まあ、今回ばかりは頷いてやる」
待て!! 騙されるな!
ああ、くそっ! 言葉が出せればこいつの本性とか企みとかばらして阻止できるのに!!
「それじゃ、ここでお茶会でも始めようか。ブロッサムも場所の提供してくれたし」
「ここで? ……ってそういや、なんでブロッサムは一言も喋らないんだ?」
俺を見て「いつもなら真っ先にツッコミが飛ぶのに」と目を丸くして首を傾げるアユミ。
か、かわいい……って思ってなんかない!←
「見られて絶望的になってるから、ショックで言葉が出ないんじゃないかな?」
それ、おまえのせいだっつの!! その王子面を剥がしてやりたい!
「そうか……たしかにその料理(激物錬金)のレベルはな……」
なんでそっちを信じるの!?
いや、あながち間違いでもないけど……ってか料理を違う意味で言ったよな、今!
「まあいい……これ食って元気出せ。ほら、こっち」
言ってぽんぽん、と自分の隣を叩く。
やめて……そんなかわいそうな目で俺を見ないで……。
「ふふ……よかったね、ブロッサム。理解はしてもらえて」
誰のせいだと思ってやがんだ!
ほとんどおまえが元凶なんだよ、黒セルシア!!
「んじゃ、セルシア。くれ。つか寄越せ」
「相変わらず上から目線だね。……君らしいけど」
言って楽しそうに手慣れた会話をする二人。
……くっ。おもしろくない。サイレンドもいつになったら切れるんだ?
「……ん? その手……」
アユミはふと俺の、絆創膏を貼りまくった両手を取った。
……あ。グローブ外してたんだっけ。
「……あー、なるほど。おまえなりに努力はしたのか。結果はともかく」
うぐっ……。最後のは言うなよ……傷つくぞ。
「おいおい、そんな顔するなよ」
「…………」
「――ブロッサム」
俯いていると真剣な声で呼ばれた。
顔をあげると、同時に口に何かを突っ込まれる。
「ムグッ」
「そんなに拗ねるなよ。結果はともかく、努力は買ってやるよ」
頭を撫でながら、小さく笑うアユミ。
「……ば、バカ。誰のせいだと思ってんだよ」
嬉しさやら恥ずかしさやらがごちゃまぜになって、口に突っ込まれたクッキーを噛みながらそっぽを向いてしまった。
サイレンドも効果がなくなり、口から普通に声が出る。
「ま、食う気にはなれないがな」
「うるさい!」
悪態つくが、それも楽しげに言い返す。
……あれだけで一気に気分が上がるなんてな。惚れた弱み、とはよく言ったもんだ。単純、とも思ってる。
(まあいいか……)
少しと言えど機嫌が直ったし。
俺も嬉しいから。
「――思ったより強敵だね……ふふふ。なおさら負けられないなあ」
……紅茶を用意しながら言ったセルシアの言葉は、あえて無視しておこう。
恋暴動轟音!
――――
(俺だって好きなんだから、)
(俺は俺で譲れない)