新たな旅立ち
――――
「……ここでこうしてお話をするのもひさしぶりですね」
「そうだな」
準備を一通り終えた後、フリージアに言われた通り図書室へやってきた。
たしかに懐かしいな。何せ世界を救う戦いの最中だし。
「こうして記録に残すと、いろいろなことがありましたね……」
「いろいろ、な。それだけで済まされない気もするが……」
「ふふ……そうですね」
懐かしむフリージアが小さく笑う。
闇の生徒会や隠されていた真実。ロアやブロッサムの正体。
……ホント、立て続けに起こるな。
「アユミさんにはたくさん助けていただきました。セルシア様に代わり、お礼申し上げます」
「礼って……俺はただ……」
ただ、自分がしたいことをしただけだ。それが世界を救うということに繋がるだけ。
礼を言われることじゃない。
「アユミさんの言いたいことはわかります。……それでも、私たちはあなたに感謝しているんです。アユミさんのおかげで、ここまで来れましたから」
「……褒めても何もでないぞ」
あれはおまえらが頑張ったからだろうが。
俺のおかげって言われても……ちょっと言い過ぎだろ。
「俺は褒められるような人間じゃない。アガシオンが納得できないから止めるし、そしてふざけた運命から解放されたいだけだから」
「そうまっすぐ自分の正義を貫くから、アユミさんは勝てたんでしょう?」
「うっ……」
ふ、フリージアに言い切られるとは……。
というか、なんか、いやに意地悪くないか? リージーよ。
「見てる方は危なっかしくて苦労しますがね。……まあ……そんなアユミさんだから、私は――――」
「……え? 俺が何?」
後半聞き取れなかったんだけど。
俺が……何? なんか、悪い?
「あ――いえ。いいです。……なんでも、ありません……」
「ええ!? ここまで来てヒミツだって!?」
何故か「失言した」って感じの顔でフリージアがごまかした。
って、ちょっと待てよ! ここまで来て、それはないんじゃないか!?
「べつに、あなたが気にする話では……」
「いや、そこで止められても気になるんだけど」
「…………。では、すべてが終わったら……その時にお話します」
俺が聞かなきゃ納得しない、とわかったらしい。
フリージアがため息をつきながら、しかたなく、と言った感じで言った。
「ホント?」
「ええ。約束します」
「……しかたないな。終わったら話せよ」
少々納得いかないながらも、俺もそれで妥協した。
……うん。忘れないようにしないとな。
「すみません。……さて。ここまでの冒険の記録は、これで残すことができました」
「おっ、早いな。さすが」
「図書委員ですから。この続きは……すべてが終わり、無事に学院に戻った時、また私に報告してください」
「わかった。……じゃ、連中待たせてるから行くわ。またな」
「はい。では……出発の時に、学院の前で会いましょう」
いつも通りな感じのフリージアに、俺もまた頷き返す。
「うん。じゃあな」
「はい。また……」
図書室の扉を閉める俺。
閉める寸前、フリージアの顔がいつもより寂しそうに見えた気がした。
――――
「……あれ?」
図書室からまっすぐ校門向かおうとすると、大聖堂の入口にセルシアの姿があった。
遠目だけど、俺は目は良いし。何より青い制服はセルシアだけだ。
「……校長、か?」
出発前にもう一度会いに行ったのか。
おそらくそんなところだろうけど……。
「…………」
道を反れ、俺ももう一度大聖堂へ。
深い理由じゃない。ただ、何と無く気になった。
「……ちょっとだけ」
ちょっとだけ――そう、ちょっとだけだ。
様子見るだけ、と己に言い聞かせながら、大聖堂の扉から中を覗き見た。
「……あ」
予想通り、セルシアは石像化した校長の前にいた。
……けど……。
「……兄様……っ」
さっきと違って、涙声だった。
二人しかいないせいか、それとも俺の耳が良いせいか。小さなつぶやきも、静かな大聖堂では聞こえてしまう。
「……っ……」
何度も手を伸ばしては引っ込める。
石になった校長に触れることが怖いのかもしれない。
「……セルシア」
「……ッ! アユミ……?」
見るだけが耐えられず、セルシアに声をかけた。
俺がいるとは気づかなかったセルシアは、驚きながら振り返る。
「どうして……」
「おまえがそんな泣きそうな顔でいるからだろうが。見かけたのは偶然だけど」
堂々と大聖堂に入り、セルシアの隣に並ぶ。
「……不安?」
「不安って、何が……」
「校長を助けることができるか」
「……っ」
直球で伝えれば、セルシアの肩がぴく、と小さく跳ね上がった。
「普通の状態異常と違うからな。俺たちで始原の学園を復活できるか……」
「…………」
「途中でくじけたりしないか。……怖いんだろ?」
無表情で俯いてるセルシアに、問いただすようにたずねる。
お互いに沈黙が続く。
「……。なんで……」
先に静寂を破ったのはセルシアだった。
俯いたまま、弱々しい声で俺にたずねてくる。
「なんで、君にはわかっちゃうのかな……。そんな目で見られると、ごまかせるものもごまかせないな……」
「セルシア……」
「……本当は、怖いんだ……。兄様は、このまま助からないんじゃないかって。……ずっと石のままなんじゃないかって……」
大聖堂の椅子に座り、力無い声で本音を吐露し出した。
大聖堂にセルシアの声だけが響く。
「僕に兄様を救うことができるのか……すごく怖いんだ……っ」
「…………」
頭を抱え込み、カタカタと震えるのを抑えている。
今までのセルシアが見せなかった、弱気な心。
「……アユミ?」
頭に手を伸ばし、そのまま子供をあやすようにセルシアの頭を撫でる。
突然の事に、セルシアがキョトンとした声を出す。
「……大丈夫。校長は俺が助ける。セルシア、一人で頑張らなくていいから」
「え……」
「セルシアは一人じゃない。フリージアにバロータ、ブロッサムやみんながいるから」
「…………。うん……」
肩越しに頷く。
落ち着いたのか、震えは止まっていた。
「一人で抱え込むなよ。上手いやり方知らないと、自分の心に押し潰されちまうからな」
「……それ。もしかして経験談から?」
セルシアが確信ついた声でつぶやいた。
それに対し、一瞬だけど無表情になる。
「……さあな。とにかく無理はするなってこったよ」
言ってセルシアから手を離した。
ばれたかも……でもいいや。
言いたいことは言ったし、知られて困るものでもないから。
「じゃあ……」
「待って」
そのまま立ち去ろうとしたが、今度はセルシアに腕を掴まれた。
思わず振り返れば、セルシアの不安そうな瞳と目が合う。
「…………。アユミは……いなくならない、よね……?」
「セル……?」
今度ははっきりと泣き顔になっていた。
セルシアから弱音が零れる。
「もう嫌なんだ……。目の前で闇に消えたネメシアのように、石になった兄様のように……君まで消えてしまうんじゃないかって」
「…………」
「生徒会長として、プリシアナの生徒でいた頃には感じなかった……。もう……こんな気持ちになるのは、嫌なんだ……っ」
痛いくらい腕を掴まれている。
けどその手も震えていて。そしてそれだけ、セルシアが不安を感じているというわけで。
「――消えないさ。消える気なんて、毛頭ない」
静かに、けど力強くセルシアに言った。
死ぬ気なんて、戦い始めた時から無い。諦めるくらいなら、最初から戦わないから。
「誰ひとり死なせない。俺も死ぬ気なんて無い。必ず、みんなで生きて帰る」
「アユミ……」
俯いてた顔を上げる。
そしてどこか吹っ切れたように、小さく笑顔を浮かべた。
「ごめん、困らせてしまって……でも、ありがとう」
「いいよ。気にしてない。……それだけ、セルの中で溜まって燻ってた、ってことだろ?」
「まあ……僕にだって、悩みの一つや二つはあるからね」
「当然だな。顔にも出さないからわかりにくいだけで」
くっくっ、と喉の奥で笑いを噛み殺しながら言えば、セルがむっとした、子供っぽい表情を浮かべる。
「わかりにくい、じゃなくて。わからせないだけだよ」
「どっちにしても同じだよ」
「むぅ……」
指摘すればさらにむくれた。
うん、ますます子供っぽい。
「まあ、とにかく……あまり無理はするなよ。溜め込んでも意味がないから」
「わかってる。ありがとう」
「はいはい。じゃあな」
片手をヒラヒラと振りながら、再び校門の方へ向かう。
セルなら大丈夫。抱えていたものが、少しでも無くなったと思うから。
(……あとは……)
校門に向かおうとして……ふと、もう一人頭に思い浮かんだ。
「……あいつなら、あの場所にいるかな」
あの時はろくな会話が出来なかった。時間も余裕もなかったからな……。
「そうと決まれば……」
「……ここでこうしてお話をするのもひさしぶりですね」
「そうだな」
準備を一通り終えた後、フリージアに言われた通り図書室へやってきた。
たしかに懐かしいな。何せ世界を救う戦いの最中だし。
「こうして記録に残すと、いろいろなことがありましたね……」
「いろいろ、な。それだけで済まされない気もするが……」
「ふふ……そうですね」
懐かしむフリージアが小さく笑う。
闇の生徒会や隠されていた真実。ロアやブロッサムの正体。
……ホント、立て続けに起こるな。
「アユミさんにはたくさん助けていただきました。セルシア様に代わり、お礼申し上げます」
「礼って……俺はただ……」
ただ、自分がしたいことをしただけだ。それが世界を救うということに繋がるだけ。
礼を言われることじゃない。
「アユミさんの言いたいことはわかります。……それでも、私たちはあなたに感謝しているんです。アユミさんのおかげで、ここまで来れましたから」
「……褒めても何もでないぞ」
あれはおまえらが頑張ったからだろうが。
俺のおかげって言われても……ちょっと言い過ぎだろ。
「俺は褒められるような人間じゃない。アガシオンが納得できないから止めるし、そしてふざけた運命から解放されたいだけだから」
「そうまっすぐ自分の正義を貫くから、アユミさんは勝てたんでしょう?」
「うっ……」
ふ、フリージアに言い切られるとは……。
というか、なんか、いやに意地悪くないか? リージーよ。
「見てる方は危なっかしくて苦労しますがね。……まあ……そんなアユミさんだから、私は――――」
「……え? 俺が何?」
後半聞き取れなかったんだけど。
俺が……何? なんか、悪い?
「あ――いえ。いいです。……なんでも、ありません……」
「ええ!? ここまで来てヒミツだって!?」
何故か「失言した」って感じの顔でフリージアがごまかした。
って、ちょっと待てよ! ここまで来て、それはないんじゃないか!?
「べつに、あなたが気にする話では……」
「いや、そこで止められても気になるんだけど」
「…………。では、すべてが終わったら……その時にお話します」
俺が聞かなきゃ納得しない、とわかったらしい。
フリージアがため息をつきながら、しかたなく、と言った感じで言った。
「ホント?」
「ええ。約束します」
「……しかたないな。終わったら話せよ」
少々納得いかないながらも、俺もそれで妥協した。
……うん。忘れないようにしないとな。
「すみません。……さて。ここまでの冒険の記録は、これで残すことができました」
「おっ、早いな。さすが」
「図書委員ですから。この続きは……すべてが終わり、無事に学院に戻った時、また私に報告してください」
「わかった。……じゃ、連中待たせてるから行くわ。またな」
「はい。では……出発の時に、学院の前で会いましょう」
いつも通りな感じのフリージアに、俺もまた頷き返す。
「うん。じゃあな」
「はい。また……」
図書室の扉を閉める俺。
閉める寸前、フリージアの顔がいつもより寂しそうに見えた気がした。
――――
「……あれ?」
図書室からまっすぐ校門向かおうとすると、大聖堂の入口にセルシアの姿があった。
遠目だけど、俺は目は良いし。何より青い制服はセルシアだけだ。
「……校長、か?」
出発前にもう一度会いに行ったのか。
おそらくそんなところだろうけど……。
「…………」
道を反れ、俺ももう一度大聖堂へ。
深い理由じゃない。ただ、何と無く気になった。
「……ちょっとだけ」
ちょっとだけ――そう、ちょっとだけだ。
様子見るだけ、と己に言い聞かせながら、大聖堂の扉から中を覗き見た。
「……あ」
予想通り、セルシアは石像化した校長の前にいた。
……けど……。
「……兄様……っ」
さっきと違って、涙声だった。
二人しかいないせいか、それとも俺の耳が良いせいか。小さなつぶやきも、静かな大聖堂では聞こえてしまう。
「……っ……」
何度も手を伸ばしては引っ込める。
石になった校長に触れることが怖いのかもしれない。
「……セルシア」
「……ッ! アユミ……?」
見るだけが耐えられず、セルシアに声をかけた。
俺がいるとは気づかなかったセルシアは、驚きながら振り返る。
「どうして……」
「おまえがそんな泣きそうな顔でいるからだろうが。見かけたのは偶然だけど」
堂々と大聖堂に入り、セルシアの隣に並ぶ。
「……不安?」
「不安って、何が……」
「校長を助けることができるか」
「……っ」
直球で伝えれば、セルシアの肩がぴく、と小さく跳ね上がった。
「普通の状態異常と違うからな。俺たちで始原の学園を復活できるか……」
「…………」
「途中でくじけたりしないか。……怖いんだろ?」
無表情で俯いてるセルシアに、問いただすようにたずねる。
お互いに沈黙が続く。
「……。なんで……」
先に静寂を破ったのはセルシアだった。
俯いたまま、弱々しい声で俺にたずねてくる。
「なんで、君にはわかっちゃうのかな……。そんな目で見られると、ごまかせるものもごまかせないな……」
「セルシア……」
「……本当は、怖いんだ……。兄様は、このまま助からないんじゃないかって。……ずっと石のままなんじゃないかって……」
大聖堂の椅子に座り、力無い声で本音を吐露し出した。
大聖堂にセルシアの声だけが響く。
「僕に兄様を救うことができるのか……すごく怖いんだ……っ」
「…………」
頭を抱え込み、カタカタと震えるのを抑えている。
今までのセルシアが見せなかった、弱気な心。
「……アユミ?」
頭に手を伸ばし、そのまま子供をあやすようにセルシアの頭を撫でる。
突然の事に、セルシアがキョトンとした声を出す。
「……大丈夫。校長は俺が助ける。セルシア、一人で頑張らなくていいから」
「え……」
「セルシアは一人じゃない。フリージアにバロータ、ブロッサムやみんながいるから」
「…………。うん……」
肩越しに頷く。
落ち着いたのか、震えは止まっていた。
「一人で抱え込むなよ。上手いやり方知らないと、自分の心に押し潰されちまうからな」
「……それ。もしかして経験談から?」
セルシアが確信ついた声でつぶやいた。
それに対し、一瞬だけど無表情になる。
「……さあな。とにかく無理はするなってこったよ」
言ってセルシアから手を離した。
ばれたかも……でもいいや。
言いたいことは言ったし、知られて困るものでもないから。
「じゃあ……」
「待って」
そのまま立ち去ろうとしたが、今度はセルシアに腕を掴まれた。
思わず振り返れば、セルシアの不安そうな瞳と目が合う。
「…………。アユミは……いなくならない、よね……?」
「セル……?」
今度ははっきりと泣き顔になっていた。
セルシアから弱音が零れる。
「もう嫌なんだ……。目の前で闇に消えたネメシアのように、石になった兄様のように……君まで消えてしまうんじゃないかって」
「…………」
「生徒会長として、プリシアナの生徒でいた頃には感じなかった……。もう……こんな気持ちになるのは、嫌なんだ……っ」
痛いくらい腕を掴まれている。
けどその手も震えていて。そしてそれだけ、セルシアが不安を感じているというわけで。
「――消えないさ。消える気なんて、毛頭ない」
静かに、けど力強くセルシアに言った。
死ぬ気なんて、戦い始めた時から無い。諦めるくらいなら、最初から戦わないから。
「誰ひとり死なせない。俺も死ぬ気なんて無い。必ず、みんなで生きて帰る」
「アユミ……」
俯いてた顔を上げる。
そしてどこか吹っ切れたように、小さく笑顔を浮かべた。
「ごめん、困らせてしまって……でも、ありがとう」
「いいよ。気にしてない。……それだけ、セルの中で溜まって燻ってた、ってことだろ?」
「まあ……僕にだって、悩みの一つや二つはあるからね」
「当然だな。顔にも出さないからわかりにくいだけで」
くっくっ、と喉の奥で笑いを噛み殺しながら言えば、セルがむっとした、子供っぽい表情を浮かべる。
「わかりにくい、じゃなくて。わからせないだけだよ」
「どっちにしても同じだよ」
「むぅ……」
指摘すればさらにむくれた。
うん、ますます子供っぽい。
「まあ、とにかく……あまり無理はするなよ。溜め込んでも意味がないから」
「わかってる。ありがとう」
「はいはい。じゃあな」
片手をヒラヒラと振りながら、再び校門の方へ向かう。
セルなら大丈夫。抱えていたものが、少しでも無くなったと思うから。
(……あとは……)
校門に向かおうとして……ふと、もう一人頭に思い浮かんだ。
「……あいつなら、あの場所にいるかな」
あの時はろくな会話が出来なかった。時間も余裕もなかったからな……。
「そうと決まれば……」