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新たな旅立ち

「――よし、着いたな」

 転移魔法でプリシアナ学院に戻ってきた。
 俺らの前には何の変わりも無い、出発前と同じ美しさを保つ学院がある。

「はー、着いたー。ここに帰ってくるのひさしぶり。もう卒業しちゃったかと思ったよ」

「たしかに帰ってきたのは久しぶりだけど~……」

 レオの能天気な発言に苦笑するシルフィー。
 たしかに今、現状は非常によろしくないからな。

「悠長なことを言っている暇はありません。セントウレア様のところへ!」

「ああ。大聖堂へ行こう。兄様が……いるはずだ……」

 震える声を隠しながら、セルシアが大聖堂へ歩き出した。
 他のみんなもセルシアに着いていく。

「……校長……」

 不安が溢れ出してきそうだった。
 それでも、俺も止まるわけには行かない。
 爪が食い込むくらい拳を握りしめ、けど痛みを気にせず、俺もみんなの後を追っていった。

 ――――

「校長……っ!」

 みんなより数歩遅れて大聖堂に入った。
 みんなが祭壇に注目している。
 一番前に出て、俺も祭壇に目を向けた。

「……!!」

 大聖堂の祭壇に、校長の姿があった。
 ……ただし、その身体は石となっていた。
 そして祭壇から数歩下がったところから、先生たちが神妙な面持ちで校長の石像を見上げている。

「校長が……石に……」

「せ、先生~!!」

 ブロッサムもショックを隠せない。
 その後ろでシルフィーが、校長を見ながら泣き声に近い声で叫んだ。

「あ! みんな!!」

「!! よく無事に戻った!」

「心配……していました……」

 シルフィーの泣き声で気づいたらしい。
 グラジオラス先生、リコリス先生、リリィ先生が振り返った。

「兄様……!」

「セントウレア様!!」

 立ち止まっていたセルシア、フリージアが石化した校長に駆け寄った。
 二人が見上げる中、グラジオラス先生が唇を噛みながら後ろから声をかける。

「セルシア……。セントウレア校長は、この世界とすべての生徒たちを守られるために……」

「わかっています。僕たちは……大陸中央にあるモーディアル学園で大魔道士アガシオンに会いました」

 セルシアのその言葉に、先生方の顔色が変わった。

「やはり、アイツが背後にいたのか!」

「よく戻って来られましたね!」

「まあ、ね」

 無事……とは言い難い。ある意味。
 適当に言葉を濁し、俺もセルシアの傍に寄り添う。

「それで……セントウレア様のお身体は……」

「見た感じ、石化したっぽいんですけど~」

「そうなんです! 校長先生は……石になってしまったんです!」

 フリージアとシルフィーの問いに、リコリス先生が両手をパタパタさせながら、甲高い声で答えた。
 ……うん、アンタが落ち着け←

「……やっぱり、極大校長魔法……のせい、ですよね」

「はい……すべての災いを受け止める極大校長魔法は……校長先生のすべての魔力と生命力を消費する技」

「魔力と生命力を、すべて……」

「校長先生は、自らを犠牲になさって……っ!」

 リリィ先生が両手で顔を押さえながら、涙ながら説明する。
 犠牲って聞いたけど……まさか、これほどまでなんてな……。

「セルシア……君にとっては、辛い結果になってしまった。これは教師としての私たちが不甲斐ないせいであると思っている。申し訳ない」

 グラジオラス先生がセルシアと俺たちに深く頭を下げた。
 それをセルシアが首を横に振って制する。

「これは先生方の責任ではありません。託された宝具を守りきれなかった……僕たちの、責任だ……」

 ぽつりとつぶやきながらセルシアは一歩前に出ると、校長の石像に手を伸ばした。

「兄様……」

 震えた声。後ろ姿がひどく痛々しかった。
 大切な兄が石化してしまったから。

「……ッ」

 その光景は、記憶にあるあの光景と重なった。
 エデンによって、瀕死の重傷を負わされたアイナと、水溜まりに写る俺の顔に。

「セルシア様……」

「泣きたかったら、泣いたっていいんだぜ? セルシア」

「そうだよ! 悲しい時に泣くのは当たり前だよ!」

 フリージア、バロータ、レオがセルシアに声をかける。
 それにセルシアがゆっくりと振り返った。

「ありがとう。……でも、僕は泣いたりしないよ。僕の涙で、誰かが救えるわけじゃない」

「セルシア……」

「兄様はすべてわかっていらした。兄様は兄様の役目を果たしていらっしゃるんだ……」

 セルシアが弱々しくも笑顔を浮かべる。
 校長が、ただ犠牲になっただけじゃないとわかってるから。

「あううー。なんでセルシア君は子供なのに、そんなに立派なんですかー」

「セルシア……。いつの間に……英雄の卵から英雄になったんだ?」

「ええ!? セルシア君、もう英雄なの!?」

 涙するリコリス先生。驚いているグラジオラス先生の後ろで、レオが変なところで驚いた。

「ねぇ、ボクは!? ボクもすごーく頑張ったんだけど!!」

「おまえ、それ今言うか……?」

 子供っぽいレオの発言思わずツッコミを入れる。
 こんな時でも通常運転なのかよ。

「レオノチス……君もいい顔つきになって帰ってきたな。……アユミたちも、辛かっただろうが、それが君たちを強くさせたようだな」

 そんなレオに苦笑しながらも、グラジオラス先生がレオの成長に喜んだ。
 俺らの方にも、慈愛に満ちた眼差しを向けられる。

「ですが! セントウレア様をこのままにしておくわけにはいきません!」

「そうだよ~。リリィ先生、何か手立てはないんです?」

 フリージアの叫びに便乗するように、シルフィーがリリィ先生にたずねた。
 それにリリィ先生は、苦い顔でつぶやく。

「もちろん私たちの方でもいろいろ研究はしています。しているのですが……」

「校長先生が使ったのは神話時代の古の秘術だ。これを解くには、それ相応の強大な回復魔法が必要……だと思う」

 答えを出したのはブロッサムだった。
 ……どうやらこれも初代ウィンターコスモスの記憶かららしいな。非常に曖昧だけど。

「ブロッサム……思い出せませんか?」

「それは…………多分、無理。記憶も、なんつーか……勝手に頭に流れてくるって感じだから……」

 縋るフリージアから目を反らしながら答えるブロッサム。
 多分、まだ怖いんだろうな。自分が知らないはずの記憶が、勝手に思い出すというのが。

「始原の学園を復活させれば……古代魔法についても学べるかもしれない」

「……そうですね。それが一番最善でしょうね」

 セルシアのつぶやきに、ブロッサムに横目を向けながら、フリージアも小さく頷いた。
 ブロッサムの記憶もたしかなものじゃないからな。確実なのは始原の学園を復活させることだろう。

「……だが始原の学園の復活が一度止められた今、どうすれば始原の学園を復活させられるのか。それは伝説にすら語られていないんだぞ? ――それでも君たちはやるというのか?」

 グラジオラス先生が心配だ、と言わんばかりに俺を見る。
 その心配を、セルシアが小さく笑った。

「伝説は学ぶものではなく作るもの……。そう教えて下さったのはあなたですよ? 英雄・グラジオラス先生」

「こんな時のための英雄学科なんでしょ? 伝説はボクたちで刻む……うひゃー! かっこいい!!」

 一人盛り上がるレオだけど、すぐに「任せておいてよ。先生たち」と自分の胸を軽く叩いた。

「ダメだダメだと思ってたレオノチス君も、いつの間にか成長してたんですね~。ぐすっ」

 リコリス先生もレオの成長を喜んだ。
 たしかに初期の頃と比べたら、レオも結構成長した……よな。うん……←

「大魔道士アガシオンは、始原の学園復活の際に生じた闇の亀裂の中に消えていきました。その先に、何かがあるのは間違いありません」

「……行くのですね。闇の世界へ……」

 フリージアの言葉から、リリィ先生が俺らが行くことをたずねた。
 言われるまでもない。全員が先生たちに頷いた。

「本当に、闇の世界に行くことになるなんて思わなかったね~」

「うん。……あ~、でも、リリィ先生にはいっつも冥府に送るって脅かされてたから、あんまり怖いって気がしないかも」

「はは! そうかもな」

「……そんなに言ってませんけど……」

 フェアリー二人とバロータの言葉に、少なからずショックを受けていたリリィ先生だった。

「次世代を担う英雄を育てるのが私の願いだったが……どうやらそれは叶ったようだな」

 隣ではグラジオラス先生が、怯えることのない俺たちに頼もしそうに見ている。
 ……一部不安は拭えないんですけどね。いや、ホントに←

「この地上世界でも、どんなことが起こるかまだわからない。私たちはここで、学院と生徒たちを守っている」

「だな。それがいいだろ」

「危険がまったくないわけじゃないからな……」

 ブロッサムも俺に賛成する。
 ネメシアのこともあったしな。
 学院ががら空きなのもまずいだろ。

「……君たちのような若者に最も重い使命を託すのは心苦しいが……これが世代交代というものなのだろうな」

「心配しないでよ! ちゃーんと勉強したことは覚えてるから!」

「そうだな。では、校長に代わって……」

 レオに頷き、そして俺ら全員に向かい合う。

「お行きなさい! プリシアナの子らよ!」

「始原の神々の祝福が……」

「あらんことを!!」

 リコリス先生。リリィ先生。そしてグラジオラス先生に俺たちも頷き返した。
 先生たちに見送られ、大聖堂を後にするのだった。

 ――――

「よし……とりあえず、もう一度準備しないとな」

 大聖堂から見送られ、俺たちは顔を見合わせた。
 回復アイテムとか尽きかけていたからな……補充しないと。

「そうだね。一度、寮に戻って、態勢を整えるとしようか」

「少し長い旅になりそうだものね」

「購買部に寄るのも忘れないようにしないと! おやつ持ってくの忘れたら大変だ」

 俺の言葉に異論はないらしい。全員が賛成した。
 それから各自散開する。

「――アユミさん」

「ん?」

 俺も行こうか、と思った矢先、背後から声をかけられた。
 振り返れば、フリージアが(珍しく)一人でいた。

「すみません……出発前に、図書室に寄っていただいてもよろしいですか?」

「図書室に?」

「はい。これまでの出来事を記録しておきたいのです。セントウレア様がお目覚めになられた時のためにも……」

「それは……うん。いいけど」

 ……俺、いる意味ある? 思わず首を傾げる。
 それを察したフリージアが苦笑する。

「もちろん、少しお話したい事もあるので。――すみませんがよろしくお願い致します」

「わかった。じゃあ行くか」

 皆の前で言い辛い話なのかね。まぁフリージアも人の子だし。
 頷いたフリージアを見ながら図書室に向かうのだった。
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