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垣間見る者

 ――――

 サファイアの案内の下、ロータスの自室へやってきた。

「連れて来ました、ロータス様」

「ご苦労。……下がれ」

「御意」

 ロータスの声に一礼し、颯爽とサファイアが立ち去った。

「……で。何の用ですか? 二人きりで」

「……白々しい。むしろ用があるのはおまえだろう」

 あ。やっぱ気づかれてたか。
 昨日いたもんね。

「気づいているなら話は早い。……単刀直入に聞こうか。――初代ウィンターコスモスについて、ね」

 こんなチャンス、早々にない。
 聞きたいことは聞いとこうか。

 ――――

 ブロッサムSide

「あー……もう……」

 アユミが去ったあとも、顔の熱が取れずにいた。
 勘弁してくれ……なんであんなにドSなんだ……?

「いやあ……坊ちゃま、女王様な方が好みなんですね……」

「違う! たまたま好きになったのがあーいう奴だっただけだ!」

「……どっちにしてもあの人が好きなんですね」

「ち、違う! べつにアユミは好きなわけじゃ……!」

「坊ちゃま。ボク一言もアユミさんとは言ってないッス」

「あああっ! うるさいうるさいうるさい!! 黙れ黙れ黙れ!!!」

「超理不尽的な!!?」

 ネフライトが叫ぶが俺は無視。
 アユミなんか、べつに好きなわけじゃ……。

「の割にはブロッサム様、あの方にやられた時、すごく恍惚そうでしたが」

「うぉッ!!?」

 顔を押さえていれば、突然背後から声がした。
 振り返るとアユミを送りに行ったはずのサファイアがいた。

「あ、サファイア。いつの間に」

「アユミ様を送ったあと、下がるよう言われたから、それで」

 だからか……って違う!!

「俺が恍惚そうって何!?」

「いえ。言葉通り気持ちよさそうだったので、喜んでたのかと」

「んなわけねーだろテメェはァアアアッ!!!」

 そんなはずない! 俺はノーマルだ! 絶対!!

「あー……ブロッサム様、すっかり変わっちゃいましたね」

「まったくだ……プリシアナ入学前とは全然違うではないか」

「どういう意味!?」

 別人とでも言いたいのかこいつらは!?
 ……いや、まあ……ちょっとは自覚あるんだけどさ。

「変わってるってことです。おわかりでしょう?」

「いや、そこはわかって……」

「スミレ様もそう思いませんか」

「……え?」

 突然サファイアが俺の背後に目を向けた。
 恐る恐る振り返ると……。

「は、母上……」

「ふふふ、ひさしぶりね。ブロッサム」

 俺の母……スミレがいた。

「な、なんでここに……」

「あら。可愛い息子に会いに来ちゃいけないの?」

「ま、また可愛いって……」

 なんでこの人も可愛いって言うかな……?
 おっとりして天然って……どう言い直せばいいんだ?

「……というか、病院に行っていたのでは……?」

 母上は生れつき身体が弱い。
 俺が物心付いた時には、すでに通院や入院を繰り返していた。

「今日は一時的に返ってもいい日なのですわ。ブロッサム」

「え……い゙っ!? おまえらは……!」

 母上の後ろから、見たことあるエルフとディアボロスの二人組が現れた。

「ユリとリンツェ……か?」

「はい……お久しぶり、です」

「ごきげんよう、ブロッサム」

 ドラッケン学園の主従コンビ、ユリとリンツェだ。
 なんでこいつらもここに!?

「なんで……」

「せっかくプリシアナに遊びに向かいましたのに、アユミがあなたの実家へ行ったとフリージアさんから聞きましたの」

「そ、それでユリ様が、追いかけるって……」

 だからか……。ホントに神出鬼没だな。

「ふふ……ブロッサム、お友達がいっぱいいるのね」

「いや、こいつらは友達とは違いまして……」

「よかった……あなた、昔から意地っ張りだから、友達がいるのかしらって思って……」

「…………」

 違う、とは言えなかった。
 病弱な母上が安心しているのだから、あまりややこしくしたくない。

(よかった……母上、元気そうで……)

 通院と入院を繰り返している母は、他のセレスティアの女性より白く痩せている。
 俺が生まれる前は何度も発作で死にかけたほどにだ。
 安心している母に、変な心配をさせたくなかった。

「ブロッサム。後で学校でのお話を聞かせてね」

「は、はい……母上は?」

「私はまだちょっと休むわ。ユリちゃんとリンツェ君もお部屋へ案内しないと」

 にこにこ笑いながら、「忙しいわあ♪」と楽しそうに屋敷へ入っていった。
 ユリとリンツェも母上についていく。

(アユミが知ったら大騒ぎになるだろうな……)

 ユリを見て嫌な顔をするアユミが目に浮かぶ。
 心の準備をしとこう、と思いながら母上の後ろ姿を目で追った。
 ……時に気づいた。

「……アユミ?」

「…………」

 アユミが目を見開いて、信じがたい何かを見たように母上を見ていることに。

 ――――

 アユミSide

(……どういう、ことだ?)

 さっきのセレスティアは、なんで『アレ』にかかっているんだ……!?

(『アレ』は俺たちの一族しか知らない……はず)

 事実は違うかもしれない。
 が、どちらにしろ、今『アレ』が目の前にあるという事実に、驚く以外何も出来なかった。

「…………」

「……アユミ?」

「…………、いや……」

 いつの間にか近くにいたブロッサムに「なんでもない」と告げておく。

(これは……あの女性の方も調べるべきか?)

 次から次へと……どんどん謎が来やがって……。

 ――――

「……へぇ。じゃああの人……スミレさんがブロッサムのお袋さんと」

「ですわ。たまたま病院帰りのところを会いましたの」

 滞在で楽しく過ごしつつ、情報収集にて調べていく。
 途中俺を追ってきた(しつこいんですけど!?)ユリにも手伝わせてな。

「……それでアユミ。いったい何をコソコソ探ってますの?」

「…………」

 にこりと微笑みながら聞いてきた。こいつもこいつで勘が鋭いからな……。

「……ちょっと、ね」

 多分後でばれる。含みを持たせながらそう答えた。

(あの話もまだまとめ終わってないし)

 あの話、とは先程のロータスの会話だ。
 まだ腑に落ちないことだらけだけど。

 ――――

『――初代ウィンターコスモス、だと?』

『ああ』

 ロータスの鋭い視線をものともせずにたずねる。

『エントランスの絵画の彼……彼の“左肩”に“花の形の痣”があった。そしてそれがよく見えるように描かれている……あの痣は何か特別なものなのか?』

『……。そうだ』

 俺の問いに言葉を飲み込みかけたが、隠すのは無理だと悟ったらしい。
 真っ正面で睨み合いながら話を続ける。

『あの痣はウィンタースノー……ウィンターコスモスが管理している花との、特別な“契約”によって浮かぶものだ』

『特別……その花には、何か魔力みたいなものでもあるのか?』

『左様……ウィンターコスモス、スノー家の者に反応する花……別名“契約の花”。今は花の意味が違うが……昔は花の魔力を取り込み、その聖なる力を操っていたと言われる……』

『へぇ……』

『そしてその魔力を身体に秘めた際、花の痣が浮かんだ……という逸話がある。今ではその魔力の取り出し方がわからんから、確認のしようがないがな』

『花の痣……初代ウィンターコスモスは左肩にあったが、浮かぶ個所は人によって違うのか?』

『……らしい。あくまで書物の中の話だがな』

『なるほど……ね』

 それだけわかれば十分だ。
 ロータスに軽く礼を言い、踵を返す。

『……あ、の前に……』

 忘れる寸前思い出し、上半身だけ振り返る。

『……ブロッサムもそれと似た痣がありましたが、あいつはどうなのですか?』

『……それは気のせいだ。あいつは関係ない』

 頑な表情に切り替わった。
 親父殿は俺から目を反らす。

『その割には、初代ウィンターコスモスと似た痣ですが』

『先程も言ったが今の我々は抽出法は知らん。聞かれても困る』

『……それはつまり。あの痣は最初からあった、と解釈してよろしいんですね?』

『ああ、そうだ。ブロッサムが来た時からあった。……これでいいだろう。私も暇じゃないのだ』

『…………』

 俺から背を向け、それきり口を閉ざす。
 ……どうやらこれ以上話す気はないらしい。

『わかりました。ありがとうございます、お忙しい中、可愛い息子さんのことを教えていただいて』

 くすり、と小さく微笑むと、ロータスが微かに目を見開いた。窓ガラスにそれが写っている。

『ポットの紅茶を引っ被った際、あなたが一番に反応しましたものね。……わずかですが表情が見えましたよ?』

『…………』

『不器用ながら優しい、ですね。……では、今度こそこれで』

 仕返しもかねて思いっきり皮肉ってやる。
 わずかだが動揺したことに満足しながら、今度こそ部屋を出ていった。

 ――――

「…………」

 いやあ……愛されてるんだなあ、ブロッサムってば~。
 ……って、それは今は置いといて……。

(ブロッサムの痣……あれはホントに偶然か……?)

 決められているわけじゃないし、左肩にあったところで疑いはしない。
 ただそれが“初代ウィンターコスモスと同じ位置、同じ形”というのが納得出来なかった。

(それともう一つ……)

 ロータスの言葉もひっかかる。

『そうだ。ブロッサムが来た時からあった』

 あの時、ブロッサムが来た時からと言った。
“生まれた時から”じゃない。“来た時から”と言った。

(その言い方じゃあ……)

 ……ブロッサムは……ロータスの実の子じゃ、ない?
 いや、でも、ウィンタースノーの花と契約に反応(ホントに契約してるか知らんが)しているんだから、ウィンターコスモスの血は引いているんだろうけど……。

「……どのみち母親の方も調べるのか」

「スミレ様を?」

 怪訝そうな目で俺を見るユリ。
 あー……これ以上は限界かな?

「……ユリ。全部話すから、ちょっと調べてほしいんだけど……」

「……今回は本気ですのね」

 察しが良いユリだ。
 俺の本気を汲み取ったのかな。

「わかりましたわ。……何を調べればよろしいですの?」

「ああ。それはな……」

 ――――

「なあアユミ……」

「なんだよ?」

「……おまえ、ユリと一緒に何か隠してないか?」

「……何のことだ?」

 スミレさんのことはユリに任せて、とりあえずウィンタースノーの花とやらを調べながら過ごす。
 ……が、勘の良いブロッサムはどこが怪しんでいた。ホントに鋭い奴だな。

「父上との会話もそうだけど……母上見てからおまえ、何か恐い顔してる。初代ウィンターコスモスのことだって……絵画を見てから異様に知りたがってるし……」

「…………」

「……なあ。その……何かあったのか? ――アユミ、何か気になる、のか……?」

 不安そうな目で俺を見ている。
 ……はあ。こういうことには勘が良いからな。

「……んー。ちょ~~~っと気になることがあってな……強いて言うなら、好きな相手のことはとことん調べたい……とか?」

「は……好きな相手って……?」

 キョトンと目を丸くするブロッサムに「だーかーらー」と間延びした返事を返す。

「俺はブロッサムのことならなんだって知りたいんだよ。好きなものとか過去の思い出とか、スリーサイズとか」

「言ってることストーカーと変わんねーぞ!!! つーかスリーサイズ知ってどうする気だ!!?」

 いつも通りブロッサムのツッコミが飛び交う。
 うん。とりあえず話は反れたかな。

「……い、言っとくがな! アユミ!」

「ん?」

 急に大声を上げたかと思うと、小さく服の裾を摘み、拗ねた感じの表情を浮かべて。

「あ――あんまり……隠し事すんなよ。……不安に、なるから」

「…………」

 ……おい、おまえ。それ、実は狙ってやってないか?
 無意識だったらどんだけ乙女属性高いの!?

「……い」

「お……?」

「今すぐ襲っていいか!?」

「なんでだよ!!?」

 可愛いんだよ……可愛すぎるんだよ、おまえは!!
 なんでこんなに可愛いんだ!? ツンデレ天使!

「じゃあせめて抱き着かせろ。擦り寄らせろ。押し倒させろ!」

「最後は絶対お断りだ!」

 くそっ、やはりダメか!
 ……いや。残るは二つはいいんだな。いいんだよな!?

「というわけで……覚悟!」

「覚悟って何!? ってわぁああああああッ!!!!!」

 ――――

 コンコン。

「こんにちは。お邪魔してよろしい?」

「あ、スミレさんですか。構いませんよ」

 しばらくブロッサムを弄り遊んだあと、扉からスミレさんの声がした。
 扉越しの上品な声に返事を返し、入ってもいいことを伝える。

 ガチャ。

「ふふ……失礼しますね」

「いんや、いいですよ」

「……あら? ブロッサムってば、お昼寝しているの?」

 スミレさんは俺に微笑んだあと、俺の膝に寝転がっているブロッサムに目を丸くした。
 散々弄り倒したのでふて寝しました。……なんて言えないな、この人には。

「えっと……ちょっとうたた寝したら、いつの間にか爆睡してまして……」

「あら、そうなの?」

 俺の嘘をあっさり信じるスミレさん。
 ……うん。こんな淑女をいじめることはできません←
 まあ……爆睡している、という点は当たってるだけ良しとしようか。

「あらホント。よく寝てるわ……ふふふ」

「……なんですか?」

 突然俺を見て小さく微笑むスミレさん。
 意味がわからず、小さく小首を傾げた。

「ごめんなさいね。ブロッサムが、こんな風に熟睡しているのを見たのはひさしぶりだから……」

「“ひさしぶり”、ですか」

 俺がそう言えば「ええ……」とどこか悲しそうな顔をして俯く。

「私、身体が弱くて……今はそれほどでもないのだけど、昔はすごく弱かったの。魔法すらろくに使えないもの」

「すごく……ですか」

 オウム返しにつぶやけば頷き返す。
 ……そういやこの人、発作が起きる度にいつも苦しそうにしてたって言ってたっけ。

「発作があるって言ってましたが、大丈夫なんですか?」

「発作? ああ、そうね……もうほとんどは大丈夫かしら」

「……ほとんど?」

 ほとんど、とはどういう意味だ?
 ……治ってるって意味か?

「ブロッサムが生まれた頃だったかしら。ロータスがタカチホから優秀なお医者様を連れてきてね、そのお医者様の魔法医術で、発作がほとんど起きなくなったの。今では全然起きなくなったわ」

「……タカチホ、ですか……」

 ああ……“やっぱり”な。

「……、スミレ様。実は俺、ちょ~~~っと聞きたいことがありまして」

「聞きたいこと?」

「はい。……思いきって、聞いてもよろしいですか?」

「ええ、いいわよ。私にわかる範囲ならなんでも」

 聞けるチャンスは逃がしはしない。
 スミレさんが頷いたのを確認し、「ええっとな……」と緊張を感じながら、言葉を繋げた。

「――その首の紋様は、いつから出来たものなんですか?」

「え? ――あ。これのこと?」

 言ってスミレさんは首の“タカチホ文字”に触れる。

「……もしかしてそれが、先程の医術魔法の痕跡、では?」

「ええ、そうなの。発作を抑える特別な魔術だってお医者様が言ってたわ」

「その医師……誰かわかりますか?」

「えっと……ごめんなさい……実は覚えてなくって……」

 覚えていないことを申し訳なさそうに謝る。
 ……まあ、これも予想の範囲内だけどな。

「ブロッサムが生まれた頃にできたのと……ノームのお医者様だったは覚えているのですが……」

「ノーム……」

 ノーム、か……それだけじゃ絞れないな……。

「……いえ。十分です。ありがとうございました」

「そう? ならよかったわ~」

 にこにこと笑顔で微笑んでるスミレさん。
 ……なるほど。天然故に悟られないから助かるな。

「……それじゃあ、さすがに膝も痛くなったし。この辺で失礼しますね」

「あら。行っちゃうの? 私、もっとあなたとお話したかったんだけど」

 ウル~、って子供っぽい表情を見せている。
 いくつですか、あなたは←

「明日まで滞在しますから、またそのうち話す機会はありますよ」

「そう? せっかくブロッサムが連れてきてくれたんだから、どんな子か話し合いたくて」

「そう慌てずとも、いずれ機会はありますって。それでは」

 軽く会釈し、ブロッサムの頭をクッションに乗せてから立ち上がった。
「またね~」と子供っぽい笑顔のスミレさんに挨拶してから、部屋の外に出ていく。

「…………」

 廊下を歩きながら、先程のスミレさんの話をまとめる。
 ……思った以上の収穫だった。予想通り過ぎて、恐いを通り越して怪しく感じてくる。

「……ユリ」

「アユミ」

 まるで来るのを予期していたように廊下の壁に背中を預けていたユリを呼んだ。
 ……ホントにタイミングがよろしいな。こいつは。

「ちゃんと調べてきたんだろうな。例の件」

「もちろん。リンツェをあちらこちらへ走らせましたもの」

 ……おまえの方が悪魔だな←
 ……まあいいや。あとでリンツェに好物のマカロンでもやるか。

「……あの紋様が、あなたの気掛かりだったのね」

「まあな。つか気づいてた?」

「ええ。あの人……あなたと同じく、“魔力が封印されています”もの。性格と元々魔力が低いから本人や周りの人は気づいてませんけど」

 さすがユリ。察しがよろしくて助かるな。

「……それで。結局アレは何だったのかしら」

「――『転換の呪』だ」

 一瞬躊躇したけど、調べてくれたからな。駄賃がわりに教えてもいいだろ。
 ――隠したら隠したで、多分人形けしかけられるし。

「あなたが――過去に自分自身にかけたという呪いの?」

 教えた内容にユリが目を丸くした。
 スミレさんの呪いにも気づいたように、こいつも俺の呪いを知っている。
 というか、出合い頭に即刻気づかれた←

「おかしいとは思ってたんだ。死ぬかもしれないと思われる発作が、なんで急に起きなくなったのか……」

 ブロッサムが生まれた同時期に発作が急に起きなくなった。
 ……不自然過ぎる。連れてきた医師とブロッサムが関わってるはずだ。

「ですがそれは、魔力に枷をつけ、呪いや封印術を無効化して自身の力に変換できる呪いでしょう? ……それでは発作を消し去ることはできないのでは?」

「……わずかだけど、術式が書き換えられていた。……多分発作を無効化して、それを少しずつ体力に変換させている、と思う」

 言って服越しに己の封印に触れる。
 心臓近くに施された呪いは、心臓の動きに合わせて魔力を締め付けているのがわかる。

「それで……でもそんなこと、可能ですの?」

「普通はできない。が、現に書き換えられているからな……」

 いまいち信じがたいが、実際出来ているからな……。
 相当な術者だとわかる。

「記憶も曖昧みたいだし、これ以上は収穫はないだろ。親父殿を突けば出るだろうが……多分教えてはくれないだろうな」

「……ブロッサムが関係しているから、ですわ」

「ああ。……調べた資料に何かあるんだろ」

 ユリにはスミレさんの病気について調べてもらった。
 その資料の何かに何かあるんだな。

「ええ。……スミレ様の発作にかかっている医者を調べてみたんですけど。その方、スミレ様のブロッサムの出産にも立ち会っていたらしいですの」

「……ブロッサムの?」

 出産にも立ち会った……?
 え……? ブロッサムは二人の子供じゃないんじゃ……?

「……その様子では、ブロッサムが実の子じゃないことは知ってますようね」

「! ……核心があるのか?」

 俺の表情から察したか、ユリが神妙な顔でたずねた。
 問い返せば「ええ……」となぜか浮かない顔で返された。

「……何か、まずい?」

「ですわね……耳を貸していただける?」

 ユリがちょいちょいと指で傍に来るよう指示された。
 今回ばかりは素直に頷き、すぐ傍に近づく。

「……ブロッサムの出産なんですけど。母子ともに危険な状態だったらしいですの。出産後、スミレ様は発作が起きましたけどなんとか持ちこたえましたわ。一ヶ月近く病院生活でしたけど」

「そうか。ブロッサムの方は?」

 たずねると一瞬言葉がつまり、だけど意を決したように告げられた。

「――……ブロッサムは……産まれてから数時間後、死亡しましたわ」

「……死ん、だ――?」

 産まれてから、数時間で死んだ……?
 それじゃ……。

「……今ここにいる“ブロッサム”は……」

「少なくとも二人の子供ではありませんわ。……ただウィンターコスモスの血は引いてはいますから、他の分家の子では?」

「さすがにそこまで調べられませんでしたが」とユリは両手を上げて降参、と言った感じに言う。

(……そんなに単純な話か?)

 ウィンターコスモス家の間で秘密裏に行われたのか……。
 ……いや、けどあの花――“ウィンタースノーの花の痣”がある。あの頑な態度と言い、何となくだけど、多分ただの養子じゃない。

(スミレさんを救うため、術者を見つけて呪いを使わせた……代償はブロッサムを養子に?)

 ……いや。あれはタカチホの秘蔵の術。しっくりこない。
 というかロータスと言えど、生まれて数日では見つからないだろう。

(……むしろ、逆か?)

 術者が書き換えた呪いを提案し、その代償にブロッサムをロータスに預けた……か?

「…………」

 ……なぜだろう。いやにしっくりくる。
 術者は何者かはわからない。
 ……けど、そいつとブロッサムは繋がっている気がする。

「ブロッサムがなぜ初代ウィンターコスモスと同じ痣を持つのか……そしてそのノームは誰か。……ブロッサムはいったい、誰の子か……」

 ちょっと、いやかなり……。

「……事、変な方向に転がってきたな」

 発作を抑えることを条件に、花の痣を持つブロッサムを預けた奴が、確実にいる。

「……いったい……」

 何が目的だ――?

 ――――

 結局謎は腑に落ちないまま日にちが過ぎ、あっという間に翌日になってしまった。

「それじゃ、俺たちはこれで」

「ええ。アユミちゃん、ブロッサム。気をつけてね」

「はい。……あの、父上にもよろしく言っておいてください」

 スミレさんに挨拶しつつ、ブロッサムが気まずそうに頼んだ。
 俺の思惑に気づいたか、ロータスは仕事を名目に部屋に引きこもりやがった。
 完全に面会謝絶。絶対感づかれたことに気づいてやがるな。

「ええ。ブロッサム。また帰ってきてね。今度は自分から、アユミちゃんも誘って♪」

「ん゙な゙……っ!!? そ、そんなんじゃないです!!」

「可愛いねぇ、ブロッサム。そんなに俺が好きだったのか……」

 便乗してボケれば「ち、違うっつの!!」と真っ赤になって否定した。
 ああ……スミレさんの前じゃなければ虐めたい……←

「くそ……ほら行くぞ!」

「はいはーい。……んじゃスミレさん。さよなら~」

 ずるずると襟首掴まれ、飛竜に担ぎ込まれながらスミレさんに手を振る。
 スミレさんはのんきに「またね~」と振り返してくれた。
 ……息子の行動には突っ込まないんですね←

「行くぞ」

「わーってるって」

 言って、飛竜が翼を広げ空へ羽ばたき出した。
 屋敷の皆さんに見送られながら、俺らは空へ飛んでいく。

「……やれやれ。とんでもない滞在だったな」

「おまえな……」

 呆れた顔をされながらも、俺は分家邸の方角を見る。

(そのうち、気づくかな……)

 時が来れば気づくかもしれない。
 今はまだアガシオンのこともあるし……しばらくはほっとくか。

「……ブロッサム」

「ん……?」

「……可愛いーなーっ♪」

 飛竜の上でブロッサムに抱き着いた。
 ブロッサムは「うぉ!?」と驚きながら真っ赤になる。

「な、なんだよ、いきなり!?」

「おまえが可愛すぎる。それだけ」

「何それ!?」

「ん……体温あったかーい♪」

「お、おまえは……」

 ぎゅうって抱き着けば、諦めたのか、ため息をつきながらおとなしくなった。

「ふふふ……♪」

「はあ……心地良いのか?」

「おうよ。すごい気持ち良い」

 顔を胸元に擦り寄せ、ぎゅうっと体温を感じる。

(そうだ……ブロッサムが誰だろうと関係ない)

 何者だろうと知ったことか。
 この体温も、温もりも、ブロッサムだから安心できる。それに違いなんてないから。

「ブロッサムは、ブロッサムだから」

 俺の記憶にある、俺と一緒に過ごした奴は、目の前のブロッサムだから。
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