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人形遣いの心、兄弟の絆

 とうとうアガシオンら闇の生徒会の本拠地、モーディアル学園へ踏み入れた。
 ……で、探索してからわずか五分。モンスターに襲われました←

「なんで校舎内で平気でうろついてんだ……」

「生徒たちも闇の魔力に満ちてるからな……放し飼いしても襲われないんじゃないのか?」

「というか、襲われてたら夜もおちおち眠れないよね~」

 ブロッサムとシルフィーもげんなりとした表情で頷く。
 アガシオンの本拠地ということもあり、ここのモンスターはみんな強力だ。大洞窟のモンスターの方がまだ可愛い。

「この調子じゃ、精神の方がイカれちまいそうだ……」

 さっさとアガシオンのところに行って奴を倒さないと、俺の方が頭壊れそうだ。

「さて……闇の生徒会は――」

 罠や不意打ちに引っ掛からないように、目の前の扉を開けた。

 ガチャ。

「……あ」

「はっ……!」

「「「…………」」」

 扉を開けてすぐに目に映ったのは、無数の糸に拘束されたセルシア、フリージア、キルシュ、クラティウスだった。
 扉の近くにいたセルシアとフリージアが俺に気づくと、セルシアは目を丸くし、フリージアは見開いて驚く。

「お! アユミたち! よかった、来てく」

「すいません。間違えました」

 パタン。

 とりあえず謝ってから静かに扉を閉めた。

 バンッ!!

「待て待て待て待て!!! 見捨てるな、この状況下で!!」

 すぐにバロータが慌てて扉を開けた。盛大にツッコミを入れながら。

「あ、すまん……てっきり、そういう趣向があったのかなーって」

「そんな訳ないでしょう!! 私にこんな悪趣味はありません!」

 フリージアが必死に否定している。
 そこまで必死にやってると……逆に……。

「状況読め! 頼むから!」

「チッ……」

 案の定ブロッサムにつっこまれました。
 これが俺の性なんだからしょうがないだろ!?

「ちょっと! アンタたち! 私を無視しないでくれる!?」

 と、ここで四人を拘束している操り人形の近くでベコニアが怒鳴った。
 ……つかいたんだ←

「ベコニアがいるってことは……罠をかけたのはこいつか」

「そうなんだよ~。姫様たちピンポイントで仕掛けてきてさ~」

 シュトレンも両手を上げながらため息をつく。
 ……自分が報われないからって、屈折し過ぎじゃね?

「扉を開けたら、突然無数の糸が伸びてきてね……僕が迂闊だったな……」

「セルシア様のせいではありません! 私が至らないばかりに……」

「王女であるわらわに何と言う無礼を! 許せぬ! のう、クラティウス?」

「姫様……おいたわしゅうございます」

「だからアンタらも勝手にラブラブな会話しないでよ! どいつもこいつも、自分たちの状況わかってんの!?」

 セルシアとフリージア、キルシュとクラティウスがそれぞれの会話にベコニアがまたも憤慨。
 だから、おまえも屈折し過ぎだろ。

「あー……で、ベコニア。おまえの近くにある、その気色悪い人形なに?」

「気色悪くて悪かったわね! これはね、『寵愛の処刑人』って言うのよ」

「…………。で、どんな人形なんだ? ただ拘束して終わる訳じゃないだろ?」

「アンタってホントに訳わかんないわね。これは二人の内、どちらかがどちらかを殺さなければ二人とも死ぬのよ」

 ……名前も使用目的も悪趣味だな。
 言うとまた厄介なことになりそうなので黙っておくけど。

「助かりたかったら、アンタたちに握らせたその糸をちょっと引くだけ。それで相手の首がゴロンっといくの」

「待てベコニア。俺は糸よりも刀で首を斬り落とす方が好みなんだが」

「何のフォローだよ! 処刑女王!」

 ベコニアに言うと隣からブロッサムのツッコミ。

「と、とにかく! 糸を引かないと、首に巻かれた糸が徐々にアンタたちの首を絞めていくわよ! ほら、どうするの!?」

 気を取り直しつつも、ベコニアが四人にどうするか、苛立たしくたずねる。

「……つまらぬことをするものですね。私やクラティウスさんが、セルシア様とキルシュトルテ様を裏切るとでも?」

「そうだ。主従バカのリージーやクラティが裏切るわけねぇだろ」

「アユミさんは黙っててください! ……コホン。とにかく! お仕えした時から、この命は捧げております」

「そうでございます」

 一部茶々を入れたが、それでも裏切らない、と断言したフリージアとクラティウス。

「ふうん。じゃあ、セルシアと姫様はアンタたちを殺すの?」

 それもつまらなそうに見た後、今度はセルシアとキルシュに視線を移す。

「僕はそんなことはしない。二人でここを抜け出してみせる!」

「そうじゃ! そんな脅しに屈するわらわたちだと思うのか!」

「それにのう……」とキルシュが笑って続ける。

「わらわたちは二人ではない。シュトレンと……」

「バロータ……アユミたちもいるからね」

「……ふぅ。そこまで信頼されんのもくすぐったいんだけどな」

 セルシアも笑みを浮かべ、俺らに視線を向けた。
 俺もため息をつきつつ頷き返す。

「な、何よ、その余裕! 仲間がいるからピンチも平気だって言う訳!?」

 次々自分の予想外な言葉を言ったからか、ベコニアがキーキー言いながらじたんだ踏み始める。

「本っ当に腹の立つ子らね! なんで! なんでアンタたちばっかり!」

 ……あれ? なんかだんだん目が据わってきたような……そして闇のオーラも少しずつ辺りに漂ってないか!?

「これだから優等生って大嫌いよ! 先生も生徒も、みんな大好きなのは優等生のアンタたちばっか! 私はいっつも悪者扱いで!」

「生徒を実験台にしたいって追い回してれば問題児扱いされるっつの」

「なんでよ! リコリス先生はみんなに可愛がられてるじゃない! 人形でパクパク生徒を食べてるくせに!」

「アレはぬいぐるみ遊びしてるだけだから!」

「き~っ! それと私のしてることの何が違うって言うのよ!」

「人体改造とぬいぐるみ遊びじゃ大違いだよ~……」

 バロータ、ブロッサム、シルフィーが言うがベコニアの癇癪は止まらない。
 ……というか、闇のオーラともに比例して悪化している。

「……もういいわ。信頼とか愛情とか大っ嫌い!」

「待て、ベコニ――」

 リミッターが外れかかってる。
 止めようと声をかけようとした、その時だった。

「……どうせ私は……誰にも好かれないわよ……」

「――え」

 小さく聞こえた、泣きそうな声。瞬間見えた、泣きそうな顔。

「ベコニア! それ以上闇の力を使ったら、君自身が取り込まれるぞ!」

 気づかなかったのか、セルシアは闇に呑まれつつあるベコニアに叫ぶ。
 けどベコニアは「いまさら何よ……」と無表情を向ける。

「私のことなんかどうでもいいんでしょ……? もう全員、私の操り人形にしてやる。それで……ベコニア様大好きって言わせてやるんだから……」

「ベコニア。待て……!」

「うるさい! 自分だけでも助かればよかったって思わせてやるんだからね!」

 俺の言葉にも耳を貸さず、ベコニアのオーラが一気に膨れ上がった。
 どうやら完全にリミッターが外れたらしい。

「! これは!」

「糸を通じて、闇のエネルギーが身体を押し潰してくる! 姫様! 大丈夫ですか!?」

「ぐにゅ……わらわは魔界の王女。この程度……くううっ! ちと、きついのう!」

「力が……吸い取られる! セルシア……様っ!」

 四人の表情が一変した。
 闇の力を受け、一斉に苦しみ出す。

「ベコニア! やめろ!」

「あいつらの誰か一人が首を落としたらやめてあげるわ。それができないなら……永遠に私の奴隷になるのよ!」

「ベコニア……!」

 一歩足を踏み出すと、すぐ背後から殺気が走った。
 すぐにそこから飛びのけば、その後すぐに人形が斧を振り下ろす。

「アユミ!?」

「危な……!」

「アンタ……アユミ、だっけ?」

 話し掛けられ、再びベコニアを移す。
 あいつの顔は俯いているから表情が見えない。

「アンタ……プリシアナ期待の新星なんですってね。タカチホ義塾でもみんなに慕われてたそうじゃない」

「ベコニア……?」

「先生や生徒にも、さぞかし可愛がられてることでしょうね……憎々しい!!」

 ベコニアが顔を上げた。
 憎しみに満ちて……今すぐに泣き出しそうな顔だった。

「まずは……アンタから操り人形にしてやるんだから!!」

「な……」

 ベコニアが人形をけしかけた。
 人形は一斉に俺を取り囲み、糸を切ろうとするバロータたちにも向かっていく。

「まずい!」

「あわばばば……!」

 ブロッサムとシルフィーが応戦に入った。
 二人の魔法なら人形も敵ではないが……いかんせん数が多い。
 進めないようにするだけで精一杯だ。

「マジか……」

「よそ見してる暇は無いわよ!」

「……ったく!」

 どちらにせよ、今はベコニアだ。こいつさえ何とかすれば、人形たちはどうにかできるはず……。
 意を決し、俺は人形たちの群れへ突っ込んでいく。

「ベコニア、やめろ! こんなことしても、おまえが楽になれるわけないだろう!?」

「うるさいわね! アンタなんかにはわからないわよ! 私の気持ちなんか……」

 耳を塞ぎ、目茶苦茶に人形を操ってくる。
 動きはみな単調だが、すべてが俺を殺そうと武器を振るっていた。

「どうせ誰も……私なんかどうでもいいのよ……私なんか……」

「……ベコニア。やっぱり、おまえは……」

 弱々しく震え、悲しみで押し潰されている。

(あいつは……)

 道は踏み外していたとは言え、学校を追い出されたことがショックだったんじゃないか?
 セルシアのことも、気持ちを無視したうえ手紙と人形も燃やされた(これはフリージアが原因だけど)ことに傷ついたんだし。

「…………」

 在学した時の評判なんか知らない。けど、後ろ指さされたり拒絶されたりしたら、誰だって傷つく。
 あいつ自身、危険な実験していたとしても。

「……本体……本体はどこだ」

 そこまで考え、俺は攻撃を避けつつ、人形を操るものを探す。
 これらは闇の力で動いている。
 しかしこの闇の力も含め、ベコニアだけの力なはずがない。
 必ずそれを操る媒介らしいものを使っているはずだ。

「それさえ破壊すれば……!」

 単調な動きを避けたり受け流し……そして見つけた。

「それだっ!!」

「な……!?」

 素早く駆け寄り、ベコニアの持つ人形を刀で叩きつけた。
 人形は宙に飛び、そこにすかさずサンダガンで焼き払った。

「……! 人形が……」

「あ、止まった!」

 すると同時に人形たちの動きが止まったらしい。
 戦っていたブロッサムとシルフィーも詠唱を止める。

「やった! こっちの糸も全部切れたよ!」

「俺の拳にかかれば、こんなの軽いぜ!」

 さらにシュトレンとバロータも一仕事終えたらしい。
 セルシアたちを拘束していた糸を切り、救出に成功したようだ。

「助かったよ! バロータ!」

「ありがとうございます」

「へへっ。俺だってマジになれば強いっつの!」

「姫様もクラティウスも大丈夫~?」

「私は大丈夫です。姫様っ、姫様は?」

「うにゅ~。わらわも大事ないぞ。よくやってくれたのじゃ!」

 どうやら四人とも大丈夫っぽいな。
 ぴんぴんしてやがる。

「な、何よ……何よ! 自分たちばっかり盛り上がって! 悔しいぃぃぃっ!!」

「ベコニア……」

 悔しさやら何やらでいっぱいなベコニアだ。
 手を伸ばしながら、声をかけようと口を開く。

 シュル……!

「あっ!」

「な!?」

 だけどその時だ。
 切れたはずの闇の糸がひとりでに動き、ベコニアに絡みついたのは。

「どうなって……!?」

 辺りを見回し、さらにとんでもない事態に気づいた。
 闇の人形たちが動き、すべてがベコニアを取り囲み始めたんだ。

「ちょっ……なんなのよ! アンタたち私の人形でしょ! なんで言うこと聞かないのよ!」

「何が目的で……!」

 ベコニアも抵抗するも人形たちの動きは止まらない。
 人形たちは少しずつ……人形たちが自ら出てきた闇の空間へ引きずり落とそうとしていた。

「闇の世界に引きずり落とす気か!?」

「いけない! あのまま飲み込まれたら……!」

「もう戻ってこれねぇぞ!?」

「……!!」

 その言葉に、一瞬頭が真っ白になったのを感じた。

「やっ……いや……! いやあぁぁぁっ!!!」

 そうこうしている内に、後数メートル程度まで引きずられた。
 ベコニアの悲鳴が人形たちの中から響き渡る。

「ッ! ベコニアあああ!!!」

 気づくとすでに身体を動かした。
 人形たちを刀で薙ぎ払い、ベコニアの腕を思いきり引っ張る。

「大丈夫か!?」

「あ、アンタ……っ」

「とにかく逃げ……!」

 ベコニアを引っ張りだそうとした時だった。
 闇の糸がベコニアを掴む俺の腕にも絡み、さらに人形たちが俺にも纏わり付いてきた。

「アユミちゃん!?」

「まずい……あやつまで引きずり込む気じゃ!」

「そんな……アユミ!!」

「アユミさんっ!!」

 ブロッサムとフリージアの叫びが後ろから聞こえた。
 だけど二人の思いも虚しく、人形は力強く、ベコニアと俺を引きずり始める。

「このままじゃ……!」

「なんで……なんで私も……そうすれば、アンタは助かったのに……」

 わからないと戸惑うベコニアに「決まってるだろ」と人形に抵抗しながら答える。

「おまえだけが悪いわけじゃない。……そりゃ生徒を実験台に、はさすがにいただけないが、だからっておまえを放っておけるか」

「アユミ……」

「一緒に帰るんだよ。……プリシアナにな!」

「……!」

 ベコニアの目が大きく見開く。
 ……けど、人形たちは俺らに纏わり付き、ベコニア抱える俺はろくに身動きも取れなかった。

「くそっ……このままじゃ……」

 俺らがいる以上、ブロッサムたちも魔法で吹っ飛ばしたり、派手な動きができないだろう。

「くっ……この!!」

 ベコニアを守りながら必死に抵抗する俺は、人形の一体を刀の柄で殴る。

 バシュ……ッ!

「……!?」

 そしたら、だ。その殴った人形が、蒸発するように塵も残さず消滅したのは。
 何か持ってたっけ、と左手をちらっと見る。

「これ……」

 左手首に、ロアからもらったお守りが目に映った。
 鬼徹に魔力を吸われるので、お守りを利き腕である左手首につけたんだった。

「もしかして……これが……」

 お守りを見て、それを刀と一緒に握り込む。
 そしてお守りの溢れる魔力を、鬼徹にありったけ吸わせる。

「こ、のぉおおお!!」

 思いきり振り回し、人形たちをまとめて一掃した。
 鬼徹が吸いきれない神聖な魔力が刀に広がっている。その為、斬られた人形たちはさっきと同じく、みな消滅していった。

「落ちろぉおおお!!」

 力強く薙ぎ払い、人形たちは闇の空間へボロボロと崩れ落ちた。
 闇の糸も人形同様、魔力で消滅し、俺らを解放する。

「ぐは!」

「きゃ……!?」

 痛た……ベコニア抱えてたものだから着地に失敗しちまった。
 ま、闇の空間に落ちなかっただけマシか。

「アユミ!」

「大丈夫ですか!?」

 すかさずブロッサムとフリージアが駆け寄ってきた。手で制止しながら、笑顔で頷いておく。

「ああ、平気だ。いや、さすがに死ぬかも、とは思ったけど」

「死ぬかも、じゃなくて事実死にかけたじゃないか。まったく……僕がどれだけ心配したと思ってるんだ?」

「へー。心配してくれたんだ、セルシア様?」

「アユミ……セルシアもマジで心配してたから、棒読みはやめろって。……ま、一番はブロッサムとフリージアだけど」

「「バロータ!!?」」

 あ、ホントだ。二人同時にバロータに叫んだ。
 ……つかよく見てるな、バロータよ。

「……悪かったな。心配かけて」

「当たり前だ! ……頼むから、ホント自分のことも考えろよ」

「そうですね。じゃないと、こっちの心臓がもちませんよ……」

 ……俺が絡むと意気投合するんだな。おまえら。
 苦笑いで二人に頷き返した。

「……ねぇ」

 小さく制服を摘まれた。
 タイミングを見計らったようにベコニアが話し掛けてきた。

「なんで……なんで私を助けたのよ……? 私なんか、放っておけばいいじゃない……っ」

「何度も言わせんなよ」

 ボロボロと泣き始めるベコニアの頭を抱え、ため息を一つついてからつぶやく。

「同じプリシアナの生徒だろ? 同級生を助けるのに、一々面倒な理由がいるかよ」

「……バカ。バカ、バカ! べつにありがとうだなんて……っ!!」

 大声で荒げる、かと思いきや、ぎゅっと制服に顔を埋める。

「お……思ってるわよ……! ……あ……りがとう……アユミ……っ」

「どーいたしまして」

 それを皮切りに嗚咽を出し、泣き出した。
 小さな子供をあやすように頭を撫でる。

「ベコニア。僕が君を傷つけたなら、いくらでも謝る。……一緒にプリシアナに戻ろう?」

「私も謝ります! 中を確認せずに、申し訳ありませんでした」

 二人も傍に来てベコニアに謝った。
 ベコニアが小さく頷いたのを、俺が二人に伝える。
 それから少し、ベコニアが泣き止むまであやし続けるのだった。
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